平成29年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ

 平成29年司法予備試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。

 この論文からは以下のテーマが学べます。

1⃣ 殺人未遂罪(刑法203条199条)、殺人予備罪刑法201条199条

2⃣ 業務上過失致死罪刑法211条

3⃣ 虚偽診断書作成罪刑法160条)、虚偽診断書行使罪刑法161条1項

4⃣ 犯人隠避罪刑法103条

5⃣ 証拠隠滅罪刑法104条

6⃣ 刑法総論

 未遂犯と不能犯間接正犯因果関係

問題

 以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について論じなさい(特別法違反の点を除く。)。

1 甲(40歳、男性)は、公務員ではない医師であり、A私立大学附属病院(以下「A病院」という。)の内科部長を務めていたところ、V(35歳、女性)と交際していた。Vの心臓には特異な疾患があり、そのことについて、甲とVは知っていたが、通常の診察では判明し得ないものであった。

2 甲は、Vの浪費癖に嫌気がさし、某年8月上旬頃から、Vに別れ話を持ち掛けていたが、Vから頑なに拒否されたため、Vを殺害するしかないと考えた。甲は、Vがワイン好きで、気に入ったワインであれば、2時間から3時間でワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を一人で飲み切ることを知っていたことから、劇薬を混入したワインをVに飲ませてVを殺害しようと考えた。

 甲は、同月22日、Vが飲みたがっていた高級ワイン1本(750ミリリットルの瓶入り)を購入し、同月23日、甲の自宅において、同ワインの入った瓶に劇薬Xを注入し、同瓶を梱包した上、自宅近くのコンビニエンスストアからVが一人で住むV宅宛てに宅配便で送った。劇薬Xの致死量(以下「致死量」とは、それ以上の量を体内に摂取すると、人の生命に危険を及ぼす量をいう。)は10ミリリットルであるが、甲は、劇薬Xの致死量を4ミリリットルと勘違いしていたところ、Vを確実に殺害するため、8ミリリットルの劇薬Xを用意して同瓶に注入した。そのため、甲がV宅宛てに送ったワインに含まれていた劇薬Xの量は致死量に達していなかったが、心臓に特異な疾患があるVが、その全量を数時間以内で摂取した場合、死亡する危険があった。なお、劇薬Xは、体内に摂取してから半日後に効果が現れ、ワインに混入してもワインの味や臭いに変化を生じさせないものであった。

 同月25日、宅配業者が同瓶を持ってV宅前まで行ったが、V宅が留守であったため、V宅の郵便受けに不在連絡票を残して同瓶を持ち帰ったところ、Vは、同連絡票に気付かず、同瓶を受け取ることはなかった。

3 同月26日午後1時、Vが熱中症の症状を訴えてA病院を訪れた。公務員ではない医師であり、A病院の内科に勤務する乙(30歳、男性)は、Vを診察し、熱中症と診断した。乙からVの治療方針について相談を受けた甲は、Vが生きていることを知り、Vに劇薬Yを注射してVを殺害しようと考えた。甲は、劇薬Yの致死量が6ミリリットルであること、Vの心臓には特異な疾患があるため、Vに致死量の半分に相当する3ミリリットルの劇薬Yを注射すれば、Vが死亡する危険があることを知っていたが、Vを確実に殺害するため、6ミリリットルの劇薬YをVに注射しようと考えた。そして、甲は、乙のA病院への就職を世話したことがあり、乙が甲に恩義を感じていることを知っていたことから、乙であれば、甲の指示に忠実に従うと思い、乙に対し、劇薬Yを熱中症の治療に効果のあるB薬と偽って渡し、Vに注射させようと考えた。

 甲は、同日午後1時30分、乙に対し、「VにB薬を6ミリリットル注射してください。私はこれから出掛けるので、後は任せます。」と指示し、6ミリリットルの劇薬Yを入れた容器を渡した。乙は、甲に「分かりました。」と答えた。乙は、甲が出掛けた後、甲から渡された容器を見て、同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたが、甲の指示に従い、同容器の中身を確認せずにVに注射することにした。

 乙は、同日午後1時40分、A病院において、甲から渡された容器内の劇薬YをVの左腕に注射したが、Vが痛がったため、3ミリリットルを注射したところで注射をやめた。乙がVに注射した劇薬Yの量は、それだけでは致死量に達していなかったが、Vは、心臓に特異な疾患があったため、劇薬Yの影響により心臓発作を起こし、同日午後1時45分、急性心不全により死亡した。乙は、Vの心臓に特異な疾患があることを知らず、内科部長である甲の指示に従って熱中症の治療に効果のあるB薬と信じて注射したものの、甲から渡された容器に薬剤名の記載がないことに気付いたにもかかわらず、その中身を確認しないままVに劇薬Yを注射した点において、Vの死の結果について刑事上の過失があった。

