刑法(強盗致死傷罪)

強盗致死傷罪(4) ~「『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との結び付きの認定についての考え方」を判例で解説~

『強盗に伴う暴行・脅迫による死傷』と『強盗致死傷罪の死傷』との結び付きの認定についての考え方

 被害者の死傷の結果が、強盗の手段としての暴行・脅迫によって生じた場合に、強盗致死傷罪(刑法240条)が成立することは当然であり、問題にはなりません。

 問題となるは、被害者の死傷の結果が、強盗の手段としての暴行・脅迫によるものではなく、強盗に関連して生じた場合です。

 いかなる範囲で強盗に関連して生じた被害者の死傷結果を、強盗致死傷罪として帰責できるかが問題になります。

 この点の判断については、判例の傾向を追って理解することになります。

 判例は、強盗の機会に死傷の結果が生ずるほかに、強盗との関連性も考慮して判断しているのが少なくありません。

大審院判決(昭和6年10月29日)

 強盗犯人が小刀を突きつけて脅迫したところ、被害者が出刃包丁で抵抗したので、格闘中、その小刀で被害者の腕に切創を与えた事案です。

 裁判官は、

  • 強盗傷人の罪は、強盗を為す機会において、他人に傷害を加えるによりて成立し、傷害行為が財物強取の手段たることを要せず

と判示し、強盗の機会の認定とともに、強盗の実行の意図は、傷害の当時まで継続存在していたことが明らかであるとして、強盗と殺傷との間に一定の牽連性があることを指摘し、強盗傷人罪の成立を認めました。

最高裁判決(昭和25年12月14日)

 この判例は、金品奪取の目的で、母親を殺害したうえ、傍らに寝ていた3歳と1歳の幼児を殺害した事案で、幼児を殺害した行為も抵抗排除の手段としたうえ、かりにそうでないとしても強盗の機会になされた殺人に当たるとして、強盗殺人罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 原判決の趣旨は、Dのみを殺害して金品を奪取しようと決意し実行した趣旨ではなく、Dのほか、傍らに寝ていた長男E及び長女Fをも窒息せしめて殺害し、さらに3名の咽喉をも切り、かくて、右3名の抵抗を全く排除することを手段として、衣類等14点を強取した趣旨であると解される
  • そればかりでなく、強盗殺人罪は、必ずしも殺人を強盗の手段に利用することを要するものではなく、強盗の機会に人を殺害するをもって足りるものである
  • 本件においては、少くとも強盗の機会にE、Fの両名をも殺害したこと明らかであるから、原判決がDのほか、右両名に対する殺人行為に対しても刑法240条後段を適用したのは違法ではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和24年3月24日)

 この判例は、強盗犯人が短刀で脅迫中、たまたま被害者が短刀を握ったため傷害を負った場合も、強盗傷人罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 強盗傷人罪は、強盗たる身分を有する者が、強盗の実行中又はその機会において、その手段たる行為若しくはその他の行為により、人に傷害の結果を発生せしめるにより成立する強盗罪と傷害罪との結合罪である
  • そして原判決は、被告人が所携(しょけい)の短刀をもって、強盗の手段たる脅迫行為の実行中、その機会に傷害を被害者に生ぜしめたものと認定したのであるから、たとえ、その傷害が被害者においてその短刀を握ったため生じたものであったとしても、強盗傷人罪の成立を妨げるものではない

と判示しました。

最高裁判決(昭和32年8月1日)

 この判例は、刑法240条後段の致死又は殺害の結果が、強盗の手段である暴行・脅迫の行為から生じたことを要しないとしたうえ、これに加えて強盗の結果ともいうべき財物の取り返されることを防ぎ、又は逮捕を免れ、若しくは罪跡隠滅するための行為から生じたことも要せず、単に強盗の機会になされれば足りるとしました。

最高裁判決(昭和24年5月28日)

 強盗犯人が侵入した家屋の表入口から逃走するに当たり、追跡して来た家人をその入口付近において日本刀で突き刺し死にいたらしめた事案で、強盗殺人罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 刑法第240条後段の強盗殺人罪は、強盗犯人が強盗をなす機会において、他人を殺害することによりて成立する罪である
  • 原判決の摘示した事実によれば、家人が騒ぎ立てたため、他の共犯者が逃走したので、被告人も逃走しようとしたところ、同家表入口付近で、被告人に追跡して来た被害者両名の下腹部を日本刀で突き刺し、死に至らしめたというのである
  • すなわち、殺害の場所は、同家表入口付近といって屋内か屋外か判文上明らかでないが、強盗行為が終了して別の機会に被害者両名を殺害したものではなく、本件強盗の機会に殺害したことは明らかである
  • 然らば、原判決が刑法第240条に問擬(もんぎ)したのは正当である

と判示し、強盗殺人罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和25年6月5日)

 強盗犯人が、被害者にヒ首を突きつけて脅迫中、それを奪われまいとしてもみ合った際、被害者に負傷させた事例で、強盗傷人罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 相被告人(共犯者)Sが、被害者A、Nに対し、匕首を突付け、脅迫中、かえって、A、Nより匕首をもぎ取られ押え付けられようとしたが、匕首をもぎとられたり押え付けられまいとして、これともみ合った際、Aに対して傷害を負はせた事実を認めることができる
  • 而して、強盗犯人が、その所持する凶器の奪取を妨げ、又は取り押えられることを防ぐが為め、被害者と取っ組み合いをなすが如きは、暴行にほかならないものと解すべきであって、犯人が積極的に暴行を加えた場合と、これを区別しなければならない理由がない
  • 従って、強盗犯人が、もみ合い中に被害者に対し、傷害を生ぜしめた場合には、刑法第240条前段の強盗、人を傷したるときに該当すること当然である

