刑法(傷害罪)

傷害罪(25) ~他罪との関係①「傷害罪と公務執行妨害罪、恐喝罪との関係(観念的競合、包括一罪)」を判例で解説~

  これから複数回にわたり、傷害罪(刑法204条)と他罪との関係について説明します。

  今回は、傷害罪と

  • 公務執行妨害罪
  • 恐喝罪

との関係について説明します。

公務執行妨害罪との関係

 傷害罪と公務執行妨害罪刑法95条)は、観念的競合の関係になります。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治42年7月1日)

 この判例で、裁判官は、

  • 警察官が職務を執行するに当たり、被告はこれに対して、暴行を加え、傷害したるものなれば、被告の行為は、1個の行為にして、数個の罪名に触れる

と判示し、傷害罪と公務執行妨害罪は、観念的競合の関係に立つとしました。

東京高裁判決(昭和27年10月29日)

 この判例は、1個の公務執行妨害罪と数個の傷害罪とが観念的競合の関係になるとした判例です。

 一審の判決(原判決)が、公務執行妨害罪と傷害罪を併合罪として認定したのは判断を誤っていると指摘しました。

 裁判官は、

  • 原判決は1個の公務執行妨害の事実と数個の傷害の事実を認め、これを1個の行為として数個の罪名にふれる場合であるとしながら、重い傷害罪の刑に従うべきものとし、しかも右傷害罪を併合罪であるとして併合罪加重をしている
  • しかし、右各個の傷害は1個の公務執行妨害罪(本件において、執行吏並びに司法警察職員に対する公務執行妨害はこれを包括して1個の公務執行妨害罪を構成するものと認めるのが相当であり、この点に関する原審の認定並びに法令の適用は正当と認める)とそれぞれ1個の行為にして数個の罪名に触れる場合であるから、刑法54条第1項前段により重い各傷害罪のうちその犯情の最も重いものの刑に従って処断すべさ筋合である
  • 従って、原審が重き傷害罪の刑に従うこととした上、更に併合罪の加重を行い、その刑の範囲内で量刑処断したことは法令の適用を誤ったものであって、右違法は各被告人に対する処断刑の範囲を不当に拡げたことになり、判決に影響を及ぼすものと認められるから、この点の論旨は理由があり原判決はこの点において破棄を免れない

と判示し、公務執行妨害罪と傷害罪の両罪は併合罪にはならず、刑法54条第1項前段観念的競合になるとしました。

東京高裁判決(昭和31年6月21日)

 この判例は、傷害の結果が、公務執行妨害の所為とは別個の動機・原因によって生じた場合は、公務執行妨害と傷害罪は併合罪になり、そうでなければ両罪は観念的競合になるとしました。

 裁判官は、

  • 原判決の判示する犯罪事実の要旨は「被告人はSと飲酒の上、飲食店の雨戸を蹴り、木戸を破壊し、あるいは通行人に暴力を振うなどして同所付近を徘徊していたので、所轄警察署のN巡査が急報に接して同所に私服で至り、被告人らを逮捕すべく、その後を2、3mについて行くや、同巡査を手拳で殴り、交互に竹ぼうきもって殴る等の暴行をなし、もって右巡査の公務の執行を妨害したほか、右巡査に対して全治まで約10日を要する前頭部裂創、小指切創等を与えたもの」というのである
  • 而して、右事実に対して原審は、刑法第95条同法第204条の罪を認め、この両者を併合罪として処断している
  • しかし、公務執行妨害、傷害といった事案においては、傷害の結果が公務執行妨害の所為とは別個の動機、原因によって生じた場合は格別、通例この両者は1個の行為にして2個の罪名に当たるものといわなければならない
  • 本件において、N巡査の原判示傷害が、被告人の公務執行妨害行為とは別個の動機原因によって生じたことを疑わしめる証拠は記録上見当らない
  • 原判決が、ことさらにN巡査の公務の執行を妨害したほか云々と判示したのは、もしそれが公務執行妨害の行為のほかに、別個の原因によって同巡査に原判示の傷害を与えた趣旨とすれば、事実を誤認したとの非難は免れないし、そうでないとすれば、本来、一所為数罪(※観念的競合のこと)に触れる場合として、刑法第54条第1項前段を適用すべきにかかわらず、併合罪の関係にあるとして刑法第45条前段第47条第10条を適用し、重い刑法第204条の罪の刑に加重して処断しているのは、法律の適用を誤って被告人に不利益な結果を生じたものである
  • 右の如き事実の誤認又は法律適用の誤は判決に影響を及ぼすこと明らかなものといわなければならず、原判決は破棄を免れない

