これから、複数回にわたり、遺失物横領罪、占有離脱物横領罪について解説していきます。
刑法上では、遺失物横領罪と占有離脱物横領罪を包括して、「遺失物等横領罪」と呼んで整理するのが一般的なので、この記事でも「遺失物等横領罪」と呼んでいきます。
条文
遺失物等横領罪は、刑法254条に規定があります。
刑法254条
遺失物、漂流物その他占有を離れた他人の物を横領した者は、1年以下の懲役又は10万円以下の罰金若しくは科料に処する。
窃盗罪と横領罪との違い
遺失物等横領罪は、
他人の占有の侵害も、他人との委託信任関係の侵害も伴わない形態による他人の財物の領得行為
です。
窃盗罪との区別
遺失物等横領罪が、窃盗罪(刑法235条)と区別される点は、
他人の占有を侵害する方法によることなく、他人の物を領得するという点
にあります。
窃盗罪は、他人が占有するもの(管理するもの)を領得(窃取)することで成立する犯罪です。
これに対し、遺失物等横領罪は、紛失や置き忘れにより、他人の占有状態(管理状態)が失われている物を領得したときに成立する犯罪です。
横領罪との区別
遺失物等横領罪が、横領罪(刑法252条)と区別される点は、
他人に対する任務違背を必要としない点
にあります。
横領罪は、他人から預けられるなどして管理を任され、もともと自分の手元にある物を領得したときに成立する犯罪です。
これに対し、遺失物等横領罪は、他人から管理を任されておらず、自分に管理(占有)がなく、紛失や置き忘れにより、他人の占有状態(管理状態)が失われている物を領得したときに成立する犯罪です。
このような性質に照らし、本条の罪は、体系的には、背信的な財物領得罪である横領罪の一種ではなく、他人の占有に属さない他人の財物を領得する罪として、最も単純な形態の領得罪であると位置づけられています。
この点について、以下の判例があります。
この判例は、遺失物等横領罪と252条の横領罪の関係について、
- 物の占有の原因が委任・事務管理・後見等の委託関係に基づくことを要するのが252条の横領罪である
- そのような委託関係が存在しない場合、すなわち遺失物、漂流物、誤って占有した物件、他人の置き去った物件、逸去した家畜等の場合には、 遺失物等横領罪が成立するのは別として、252条の横領罪は成立しない
旨判示しました。
親族相盗例の適用
遺失物等横領罪は、刑法255条により、親族間の犯罪に関する特例(刑法244条)が準用されます。
本罪の主体(犯人)と財物の所有者との間に、一定の親族関係がある場合には、刑の免除がなされ、又は、親告罪になることがあります。
詳細は別の記事で解説しています。
遺失物等横領罪の客体
本罪の客体は、
- 遺失物
- 漂流物
- その他占有を離れた他人の物
です。
「遺失物」とは、
占有者の意思に基づかないでその占有を離れ、未だ何人の占有にも属しない物
をいいます。
「漂流物」とは、
遺失物のうち、水中又は水面上に存在する物
をいいます。
「占有を離れた他人の物」に当たるものとしては、
- 埋蔵物
- 所有者が支配を示さずに一時道ばたに差し置いた物
- 所有者が他人の占有の及ぶ場所に置き忘れた物
- 当事者間において見誤ったり、知らないうちに授受した物
- 窃盗犯人が他所に遺棄した盗難品
- 行路病死者の携帯品
- 逸走した家畜家禽・動物
- 自然力の作用で占有者の占有を離れた物
が挙げられます。
本罪の客体の属性として、「占有を離れた他人の物」といえるかどうかが重要
遺失物等横領罪の客体となるには、
占有を離れた他人の物といえるかどうか
が重要になります。
この点について、以下の判例で示さています。
大審院判例(明治43年12月2日)
この判例で、裁判官は、
- 刑法第254条に、いわゆる占有を離れたる物とは、同条に例示せる遺失物漂流物等のごとく偶然に占有者の占有を脱したる物件を意味し、遺失物法において遺失物に準したる逸走の家畜誤て占有をなしたる件も総じてその中に包含せしむるの法意なりとす
と判示し、遺失物等横領罪の「占有を離れた他人の物」とは、
「偶然に占有者の占有を脱したる物件」
と定義し、本罪の客体となるための物の属性として、占有を離れた他人の物であることを必須要件としています。
占有離脱物横領罪の認定ポイント
裏からいえば、占有離脱物等横領罪の認定ポイントは、
他人の占有が、物の上に及んでいないこと
になります。
もし、他人の占有が、領得した物の上に及んでいたのであれば、占有離脱物等横領罪は成立せず、窃盗罪か横領罪が成立します。
「他人の占有が、なおもその物の上に及んでいないかどうか」をしっかりと見極めないと、誤った罪名で犯人を処罰することになってしまうので、慎重に判断する必要があります。
「他人の物」の定義
「他人の物」とは、
他人の所有に属する物
をいいます。
他人の所有に属する物であれば足り、その所有権が誰に帰属するかが、明らかである必要はありません(最高裁判例 昭和25年6月27日)。
誰の所有にも属さない無主物は、遺失物等横領罪の客体にはなりません。
この点ついては、窃盗罪(刑法235条)や横領罪(刑法252条)などの他の財産犯と同じです。
なお、横領罪(刑法252条)や業務上横領罪(刑法253条)については、客体が「自己の占有する他人の物」であることが要件とされていますが、遺失物等横領罪については、犯人が客体を占有していることは、必ずしも必要とされていません。
自己の占有がない場合(初めから領得の意思で拾得する場合)にも、自己の占有がある場合(領得の意思なく拾得したところ,その後に着服する場合)にも、遺失物等横領罪が成立します。
次回
裁判官が、遺失物等横領罪を認定するに当たって、犯人が領得した物について、持ち主の占有を離れていたか、それとも離れていなかったが争点になります。
次回は、占有の離脱の判断基準について、判例を用いて解説します。