4 乙は、A病院において、Vの死亡を確認し、その後の検査の結果、Vに劇薬Yを注射したことが原因でVが心臓発作を起こして急性心不全により死亡したことが分かったことから、Vの死亡について、Vに対する劇薬Yの注射を乙に指示した甲にまで刑事責任の追及がなされると考えた。乙は、A病院への就職の際、甲の世話になっていたことから、Vに注射した自分はともかく、甲には刑事責任が及ばないようにしたいと思い、専ら甲のために、Vの親族らがVの死亡届に添付してC市役所に提出する必要があるVの死亡診断書に虚偽の死因を記載しようと考えた。

 乙は、同月27日午後1時、A病院において、死亡診断書用紙に、Vが熱中症に基づく多臓器不全により死亡した旨の虚偽の死因を記載し、乙の署名押印をしてVの死亡診断書を作成し、同日、同死亡診断書をVの母親Dに渡した。Dは、同月28日、同死亡診断書記載の死因が虚偽であることを知らずに、同死亡診断書をVの死亡届に添付してC市役所に提出した。

答案

第1 甲の罪責

1 甲が劇薬入りワインをV宅に宅配便で送った行為につき、殺人未遂罪(刑法203条199条)又は殺人予備罪(刑法201条199条)が成立しないか。

⑴ 殺人の故意が認められるか。

 甲は、劇薬Xの致死量が10ミリリットルのところ、4ミリリットルであると勘違いしていたものであるが、確実に殺害するために8ミリリットルの毒薬Xをワインに入れているので、殺人の故意が認められる。

⑵ 殺人罪の実行の着手は認められるか。

 「実行の着手」は、実行行為を行い、法益侵害(構成要件的結果)の現実的危険が発生した時点で認められる。

 法益侵害の現実的危険のある行為の開始をもって、実行の着手が認められるので、この時点で未遂罪の成立が認められる。

 これは、法益侵害の現実的危険が発生すれば、犯罪の結果が発生していなくても、当該行為を未遂罪として処罰する価値が生まれるためである。

 Vは特異な心臓疾患に罹患していたため、8ミリリットルの劇薬Xを摂取すれば死亡する危険性があった。

 かつ、本件ワインはVが飲みたがっていたものであり、Vは2~3時間でワイン1本を飲みきるので、本件ワインがVが飲むことができる状態に置かれたのであれば、Vの死亡という法益侵害の現実的危険が発生し、実行の着手が認められるといえる。

 しかし、本件ワインはV宅に到達していない。

 毒物の郵送による殺人の場合は、毒物が相手方の支配下に到達しなければ、相手方が毒物を摂取することができないので、法益侵害の現実的危険は発生していないと考える。

 よって、本件ワインがV宅に到達していない以上、殺人罪の実行の着手が認められず、殺人未遂罪は成立しない。

⑵ では、不能犯とならないか。

 不能犯とは、犯罪の実行行為とみられるような行為をしたが、その行為では、犯罪を実現する可能性(危険性)がなかったために、犯罪結果が発生しなかった場合をいう。

 犯罪行為の実行があったといえるためには、その行為が犯罪を実現できる性質のものでなければならない。

 犯罪の実現が客観的に不能な行為は、犯罪の実行行為があったといえず、法益侵害の現実的危険性が発生していないので、犯罪が成立しない。

 本件ワインは、V宅に到達しておらず、Vは本件ワインを摂取する可能性(危険性)がないので、客観的に殺人を実現することができない。

 よって、甲が本件ワインをV宅に宅配便で送ったが到達しなかった行為は、殺人罪の不能犯である。

⑶ では、殺人予備罪が成立しないか。

 殺人予備罪は、殺人罪を犯す目的で、殺人罪の実行行為に至らない準備行為を行うことによって成立する。

 殺人予備が成立するためには、客観的・実質的な危険性が認められることを要する。

 甲が劇薬X入りワインを準備し、V宅に宅配便で送る行為は、殺人の準備行為である。

 甲は、別れ話がもつれたため、Vを殺害するしかないと考え、劇薬Xを用意したり、それを入れるワインを購入するなどの準備行為をしており、「殺人の予備行為をする」という故意も認められる。

