前回の記事では、犯罪が成立するためには、
犯罪事実の認識・容認が必要
という話をしました。
たとえば、殺人罪を犯しても、殺人行為をする認識・容認がなければ、殺人罪は成立せず、無罪になるというものです。
ところで、犯罪が成立するかどうかを判断するに当たり、「犯罪事実の認識・容認」があるかどうかという視点のほかに、「違法性の意識」があるかどうかという視点についても検討されます。
今回は、「違法性の意識」について解説します。
違法性の意識とは?
違法性の意識とは、
自分の行為が法律によって許されていないことを知っていること
をいいます。
分かりやすくいうと、「自分は法律違反をやっている」という意識のことです。
刑法は、犯罪行為をしても、「犯罪事実の認識・容認」がなければ、犯罪は成立せず、犯人を無罪とします。
では、「違法性の意識」がない場合はどうでしょうか?
「犯罪事実の認識・容認」と同じく、無罪となるでしょうか?
【結論】『違法性の意識』がなくても、犯罪は成立し、無罪にはならない
刑法38条は、
『法律を知らなかったとしても、そのことによって、罪を犯す意思がなかったとすることはできない。ただし、情状により、その刑を減軽することができる』
と規定しています。
これは、たとえば「物を盗むことは違法行為(窃盗罪)になることを知らなかった」という事情があったとしても、その事情(法律を知らなかったという事情)は、犯罪の成否に影響しないことを意味します。
「悪いことだとは知らなかった」という言い訳は通用しないということです。
法律の錯誤
「違法性の意識」に関連して、「法律の錯誤」という概念を説明します。
法律の錯誤とは、
- 自分の行為が違法であることを知らなかったこと
または
- 法的に許されると信じていたこと
をいいます。
法律の錯誤は、
- 法規の不知
- あてはめの錯誤
に分類されます。
法規の不知とは?
法規の不知とは、
法律の存在を知らず、または忘れてしまったために、自分の行為が適法行為だと誤信した状況
をいいます。
たとえば、銀行の預金通帳を小遣い稼ぎのために、他人に売り渡すのは、犯罪になります(罪名:犯罪による収益の移転防止に関する法律違反)。
しかし、このことを知らず、悪い人にだまされて、通帳の売り渡しをやってしまう人が一定数いるのです。
まさに「法規の不知」です。
「通帳を売るのが犯罪行為になることを知らなかった」と警察に言い訳しても、通用しません。
あてはめの錯誤とは?
あてはめの錯誤とは、
法律の存在は知っていたが、法律の解釈を誤解して、自分の行為が適法だと思い込んだ状況
をいいます。
たとえば、刑法175条により、わいせつ文書を販売することは違法だと知っていたが、「たいしたわいせつ表現ではないから、わいせつ文書に当たらない」と誤解して、わいせつ文書を出版した場合、あてはめの錯誤となります。
裁判官がわいせつ文書に当たると判断すれば、わいせつ物頒布罪で有罪になります。
『違法性の意識』に関する判例を解説
最後に、『違法性の意識』がなくても、犯罪は成立することを示した判例を紹介します。
裁判官は、
『「メチルアルコール」(※当時の違法薬物)であることを知って、これを飲用に供する目的で所持し又は讓渡した以上は、たとえ「メチルアルコール」が法律上、その所持又は讓渡を禁ぜられている「メタノール」と同一のものであることを知らなかったとしても、それは単なる法律の不知に過ぎないのであって、犯罪構成に必要な事実の認識に欠けるところがないから、犯意があったと認めることを妨げない』
と判示しています。
最高裁判所は、判例で、法律の不知(法規の不知)があっても、犯意はあったと認める結論を出しています。
この判例により、『違法性の意識』がなくても、犯意が認められ、犯罪は成立することが明確化されました。
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