刑法論文(2)~平成28年司法試験の刑法論文問題から学ぶ~
平成28年司法試験の刑法論文問題から学ぶ
平成28年司法試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。
この論文からは以下のテーマが学べます。
1⃣ 住居侵入罪(刑法130条前段)
「侵入」の定義
2⃣ 強盗罪(刑法236条1項)、強盗致死罪(刑法240条後段)
強盗罪における「暴行」「脅迫」「強取」の定義、暴行と死亡の因果関係
3⃣ 強盗利得罪(刑法236条2項)
「財産上の不法の利益」の定義
4⃣ 窃盗罪(刑法235条)
「窃取」の定義、ATM盗
5⃣ 刑法総論
共同正犯、現場共謀、承継的共同正犯、共謀共同正犯、順次共謀、共犯からの離脱
問題
以下の事例に基づき、甲、乙、丙及び丁の罪責について、具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(特別法違反の点を除く。)。
1⃣ 甲(45歳、男性)は暴力団組織である某組において組長に次ぐ立場にあり、乙(23歳、男性)及び丙(20歳、男性)は甲の配下にある同組の組員で、乙は丙の兄貴分であった。甲は、某組の組長から、まとまった金員を工面するように指示を受けていたところ、配下の組員Aの情報によって、Aの知人であるV(40歳、男性)が、一人暮らしの自宅において、数百万円の現金を金庫に入れて保管していることを知った。
2⃣ 甲は、Vの現金を手に入れようと計画し、某年9月1日、乙に対し、「実は、組長からまとまった金を作れと言われている。Aの知人のVの自宅には数百万円の現金を入れた金庫があるらしい。Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい。奪った現金の3割はお前のものにしていい。」と指示した。乙は、その指示に従うことにちゅうちょを覚えたが、組内で上の立場にいる甲の命令には逆らえないと考えるとともに、分け前も欲しいと思い、甲に対し、「分かりました。」と言った。甲は、乙に対し、現金3万円を渡して、「この金で、Vを脅すためのナイフなど必要な物を買って準備しろ。準備した物と実際にやる前には報告をしろ。」と言った。
乙は、甲から受け取った現金を使って、玄関扉の開錠道具、果物ナイフ(刃体の長さ約10センチメートル。以下「ナイフ」という。)、奪った現金を入れるためのかばん等を購入した上、甲に対し、準備した物品について報告した。
その後、乙は、一人で強盗をするのは心細いと思い、丙と一緒に強盗をしようと考えた。乙は、丙に対し、「甲からの指示で、Vの家に行って押し込み強盗をやるんだが、一緒にやってくれないか。」と言って甲から指示を受けた内容を説明した上で、「俺がナイフで脅す。それでもVが抵抗してくるようだったら、お前はVを痛めつけてくれ。9月12日午前2時に実行する。その時間にVの家に来てくれ。お前にも十分分け前をやる。」と言った。しかし、丙は、その日は用事があったことから、乙の頼みを断った。乙は、「仕方ない。一人で何とかなるだろう。」と考え、単独で犯行に及ぶことを決意した。なお、乙は、甲に対し、丙を強盗に誘ったことについては言わなかった。
3⃣ 乙は、同月12日未明、事前に準備したナイフ等を持ってV方に向かい、V方前で甲に電話をかけ、「これからV方に入ります。」と伝えた。しかし、甲は、乙からの電話の数時間前に、今回の計画を知った某組の組長から犯行をやめるように命令されていたので、乙に対し、「組長からやめろと言われた。今回の話はなかったことにする。犯行を中止しろ。」と言った。乙は、多額の現金を入手できる絶好の機会であるし、手元にナイフ等の道具もあることから、甲にそのように言われても、今回の犯行を中止する気にはならなかったが、甲に対し、「分かりました。」とだけ返事をして、その電話を切った。
