刑法(傷害罪)

傷害罪(13) ~傷害罪における違法性阻却④「被害者の同意の違法性阻却」を判例で解説~

 前回記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「治療行為」について説明しました。

 今回の記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「被害者の同意」について説明します。

傷害罪における違法性阻却事由(被害者の同意)

 被害者の同意に基づく傷害については、一定の場合には違法性を阻却せず、傷害罪が成立するという考え方が有力です。

 これは、個人の権利を尊重し、その身体に対する自己の処分権を最大限に認めるとしても、人の身体を侵害する行為が、被害者の承諾さえあれば、いかなる場合にも傷害罪が成立しないというのは、健全な社会通念に合致するとはいえないためです。

 日本の刑法には同意傷害を罰する規定はないので、被害者の同意は、他の犯罪と同様に刑法35条の法令行為や正当業務行為の問題として違法性が阻却されるか否かを検討することになります。

被害者の同意により傷害罪の違法性が阻却されるか否かの判断基準が示された最高裁判例

 以下の最高裁判例で、被害者の同意により、傷害罪の違法性が阻却されるか否かの判断基準が示されました。

最高裁判決(昭和55年11月13日)

 この判例は、保険金詐欺目的の被害者の承諾に基づく傷害の事案です。

 裁判官は、まず一般論として、

  • 被害者が身体傷害を承諾した場合に傷害罪が成立するか否かは、単に承諾が存在するという事実だけでなく、承諾を得た動機、 目的、身体傷害の手段・方法・損傷の部位、程度など諸般の事情を照らし合せて決すべぎものである

と述べ、具体的には、

  • 本件のように、過失による自動車衝突事故であるかのように装い、保険金をだまし取る目的をもって、被害者の承諾を得て、その者に故意に自己の運転する自動車を衝突させて傷害を負わせた場合には、右承諾は、保険金をだまし取るという違法な目的に利用するため得られた違法なものであって、これによって傷害行為の違法性を阻却するものではないと解するのが相当である

旨判示し、傷害罪の成立を認めました。

 この事案においては、傷害行為が詐欺の準備行為でもあることが重要な要素となっています。

 事案によっては、傷害の部位や程度も、傷害罪の違法性を阻却するかどうかの重要な基準となり得ます。

被害者の同意により傷害罪の違法性が阻却されるかどうか争点になった判例

 上記最高裁判例のほか、被害者の同意により傷害罪の違法性が阻却されるかどうか争点になった判例として、以下の判例があります。

東京高裁判決(平成9年8月4日)

 医師免許を有しない被告人が、美容整形手術と称して医療行為(豊胸手術)を行い、被施術者を手術侵襲及び麻酔薬注入に基づくアレルギー反応によりショック死させたという医師法違反・傷害致死罪の事案です。

 裁判官は、無免許で、医学的にも必要の措置を講じないで行った豊胸手術について、被施術者の承諾があっても傷害罪の違法性を阻却しないとしました。

 被害者の承諾のみをもって違法性が阻却されるわけではないことがポイントになります。

 被害者の承諾があっても、承諾を得た動機・目的や、傷害の手段方法、結果など諸般の事情が総体的に考察され、傷害罪の違法性が阻却されるか否かが判断されます。

仙台地裁石巻支部判決(昭和62年2月18日)

 暴力団の指詰めの事案で、裁判官は、

  • 被害者の承諾があったとしても、被告人の行為は、公序良俗に反するとしかいいようのない指つめにかかわるものであり、その方法も医学的な知識に裏付けされた消毒等適切な措置を講じて行われたものではなく、全く野蛮で無残な方法であり、 このような態様の行為が社会的に相当な行為として違法性が失われると解することはできない

と判示し、被害者の同意が違法性を阻却せず、傷害罪が成立するとしました。

 「被害者の承諾」は他の要因(傷害の手段、方法、程度、 目的など)とあいまって判断される違法性阻却の一要素にすぎません。

 なので、独立した違法性阻却事由と考えるのは適当ではなく、暴力団員の私刑としての「指つめ」は、重大な傷害とはいえなくとも、社会的・国家的法益の侵害の程度は大きく、被害者の同意により違法性を阻却するとは認め難いとされます。

次回記事に続く

 次回記事では、「現行犯逮捕の際の傷害」「スポーツにおける傷害」に関する違法性阻却ついて書きます。