刑法論文(15)~令和元年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ~
令和元年司法予備試験の刑法論文問題から学ぶ
令和元年司法予備試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。
この論文からは以下のテーマが学べます。
2⃣ 無印私文書偽造罪(刑法159条3項)、偽造無印私文書行使罪(刑法161条)
3⃣ 殺人罪(刑法199条)
4⃣ 刑法総論
問題
以下の事例に基づき、甲の罪責について論じなさい(Aに対する詐欺(未遂)罪及び特別法違反の点は除く。)。
1 不動産業者甲は、某月1日、甲と私的な付き合いがあり、海外に在住し日本国内に土地(以下「本件土地」という。時価3000万円)を所有する知人Vから、Vが登記名義人である本件土地に抵当権を設定してVのために1500万円を借りてほしいとの依頼を受けた。
甲は、同日、それを承諾し、Vから同依頼に係る代理権を付与され、本件土地の登記済証や委任事項欄の記載がない白紙委任状等を預かった。
甲は、銀行等から合計500万円の借金を負っており、その返済期限を徒過し、返済を迫られている状況にあったことから、本件土地の登記済証等をVから預かっていることやVが海外に在住していることを奇貨として、本件土地をVに無断で売却し、その売却代金のうち1500万円を借入金と称してVに渡し、残金を自己の借金の返済に充てようと考えた。
そこで、甲は、同月5日、本件土地付近の土地を欲しがっていた知人Aに対し、「知人のVが土地を売りたがっていて、自分が代理人としてその土地の売却を頼まれているんです。その土地は、Aさんが欲しがっていた付近の土地で、2000万円という安い値段なので買いませんか。」と言い、Aは、甲の話を信用して本件土地を購入することとした。
その際、甲とAは、同月16日にAが2000万円を甲に渡し、それと引き換えに、甲が所有権移転登記に必要な書類をAに交付し、同日に本件土地の所有権をAに移転させる旨合意した。甲は、同月6日、A方に行き、同所で、本件土地の売買契約書2部の売主欄にいずれも「V代理人甲」と署名してAに渡し、Aがそれらを確認していずれの買主欄にも署名し、このように完成させた本件土地の売買契約書2部のうち1部を甲に戻した(甲のAとの間の行為について表見代理に関する規定の適用はないものとする。)。
2 その後、Vは、同月13日、所用により急遽帰国したが、同日、Aから本件土地に関する問い合わせを受けたことで甲の行動を知って激怒し、同月14日、甲を呼び付け、甲に預けていた本件土地の登記済証や白紙委任状等を回収した。その際、Vは、甲に対し、「俺の土地を勝手に売りやがって。今すぐAの所に行って売買契約書を回収してこい。明後日までに回収できなければ、お前のことを警察に通報するからな。」と怒鳴った。
甲は、同月14日、Aに会いに行き、本件土地の売買契約書を回収させてほしいと伝えたが、Aからこれを断られた。
3 甲は、自己に対して怒鳴っていたVの様子から、同売買契約書をAから回収できなかったことをVに伝えれば、間違いなくVから警察に通報され、逮捕されることになるし、不動産業(宅地建物取引業)の免許を取り消されることになるなどと考え、それらを免れるには、Vを殺すしかないと考えた。
そこで、甲は、Vを呼び出した上、Vの首を絞めて殺害し、その死体を海中に捨てることを計画し、同月15日午後10時頃、電話でVに「話がある。」と言って、日本におけるVの居住地の近くにある公園にVを呼び出し、その頃、同所で、Vの首を背後から力いっぱいロープで絞めた。
それによりVは失神したが、甲は、Vが死亡したものと軽信し、その状態のVを自車に載せた上、同車で前記公園から約1キロメートル離れた港に運び、同日午後10時半頃、同所で、Vを海に落とした。その時点で、Vは、失神していただけであったが、その状態で海に落とされたことにより間もなく溺死した
答案
第1 甲がAと本件土地に関する売買契約書を取り交わした行為につき、業務上横領罪(刑法253条)又は背任未遂罪(刑法250条、247条)が成立しないか。
1 業務上横領罪が成立しないか。
(業務上)横領罪と背任罪は法条競合の関係にあり、法定刑が重い(業務上)横領罪が成立する場合には、背任罪は成立しないことから、先に業務上横領罪の成否を検討する。
⑴ 業務上横領罪は、委託信任関係に基づき、業務上、他人の物を占有する者が、委託信任関係に背く権限逸脱行為を行い、不法領得の意思をもって、その物を横領した場合に成立する。
業務上横領罪における「業務」とは、委託を受けて他人の物を管理(占有・保管)することを内容とする事務を社会生活上の地位に基づいて反復又は継続して行うことをいう。
甲は、不動産業者であり、Vから本件土地に抵当権を付けて1500万円を借りることを委託され、Vから登記済証や白紙委任状を預かっているので、甲は、社会生活上の地位に基づいて反復継続的に本件土地を管理する事務を請け負っていたといえ、「業務」性を満たす。
