刑法(総論)

正当防衛とは? ~「成立要件」「防衛の意思」「防衛の相当性」「違法性阻却事由」を解説~

違法性とは?

 正当防衛を説明する前提として、違法性を説明します。

 違法性とは、犯罪成立要件の1つです。

 犯罪は、

  • 構成要件該当性
  • 違法性
  • 有責性

の3つの要件がそろうと成立します。

(この点については、前の記事で詳しく書いています)

 もし、殺人をしても、殺人行為に違法性が認められなければ、無罪となります。

 この違法性が認められない条件(『違法性阻却事由』といいます)が、

となります。

 今回は、正当防衛について詳しく説明します。

正当防衛とは?

 正当防衛とは、

急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為

をいいます。

 『自分に危険が迫っているときは、反撃して自分の身を守ることができる』ことが刑法に明確に規定されているのです。

 正当防衛が成立すれば、反撃行為が殺人罪や傷害罪を構成しても、違法性が阻却され、犯罪を構成せず、処罰されずに済みます。

正当防衛の成立要件

 正当防衛の成立要件は、

  • 急迫不正の侵害がある
  • 自己または他人を守るための行為である
  • 防衛行為がやむを得ずにした行為である

 ことの3点です。

1「急迫不正の侵害あること」について

急迫とは?

 急迫不正の侵害の「急迫」とは、

 侵害行為(法益侵害)が

  • 現に存在する
  • 目の前に差し迫っている

ことをいいます(最高裁判例S24.8.18)。

 そのため、

  • 侵害行為が終わった後に反撃した場合

は、侵害行為が現に存在する・差し迫っているとはいえず、正当防衛は成立しません。

 この場合、ただのやり返し行為となり、相手にケガを負わせた場合は、傷害罪が成立します。

 相手から足を殴られ、その侵害が去った後、相手の頭を殴って死亡させた事件において、正当防衛は成立しないとした判例があります(大審院判例S7.6.16)。

 また、

  • 将来の侵害(侵害されることを予想して攻撃に出た場合)

に対しても、侵害行為が現に存在する・差し迫っているとはいえず、正当防衛は成立しません。

 口論となっていた知人から電話で路上に呼び出され、路上において、ハンマーで攻撃してきた知人を、殺意をもって包丁で刺し殺した事件において、

  • 積極的に相手に加害行為をする意思で侵害に及んだときは、急迫性は認められず、正当防衛は成立しない

とした判例があります(最高裁決定H29.4.26)。

「不正」とは?

 急迫不正の侵害の「不正」とは、

  違法

という意味です。

 つまり、違法行為に対する反撃行為であれば、正当防衛が成立します。

 逆にいうと、適法行為に対する反撃行為については、正当防衛は成立しません(大審院判決S8.9.27)。

 たとえば、正当防衛(適法行為)に対して反撃行為をしても、正当防衛は成立しません。

①犯人が被害者を殴りつける

   ⇩

②被害者は、自分を守るため、犯人に殴り返そうとする

   ⇩

③犯人が、殴り返してきた被害者をさらに殴り返す

という場合、③の正当防衛で殴り返してきた被害者を、犯人が殴る行為に正当防衛は認められないことになります。

「侵害」とは?

 急迫不正の侵害の「侵害」とは、

  実害や危険を生じさせる行為

をいいます。

 侵害には、不作為による侵害も含みます。

 たとえば、住居侵入を犯し、侵入した家から退去しない犯人を実力で家から引きずり出す行為を正当防衛とした判例があります(大阪高裁判決S29.4.20)。

2「自己または他人を守るための行為であること」について

防衛行為の相手

 防衛行為は、犯人に向けられた行為である必要があることがポイントです。

 防衛行為が犯人以外の者に向けられた場合、正当防衛は成立しません。

 犯人の侵害行為と被害者の防衛行為は、対応していなければならないのです。

 もし、防衛行為が犯人以外の者に向けられた場合は、正当防衛ではなく、緊急避難が成立します。

 たとえば、犯人から包丁で刺されそになったので、逃げるために隣にいた友人を突き飛ばし、友人にケガをさせた場合、正当防衛ではなく、緊急避難が成立することで、傷害罪になりません。

防衛の意志

 防衛行為には、「防衛の意思」が必要とされます(最高裁判例S46.11.16)。

 「防衛の意思」がない防衛行為は、正当防衛とはなりません。

 たとえば、ヤクザ2人が、お互いに拳銃を向け合って発砲した場合で、片方は銃弾が命中して死亡し、片方は銃弾が外れて生還した場合、生還したヤクザに正当防衛は成立しません。

 「相手を殺ってやろう」という意思で拳銃を発砲しており、「防衛の意思」がないからです。

「防衛の意思」があれば、憤慨・憎悪の感情や攻撃の意思があっても、正当防衛は成立する

 「防衛の意思」があれば、

  • 憤慨・憎悪の感情
  • 攻撃の意思

 があっても、正当防衛は成立します。

 裁判所は、「相手の加害行為に対し、憤慨または逆上して反撃を加えたからといって、直ちに防衛の意思を欠くものと解すべきではない」としています(最高裁判例S46.11.16)。