 本件ワインはVにとって致死量であり、実質的な危険性が認められる。

 よって、殺人予備罪が成立する。

2 甲が乙を用いて劇薬YをVに注射させて死亡させた行為につき、殺人罪の間接正犯が成立しないか。

⑴ 間接正犯が成立しないか。

 間接正犯とは、人を道具として使って犯罪を実行することをいう。

 間接正犯で利用される「道具として使われる他人」として、「犯罪を行う故意がない人」が挙げられる。

 甲は、熱中症の症状で病院を訪ねたVに、劇毒Yを注射して殺害することを考え、致死量である劇薬Yを6ミリリットル混入したB薬を作り、その事情を秘して、乙にB薬6ミリリットルをVに注射するよう依頼し、乙はそれを了承した。

 そして、乙は、甲がVを殺害しようとしていることや、B薬が毒薬であることの事情を知らないまま、甲の言うとおりに乙にB薬を注射している。

 よって、乙は、Vを殺害する故意がなく、「道具として使われる他人」に当たる。

 そして、甲は、乙を道具として使って殺人を実行したといえる。

 したがって、間接正犯が成立する。

⑵ 殺人罪の実行の着手は認められるか。

 乙がVに注射を開始したB薬は、一般的に致死量に値する6ミリリットルの劇薬Yであり、法益侵害の現実的危険が発生したといえ、殺人罪の実行の着手が認められる。

⑶ 甲が乙を使ってVにB薬(劇薬Y)を注射した行為とVの死亡とに因果関係が認められるか。

 乙がVへの注射を途中でやめたため、Vが注射した劇薬Yは3ミリリットルであり、一般的な致死量である6ミリリットルに至っていないが、Vは、特異な心臓疾患を有していたため死亡した。

 よって、乙の行為とV死亡との間に因果関係が認められるかが問題となる。

 「因果関係」とは、犯罪行為と犯罪結果との間にある原因と結果の関係をいう。

 因果関係は、偶発的な結果を排除して適正な帰責範囲を確定するものである。

 因果関係は、社会通念上の経験法則に照らして、行為から結果が発生することが通常(相当)と認められるかの基準で、行為の危険性が結果へと現実化したといえるかにより判断すべきと考える。

 具体的には、犯行の時点に立って、「一般人が認識し、予見できた事情」と「犯人が特に認識し、予見できた特別の事情」を基に判断すべきと考える。

 本件において、犯行の時点において、Vに特異な心臓疾患があることは一般人は認識できない事情であるが、熱中症の症状で体調不良を起こしているVに対し、致死量の半分とはいえ、劇薬Yをひそかに注射すれば死亡する可能性があることは、一般人の見地から予見できた事情といえる。

 また、Vに特異な心臓疾患がある事情は、甲が特に認識していた特別の事情である。

 よって、Vが特異な心臓疾患を有していたことは、因果関係を判断する基礎事情から除外されない。

 すると、3ミリリットルの劇薬YをVに注射した行為とVの死亡との間に因果関係を認めることができる。

⑷ よって、甲にVに対する殺人罪の間接正犯が成立する。

3 以上より、①殺人予備罪、②殺人罪の間接正犯が成立する。

 ①と②は、犯行の時期、犯行態様が別個であり、手段と結果の関係になく、社会通念上1個の行為から生じているものではないから併合罪刑法45条前段)となる。

第2 乙の罪責

1 Vに劇薬Yを注射した行為につき、業務上過失致死罪刑法211条)が成立しないか。

⑴ 注射行為に業務性が認められるか。

 業務上過失致死罪における「業務」とは、社会生活上の地位に基づき反復継続して行う行為で、かつ他人の生命身体等に危害を加えるおそれのあるものをいう。

 注射行為は、生命身体等に危害を加えるおそれのある行為であり、乙が医師という社会生活上の地位に基づき、反復継続して行うものなので「業務」に当たる。

⑵ 注意義務違反が認められるか。

 注意義務違反とは、注意をすれば結果を認識することができ、結果を回避し得たにもかかわらず、不注意により認識を欠き、結果を回避しなかったことをいう。

 注意義務違反として過失が肯定されるためには、「結果予見可能性」と「結果回避可能性」の両方が肯定されることが要件となる。

 注意義務における注意は、具体的事件の客観的状況において社会通念上一般的に要求されると考えられる程度の注意をいうと解する。

 乙の注意義務違反は、甲から渡された劇薬Yが入った容器の中身を確認せずにVに注射したことにある。

 乙は、同容器に薬剤名の記載がないことに気付いたのだから、間違った薬が入っていることを予見することは一般的に可能であったといえ、容器の中身を確認すれば、劇薬YをVに注射してVを死亡させる結果を回避することも一般的に可能であったといえることから、「結果予見可能性」と「結果回避可能性」があったことが認められる。