と判示しました。

神戸地裁判決(平成7年2月21日)

 事案は、『被告人は、自己が経営する日本料理店「A」において、税務署に勤務していた事務官C及び同Bから、被告人の平成5年分の確定申告に対する税務調査を受けた際、右C及びBから高額な壺は経費として計上できない旨指摘されたことに立腹し、同店内においていた壺を破損したうえ、その破片を右C及びBにむかって投げつけ、右Bの右肘部に命中させる暴行を加え、もって、右Cらの職務の執行を妨害するとともに、右暴行により、右Bに対し、加療約2週間を要する右肘部擦過挫創等の傷害を負わせた』というものです。

 裁判官は、

  • 被告人の判示所為中、C及びBに対する各公務執行妨害の点はいずれも刑法95条1項に、傷害の点は同法204条にそれぞれ該当するところ、右は1個の行為で3個の罪名に触れる場合であるから、同法54条1項前段10条により一罪として最も重い傷害罪について定めた懲役刑で処断する

と判示し、公務執行妨害罪と傷害罪とは、刑法54条1項前段観念的競合になるとしました。

恐喝罪との関係

 傷害罪と恐喝罪刑法249条)との関係について説明します。

暴行が金員喝取の手段としてなされた場合

 暴行が金員喝取(かっしゅ)の手段としてなされた場合、傷害罪と恐喝罪は観念的競合の関係になります。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁判決(昭和23年7月29日)

 被告人が相手方に対し、短刀を抜いて突きつけ、危害を加える勢いを示して脅迫して金員を交付させた際、その短刀で相手方の鼠蹊部を突刺して全治3週間の切刺傷を加えた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は恐喝罪と傷害罪とにつき、刑法第54条第1項前段の規定を適用して処断されなければならない
  • 傷害行為は恐喝行為とは別個に、これの事前若しくは事後においてなされたのではなく、傷害行為がただちに恐喝行為の手段としてなされたと言うからである

と判示し、傷害行為は恐喝の手段としてなされたものだから、傷害罪と恐喝罪は観念的競合の関係に立ち、両罪は一罪になるとしました。

東京高裁判決(昭和31年4月3日)

 タクシー運転者から乗車賃の支払請求を受けるや、タクシー運転手を殴って負傷させて畏怖させ、乗車賃支払請求を断念させて、財産の利得を得た傷害・恐喝の事案です。

 裁判官は、

  • 恐喝は、威嚇的方法によって害悪を告知して人を畏怖せしめることにより、一定の財産的利益を取得することを本質とする
  • 而して、 その威嚇的方法は、相手方の反抗を抑圧する程度のものでない限り、特に制限はな いから、不利益なる事項を告知する内容を有する言語等のほか狂暴なる身体の態度による威嚇等をも包含し、かつ、その方法にして同時に他の罪名に触れる場合に は、恐喝罪の成立と同時に右の他の犯罪の成立をも来すことになる
  • 而して、本件においては、被告人は、運転者Aからタクシーの乗車賃の支払請求を受けるや、その支払を免れるため「このやろう」などと叫び、かつ同人を殴打負傷するに至らしめ、その後、賃金の一部を支払ったが、右言動によりAをして、その上右請求を続けていては如何なる害悪を受けるやも測り得ないとの畏怖の念を抱かしめ、そのため右賃料残金60円の支払請求を断念せしめて財産の利得をしたというのである
  • 故に、右によれば、右殴打傷害による畏怖と、言語による畏怖とが同時に発生し、その双方相俟って請求断念に至らしめたものである
  • 而して、この場合、右言語による威嚇は、恐喝罪の本来的構成要件を成すに止まるが、殴打傷害は、それ自体犯罪を構成すると同時に、一面恐喝罪との交渉を生じ、その畏怖の念発生の起因となっているものである
  • 故に、原判決において、結局、右傷害罪と恐喝罪とを刑法第54条第1項前段の想像的競合犯(観念的競合)の関係にあるものと認めたのは正当であり、両者は併合罪の関係にありとなすは首肯し難い

と判示し、暴行行為が恐喝の手段となっている場合、傷害罪と恐喝罪は観念的競合の関係になるとしました。

福岡高裁判決(昭和39年10月21日)

 この判例は、恐喝の手段である傷害に対する略式命令が確定した後に、更に恐喝で起訴された事案に対して、恐喝の事実は傷害の事実と基本的事実関係が同一であり、同一の公訴事実に対して更に起訴されたものとして免訴を言い渡しました。