4⃣ 乙は、その電話を切った直後の同日午前2時頃、準備した開錠道具を使用してV方の玄関扉を開錠し、V方に入った。乙は、Vが寝ている部屋(以下「寝室」という。)に行き、ちょうど物音に気付いて起き上がったVに対し、準備したナイフをその顔面付近に突き付け、「金庫はどこにある。開け方も教えろ。怪我をしたくなければ本当のことを言え。」と言った。これに対し、Vが金庫のある場所等を教えなかったため、乙は、Vを痛めつけてその場所等を聞き出そうと考え、Vの顔面を数回蹴り、さらに、Vの右足のふくらはぎ(以下「右ふくらはぎ」という。)をナイフで1回刺した。Vは、乙からそのような暴行を受け、「言うとおりにしないと、更にひどい暴行を受けるかもしれない。」と考えて強い恐怖心を抱き、乙に対し、「金庫は6畳間にあります。鍵は金庫の裏にあります。」と言った。それを聞いた乙は、右ふくらはぎを刺された痛みから床に横たわっているVを寝室に残したまま6畳の部屋(以下「6畳間」という。)に向かった。
5⃣ 丙は、予定よりも早く用事が済んだため、兄貴分である乙が強盗するのを手伝おうという気持ちが新たに生じるとともに、分け前がもらえるだろうと考え、V方に行った。丙は、V方の玄関扉が少し開いていたので、同日午前2時20分頃、その玄関からV方に入り、寝室でVが右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているのを見た。
その後、丙は、6畳間にいた乙を見付け、乙に対し、「用事が早く済みました。手伝いますよ。」と言った。乙は、丙に対し、「計画どおりVをナイフで脅したけど、金庫の在りかを教えなかったから、ふくらはぎを刺してやった。あれじゃあ動けねえから、ゆっくり金でも頂くか。お前にも十分分け前はやる。」と言い、丙も、Vは身動きがとれないので簡単に現金を奪うことができるし、分け前をもらえると考えたこともあり、これを了解して「分かりました。」と言った。
乙は、Vから聞き出した場所にあった鍵を取り出して、これを使って6畳間の金庫の扉を開錠した。そして、乙と丙は、二人で同金庫の中にあった現金500万円を準備したかばんの中に入れ、その後、同日午前2時30分頃、そのかばんを持ってV方から出た。なお、Vは、終始、丙が来たことには気付いていなかった。
乙は、V方から出た後、某組事務所に行き、甲に対し、言われたとおり犯行を中止した旨の虚偽の報告をした。その後、乙は、Vから奪った現金のうち150万円を丙に分け前として渡し、残りの350万円を自分のものとした。
6⃣ 盗みに入る先を探して徘徊中の丁(32歳、男性。なお、甲、乙及び丙とは面識がなかった。)は、同日午前2時40分頃、V方前を通った際、偶然、V方の玄関扉が少し開いていることに気付いた。丁は、V方の金品を盗もうと考え、その玄関からV方に入り、6畳間において、扉の開いた金庫内にX銀行のV名義のキャッシュカード1枚(以下「本件キャッシュカード」という。)があるのを見付け、これをズボンのポケットに入れた。そして、丁が、更に物色するため寝室に入ったところ、そこには右ふくらはぎから血を流して床に横たわっているVがいた。丁は、その様子を見て驚いたものの、「ちょうどいい。手に入れたキャッシュカードの暗証番号を聞き出し、現金を引き出そう。」と考え、Vに近付いた。
Vは、丁に気付き、「何かされるかもしれない。」と考えて、丁に対して恐怖心を抱いた。丁は、横たわっているVのそばにしゃがみ込んでVの顔を見たところ、Vが恐怖で顔を引きつらせていたので、「強く迫れば、容易に暗証番号を聞き出せる。」と考えた。そこで、丁は、Vをにらみ付けながら、「金庫の中にあったキャッシュカードの暗証番号を教えろ。」と強い口調で言った。Vは、丁が間近に来たことでおびえていた上、丁からそのように言われ、「言うことを聞かなかったら、先ほどの男にされたようなひどい暴力をまた振るわれるかもしれない。」と考えて、更に強い恐怖心を抱き、丁に対し、「暗証番号は××××です。」と言った。
7⃣ 丁は、その暗証番号を覚えると、V方から逃げ出し、同日午前3時頃、V方近くの24時間稼動している現金自動預払機(以下「ATM」という。)が設置されたX銀行Y支店にその出入口ドアから入り、同ATMに本件キャッシュカードを挿入した上、その暗証番号を入力して、同ATMから現金1万円を引き出した。