 よって、乙に注意義務違反が認められ、「必要な注意を怠り」に当たる。

⑶ 乙がVに劇薬Yを注射した行為とV死亡との間に因果関係が認められることは上述のとおりである。

⑷ よって、業務上過失致死罪が成立する。

2 虚偽の死因を記載した死亡診断書を作成し、Dを介してC市役所に提出した行為につき、虚偽診断書作成罪刑法160条)、虚偽診断書行使罪刑法161条1項)が成立しないか。

⑴ 乙は「医師」である。

 死亡診断書は、市役所に提出するものであり、「公務所に提出すべき診断書」に当たる。

 乙は、劇薬Yの注射が原因の急性心不全という真実の記載ではなく、熱中症に基づく多臓器不全という虚偽を記載した死亡診断書を作成しており、「虚偽の記載をした」に当たる。

 乙は、甲に刑事責任が及ばないために虚偽の診断書を作成し、同診断書をVの遺族らがC市役所に提出することを意図しており、「公務所への提出」という行使の目的があることから、故意が認められる。

 よって、虚偽診断書作成罪が成立する。

⑵ 甲は、Dを通じて、虚偽の死亡診断書をC市役所に提出しているので「行使」が認められる。

 よって、虚偽診断書行使罪が成立する。

3 虚偽の死亡診断書を作成し、甲の殺人罪が捜査機関に発覚されないようにした行為につき、犯人隠避罪刑法103条)が成立しないか。

 甲は、殺人罪(死刑又は無期若しくは5年以上の拘禁刑)を犯した者であり、「罰金以上の刑に当たる罪を犯した者」に当たる。

 「隠避」とは、蔵匿以外の方法により官憲の発見逮捕を免れるための一切の行為をいう。

 甲が殺人を犯したことが捜査機関に発覚しないように、殺人とは分からない虚偽の死因を死亡診断書に記載することは、官憲の発覚逮捕を免れさせる行為であり、「隠避」に当たる。

 乙は、虚偽の死亡診断書を作成し、甲の殺人罪が捜査機関に発覚しないようにしており、故意が認められる。

 よって、犯人隠避罪が成立する。

4 虚偽の死亡診断書を作成し、甲の殺人罪の証拠となる死亡診断書を偽造した行為につき、証拠隠滅罪刑法104条)が成立しないか。

⑴ 「他人の刑事事件に関する証拠」といえるか。

 証拠隠滅罪の対象は、「他人の」刑事事件に関する証拠なので、専ら犯人自身の刑事事件に関する証拠は本罪の客体にならず、犯人自身の刑事事件に関する証拠を犯人が隠滅しても、証拠隠滅罪は成立しない。

 これは、犯人自身が自己の刑事事件の証拠を隠滅しないことの期待可能性はなく、証拠隠滅罪で罰する対象にならないためである。

 しかし、犯人自身の刑事事件に関する証拠であると同時に、他人の刑事事件に関する証拠でもある場合で、専ら他人の刑事事件のために罪証隠滅を行う意思である場合は、「他人の刑事事件に関する証拠」として証拠隠滅罪の客体になると解する。

 本件につき、乙が真実の死亡診断書を作成していれば、それは、甲にとっての殺人罪の証拠であるとともに、乙自身にとっての業務上過失致死罪の証拠でもある。

 乙は、甲に就職の際に世話になっていたことから、自分自身はともかく、甲に刑事事件が及ばないようにしたいと考えており、自己の業務上過失致死罪の証拠を隠滅する意思ではく、専ら甲の殺人罪の証拠を隠滅する意思であることが認められる。

 よって、Vに係る死亡診断書は、「他人の刑事事件に関する証拠」に当たる。

⑵ 証拠隠滅罪における「偽造」といえるか。

 証拠の「偽造」とは、①新たな証拠を創造すること、②実在しない証拠を実在するがごとく新たに作出することをいう。

 Vの死因が虚偽の死亡診断書を作成することは、本来実在しない死亡診断書を実在するかのごとく作成する行為であり「偽造」に当たる。

⑶ 故意が認められるか。

 証拠隠滅罪の故意は、他人の刑事事件に関する証拠を隠滅・偽造・変造し、又は偽造・変造された証拠を使用することの認識をいう。

 乙は、甲の殺人事件の証拠となる死亡診断書を偽造し、これをC市役所に提出して行使する意思があるので、故意が認められる。

⑷ よって、証拠隠滅罪が成立する。

5 以上より、①業務上過失致死罪、②虚偽診断書作成罪、③虚偽診断書行使罪、④犯人隠避罪、⑤証拠隠滅罪が成立する。

 ②③は手段と結果の関係にあるので牽連犯刑法54条後段)となる。

 ②④⑤は社会通念上1個の行為から生じているので観念的競合刑法54条前段)となる。

 ②③④⑤はまとめて科刑上一罪となる。

 ①と②③④⑤は併合罪刑法45条前段)となる。

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