⑵ 業務上横領罪の客体は、「業務上自己の占有する他人の物」である。
横領罪における「占有」は、事実的支配のみならず、 法律的支配を有する状態も含む。
「業務上の占有」とは、業務上横領罪の業務を有する犯人が、その業務の遂行として、他人の物を占有することをいう。
横領罪における「他人の物」とは、他人の所有に属するものをいう。
本件土地は、所有権はAにあり、甲はこれをVから委託を受けて法律上預かり、業務上管理していたのであるから、「業務上自己の占有する他人の物」に当たる。
⑶ 横領罪の保護法益は、所有権及び委託信任関係の保護にある。
そのため、横領罪における不法領得の意思は、他人の物の占有者が委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに、所有者でなければできないような処分をする意思をいう。
本件土地は、抵当権を付けて1500万円を借りる場合に限って法律上処分することがVから認められていたのであり、Aに2000万円で売買契約を締結することは、与えられた権限の範囲外である。
よって、甲の行為は、Vの「委託した任務に背く」ものである。
また、本件土地の売買契約を締結することは、「所有者でなければできない処分」である。
よって、甲に不法領得の意思が認められる。
⑷ 横領行為が既遂に達したといえるか。
「横領」行為とは、委託の任務に背いた権限逸脱行為であり、不法領得の意思を発現する一切の行為をいう。
「横領した」といえるためには、不法領得の意思を外部に発現する行為が行われる必要がある。
刑法の原則は、意思ではなく行為を処罰するものである。
単なる内心の意図の変化のみでは不法領得の意思の発現を把握することはできないことから、横領犯人において不法領得の意思を有するだけではなく、その意思を実現するものと認められる何らかの行為が表示される必要がある。
不動産売買は、物の売買と異なり、単に売却の意思表示をしただけでは足りず、所有権移転登記を完了することで権利の取得が確定する(民法177条)。
そのため、横領罪における不動産売買は、所有権移転登記がされた時点で不法領得の意思が発現したと認められると考える。
甲は、未だAに対し、所有権移転登記手続をしていない。
よって、不法領得の意思の発現がなく、「横領した」に当たらない。
⑸ 以上より、甲に業務上横領罪は成立しない。
なお、業務上横領罪には未遂犯の処罰規定がないため、未遂罪も成立し得ない(刑法44条)。
3 では、背任未遂罪が成立しないか。
⑴ 背任罪の主体は、委託信任関係に基づいて他人の事務をその他人のために処理する者である。
甲は、Vからの委託に基づき、Vの事務である本件土地に抵当権を設定して2000万円を借り入れる事務を処理する者であり、背任罪の主体に当たる。
⑵ 背任罪の故意は、①自己の行為がその任務に背くことの認識・認容(任務違背の認識)、②その結果、本人に財産上の損害を加えることの認識・認容(財産上の損害発生の認識)である。
甲は、本件土地に抵当権を設定し借入を行うというVの委託の任務に背き、本件土地を売買し、Vに財産上の損害が発生することを認識・容認しており、甲に背任罪の故意が認められる。
⑶ 背任罪の行為は、任務に背く行為をして、本人に財産上の損害を加えることである。
Vの委託は、本件土地への抵当権の設定と借入であるから、甲が本件土地をAに売却する契約を締結した行為は、「委託の任務に背く行為」である。
もっとも、不動産売買は、物の売買と異なり、単に売買の意思表示をしただけでは足りず、所有権移転登記を完了することで権利の取得が確定するところ、本件土地は未だ所有権移転登記が完了していないことから、Vに「財産上の損害」は発生していない。
⑶ 実行の着手はいつか。
「実行の着手」は、実行行為を行い、法益侵害(構成要件的結果)の現実的危険が発生した時点で認められる。
背任罪は、背任違背行為が行われた時点で法益侵害の現実的危険の発生が認められるので、その時点で実行の着手が認められる。
甲がAと本件売買契約書を締結した時点で、背任違背行為が行われたといえるので、その時点で背任罪の実行の着手が認められる。
⑷ 背任罪の既遂時期は、任務違背行為によって本人に財産上の損害を負わせた時点である。
Vに財産上の損害は発生していないので、背任罪は既遂に至っていない。
⑸ よって、背任未遂罪が成立する。
2 甲が売買契約書2部に「V代理人甲」と署名した行為につき、無印私文書偽造罪(刑法159条3項)、偽造無印私文書行使罪(刑法161条)が成立しないか。
⑴ 「偽造」とは、「文書の名義人」と「文書の作成者」との間の人格の同一性を偽ることをいう。
「文書の名義人」は、文書の意識内容の主体となる者をいう。
意識内容の主体となるかは、文書の記載内容から理解される。
「文書の作成者」は、文書の内容を表示した者をいう。
本件売買契約書は、本件土地の所有者であるVが土地の売買に合意することの意思表示を証明する文書であるから、文書の記載内容から理解され、文書の意識内容の主体となる者はVである。
