刑法(遺失物横領・占有離脱物横領罪)

遺失物・占有離脱物横領罪② ~「占有を離れたかどうか(占有の有無)の判断基準」『「占有を離れた」と認められ、遺失物等横領罪が成立した判例』を解説~

 前回の続きです。

 裁判官が、遺失物等横領罪(刑法254)を認定するに当たって、犯人が領得した物について、持ち主の占有を離れていたか、それとも離れていなかったが争点になります。

 今回は、占有の離脱の判断基準について、判例を用いて解説します。

占有を離れたかどうか(占有の有無)の判断基準

 遺失物等横領罪において、領得した物が、持ち主の占有を離れたかどうか(占有が失われているかどうか)の判断基準は、判例の流れを追って理解していくことになります。

 占有の有無の認定に関する判例として、最高裁判例(昭和32年11月8日)が重要になりますので紹介します。

 被害者がバスを待つ間に、行列中に一時置き忘れたカメラについての占有の有無が争われた事案です。

 裁判官は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は、物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するをもって足りると解すべきである
  • しかして、その物が、なお占有者の支配内にあるというを得るか否かは、通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によって決するのほかはない
  • 本件カメラは、被害者がバスを待つ間に、身辺の左約30cmのコンクリート台の上に置いたものであったこと、被害者は行列の移動に連れてそのまま改札口の方向へと進んだが、カメラを置いた場所から約19 ・58 m進んだ地点で置き忘れに気付き、直ちに引き返したが、その時には既に被告人がこれを持ち去っていたこと、行列が動き始めてからその場に引き返すまでの時間は約5分であったことなどの事実関係を客観的に考察すれば、カメラはなおも被害者の実力的支配のうちにあったもので、占有を離脱した物とは認められない

と判示し、被害者の占有は未だ失われていないから、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

 この判例は、刑法上の占有の概念を

人が物を実力的に支配する関係

と解し、占有の有無について、

個々の具体的事案に応じて社会通念によって判断すべきである

との考え方を示した点が支持されています。

 個々の具体的事案における判断について、たとえば、

  • 領得された財物の性質(放置されやすいものかなど)
  • 財物の所在していた場所(開放的空間か閉鎖的空間か、不特定多数の者が立ち入るかどうかなど)
  • 財物の管理状況
  • 財物の所有者の占有意思

などを前提に、実力的支配が及んでいるかどうかを社会通念によって判断していくことになります。

 そして、この判断に当たっては、判例の傾向をつかんで理解していくことになります。

 以下で、「占有の離れた」と認められ、遺失物等横領罪が成立した判例を紹介します。

「占有を離れた」と認められ、遺失物等横領罪が成立した判例

 「占有を離れた」と認められ、遺失物等横領罪が成立するとした判例は

  1. 所有者等が置き忘れた物
  2. 窃盗犯人が放置した物
  3. 偶然の事情等により第三者(行為者)の手中に入った物
  4. 逃げ出した家畜等

という4つの類型に分けられます。

① 所有者等が置き忘れた物

 4類型のうちの1つ目の『所有者等が置き忘れた物』について説明します。

 『所有者等が置き忘れた物』とは、路上など不特定多数者が出入りする場所に置き忘れられ、長期間そのまま放置されていた物がこれに当たります。

 『所有者等が置き忘れた物』は、

  • 路上放置物
  • 不特定多数者の出入りする場所に放置された物

に分けて整理して考えることができます。

路上放置物に関する判例

仙台高裁判例(昭和30年4月26日)

【事案】

飲酒酩酊者が、午後7時半頃に自転車もろとも路上に転倒し、その場に自転車を放置したまま約110m離れた知人の家に立ち寄るなどし、その頃には自転車のことは失念してその所在も分からなくなっていたが、それを午後8時頃に被告人が持ち去ったという事案。

 裁判官は、

  • 被害者は、自転車のことは失念し、その所在も分からなくなっていたものであると認めるのが相当である
  • そうだとすれば、その自転車は被害者の意思に基かずして、被害者の所持を離れたもので、かつ少くとも、被害者が知人方に来た頃には、その自転車は被害者の事実上の支配から離れたものと認めるのを相当とする
  • 被告人がその自転車を発見領得したのは、既に被害者が、その自転車の事実上の支配を失った後であると認めざるを得ない
  • されば、たとえ被告人が窃盗の意思をもって、自転車を自己の支配内に移したとしても、その不正領得の目的物である自転車が他人の占有を離れた物である以上、これを領得した場合、占有離脱物横領罪を構成し、窃盗罪は成立しない

と判示しました。

東京高裁判例(昭和36年8月8日)

【事案】

 飲酒酪酊者が、午前1時頃に店を出て自転車を引いて帰宅する途中、友人と口論になったために、自転車を道路端に放置したままその場から立ち去り、自転車がないことに気付いたときには、放置した場所を思い出すことができず、近くの交番に届け出ても相手にされず、そのまま帰宅したところ、午前5時頃に被告人が持ち去ったという事案。

