刑法(総論)

占有が認められる判断基準③ ~「現実的握持を離れて間がない」を判例で解説~

⑧ 財物が現実的握持を離れて間がなく接近した場所にあり、その所在が判然としている場合

 『財物が現実的握持を離れて間がなく接近した場所にあり、その所在が判然としている場合』は、財物に対する占有が認められます。

 たとえば、公園のベンチの上にバッグを置き忘れて、100メートル歩いたところで、置き忘れに気づいて、取りに戻った場合が該当します。

 少しの間、置き忘れたバッグは、

  • バッグの所有者が推認できる場所的区域内(公園のベンチの辺り)に財物が存在し
  • その所在(ベンチの上)が判然としている場合

に該当するので、バッグの所有者が、バッグを一時的に置き忘れた状態になったとはいえ、バッグの占有は、バッグの所有者に認められることになります。

 なので、この一時的に置き忘れたバッグを何者かが盗んだ場合、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立します。

 財物が近接した場所にあり、その所在が判然としているときには、財物に対して容易に実力行使が可能です。

 かつ、財物が現実的握持を離れて間がなく近接した場所にあるときは、財物の支配に対する一般人の尊重心に訴えて、排他性を獲得できます。

 ゆえに、現実的に握持していた財物がなんらかの原因で一時的にその握持を離れたとしても、その所在が判然としている限り、占有を離脱しません。

財物が現実的握持を離れて間がなく接近した場所にあり、その所在が判然としているとして占有を認めた判例一覧

福岡高裁宮崎支部判例(昭和29年4月23日)

 被害者が置き忘れた現金が入ったカバンを、被害者が約300メートル歩いた頃、カバンを置き忘れたことに気づいて現場に引き返すまでの間に、犯人が持ち去ったという事件で、被害者に置き忘れたカバンの占有があることを認め、窃盗罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 犯人以外の者の支配力の及ぶ場所内に一時置き忘れた財物が存在し、しかも、その置いた場所が判然としている場合には、その財物を目して、直ちに、他人の占有を離脱した、いわゆる遺失物とは言い得ないものと解するのが相当である
  • さすれば、その財物を、直ちに、その現場において領得した場合には、窃盗罪が成立するものといわざるをえない

と判示しました。

大審院判例(明治33年7月2日)

 飲食店において、飲食中の被害者がその場に取り落とした現金が入った財布を、被害者が気づかないでいる間に、飲酒の相手が領得した事件で、財布に対する被害者の占有を認め、窃盗罪の成立を認めました。

最高裁判例(昭和32年11月8日)

 行列してバスを待っていた被害者が、身辺約30センチメートルの位置にあるコンクリート台上に置き忘れた写真機を、被害者が行列の移動につれて改札口方に写真機を置いた場所から約19.58メートルの所まで進み、写真機を置き忘れたことに気づいて引き返すまでの約5分間の間に、犯人が写真機を持ち去った事件について、写真機に対する被害者の占有を認め、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 刑法上の占有は、人が物を実力的に支配する関係であって、その支配の態様は物の形状その他の具体的事情によって一様ではないが、必ずしも物の現実の所持又は監視を必要とするものではなく、物が占有者の支配力の及ぶ場所に存在するをもって足りると解すべきである
  • その物がなお占有者の支配内にあるというを得るか否かは、通常人ならば何人も首肯するであろうところの社会通念によつて決するほかはない
  • 具体的状況 (被害者が行列が動き始めてからその場所に引き返すまでの時間は約5分に過ぎないもので、かつ、写真機を置いた場所と被害者が引き返した点との距離は約19・58メートルに過ぎないと認められる)を客観的に考察すれば、写真機は、なお被害者の実力的支配のうちにあったもので、未だ占有を離脱したものとは認められない

旨判示し、窃盗罪の成立を認めました。

東京高裁判例(昭和30年4月28日)

 強姦目的で女性の左手をつかみ、その女性を連れ去ろうとした際、女性がこれを振り切って逃げようとしたため、バンドが切れて、犯人の手の中に落ちた腕時計を犯人がとっさに領得の意思を生じて持ち去った事件で、暴行により財物が把持を離れても、腕時計に対する被害者の占有があると認めました。