しかしながら、「文書の作成者」はVから本件土地の売買の代理権が与えられていない甲である。
したがって、「文書の作成者」と「文書の名義人」との間の人格の同一性が偽られており、偽造に当たる。
⑵ 無印私文書偽造罪の客体は、文書名義人の印章及び署名のない権利、義務又は事実証明に関する文書、図画である。
本件売買契約書の文書の作成者は甲であるが、文書の名義人はVである。
本件売買契約書は、文書の作成者であるVの署名及び押印の両方がないので、「無印」である。
本件売買契約書は、本件土地の売買契約の当事者間の合意を証明し、権利義務を明確にする文書なので「権利、義務、事実証明に関する文書」であり、本罪の客体となる。
⑶ 「行使の目的」とは、偽造・変造文書を真正な文書と誤信させ、偽造・変造文書を内容が真実である文書と誤信させようとする目的をいう。
甲は、自己がVの代理人であり、本件土地の売買契約を締結する権利があるとする虚偽の売買契約書を作成し、それをAに真正な文書であると誤信させようとする目的が認められる。
よって、「行使の目的」が認められる。
⑷ 偽造文書の「行使」とは、偽造に係る文書を真正な文書として使用することをいう。
ここでいう「使用」とは、文書を真正に成立したものとして他人に交付・提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させ又はこれを認識し得る状態に置くことをいう。
甲は、偽造した本件売買契約書を真正なものとしてAに交付し、その内容を認識さていることから、偽造無印私文書を行使している。
⑸ よって、甲に無印私文書偽造罪、偽造無印私文書行使罪が成立する。
第2 甲がVの首を絞めた上、海に落とした行為につき、殺人罪(刑法199条)が成立しなか。
⑴ 「実行行為」とは、法益侵害(構成要件的結果)が発生する現実的危険性を有する行為をいう。
「実行の着手」は、法益侵害の現実的危険が発生した時点で認められる。
Vの首を力いっぱいロープで絞める行為は、人を窒息死させる結果が発生する現実的危険性を有する行為であり、この時点で法益侵害の現実的危険が発生したと認められ、殺人罪の実行の着手が認められる。
⑵ 甲がVの首を絞めた行為、Vを海に落とした行為、V死亡の結果との間に因果関係が認められるか。
「因果関係」とは、犯罪行為と犯罪結果との間にある原因と結果の関係をいう。
因果関係は、行為の危険が結果に現実化したかによって判断することができると解する(危険の現実化説)。
先行行為自体に結果発生の危険があり、その後の行為者の行為が、先行行為に通常付随する場合には、後行行為が結果発生の直接の原因であっても、先行行為の危険が結果に実現化したといえ、因果関係を認めることができると解する。
甲がVの首を絞める行為は、Vが死亡する結果発生の危険がある行為である。
死体を海中に捨てる計画において、首を絞めて動かなくなったVを海に落とす行為は、Vの首を絞める行為に通常随伴する。
よって、Vの首を絞める行為の危険がVの溺死という死亡の結果に現実化したといえる。
したがって、甲がVの首を絞めた行為、Vを海に落とした行為、V死亡の結果との間に因果関係が認められる。
⑶ 甲はVの首を絞めて殺害するつもりであったが、海に落としたことによる溺死で殺害しているところ、甲に殺人罪の故意が認められるか。
首を絞めたが実際には死亡しておらず、失神したVを海に落とした行為は、客観的には保護責任者遺棄致死罪(刑法218条、219条)の構成要件に該当する。
しかし、甲はVが死亡したと軽信していたことから、死体遺棄罪(刑法190条)の認識であった。
そのため、甲に殺人罪の故意が認められるかが問題となる。
これは事実の錯誤における因果関係の錯誤の問題である。
「事実の錯誤」とは、犯罪の行為者が認識・容認していた犯罪事実と、実際に発生した犯罪事実とが食い違うことをいう。
「因果関係の錯誤」とは、犯罪行為者が認識していた「因果関係の経路」と、実際に発生した「因果関係の経路」との間に食い違いがあった場合の錯誤をいう。
事実の錯誤が起こった場合、犯罪の故意の存在を認め、犯罪の成立が認められるかどうかが問題となる。
故意責任の本質は、規範に直面し、犯行を思いとどまるという反対動機を形成できる状況にありながら、あえて犯罪行為に及んだことに対する道義的非難にあるから、因果関係の経路に錯誤があるなどの事実の錯誤を起こし、構成要件の範囲内で認識にずれがあっても、そのずれが構成要件の範囲内であれば故意を阻却しない。
Vを殺害したという点においては、甲の認識と現実に発生した事実は一致している。
Vが死亡するに至った因果関係が重要なのではなく、人を殺害したこと自体が殺人罪の構成要件の重要部分である。
よって、甲の殺人罪の故意は否定されない。
⑷ よって、甲に殺人罪が成立する。
第3 以上より、甲に①背任未遂罪、②無印私文書偽造罪、③偽造無印私文書行使罪、④殺人罪が成立する。
②③は手段と結果の関係にあるので牽連犯(刑法54条後段)となる。
①③は社会通念上1個の行為から生じているので観念的競合(刑法54条前段)となる。
①②③は包括一罪となる。