証拠物の保管は「善良なる管理者の注意義務」を要する
捜査機関は、押収した証拠品を
善良な管理者の注意義務(善管注意義務)
をもって保管しなければなりません(民法644条) 。
善良な管理者の注意義務とは、ひらたく言うと、一般人が日常生活で行うような物の管理レベルではなく、
物を預かる業者がプロの水準で行う管理レベル
での物の管理をいいます。
もし、捜査機関が押収した証拠物を壊したり、なくしたりしたら、国は、証拠物の持ち主に国家賠償をすることになります。
預かっている物を壊したりしたら弁償しなければならないのは、国も民間の業者も同じです。
証拠物の保管は業者に委託することができる
車や船などの大きな物や、大量にあって保管に困るような証拠物は、民間の業者に預けて保管することができます。
根拠法令は、刑訴法121条Ⅰにあり、
『運搬又は保管に不便な押収物については、看守者を置き、又は所有者その他の者に、その承諾を得て、これを保管させることができる』
と規定しています。
証拠物の保管を依頼された民間の業者は、先ほどの説明した民法644条の
善良な管理者の注意義務(善管注意義務)
をもって証拠物を保管・管理することになります。
危険な証拠物は廃棄することができる
爆弾などの危険な証拠物は、裁判や捜査で使う必要があっても、速やかに廃棄することができます。
根拠法令は、刑訴法121条Ⅱにあり、
『危険を生ずる虞がある押収物は、これを廃棄することができる』
と規定しています。
もっともこの場合、証拠物を廃棄する前に、写真を撮っておくなどして、裁判や捜査で活用できる証拠にしておく必要があると考えられます。
滅失・破損のおそれのある証拠物は換価処分することができる
食べ物など保管していたら腐ってしまうような証拠物は、売約してお金に換え、お金を証拠物として保管することができます。
根拠法令は、刑訴法122条にあり、
『没収することができる押収物で滅失若しくは破損の虞があるもの又は保管に不便なものについては、これを売却してその代価を保管することができる』
と規定しています。
この証拠物を売却して、その対価を補完することを
換価処分
といいます。
先ほど説明した爆発物などの危険な証拠物は廃棄することになりますが、
「売ってお金に換えることができるものは廃棄せずに売れ」
という経済的合理性を考えた判断が換価処分になります。
押収した証拠物の還付
押収した証拠物は、刑事事件の裁判が終わったら速やかに被押収者に還付しなければなりません。
証拠物を被押収者に返すことを
還付(かんぷ)
といいます。
根拠法令は、刑訴法346条にあり、
『押収した物について、没収の言渡がないときは、押収を解く言渡があったものとする』
と規定しています。
この意味は、たとえば、「被告人を懲役3年に処する」といった判決の言い渡しがあり、裁判が終わった際には、裁判官から、
「押収した証拠物は、証拠物を押収した人に返すべし」
という言い渡しがあったものと見なすということです。
証拠物の還付は、被押収者に返すのが原則 (現状回復の原則)
押収した証拠物を還付する際、誰に返すべきが問題になります。
この点について、判例があり、押収した証拠物は
被押収者(証拠物を押収された人)
に還付するのが原則になります。
これは、証拠物の本来の所有者が誰であり、誰に返すべきかを考えるのではなく、単純に、被押収者に証拠物を返し、
証拠物を押収する前の状態に現状を回復させる
ことを原則とするものです。
最高裁判例(平成2年4月20日)において、裁判官は、
『刑訴法222条の準用する同法123条1項にいう還付は、押収物について留置の必要がなくなった場合に、押収を解いて原状を回復することをいうから、被押収者が還付請求権を放棄するなどして原状を回復する必要がない場合又は被押収者に還付することができない場合のほかは、被押収者に対してすべきであると解するのが相当である』
と判示しています。
押収物が贓物の場合は、被害者に還付しなけれならない
証拠物は、被押収者に還付し、原状回復することが原則になります。
しかし、押収した証拠物が、贓物(ぞうぶつ:犯罪行為により手に入れられた物)の場合は、犯罪被害者に還付しなければなりません。
贓物とは、たとえば、窃盗の被害品が当たります。
犯人が被害者から盗んだ盗品を、原状回復が原則だからといって、犯人に返したのでは、被害者が保護されません。
なので、贓物は、犯罪被害者に還付しなければならないのです。
根拠法令は刑訴法124条にあり、
『押収した贓物で留置の必要がないものは、被害者に還付すべき理由が明らかなときに限り、被告事件の終結を待たないで、検察官及び被告人又は弁護人の意見を聴き、決定でこれを被害者に還付しなければならない』
と規定しています。
もし、押収した証拠物が贓物で、裁判で犯罪の立証に使わないのであれば、裁判の終結を待たずに、速やかに犯罪被害者に還付しなければなりません。
ちなみに、ここでもし、捜査機関が被害者に証拠物を還付しようとしたときに、
「ちょっと待った!その証拠物は本当は俺の物だ!だから俺に還付してくれ!」
と主張する利害関係者が現れたときは、捜査機関は、その利害関係者の主張に対応しなければなりません。
根拠法令は、124条Ⅱにあり、
『民事訴訟の手続に従い、利害関係人がその権利を、主張することを妨げない』
と規定しています。
このような事態になった場合、最終的には民事事件の問題になるので、被害者と利害関係者の間で解決を図ることになります。
仮還付とは?
刑訴法123条Ⅱにおいて、
『押収物は、所有者、所持者、保管者又は差出人の請求により、決定で仮にこれを還付することができる』
という規定があります。
「仮に還付する」という意味は、捜査機関が押収した証拠物を、被押収者に還付するに当たり、
必要があれば再提出してもらう
という条件付きで還付することをいいます。
これを
仮還付(かりかんぷ)
といいます。
証拠物を仮還付された被押収者は、その証拠物をいつでも捜査機関に再提出し、裁判において証拠物として活用できるように、その物の価値を傷つけないように、相当の注意を払いながら保管しておかなければなりません。
証拠物の還付に対する不服申し立て(準抗告)
捜査機関の証拠物の還付に対する処分に不服がある人は、裁判所に不服を申し立てることができます。
この証拠品の還付に対する不服申し立てを
準抗告(じゅんこうこく)
と呼びます。
根拠法令は、刑訴法430条Ⅰにあり、
『検察官又は検察事務官のした第39条第3項の処分又は押収若しくは押収物の還付に関する処分に不服がある者は、その検察官又は検察事務官が所属する検察庁の対応する裁判所にその処分の取消又は変更を請求することができる』
と規定しています。
たとえば、証拠物を押収された人が、押収された物を還付してほしいのに、捜査機関が正当な理由なく還付してくれない場合、裁判所に準抗告を申し立てることができます。
準抗告の申立てを受けた裁判所は、押収物を還付すべきと判断したときは、捜査機関に対して、押収物の還付を命ずることになります。
この点については、最高裁判例(平成15年6月30日)『司法警察員がした押収物の還付に関する処分に対する準抗告の決定に対する特別抗告事件』があります。
この判例において、裁判官は、
『押収処分を受けた者から,還付請求を却下した処分の取消しと自己への還付を求めて刑訴法430条2項の準抗告が(裁判所に対して)申し立てられた場合において,(裁判所は)押収物について留置の必要がないときは,…捜査機関に対して,押収物を申立人に還付するよう命ずる裁判をすべきものである』
と判示しています。
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