8⃣ Vは、同日午前5時頃、乙から顔面を蹴られたことによる脳内出血が原因で死亡した(なお、乙がVの右ふくらはぎを刺した行為とVの死亡とは関連がない。)。
答案
第1 乙の罪責
1 乙が、V方に入った行為につき、住居侵人罪(刑法130条前段)が成立しないか。
「侵入」とは、住居者又は看守者の意思に反する立入りをいう。
乙は、強盗目的でV方に立ち入っており、住居権者であるVの意思に反する立ち入りを行っていることから「侵人」に当たり、住居侵入罪が成立する。
そして、後述のとおり、甲との間で共同正犯(刑法60条)となる。
2 Vの顔面を数回けり、右ふくらはぎをナイフで1回刺した後に、丙と共に現金500万円を奪い、Vを死亡させた行為につき、強盗致死罪(刑法240条後段、236条1項)が成立しないか。
⑴ 強盜罪における「暴行」とは、財物を奪取する手段としての暴行であり、不法な有形力の行使のうち、被害者の犯行を抑圧するに足りる程度の行為であることを要する。
その判断は、社会通念に基づき客観的になされる。
乙は、①ナイフをVの顔面付近に突き付け、②Vの顔面をけり、③右ふくらはぎをナイフで1回刺すという行為をしている。
①はナイフという殺傷能力の高い凶器を人体の枢要部に突き付ける行為であり、②は人体の枢要部への攻撃であり、③はVに大きな身体的苦痛、精神的恐怖を与える攻撃であることから、Vの反抗を抑圧するに足りる程度の有形力の行使といえ、強盗罪における「暴行」に当たる。
そして、これにより乙は「更にひどい暴行を受けるかもしれない。」と考えて強い恐怖心を抱いていることから、実際に犯行を抑圧されたといえる。
⑵ 「強取」とは、相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行、脅迫を加えて、財物の事実上の占有を自己又は第三者に得させることをいう。
上記のような犯行抑圧状態の下、乙は丙と共に現金500万円を金庫から自分のかばんの中に入れ、500万円に対する占有を取得しているので「強取」といえる。
よって、基本犯たる強盗罪が成立する。
⑶ 乙の「暴行」とVの死亡との間に因果関係が認められるか。
因果関係とは、犯罪行為と犯罪結果との間にある原因と結果の関係をいう。
Vの死因は乙から顔面をけられたことによる脳内出血であるから、乙の「暴行」とVの死亡との間に因果関係が認められる。
よって、強盗致死罪が成立する。
そして、後述のとおり、甲と丙の間で共同正犯となる。
なお、乙は傷害の故意をもってVの右ふくらはぎをナイフで刺しているので、強盗傷人罪が成立し得るが、同罪はより結果の重い強盗致死罪に吸収されることになる。
3 以上より、乙には、①住居侵入罪の甲との共同正犯、②強盗致死罪の甲・丙との共同正犯が成立し、両者は手段と目的の関係にあるから、牽連犯(刑法54条1項後段)となる。
第2 丙の罪責
1 丙が、V方に入った行為につき、住居侵人罪が成立しないか。
丙は、乙の強盗に加功する目的でV方に立ち入っており、住居権者であるVの意思に反する立ち入りを行っていることから「侵人」に当たり、住居侵入罪が成立する。
なお、後述のとおり、住居侵入の時点では、乙、丙との間に共謀は成立していないことから、住居侵入罪の共同正犯は成立せず、住居侵入罪の単独犯となる。
2 乙の共に500万円を持ち出した行為につき、強盗致死罪の共同正犯が成立しないか。
共同正犯(刑法60条)において、一部実行全部責任の原則が認められる根拠は、正犯意思の下、共犯者との相互利用補充関係に基づき結果に対し因果的寄与を果たし、もって自己の犯罪を実現したことにあることに鑑み、共同正犯が認められるためには、①共謀(犯行の共同実行の意思の連絡)、②共同実行の事実(犯行の実行行為の分担)が必要となる。
⑴ ①共謀があった時点はいつか。
本件では、まず、乙が「甲からの指示で…強盗をやるんだか、一緒にやってくれないか。」という誘いに対し、丙はこれを断っている。
したがって、乙が丙を強盗に誘った時点では共謀は成立していない。
その後、V方において、丙が乙に対し「用事が早く済みました。手伝いますよ。」と言ったのに対し、「ゆっくり金でも頂くか。お前にも十分に分け前はやる。」と答えている。