 傷害罪と恐喝罪は、観念的競合の関係に立つため、このような結論が導かれるものです。

 裁判官は、

  • 略式命令の傷害の事実が本件公訴事実の恐喝の一手段であるSに対する傷害と同一のものであることはあきらかである
  • そして、Sに対する傷害は、本件公訴事実の恐喝の重要な一手段をなしており、金員の出所もほとんどがSではないが、これを交付しているのはSである
  • したがって、略式命令の傷害の事実と恐喝の本件公訴事実とは、基本的な事実関係が同一であるから、本件公訴事実は、確定の略式命令があるのにこれと同一の公訴事実について起訴したものであり、免訴すべきものである

と判示しました。

東京高裁判決(昭和46年8月19日)

 最初は、被害者にばかにされたと考えて憤激して暴行を加えたが、その結果、被害者が畏怖しているのに乗じて金員喝取(かっしゅ)の意図を生じ、更に暴行を加えて、その結果、傷害を負わせた事案で、傷害罪と恐喝罪は観念的競合になるとしました。

 この判例で、裁判官は、

  • 被告人が、被害者に対して脅迫暴行を加えた当初は、被害者に馬鹿にされたと考えて憤激の余に出たものであって、金員喝取の手段としたものではないと認め得るが、その結果、被害者の畏怖している状態に乗じて金員喝取の意図を生じ、来合せた他の両被告人と意を通じ、更に激しく暴行を加えて畏怖の念を深め、結局3000円の現金を交付させているのである
  • 職権により調査するに、原判決は被告人ら共謀による恐喝罪と傷害罪を認定し、両罪を併合罪として処分していることが明らかである
  • しかし、本件における被告人らの被害者に加えた一連の暴行は、一面において恐喝の意図を達する手段として、他面同人に対する敵意の表現として行われたものであり、その結果、被害者を畏怖させて金員を交付させると共に、同人に傷害を負わせたのであって、一個の行為で数個の罪名に触れる場合に当る
  • 両罪を併合罪として処断した原判決は法令の適用を誤ったものであり、その誤りが判決に影響を及ぼすことは明らかであるから、破棄を免れない

と判示し、一審の判決が傷害罪と恐喝罪の両罪は併合罪になると判示したのを否定し、両罪は、観念的競合の関係になり、一罪となるとしました。

傷害罪と恐喝罪を包括一罪とした事例

 傷害罪と恐喝罪が包括一罪になるとした事例として、以下の判例があります。

東京地裁判決(平成8年4月16日)

 この判例は、傷害を負わせた後に恐喝の犯意を生じ、さらに暴行を加えて金員を喝取した事案で、恐喝と傷害は、被害者が同一であって、時間的、場所的に共通あるいは近接している上、恐喝の犯意形成前の暴行が実質的にみて恐喝の手段となっている関係が認められるから、両者の混合した包括一罪と認めるべきであるとした事例です。

 事案の内容は、先行して2人が被害者に暴行を加えて傷害を負わせた後、後から来た2人が先行者の暴行によって被害者が畏怖しているのを認識、認容した上、これを恐喝遂行の手段として積極的に利用する意思の下に、先行者2人と意思を通じて、さらに被害者に暴行を加えて金員を喝取したというものです。

 裁判官は、

  • 本件恐喝と傷害は、被害者が同一であって、時間的、場所的に共通あるいは近接している上、恐喝の犯意形成前の暴行が実質的にみて恐喝の手段となっている関係が認められるから、両者の混合した包括一罪と認めるべきである
  • そして、関係各証拠によれば、被告人C及び被告人Dは、先行者である被告人A及び被告人Bが既に行った暴行によって生じたEの畏怖状態を認識、認容した上、これを恐喝遂行の手段として積極的に利用する意思の下に、犯行に加担したものと認められる
  • このような本件事実関係の下においては、被告人C及び被告人Dは、本件犯行全体について共同正犯としての罪責を負うというべきである

と判示し、犯行の先行行為者はもちろんのこと、犯行の後行行為者も共同正犯として犯行全部の責任を負うとして、傷害罪及び恐喝罪の刑責を負うとした上、傷害罪と恐喝罪は包括一罪になるとしました。

次回記事に続く

 次回の記事では、傷害罪と

  • 汽車転覆等及び同致死罪
  • 選挙妨害罪
  • 住居侵入罪・不退去罪
  • 凶器準備集合罪
  • 脅迫罪
  • 銃刀法違反

との関係について説明します。

傷害罪(1)~(32)の記事まとめ一覧

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