 裁判官は、

  • 被害者は、自転車のないことに気付き交番に行き届け出でたが、酔っているからその辺にあるのだろうと相手にされなかったので、結局そのまま帰宅した
  • 被害者は、酩酊のため自転車を放置した場所について、C飲食店前であったか、Bと口論した場所であったかも失念していた
  • 他面、被告人は、道路端に倒れている自転車を発見し、これをひいて約3000m北方のD方前まで行き、たまたま起き出ていた同人方家人に自転車の所有者の所在を尋ねたところ、付近に交番があるからそこに届け出るようすすめられたが、ここで不法領得の意思を生じ、そのままこれに乗り、日光方面に向かった
  • そうだとすれば、自転車は、被害者がこれを放置してその場を立ち去った際、被害者の事実上の支配を離れたものと認めるのが相当である
  • その時から数時間を経て、これを発見拾得し、不法領得の意思をもってこれを持ち去った被告人の所為は、占有離脱物横領罪を構成し、窃盗罪は成立しない

と判示しました。

東京高裁判例(平成24年10月17日)

【事案】

 被害者が、千葉県のJR五井駅近くの空き地(駐輪施設ではなく、事実上の駐輪場として利用されていた状況もうかがえない場所)に自転車を無施錠のまま駐輪して電車に乗り、その半日後頃に、被告人がそれを乗り去ったが、被害者は、その4日後になって初めて駐輪場所に戻り、盗難の被害に気付いたという事案。

 裁判官は、

  • 無施錠のまま路上等に置かれた自転車について、その所有者等の占有が一般に認められるのは、無施錠であることと相まって、当該自転車が一時的に置かれたもので所有者等がその付近で活動するなどしており、必要に応じて、容易に自ら当該自転車を現実に管理することが可能な状況にあることが想定されるからである
  • 本件のように、所有者等が、無施錠のまま、長時間にわたり、自ら当該自転車を管理するととが不可能な遠方まで出掛けている場合には、占有を認める前提となるべき上記のような客観的事情が存在しない
  • その上、その場合の駐輪状況は、第三者に窃取された自転車が遺棄されている状況と何ら異なるところはない
  • であるから、無施錠の自転車は、他人においてこれを容易に持ち去ることができることをも併せ考えると、そのような場合にまで無施錠のまま路上等に置かれた自転車に対する所有者等の占有を認めることはできない

などと説示して、窃盗罪の成立を否定し、占有離脱物横領罪の成立を認めました。

不特定多数者の出入りする場所に放置された物に関する判例

大審院判例(大正10年6月18日)

 列車内の放置物であるが、乗客が忘れた新聞紙に包まれた2を他の乗客が領得した事案で、裁判官は、

  • 列車の乗務員には、その場所の管守者として遺失物の交付を受ける権能はあるものの、そのことから当然に2の占有者となるものではない

と説示し、窃盗罪の成立が否定し、遺失物等横領罪の成立するとしました。

大審院判例(大正15年11月2日)

 列車内に乗客が忘れた毛布1枚を停車駅で勤務していた鉄道連結手が領得した事案で、裁判官は、

  • 列車の乗務員には、その場所の管守者として遺失物の交付を受ける権能はあるものの、そのことから当然に毛布1枚の占有者となるものではない

と説示し、窃盗罪の成立が否定し、遺失物等横領罪の成立するとしました。

大審院判例(大正2年8月19日)

 納税に来た人が、村役場の事務室内に置き忘れた十円紙幣3枚を、村役場の収入役が領得した事案で、裁判官は、

  • 村役場を管理する村長には、その場所の管守者として遺失物の交付を受ける権能はあるものの、そのことから当然に毛布1枚の占有者となるものではない

と説示し、窃盗罪の成立が否定し、遺失物等横領罪の成立するとしました。

東京高裁判例(平成3年4月1日)

 開店中の大型スーパーマーケット内のベンチ上に置き忘れられた札入れを、被告人が、その約10分後に領得したという事案で、裁判官は、

  • 被害者が館内の6階のエスカレータ―脇のベンチの上に札入れを置き忘れたまま、片道約2分20秒を要する地下1階の食品売場まで移動していたことや、付近に手荷物らしきものはなく、札入れのみが約10分間も放置された状態にあったことなどに照らすと、被害者が置き忘れた場所を明確に記憶していたことや、ベンチの近くに居合わせた女性が札入れの存在に気付いており、持ち主が取りに戻るのを予期してこれを注視していたという事情があったところで、社会通念上、被告人が領得した時点では札入れは被害者の占有下にあったとは認めがたい

と判示し、窃盗罪の成立を否定し、占有離脱物横領罪の成立を認めました。

 もっとも、この判例の結論とは反対に、占有離脱物横領罪の成立を否定し、窃盗罪が成立するとした以下の判例もあります。

最高裁判例(昭和32年11月8日)

 行列してバスを待っていた被害者が、身辺約30センチメートルの位置にあるコンクリート台上に置き忘れた写真機を、被害者が行列の移動につれて改札口方に写真機を置いた場所から約19.58メートルの所まで進み、写真機を置き忘れたことに気づいて引き返すまでの約5分間の間に、犯人が写真機を持ち去った事件について、写真機に対する被害者の占有を認め、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するをもって足りると解すべきである
  • その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは、通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によって決するほかはない
  • 具体的状況 (被害者が行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約5分に過ぎないもので、かつ、写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約19・58メートルに過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、写真機は、なお被害者の実力的支配のうちにあったもので、未だ占有を離脱したものとは認められない