名古屋高裁判例(昭和31年3月5日)

 飲食店で食事後、自己の氏名、住所が明記してある自転車を引いて歩行中の被害者が、飲食店から約80メートル離れた道路上で、手袋を忘れたのに気づいて飲食店にとりに戻る際、施錠をしないまま道路上に置いていた自転車を、被害者が目的を果たして戻るまでの間に、犯人が持ち去った事件で、自転車に対する被害者の占有を認めました。

東京高裁判例(昭和54年4月12日)

 東京駅構内の4番カウンターで特急券を購入した被害者が、カウンター上に置き忘れた現金が入った財布を、すぐその足で約15.6メートル離れた13番カウンターに行って乗車券を購入し、釣銭を財布に入れようとして4番カウンターに財布を置き忘れたことに気づくまでの1、2分の間に、犯人が財布を持ち去った事件について、置き忘れた財布に対する被害者の占有を認め、窃盗罪が成立するとしました。

逆に、占有を否定した判例

東京高裁判例(昭和36年8月8日)

 以下は、どこに物を置き忘れたか分からなくなっている場合は、その置き忘れた物の占有は認められないとした判例です。

 被害者が、酒に酔って自転車を置き忘れた場所を失念し、そのまま帰宅したところ、その置き忘れた自転車を犯人が奪ったという事件において、自転車に対する被害者の占有は失われており、窃盗罪は成立せず、占有離脱物横領が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 被害者、酩酊のため、自転車を放置した場所について、飲食店前であったか、知人と口論した場所であったか失念していた
  • 被害者が、自転車を放置してその場を立去った際、被害者の事実上の支配を離れたものと認めるのが相当である
  • 被害者が立ち去った時から数時間を経て、自転車を発見拾得し、不法領得の意思をもってこれを持ち去った被告人の行為は、占有離脱物横領罪を構成し、窃盗罪は成立しないのである

と判示しました。

東京高裁判例(平成3年4月1日)

 地上7階・地下1階の大型スーパーマーケットの6階のベンチの上に札入れを置き忘れ、エスカレーターを利用して地下1階の食料品売り場に行き、約10分あまり経過した後に、札入れがないことに気づいて、すぐにベンチに置き忘れたことを思い出したが、既に犯人がベンチの上の札入れを持ち去っていた事件について、置き忘れた札入れに対する被害者の占有を否定し、窃盗罪ではなく、占有離脱物横領罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 本件における具体的な状況、とくに、被害者が公衆が自由に出入りできる開店中のスーパーマーケットの6階のベンチの上に、本件札入れを置き忘れたままその場を立ち去って、地下1階に移動してしまい、付近には手荷物らしき物もなく、本件札入れだけが約10分間もベンチ上に放置された状態にあったことなどにかんがみると、被害者が本件札入れを置き忘れた場所を明確に記憶していたことや、ベンチの近くに居合わせたA子が本件札入れの存在に気付いており、持ち主が取りに戻るのを予想してこれを注視していたことなどを考慮しても、社会通念上、被告人が本件札入れを不法に領得した時点において、客観的にみて、被害者の本件札入れに対する支配力が及んでいたことはたやすく断じ得ないものといわざるを得ない
  • そうすると、被告人が本件札入れを不法に領得した時点では、本件札入れは被害者の占有下にあったものとは認め難い

として、置き忘れた札入れの被害者の占有を否定しました。

現実的握持を離れた後も、占有が認められる基準

 現実的握持を離れてからの経過時間と、財物との場所的間隔がどの程度であるときに、占有がまだあるとされ、あるいは、占有が離脱しているとされるかの判断基準は、

財物の種類・形状・性質、財物の所在する場所

などの具体的状況によって判断され、一様ではありません。

 また、占有離脱の原因は、財物と被害者の関係における客観的概念なので、占有離脱の原因が被害者にあるかどうかという点は考慮すべきでないとされます。

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