したがって、この時点で強盗の共謀があったといえる。
②の共同実行の事実があった時点はいつか。
乙と丙が強盗の実行行為を分担して行った時期は、乙と丙が二人で金庫内の中にあった現金500万円をかばんの中に入れた時点である。
この時点で、強盗の共同実行の事実があったといえる。
したがって、この時点で強盗罪の共同正犯が現場共謀で成立する。
⑵ もっとも、乙の「暴行」は甲乙間に強盗罪の共同正犯が成立する前になされているため、「暴行」の行為と結果を丙に帰責できないのではないか。
これは、承継的共同正犯の成否の問題である。
承継的共同正犯は、後から犯行に加わった後行者が、先行者と共謀し、先行者の行為と結果を認識・容認した上で、それを利用して事後の行為を行った場合に成立する。
承継的共同正犯の成立を認める場合に、後行者に対し、先行者の行為を含めて犯罪行為全部の責任を負わせることができると解する根拠は、相互利用補充関係に基づく自己の犯罪の実現という点にある。
共犯者の先行行為を自己の犯罪の遂行手段として積極的に利用する意思の下、実際にこれを利用したという関係が認められる場合には、相互利用補充関係が観念でき、後行者に対し、先行行為を含めて犯罪行為全部の責任を負わせることができるものと解する。
本件についてみると、乙は丙に対し、ナイフで「ふくらはぎを刺してやった。」と伝え、丙は実際にVがふくらはぎから血を流して横たわっているのを見ており、乙の「暴行」の存在を認識している。
その上で乙の「あれじゃ動けねえから、ゆっくり金でも頂くか。」という誘いに対し、これを了解して「分かりました。」と言っていることからすれば、丙には、乙の暴行及びそれによって生じた犯行抑圧状態を積極的に利用した関係が認められる。
よって、乙の「暴行」を丙に帰責でき、丙には強盗罪の共同正犯が成立する。
⑶ では、Vの致死の結果についても丙に帰責できるか。
当該結果は、乙のふくらはぎの刺突ではなく、顔面の打撲を原因として生じている。
そして、丙のふくらはぎの刺突行為は認識しているものの、当該顔面の打撃の存在は認識していない。
そうすると、顔面打撲という先行行為については、丙が積極的に利用する意思があったとはいえず、顔面打撲から生ずる致死の結果を丙に帰責できないとも思える。
しかし、共同正犯の成否は構成要件レベルの問題であるから、およそ暴行・脅迫の存在を認識しつつ、これを積極的に利用したといえるならば、乙の暴行全てにつき丙に帰責できると考えるべきであり、このように考えたとしても責任主義に反しない。
したがって、本件では丙は甲の顔面打撲行為についても帰責され、強盗致死罪が成立する。
そして、後述のとおり、乙のほか、甲との間で共同正犯となる。
3 以上より、丙には、①住居侵入罪の単独犯、②強盗致死罪の乙・甲との共同正犯が成立し、両罪は手段と目的の関係にあるので牽連犯となる。
第3 甲の罪責
1 乙の住居侵入及び乙・丙による強盗行為につき、住居侵入罪と強盗致死罪の共同正犯が成立しないか。
⑴ 甲は、自ら実行行為をしていないため、共謀共同正犯の成否が問題となる。
共謀共同正犯とは、共謀はあるが、犯罪の実行行為の分担がない場合の共同正犯をいう。
共謀共同正犯が成立するには、2人以上の者が特定の犯罪を行うため、共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする意思を持って謀議をなし、犯罪を実行した事実が存することが必要である。
上記の各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議に参加した事実が認められる以上、直接実行行為に関与しない者でも、他人の行為をいわば自己の手段として犯罪を行ったという意味において、共同正犯の刑責を負う。
⑵ 甲の正犯意思について、本件についてみると、甲は、組長からまとまった金を作れと指示されており、甲の組長に次ぐ立場という地位に鑑みれば、強盗を実行する十分な動機を有する。
また、甲は、乙に強盗の実行を指示するとともに、現金3万円という犯行の準備資金を与えており、果たした役割は重要である。