旨判示し、窃盗罪の成立を認めました。

 不特定多数者が出入りする場所に放置されたものであっても、被告人による領得行為が時間的・場所的に接着して行われた場合には、被害者の占有の継続が肯定され、窃盗罪の成立を認める判例が少なからずあるので、留意する必要があります。

② 窃盗犯人が放置した物

 4類型のうちの2つ目の『窃盗犯人が放置した』について説明します。

 窃盗犯人が放置した物(遺失物法では、2条1項の準遺失物のうち「他人の置き去った物」に当たる)を領得する行為も、遺失物等横領罪を成立させます。

 この点について、以下の判例があります。

広島高裁判例(昭和29年10月27日)

 窃盗犯人が置き去り、窃盗犯人の占有を離脱した盗品(古鉄)を持ち去った事案について、占有離脱物横領罪が成立し、窃盗罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 氏名不詳の若い男2人が、古鉄を工場から盗み出し、工場付近の公道の砂の中に隠し、格別見張り等を付けないで、置き去ったものであったことが認められる
  • 本件は、窃盗犯人において見張り等を付けて看守していた形跡は認められず、かつ公道上のことであってみれば、当該物件(古鉄)は、窃盗犯人の占有下にあったものとは到底認め難いところである
  • したがって、これを不正に領得したとしても窃盗罪を構成せず、正に刑法254条にいわゆる占有を離れた他人の物を横領した者に該当し、同条所定の横領罪(占有離脱物横領罪)を構成するものと解するのを相当とする

と判示しました。

東京高裁判例(昭和34年8月15日)

 この判例では、窃盗犯人が東京都内で窃取して千葉県内の路傍に放置した自動車のタイヤ4本を取り外した行為が、遺失物等横領罪に当たるとしました。

③ 偶然の事情等により第三者(行為者)の手中に入った物

 4類型のうちの3つ目の『偶然の事情等により第三者(行為者)の手中に入った物』について説明します。

 所有者等の錯誤や偶然の事情によってその占有を離れ、行為者の手中に入ってきた物(遺失物法では、2条1項の準遺失物のうち「誤って占有した他人の物」に当たる)を領得した場合にも、遺失物等横領罪が成立します。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判例(明治32年3月16日)

 執達吏に同行して来た債権者が、被告人宅に置き忘れた貸金証等在中の風呂敷包みを、被告人が領得した事案で、遺失物等横領罪が成立するとしました。

大審院判例(大正34年5月23日)

 相手方から過払いされた現金を、被告人が受領後に隠匿して領得した事案で、遺失物等横領罪が成立するとしました。

大審院判例(明治38年3月9日)

 白木綿入り荷物65個の回送を委託された者が、荷物を誤って1個多く受領したことに気付き、それを着服した事案で、遺失物等横領罪が成立が成立するとしました。

大審院判例(明治43年12月2日)

 被告人が銀行で小切手を換金した際、銀行給仕が他の客と間違えて、本来受け取るべき金額よりも多額の現金を被告人に交付したところ、被告人が受領後にこれに気付き、返還を拒否するなどして着服した事案で、遺失物等横領罪が成立するとしました。

大審院判例(大正6年10月15日)

 誤配達された為替券在中の郵便物を領得した事案、遺失物等横領罪が成立するとしました。

名古屋高裁判例(昭和26年10月30日)

 信用組合の出納事務係員が、他の客と誤って多額の現金を被告人に交付し、被告人がこれを領得した事案で、遺失物等横領罪が成立するとしました。

④ 逃げ出した家畜等

 4類型のうちの4つ目の『逃げ出した家畜等』について説明します。

 遺失物法2条1項の準遺失物とされている「逸走した家畜」、あるいは、民法195条が規定する他人が飼育していた「家畜以外の動物」で逸走したものは、未だ誰の占有にも属していない場合には、遺失物等横領罪の客体になります。

 この点について、以下の判例があります。

最高裁判例(昭和56年2月20日)

 養殖業者の網いけすから付近に設置されていた建て網に入り込んだ錦鯉を捕獲して売却した事件で、錦鯉に帰巣本能がないことから、窃盗罪ではなく、遺失物横領罪が成立すると判示しました。

 なお、家畜等の動物でも、占有者である飼い主の下に帰還する習性(帰巣本能)を備えている動物(犬や猫など)については、飼い主の下に帰還し得る範囲内にある限りは、飼い主の占有が継続しており、窃盗罪の客体にはなっても、遺失物等横領罪の客体には当たらないので、留意が必要です。

次回

 今回は、『「占有を離れた」と認められ、遺失物等横領罪が成立した判例』の説明をしました。

 次回は、これとは反対に、『「占有を離れた」と認められず、遺失物等横領罪が成立しなかった判例』の説明をします。

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