前回の記事の続きです。
共同正犯(単独犯なのか、共同正犯(共犯)なのか、幇助犯なのかなど)に関する訴因変更の要否
単独犯なのか、共同正犯(共犯)なのかなど、共同正犯に関して、検察官の掲げる訴因(起訴状の公訴事実に記載した訴因)と裁判所の認定する事実が異なる場合における訴因変更の要否の判断は、その相違が
- 被告人の防御に不利益を及ぼさないのならば訴因変更を要しない
- 被告人の防御に不利益を及ぼすのならば訴因変更を要する
という判断になります。
訴因変更を要しないとした判例
共同正犯(共犯)に関して、検察官の掲げる訴因と裁判所の認定する事実が異なる場合につき、その相違が被告人の防御に不利益を及ぼさないとして訴因変更を要しないとした判例として、以下のものがります。
「単独犯」の訴因に対し、「共同正犯(共犯)」の事実を認定した事案で、被告人の防御に不利益は生じないから、訴因変更は要しないとしました。
裁判官は、
- 単独犯として起訴されたものを共同正犯としても、そのことによって被告人に不当な不意打ちを加え、その防御権の行使に不利益を与えるおそれはないのであるから、訴因変更の手続を必要としないものと解することが相当である(最高裁判所昭和26年6月15五日判決参照)
と判示しました。
傷害の「同時犯」の訴因に対し、「共同正犯」の事実を認定した事案で、被告人の防御に不利益は生じないから、訴因変更は要しないとしました。
裁判官は、
- 傷害の同時犯として起訴されたものを共同正犯と認定しても、そのことによって被告人に不当な不意打ちを加え、その防御権の行使に実質的な不利益を与えるおそれはないのであるから、訴因変更の手続を必要としないものと解するのが相当である
と判事しました。
「共同正犯」の事実に対し、「幇助犯」の事実を認定した事案で、被告人の防御に不利益は生じないから、訴因変更は要しないとしました。
裁判官は、
- 法が訴因及びその変更手続を定めた趣旨は、審理の対象、範囲を明確にして、被告人の防御に不利益を与えないためであると認められる
- 裁判所は、審理の経過に鑑み、被告人の防御に実質的な不利益を生ずるおそれがないものと認めるときは、公訴事実の同一性を害しない限度において、訴因変更手続をしないで、訴因と異る事実を認定しても差支えないものと解するのを相当とする
- 本件において、被告人は、第一審公判廷で、窃盗共同正犯の訴因に対し、これを否認し、第一審判決認定の窃盗幇助の事実をもって弁解しており、本件公訴事実の範囲内に属するものと認められる窃盗幇助の防御に実質的な不利益を生ずるおそれはないのである
と判示しました。
訴因変更を要するとした判例
上記とは逆に、共同正犯(共犯)に関して、検察官の掲げる訴因と裁判所の認定する事実が異なる場合につき、その相違が被告人の防御に不利益を及ぼすとして訴因変更を要するとした判例として、以下のものがります。
「幇助犯」の訴因に対し、「共同正犯」の事実を認定した事案で、被告人の防御に不利益を与えるから、訴因変更を要するとしました。
裁判官は、
- 共同正犯を認めるためには、幇助の訴因には含まれていない共謀の事実を新たに認定しなければならず、また法定刑も重くなる場合であるから、被告人の防御権に影響を及ぼすことは明らかであって、当然訴因変更を要するものといわなければならない
と判示しました。
また、この判例は、
- 第一審は、第5回公判期日において共同正犯に訴因を変更すべきことを命じ、検察官から訴因変更の請求がないのに、裁判所の命令により訴因が変更されたものとしてその後の手続を進めたことが認められる
- しかし、検察官が裁判所の訴因変更命令に従わないのに、裁判所の訴因変更命令により訴因が変更されたものとすることは、裁判所に直接訴因を動かす権限を認めることになり、かくては、訴因の変更を検察官の権限としている刑訴法の基本的構造に反するから、訴因変更命令に右のような効力を認めることは到底できないものといわなければならない
- そうすると、裁判所から右命令を受けた検察官は訴因を変更すべきであるけれども、検察官がこれに応じないのに、共同正犯の事実を認定した一審判決は違法である
と判示し、裁判官が検察官に訴因変更を促したが、検察官がこれに応じず、訴因変更請求をしなかったにもかかわらず、裁判所が訴因とは異なる事実を認定したことを違法としました点も参考にあります。
この場合、裁判所は、検察官が訴因変更請求をしなかったのだから無罪を言い渡すのが適切な判決であったことになります。
「現場共謀」の基づく共同正犯の訴因に対し、「事前共謀」の事実を認定した事案で、被告人の防御に不利益を与えるから、訴因変更を要するとしました。
裁判官は、
- 現場共謀に基づく犯行の訴因につき、事前共謀に基づく犯行を認定するには訴因変更の手続が必要である
と判示しました。
「特定の者と共謀」との訴因につき、訴因変更手続を経ずに「氏名不詳者と共謀」の事実を認定した事案で、訴訟手続の法令違反(刑訴法379条) に当たり違法であるとしました。
裁判官は、
- A1に対する殺人の公訴事実について、検察官が訴因として、「A1とA2との共謀」を掲げ、かつ、A1の共謀の相手方としてはA2以外には考えられないとの立証を続けた原審での審理経過を前提として、原審裁判所(※一審の裁判所)が、訴因変更手続をとることなく、判決中で、突然これとは異なる「A1と氏名不詳者との共謀」を認定した訴訟手続には、判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反がある
と判示しました。
審理の経過に照らし、例外的に訴因変手続を経ていなくても違法ではないとした判例
本来であれば、訴因変更を要するが、審理の経過等に照らし、例外的に訴因変手続を経ていなくても違法ではないとした判例があります。
被告人がAと共謀の上、 被害者を殺害したという殺人の共同正犯において、実行行為者を被告人と特定した訴因に対し、裁判官が実行行為者を被告人と特定せず「A又は被告人あるいはその両名において」と認定した事案です。
裁判官は、
- 実行行為者がだれであるかは、一般的に、被告人の防御にとって重要な事項であるから、当該訴因の成否について争いがある場合等においては、争点の明確化などのため、検察官において実行行為者を明示するのが望ましいということができ、検察官が訴因においてその実行行為者の明示をした以上、判決においてそれと実質的に異なる認定をするには、原則として、訴因変更手続を要するものと解するのが相当である
- しかしながら、実行行為者の明示は、訴因の記載として不可欠な事項ではないから、少なくとも、被告人の防御の具体的な状況等の審理の経過に照らし、被告人に不意打ちを与えるものではないと認められ、かつ、判決で認定される事実が訴因に記載された事実と比べて被告人にとってより不利益であるとはいえない場合には、例外的に、訴因変更手続を経ることなく訴因と異なる実行行為者を認定することも違法ではないものと解すべきである
と判示しました。
次回の記事に続く
次回の記事では、
- 訴因変更の手続の流れ(方法・時期)
- 裁判所の訴因変更命令
- 控訴審における訴因変更
などを説明します。