また、乙は、甲の支配下にある組員あり、甲が自由に支配できる者と評価でき、乙が強盗で得る利益は数百万円のうち7割と大きい。
そうすると、甲は、乙と共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする意思を有していたといえ、正犯意思が認められる。
⑵ 共謀について、まず、甲の「Vの家に押し入って、Vをナイフで脅して、その現金を奪ってこい」という指示に対し、乙は「分かりました」と答えているから、甲と乙は、共同意思の下に一体となって、互いに他人の行為を利用し、各自の意思を実行に移すことを内容とする謀議をなしていることが認められ、共謀が成立している。
これに対し、甲と丙の間には直接の共謀関係は存在しない。
しかし、共謀が特定の共犯者を介して順次形成されたという場合でも、心理的・物理的因果性を及ぼすことによる因果的寄与を認めることができるから、共謀は成立するものと解される。
本件につきみると、丙も甲の配下にある同組の組員であり、乙は丙の兄貴分であることからすると、甲と丙の間には、乙を中間者とした上下関係を観念できる。
さらに、乙は、当初の丙に対する誘いの際に、「甲からの指示で」と述べている。
そして、本件V方での乙と丙との共謀は、当初の乙の誘いがあったからこそ形成されたものとみることができる。
そうすると、甲の乙に対する指示は、乙を介して、丙にも及んだと評価でき、甲と丙の間にも共謀の成立を認めることができる。
したがって、甲・乙間、甲・丙間と順次共謀が成立している。
⑶ もっとも、甲は乙に対し、「犯行を中止しろ」と伝えている。
これにより、甲・乙間及び甲・丙間の順次共謀は解消され、乙・丙の実行行為は甲との共謀に基づくものといえないのではないか。
これは、共犯からの離脱が問題となる。
実行の着手前に共犯から離脱するには、離脱者が他の共犯者に「共犯から離脱する」旨の意思表示を行うこと、かつ、他の共犯者が離脱の意思表示を了承することが必要である。
実行の着手後に共犯から離脱するには、犯行着手前の離脱のように、共犯からの離脱の意思表示をして、承諾を得るだけでは足りず、他の共犯者が犯行を実行しないように、犯行を防止する措置を講じることが必要である。
共犯からの離脱が認められ、自己の及ぼした心理的・物理的因果性を完全に解消したと評価できる場合には、以後の実行行為は共謀に基づくものといえず、共謀者に帰責できないと解する。
かかる観点から、基本的には、実行の着手前の離脱については、離脱の意思表示および共犯者の承諾で足り、実行の着手後の離脱については、積極的な犯行継続防止措置を要すると解する。
しかしながら、共謀者が当該犯行に関する首謀者としての地位にある場合には、その因果的寄与の大きさに鑑み、実行の着手前でも、積極的な犯行継続防止措置を要すると解する。
本件につきみると、甲は乙に本件犯行を指示した者であり、犯行のきっかけを作っている。
そして、甲は、Vをナイフで脅して現金を奪うという具体的な犯行計画を自ら決定しており、また、3万円という準備資金も乙に与ている。
さらに、乙は甲の配下の組員である上、「実際にやる前には報告しろ。」と乙に指示しており、犯罪の遂行を自らコントロールしようとしている。
そうすると、甲は本件犯罪の首謀者たる地位にあるといえる。
にもかかわらず、「犯行を中止しろ」と指示したのみで、与えた金で準備した犯行道具を回収する等の積極的な犯行継続防止措置をしていない。
したがって、甲の及ぼした物理的因果性は未だ解消されているとはいえず、乙・丙の実行行為は、甲との共謀に基づくものであるといえる。
2 以上より、甲には、①住居侵入罪の乙との共同正犯、②強盗致死罪の乙・丙との共同正犯が成立し、両者は手段と目的の関係にあるから牽連犯となる。
第4 丁の罪責
1 V方の金品を盗む目的で、玄関からV方に入った行為につき、住居侵入罪が成立する。
2 V方で本件キャッシュカードを自己のズボンのホケットに入れた行為につき、窃盗罪(刑法235条)が成立する。
「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、その物を自己または第三者の占有に移すことをいう。
