前の記事の続きです。
殺人の方法は様々です。
溺死殺の事案、絞殺の事案、毒殺の事案、胎児の分娩の事案、焼殺の事案、児童虐待の事案について、殺意が争われた裁判例として、以下のものがあります。
溺死殺の事案
東京高裁判決(昭和35年9月8日)
被告人が、ほか2名の者とともに、被害者に暴行を加え、その場に失神させたが、復讐や警察への申告を恐れて、被害者を水中に投棄して殺害して水死を仮装しようと相談中、被害者が気がつき、起き上がって逃げ出したので、追い掛けて胸を突き、水中に転落・溺死させた事案について、殺意を認めました。
東京高裁判決(昭和60年5月28日)
被害者が高度の酩酊状態にあることを認識しながら、橋の上から約6メートル下の水深0.5~2.2メートルの川に投げ込んだ事案で、殺意を認めました。
高松高裁判決(昭和32年3月11日)
砲弾の密引揚げの取締りのため、被告人の漁船に乗り移ってきた海上保安官に体当たりをして海中に転落させ逃走した事案で、付近にいた巡視船に発見・救助されることを期待していたとして殺意を否定しました。
絞殺の事案
絞殺の場合は確定的殺意のあることが多いです。
そのような中で、絞殺の事案で未必の殺意を認定した事案として以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和40年6月25日)
少女にわいせつ行為をするに際し、声を出させまいとして継続的に頸部を締め、死亡させた事案で、未必の殺意を認定しました。
毒殺の事案
東京地裁判決(平成7年12月19日)
医学部付属動物実験施設の技官が、犬猿の仲であった同僚のお茶に、実験用バクテリアの培養液の雑菌の繁殖を抑えるために使用していた酢酸タリウムを混入し、タリウム中毒死させたという事案で、「被告人は酢酸タリウムに脱毛作用があることは知っていたが、人を死亡させるような強い毒性があることは知らなかった」との主張を排斥し、確定的殺意を認定しました。
胎児の分娩の事案
札幌地裁判決(昭和52年1月18日)
妊娠中絶の機会を失った未婚の女性が、自宅便所内で胎児を分娩し、便槽内に産み落として溺死させた事案で、異常に急速な分娩で殺意を形成する余裕のない状況であったとを認定し、殺意の証明が十分でないとし、殺意を否定しました。
焼殺の事案
東京高裁判決(平成8年12月2日)
被告人は、被害者らが就寝中の室内にシンナーをまき、その身体にもシンナーをかけた上、ライターで火を付けるような素振りをみせて被害者らを脅したところ、予想に反して被害者らが驚かず反抗的な態度を示したため、ライターでシンナーに点火して火を放ち、被害者らを死傷させた事案で、現住建造物等放火の未必の故意とともに、未必の殺意を認めたました。
児童虐待の事案
6歳の男児に対し、虐待行為を繰り返した結果、男児が極度に衰弱していることを認識していたにもかかわらず、男児をビニール袋に入れて、その口を固く二重に結んだ上、大型スポーツバッグに入れてファスナーを閉めるなどし、助けを求める男児の声を無視して約5分間そのまま放置し、窒息死させた事案で、未必の殺意を認めました。
大阪地裁判決(平成17年2月4日)
4歳の甥が、自分の布団の上に寝小便をしたことなどに腹を立て、甥の両足首を持って逆さ吊りにし、高さ40センチメートル位から落下させ、頭部を床に打ち付けさせるなどし、硬膜下血腫に基づく外傷性脳腫脹による脳機能障害で死亡させた事案で、未必的にせよ殺意があったとするには合理的な疑いを入れる余地があるとし、殺意を否定しました。
なお、この判決は、床が畳敷きでじゅうたんも敷かれていたこと、被告人は犯行時18歳の未成年者で、乳幼児に接する機会も少なく、乳幼児の頭部への打撃の危険性に対する認識が薄かったことなどが考慮されました。
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