3「防衛行為がやむを得ずにした行為であること」について

 「やむを得ずにした行為」といえるためには、

具体的事情の下において、防衛行為が、必要かつ相当なものであったこと

を要します。

 これを「防衛行為の相当性」といいます。

 防衛行為の相当性を超えた防衛行為は、過剰防衛となります。

 「具体的事情の下」というのがポイントになります。

 たとえば、素手で殴りかかってきた相手に対し、ナイフを使って反撃行為に出たら、防衛行為の相当性を欠き、過剰防衛になりそうです。

 しかし、筋肉ムキムキの大男が、女性に素手で襲いかかってきたときに、女性がナイフで反撃行為に出るのは、正当防衛が認められる可能性があります。

 「防衛行為の相当性」を判断するには、

  • 法益の権衡(侵害行為と反撃行為が同程度のパワーバランスにある)
  • 防衛行為の態様

 の2つの要素から考える必要があります。

近年の正当防衛に関する有用判例

 近年の正当防衛に関する有用判例は最高裁決定(平成29年4月26日)です。

 この判例で押さえるべきポイントは

  1. 最高裁が刑法36条の立法趣旨を明確に示したこと
  2. 刑法36条の急迫性の判断基準を詳細に示したこと

です。

 以下で①②について詳しく説明します。

① 最高裁が刑法36条の立法趣旨を明確に示したこと

 刑法36条は、

  • 急迫不正の侵害に対して、自己又は他人の権利を防衛するため、やむを得ずにした行為は、罰しない

と規定します。

 この判例は、刑法36条の立法趣旨について、

  • 刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである

と判示し、刑法36条の立法趣旨を明確にしました。

② 刑法36条の急迫性の判断基準を詳細に示したこと

 この判例は、急迫性の判断基準について、

  • 行為者(※加害者)が侵害を予期した上で対抗行為(※正当防衛行為)に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれ(※急迫性)が失われると解すべきではない

とした上、

  • 対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである

とし、急迫性の判断に際して考慮すべき事情の例示として、

  1. 行為者と相手方との従前の関係
  2. 予期された侵害の内容
  3. 侵害の予期の程度
  4. 侵害回避の容易性
  5. 侵害場所に出向く必要性
  6. 侵害場所にとどまる相当性
  7. 対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)
  8. 実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同
  9. 行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容

を掲げました。

この判例の事案

 被告人は、知人であるA(Aこれから被告人に殺害されて被害者となる者)から、平成26年6月2日午後4時30分頃、不在中の自宅の玄関扉を消火器で何度もたたかれ、その頃から同月3日午前3時頃までの間、十数回にわたり電話で「今から行ったるから待っとけ。けじめとったるから。」と怒鳴られたり、仲間と共に攻撃を加えると言われたりするなど、身に覚えのない因縁を付けられ、立腹していた。

 被告人は、自宅にいたところ、同日午前4時2分頃、Aから、マンションの前に来ているから降りて来るようにと電話で呼び出されて、自宅にあった包丁(刃体の長さ約13.8cm)にタオルを巻き、それをズボンの腰部右後ろに差し挟んで、自宅マンション前の路上に赴いた。

 被告人を見付けたAがハンマーを持って被告人の方に駆け寄って来たが、被告人は、Aに包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることなく、歩いてAに近づき、ハンマーで殴りかかって来たAの攻撃を、腕を出し腰を引くなどして防ぎながら、包丁を取り出すと、殺意をもって、Aの左側胸部を包丁で1回強く突き刺して殺害した。

この判例の判決内容

 裁判所は、

  • 刑法36条は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである
  • したがって、行為者が侵害を予期した上で対抗行為に及んだ場合、侵害の急迫性の要件については、侵害を予期していたことから、直ちにこれが失われると解すべきではなく(最高裁昭和45年(あ)第2563号同46年11月16日第三小法廷判決)、対抗行為に先行する事情を含めた行為全般の状況に照らして検討すべきである
  • 具体的には、事案に応じ、行為者と相手方との従前の関係、予期された侵害の内容、侵害の予期の程度、侵害回避の容易性、侵害場所に出向く必要性、侵害場所にとどまる相当性、対抗行為の準備の状況(特に、凶器の準備の有無や準備した凶器の性状等)、実際の侵害行為の内容と予期された侵害との異同、行為者が侵害に臨んだ状況及びその際の意思内容等を考慮し、行為者がその機会を利用し積極的に相手方に対して加害行為をする意思で侵害に臨んだとき(最高裁昭和51年(あ)第671号同52年7月21日第一小法廷決定)など、前記のような刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとはいえない場合には、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである
  • 被告人は、Aの呼出しに応じて現場に赴けば、Aから凶器を用いるなどした暴行を加えられることを十分予期していながら、Aの呼出しに応じる必要がなく、自宅にとどまって警察の援助を受けることが容易であったにもかかわらず、包丁を準備した上、Aの待つ場所に出向き、Aがハンマーで攻撃してくるや、包丁を示すなどの威嚇的行動を取ることもしないままAに近づき、Aの左側胸部を強く刺突したものと認められる
  • このような先行事情を含めた本件行為全般の状況に照らすと、被告人の本件行為は、刑法36条の趣旨に照らし許容されるものとは認められず、侵害の急迫性の要件を充たさないものというべきである

と判示し、被告人の行為に正当防衛は認めらないとし、被告人に殺人罪の成立を認めました。

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 次回は、「過剰防衛」について説明します。

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