と判示しました。

最高裁判決(昭和34年5月22日)

 被害者の運転するタクシー内で、拳銃を突きつけて金を要求した犯人が、そのタクシーを時速80キロメートルくらいの速度で、その場から約6キロメートルはなれた地点の交番前まで走らせた後、逃走するため、被害者の頭部を殴って負傷させた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人の本件傷害の所為は、正にその強盗の機会に犯されたものというべく、時間的にも、場所的にも、また被害者が同一人である点及び犯行の意図からみても、新らたな決意に基いて強盗とは別の機会になされた別個独立の行為であるとはいい難いのであって、この点に関する原判示は正当である

と判示し、強盗傷人罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和32年2月16日)

 犯人が、強盗の目的で、被害者を仮死状態におとしいれ、財物を強奪した後、罪跡を隠滅するために、被害者をその場から約2キロメートル、時間にして20数分の地点まで運び、同所にあった肥溜めに投入して窒息死させた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人が、被害者Kの頸部を締めて、仮死の状態に陥し入れ、ハンドバッグを強取した強盗の所為と、Kを肥溜中に投げ入れた所為との間には、場所的、時間的に多少の距離間隔があるけれども、その間、Kが仮死の状態を継続していたような極めて近接したものであり、後の行為は前の強盗の行為と継続して密接な関係を有する一連の行為であるから、後の行為は前の強盗の犯行の機会に行われたものというべきである
  • しかも、後の肥溜に投げ入れる行為の行われた後にKが死亡したのであるから、被告人の本件行為は全体として刑法第240条後段所定の結合罪に該当するものというべく、前の強盗の犯行と、後の肥溜への投入行為とが、別個独立の犯罪を構成するとの論旨(弁護人の主張)は失当である
  • また、前記のように、被告人は、仮死の状態にあるKの蘇生を妨げ、完全に死亡せしめる意思をもって、Kを肥溜中に投入したのであるから、たとえその際、被告人の心理に、Kが既に死亡していたものと考えた一面があっても、被告人は殺人の犯意をもって右の所為に出たものと認めるのが至当である
  • 被告人が、Kに対し、頸部絞扼等の暴行を加えて、ハンドバッグを強取し、その機会に仮死のKを肥溜へ投入する等の行為をし、その間、殺意を生じ、肥溜への投入行為がKを殺害する意思をもってなされたものである以上、冒頭に説示したとおり、被告人の右全行為とKの死亡の結果とを併せて、被告人の右行為は、刑法第240条後段の強盗殺人の既遂をもって論ずるのが相当と解する

と判示し、強盗殺人罪が成立するとしました。

「強盗に伴う暴行・脅迫による死傷」と「強盗致死傷罪の死傷」との結び付きを否定した判例

 「強盗に伴う暴行・脅迫による死傷」と「強盗致死傷罪の死傷」との結び付きを否定した判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和23年3月9日)

 被害者Fほか2名に対する強盗殺人を実行後、犯人らが犯行の発覚を防ぐために、顔を見知られた被害者Gの殺害を共謀し、約5時間後に被害者Gを誘い出して殺害した場合には、新たな決意に基づく別個の殺人行為であり、強盗殺人罪ではなく、殺人罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 刑法第240条後段の強盗殺人罪は、強盗たる者が、強盗をなす機会において、他人を殺害することにより成立する犯罪であって、一旦、強盗殺人の行為を終了した後、新な決意に基づいて別の機会に他人を殺害したときは、右殺人の行為は、たとえ時間的に先の強盗殺人の行為に接近し、その犯跡隠ぺいする意図の下に行われた場合であっても、別箇独立の殺人罪を構成し、これを先の強盗殺人の行為と共に包括的に観察して1個の強盗殺人罪とみることは許されないものと解すべきである
  • 強盗殺人の行為をした後、先の犯行の発覚を防ぐため改めて共謀の上、数時間後、別の場所において人を殺害したこと明白であるから、前記の法理により被告人らが被害者Gを殺害した行為は、被害者Fほか2名に対する強盗殺人罪に包含せられることなく、別箇独立の殺人罪を構成するものといわなければならない

と判示し、被害者Fほか2名に対する強盗殺人罪と被害者Gに対する殺人罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和32年7月18日)

 この判例は、強盗との時間的・場所的な隔たりから、逮捕を免れるための警察官に対する暴行を強盗致傷と認めなかった事例です。

 前夜、岡山県下で強盗を行って得た盗品を船で運搬し、翌晩、神戸で陸揚げしようとする際、巡査に発見され、逮捕を免れるため暴行を加え、巡査を傷害した事案で、裁判官は、

  • 本件犯行と、本件犯行の前日岡山県において行われた強盗の行為とは、その時期、場所、態様からいって、別個のもので、本件犯行は、上記強盗による贓物(盗品)を船で運搬し来り、神戸で陸揚しようとする際に、すなわち右強盗とは別個の機会になされたものである

とし、強盗と公務執行妨害、傷害の罪が成立するとました

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