本件では、キャッシュカードという小さい財物をズボンのポケットに入れれば、その支配をVの意思に反して自己の占有に移したと評価でき「窃取」したといえ、窃盗罪の成立が認められる。
3 Vをにらみつけながら、「キャッシュカードの暗証番号を教えろ。」と強い口調でいい、暗証番号を聞き出した行為につき、強盗利得罪(刑法236条2項)が成立しないか。
⑴ 刑法236条にいう「脅迫」とは、財物を強取する手段としての脅迫であり、被害者の反抗を抑圧するに足りる程度の害悪の告知をいう。
強盗罪が成立する脅迫であったか否かは、客観的状況を前提に社会通念に従い判断されるので、被害者の状況、凶器の使用の有無、周囲の状況等の外部的事情を考慮して決することとなる。
既に反抗抑圧状態にある者に対し、これを維持・継続させるような害悪の告知も「脅迫」に当たる。
本件で、Vは乙の右ふくらはぎの刺突及び顔面へのけりにより既に反抗抑圧状態にある。
そこにVをにらみつけ、「暗証番号を教えろ」と強い口調でいえば、通常、それに従わなければ更なる危害が加えられると考えるものといえる。
そうすると、上記発言は、Vの反抗抑圧状態を維持・継続せしめる黙示的な害悪の告知といえ、刑法236条における「脅迫」に当たる。
⑵ 既にVからキャッシュカードを窃取している丁が、Vから当該キャッシュカードの暗証番号を聞き出した行為が「財産上不法な利益を得た」といえるか。
客体について、強盗罪(刑法236条1項)の客体が「他人の財物」という物理的な物であるのに対し、強盗利得罪は「財産上の不法の利益」という物理的な物ではなく、無形の価値であることに違いがある。
「財産上の利益」は、強盗罪(刑法236条1項)にいう財物以外の財産的利益を意味する。
キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者に暴行、脅迫を加え、その反抗を抑圧して、被害者から当該口座の暗証番号を聞き出した場合、犯人は、ATMの操作により、キャッシュカードと暗証番号による機械的な本人確認手続を経るだけで、迅速かつ確実に、被害者の預貯金口座から預貯金の払戻しを受けることができるようになる。
このように、キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つ者は、あたかも正当な預貯金債権者のごとく、事実上、当該預貯金を支配しているといっても過言ではない。
キャッシュカードとその暗証番号を併せ持つことは、それ自体財産上の利益とみるのが相当である。
キャッシュカードを窃取した犯人が、被害者から、その暗証番号を聞き出した場合には、犯人は、被害者の預貯金債権そのものを取得するわけではないものの、キャッシュカードとその暗証番号を用いて、事実上、ATMを通して当該預貯金口座から預貯金の払戻しを受け得る地位という財産上の利益を得たものというべきである。
したがって、既にキャッシュカードを窃取している丁が、Vから当該キャッシュカードの暗証番号を聞き出したことは「財産上不法な利益を得た」といえる。
⑶ 以上より、丁には強盜罪が成立する。
4 丁がX銀行Y支店に立ち入り、同所に設置されているATMから現金1万円を引き出した行為につき、建造物侵入罪及び窃盗罪が成立しないか。
丁は、強取した他人名義のキャッシュカードを使って同ATMから現金を引き出すという不当な目的をもって同支店に立ち入っており、同支店の看守者の意思に反する立入りを行っていることから「侵入」に当たり、建造物侵入罪が成立する。
また、丁には、V名義の口座から預金を引き出す権限はない。
したがって、無権限者である丁が、同支店のATMで現金1万円を引き出した行為は、ATM機の管理者の意思に反する財物移転であり、窃盜罪が成立する。
5 以上より、丁には、①V方への住居侵入罪、②Vに対する窃盗罪、③Vに対する強盗罪、④同支店への建造物侵入罪、⑤ATM機の管理者に対する窃盗罪が成立する。
②は③に吸収される。
①と③は手段と目的の関係にあるので牽連犯となる。
④と⑤は手段と目的の関係にあるので牽連犯となる。
①③、④⑤とは併合罪となる。