窃盗罪と詐欺罪の関係
窃取した財物を使って、第三者から金品を詐取した事案
窃取した財物を、自己の物のように偽って、第三者を欺いて金品をだまし取った場合、その第三者との関係では、新たな法益侵害を伴うので、窃盗とは別に詐欺罪(刑法246条)も成立し、これらは併合罪になります。
財物を盗むほかに、金品を詐取するという新たな法益侵害が生じるため、詐欺罪は不可罰的事後行為にならず、不処罰とはなりません。
この点は、以下の判例で示されています。
裁判官は、
- 窃盗犯人が贓物を自己の所有物と詐って第三者を欺罔して金員を騙取した場合においては、贓物についての事実上の処分行為をなすにとどまる場合と異なり、第三者に対する関係において、新たな法益侵害を伴うものであるから、窃盗罪のほかに詐欺罪の成立を認むべきを相当とする
と判示しました。
店から洋品類を窃取した後、あたかも、これを正当に購入したもののように装い、嘘言をろうして返金名義の下に、その店から現金をだまし取った事案ついて、裁判官は、
- 窃取した洋品類を正当に買入れたものと詐って金員等を騙取した場合は、更に新たな法益を侵害したもので、これを目して事後処分ということはできず、窃盗罪のほか詐欺罪を構成するものと解するを正当とする
- 刑法第54条第1項後段の牽連犯の成立には、罪質上、通例、手段結果の関係があることを要するものと解すべきところ、窃盗と詐欺との間にはその関係があるとは認められないので、本件を牽連犯ということはできない
- したがって、原判決が、窃盗、詐欺の併合罪として処断したのは正当である
と判示し、窃盗罪と詐欺罪の両罪が成立し、両罪は牽連犯ではなく、併合罪になるとしました。
なお、上記2つの判例の結論とは異なり、窃盗罪は成立するが、詐欺罪は成立しないとした以下の判例があります。
この判例は、窃取した小切手を銀行で換金した事案について、小切手の換金行為は、通常予想される処分行為と認められるので、窃盗罪のほかに詐欺罪は構成しないとしました。
裁判官は、
- 窃盗犯人が自らその贓物を処分する場合において、その行為が、外形上、他罪の構成要件を充足する場合においても、それが通常予想される事後処分と認められるものである限り、窃盗罪に包摂され、別罪を構成するものでないと解すべきてある
- ことに今日の交換経済社会において、窃盗犯人が財物を窃取するのは、自ら直接これを使用するのではなく、賍物を処分して金銭に換えることを目的とするのが通例である
- したがって、その贓物を自己の所有物の如くに装って、他人に売却する場合であっても、窃盗が単に他人の所持を侵害するにとどまらす、所有権を侵害するものである以上、その売却は窃盗の事実上の効果をまっとうする行為にほかならないものであるから、贓物の処分に関し、必然的に伴う買主に対する欺罔行為は、既に窃盗の行為において予定され包摂されているものと解するを相当とする
- 本件小切手は、記録によれば、真正に振出された持参人払式小切手であって、被告人自らその小切手により銀行から現金の支払を受けているのであるから、換金行為は、一層強い理由で窃盗罪に当然吸収されるものといわなければならない
- したがって、その換金行為は、窃盗行為に伴う当然の結果として、窃盗行為に対する可罰的評価に当然包含されるものと見るのが相当である
- されば、被告人が持参人払式小切手をもって支払を受けた行為は、まさに不可罰的事後行為として詐欺罪の成立を否定せざるを得ない
と判示しました。
詐取したキャッシュカード等を使って、ATM機から現金を引き出した事案(詐欺が窃盗に先行するケース)
詐欺が窃盗に先行して行われたケースとして以下の判例があります。
消費者金融会社の従業員を欺いて、他人名義でローンカードの交付を受けた上、そのローンカードを使用して、現金自動入出金機から現金を引き出した事案について、裁判官は、
- 同社係員を欺いて同カードを交付させる行為と、同カードを利用して現金自動入出機から現金を引き出す行為は、社会通念上、別個の行為類型に属するものであるというべきである
- ローンカードの交付を担当した同社係員は、現金自動入出機内の現金を、被告人に対して交付するという処分行為をしたものとは認められない
- 被告人は、同カードを現金自動入出機に挿入し,自ら同機を操作し作動させて現金を引き出したものと認められる
- したがって、被告人に対し、同社係員を欺いて、同カードを交付させた点につき、詐欺罪の成立を認めるとともに、同カードを利用して現金自動入出機から現金を引き出した点につき窃盗罪の成立を認めた原判決の判断は正当である
と判示し、詐欺罪と窃盗罪の併合罪が成立するとしました。
また、同種判例として、人を欺いて入手したキャッシュカードを利用して銀行の現金自動支払機から現金を引き出した事案について、詐欺罪と窃盗罪との併合罪が成立するとした判例があります(東京高裁判例 平成10年12月10日)。
窃盗罪と詐欺罪が観念的競合になった事案
大阪高裁判例(昭和28年6月22日)
立木を自己のもののように偽って他人に売却し、売却代金の交付を受け、立木は買主に伐採搬出させた事案について、詐欺罪と窃盗罪の観念的競合が成立するとしました。
窃盗教唆者が、本犯から窃盗品を詐取した事案
大審院判例(昭和3年4月16日)
