刑法(強盗致死傷罪)

強盗致死傷罪(5) ~「『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との間には因果関係が必要である」を判例で解説~

『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との間には因果関係が必要である

 強盗致死傷罪(刑法240条)を認めるに当たり、『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との間には因果関係が必要です。

 その因果関係がどのような場合に認められるかは、判例を追って理解することになります。

『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との間の因果関係を認めた判例

広島高裁判決(昭和29年5月4日)

 A、Bが、Cから金銭を強取することを共謀して、AがCを殴り、BがCのポケットに手を入れたところ、Cが逃げ出したので、Cを追跡したが、Cが道路の傍らの小川に転落して負傷し、酒の酔いもあって身体の自由を失っている際、AがCのポケットから現金を強取した事案で、A、Bの暴行とCの負傷との間には因果関係があるとし、強盗致傷罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 被告人らの行為が、強盗罪に当たることはいうまでもないところであり
  • また、Cの創傷は、Cが被告人らによって金銭を強奪されることを免れるため、被告人らの追跡を受けながら逃走している中、小川に転落受傷したものであるから、被告人らの暴行と右負傷との間には、法律上の因果関係があるものというべきである
  • 従って、被告人は、この点についても罪責を免れるわけにはいかない

と判示し、強盗致傷罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和32年10月18日)

 A、Bが共同して、路上で、Cに対して暴行を加えているうち、 Aが強盗を決意して、反抗を抑圧されたCの腕時計を強取したところ、Bも強盗の意思を抱き、ここにA、B共謀の上、強盗の目的で、さらにCに暴行・脅迫を加え、現金を強取したが、Cは隙を見て付近近の民家にガラス戸を破って逃げこみ、難を避けたという事案です。

 裁判官は、

  • 腕時計の奪取も、現金の奪取も、包括的に観察して1個の強盗と認めるのが相当であり、本件打撲傷は、それが腕時計奪取前の暴行によるものであろうと、その後の暴行によるものであろうと、また挫傷は民家に逃げ込んだ際、被ったものだとしても、強盗傷人罪の傷害たるに妨げはない

と判示し、強盗傷人罪が成立するとしました。

最高裁決定(昭和45年12月22日)

 この判例は、夜間、人通りの少ない場所で、通行中の女性のハンドバッグを窃取する目的で、自動車を運転して女性に近づき、自動車の窓からハンドバッグの下げ紐をつかんで引っ張ったが、相手がこれを奪われまいとして離さなかったので、さらに奪取の目的を達成するため、下げ紐をつかんだまま自動車を進行させ、被害女性を引きずって路上に転倒させたり、車体に接触させたり、道路脇の電柱に衝突させたりするなどの暴行を加えて、その反抗を抑圧した上で、ハンドバッグを奪取するとともに、被害女性に傷害を与えた「ひったくり行為」事案で、強盗致傷罪が成立するとしました。

『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との間の因果関係を否定した判例

札幌高裁函館支部判決(昭和25年7月3日)

 この判例は、一審判決が、「被告人は、K方店舗陳列棚よりK所有の煙草を抜き取り窃取しようとした際、同家内で張込中のKに発見組みつかれ、その逮捕を免れんがため、Kと格闘中、加勢に赴けるKの父Tをその下敷となさしめ、よって、Tに対し、右膝関節部に全治約2月を要るす捻挫傷を与えた」と判示し、被告人に強盗傷人罪が成立するとしたのを否定し、強盗傷人罪は成立せず、窃盗未遂罪が成立するのみであるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人に傷害の責任を問うためには、ただ被告人が逮捕を免れるためKに対し暴行をなしている機会にTに負傷させたというだけでは十分でなく、被告人の暴行がTの負傷の原因と見ることが相当であること及び打撃の錯誤が存する場合を除いては、被告人がTに対する暴行の意思を有し、かつ同人に暴行をなした事実がなければならない
  • 被告人は、逮捕を免れるため、Kと取っ組みあっているとき、Tが、被告人を後方から襟首をつかんで引張ったところ、たまたまその時、被告人は、Kに前方から押されて後方に倒れかけようとしていたため、Kの押す力とTの引く力とが相まって、被告人を後方に倒し、Tが被告人とK両名の下敷きになって負傷したことが認められるのである
  • よって、Tが負傷した原因は、Kが被告人から暴行を受けたことによる被告人に対する反撃と、Tが被告人を背後から引っ張った行為とであると見なければならない
  • もっとも遠く因果関係をさかのぼれば、被告人のKに対する暴行が、Tの負傷に無関係であるとはいえないが、右の場合、Kに対する暴行によって、Tに負傷の結果を生ずることは、経験則上、当然に予測しうることではないから、右暴行を右負傷の原因と見るのは相当でない
  • そればかりでなく、被告人は、Tが被告人の下敷きになる瞬前まで、その存在に気付かなかったのであって、Tに対し暴行をなしたことはもちろん、Tに対する暴行の意思があったことも認めることができないのである
  • 右の通りであるから、Tが原判示のように負傷したとしても、被告人にTに対する強盗傷人の責任を負わせることはできない
  • しかして、Tに対する強盗傷人とKに対する事後強盗とは、その訴因を異にするばかりでなく、訴因の基礎である犯罪事実それ自体も全く相異なる別個のものであるから、本件起訴にかかる訴因によって、直ちにKに対する事後強盗罪を認定できないばかりでもなく(従って、当審においてKに対する事後強盗罪の認定ができない)、右起訴にかかる訴因をKに対する事後強盗罪の訴因に変更し、あるいは追加することもできない(故に原審差し戻し、原審において訴因を追加変更して、Kに対する事後強盗罪を認定する余地がない)
  • 以上の通りであるから、本件訴因に関しては、ただその中に包含される窃盗未遂の点について有罪の認定をなしうるのみであって、Tに対する強盗傷人罪の成立を認めた原判決には事実の誤認がある

と判示し、Tに対する強盗傷人罪は成立せず、Kに対する窃盗未遂罪が成立するのみであるとしました。

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