窃盗教唆者が、本犯(窃盗を実行した者)を欺いて盗品を詐取した事案について、窃盗教唆と詐欺罪との併合罪が成立するとしました。
窃盗罪と横領罪との関係
窃盗犯人が、盗品を使用収益処分するのは、不可罰的事後行為であって横領罪(刑法252条)を構成しないのが原則になります。
たとえば、友人から自転車を窃取し、その自転車を自分のものとして横領しても、横領行為は、不可罰的事後行為になるので、横領罪は成立しません。
この場合、自転車を窃取したとする窃盗罪のみが成立します。
しかし、事情によっては、窃盗罪のほか、横領罪も成立する場合があります。
この点について、以下の判例があります。
窃盗犯人が、盗品等をいったん他に売却した後、その者から借り受けて、さらに勝手に入質した事案で、横領罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 被告人が、いったん甲から窃取したものを、乙に売却処分した以上、盗物の処分行為はこれをもって終了したものである
- 被告人が、更に乙から借り受けた当該物件を、第三者の丙に入質して横領した場合には、新に別領得犯意に基く横領罪の成立するのは当然である
と判示し、窃盗罪のほか、横領罪も成立し、両罪は併合罪になるとしました。
窃盗罪と盗品等に関する罪との関係
窃盗犯人が行う盗品等の運搬・保管・有償無償の譲受け、有償処分のあっせん(盗品等に関する罪、刑法256条)は不可罰的事後行為となります。
窃盗本犯(窃盗行為を実行した者)には、盗品等に関する罪は、構成要件上、成立しません。
しかし、窃盗の教唆者・幇助者に対しては、盗品等に関する罪が成立し、これらと窃盗教唆・幇助とは併合罪になります。
窃盗の教唆・幇助の罪に、盗品等に関する罪は吸収されません。
この点について、以下の判例があります。
窃盗教唆者が、窃盗本犯が窃取した盗品の買い取った事案について、裁判官は、
- 窃盜教唆と贓物故買(現行の盗品等有償譲受け罪)の別個独立の二罪が成立する
- 窃盜教唆と贓物故買との間には、通常、手段又は結果の関係はないのであるから、被告人が贓物故買の手段として窃盜教唆を行ったものであっても、牽連犯にあたるものでなく、両者は併合罪の関係に立つ
と判示し、窃盗教唆と盗品等有償譲受け罪が成立し、両罪は併合罪になるとしました。
この判例のほか、同種の判例として
- 窃盗教唆と盗品等保管の両罪が成立して併合罪とした大審院判例(大正4年4月29日)
- 窃盗教唆と盗品等有償処分のあっせんの両罪が成立して併合罪とした最高裁判例(昭和24年7月30日)
- 窃盗幇助と盗品等保管の両罪が成立して併合罪とした最高裁判例(昭和28年3月6日)
があります。
窃盗犯人以外の者が、盗品を窃取した場合、窃盗罪や占有離脱物横領罪が成立する
窃盗犯人以外の者が、窃盗犯人が盗んだ金品を、不法領得の意思をもって持ち去った場合、盗品等の運搬(盗品等に関する罪、刑法256条)は成立せず、窃盗罪や占有離脱物横領罪が成立します。
この点について、以下の判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 他人の占有に属する贓物を、不法領得する意思をもって運搬するときは、窃盗罪が成立し、贓物運搬罪は成立しない
と判示しました。
広島高裁判例(昭和29年10月27日)
窃盗犯人が置き去り、窃盗犯人の占有を離脱した盗品(古鉄)を持ち去った事案について、占有離脱物横領罪が成立し、窃盗罪は成立しないとしました。
裁判官は、
- 氏名不詳の若い男2人が、古鉄を工場から盗み出し、工場付近の公道の砂の中に隠し、格別見張り等を付けないで、置き去ったものであったことが認められる
- 本件は、窃盗犯人において見張り等を付けて看守していた形跡は認められず、かつ公道上のことであってみれば、当該物件(古鉄)は、窃盗犯人の占有下にあったものとは到底認め難いところである
- したがって、これを不正に領得したとしても窃盗罪を構成せず、正に刑法254条にいわゆる占有を離れた他人の物を横領した者に該当し、同条所定の横領罪(占有離脱物横領罪)を構成するものと解するのを相当とする
と判示しました。
窃盗罪と文書毀棄罪との関係
登記所保管の登記書類に貼付してある印紙を剥がして窃取した場合には、窃盗罪と公文書毀棄罪(刑法258条)とが成立し、両罪は観念的競合になります(大審院判例 明治44年2月21日)。
窃盗罪と建造物損壊罪との関係
建造物を損壊して、損壊した建造物の一部を窃取した場合、建造物等損壊罪(刑法260条)と窃盗罪が成立します。
窃盗罪は、性質上、建造物損壊の手段として、通常用いられるべき行為とはいえないので、建造物損壊罪と窃盗罪は牽連犯の関係になく、建造物損壊罪は独立の犯罪として成立します。
つまり、建造物損壊罪と窃盗罪は、併合罪の関係になります。
この点について、以下の判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 原判決は、建造物損壊を認め、これを独立の犯罪として取扱ったものである
- 判示の事実は、必ずしも窃盗罪の性質上、その手段として通常用いらるべき行為ということはできないから、原審がこれを刑法54条にいわゆる犯罪(窃盗罪)の手段と見ずして独立の犯罪として取扱ったのは正当である
と判示しました。