親族相盗例の適用
窃盗罪は、犯人と財物の所有者・占有者との間に、一定の親族関係がある場合は、刑が免除され、または親告罪となることがあります(刑法244条)。
この刑法上のルールを
親族相盗例
といいます。
たとえば、同居の息子が、父親の財布の中から一万円を盗んだ場合が、親族相盗例のルールが適用されるケースになります。
この場合、配偶者・直系血族・同居の親族に対して犯した窃盗罪になるので、 刑法244条の規定により、犯人である息子を窃盗罪で裁判にかけたとしても、裁判官は、必ず刑を免除する判決を出すことになります。
その上、もし、窃盗の被害者が、配偶者・直系血族・同居の親族以外の親族(たとえば、同居していない叔父叔母・兄弟姉妹・いとこ)であった場合、この場合の窃盗罪は親告罪になるので、被害者の告訴がなければ、犯人を裁判にかける(起訴する)ことはできません。
窃盗罪の客体➡他人の財物
窃盗罪の客体(窃盗行為の対象)は、
他人の財物
です。
『他人の財物』とは、犯人以外の者が占有・所有する財物をいいます。
ただし、犯人自身が占有・所有する財物であっても、刑法242条の規定により、一定の場合には、他人の財物をみなされることがあります。
具体的には、犯人が占有する財物であっても、その財物が他人と共同して占有する物である場合には、その財物について窃盗罪が成立することがあります(詳しくは前回記事参照)。
犯人が他人との共有物を窃取し、窃盗罪が認定された判例
犯人と他人との共有物も「他人のもの」であり、窃盗罪の客体になります。
犯人が他人との共有物を窃取し、窃盗罪が認定された判例を紹介します。
大審院判例(大正12年6月9日)
この判例において、裁判官は、
- 共有物は、共有者の一人より見れば、自己の所有に属すると同時に他の共有者の所有に属するものである
- それゆえ、その一人が、他の共有者の占有し、または第三者をして占有せしむる共有物を奪取するときは窃盗罪を構成する
旨判示しました。
大審院判例(昭和3年6月6日)
この判例において、裁判官は、
- 物の共有者は、各その持ち分に応じ、目的物の使用収益をなすことを得れども、他の共有者の同意あるにあらざれば、これに変更を加えることはできない
- 被告人が本件山林の共有者であるとしても、他の共有者の同意なき限り、伐採をなす権利がないことはもちろんである
- したがって、(被告人が共有者の同意なしに森林を伐採した行為は)森林窃盗罪を構成する
旨判示しました。
大審院判例(昭和3年6月6日)
この判例で、裁判官は、
- 共有物は、その分割前においては、各共有者はその物全部につき、持ち分を有する
- 共有者の一人が不正にこれを領得するの意思をもって、共有物を共有の状態より自己単独の占有に移すことは、他の共有者の持ち分権を侵害して、他の財物を自己の支配内に移し、不法に領得したものであるから、窃盗罪を構成する
旨判示しました。
窃盗罪の客体になる財物とは?
財物の定義
財物とは、最高裁判例(昭和25年8月29日)において、
『強盗罪、窃盗罪において、奪取行為の目的となる財物とは、財産権、ことに所有権の目的となり得べき物を言い、それが金銭的ないし経済的価値を有するや否やは問うところではない』
と定義されています。
財物は、
所有権の目的となり得るもの
であれば、あらゆる物が幅広く財物として認められると考えればOKです。
財物にならない物として、道端に落ちている石ころや、ゴミ箱に捨てた使用済みティシュがあげられます。
これらは、所有権の目的物とならず、財物とは認められない可能性が高いです。
さらに、財物は、
経済的価値、金銭的価値はなくても、財物性は認められる
という点にポイントがあります。
たとえば、感情的・主観的価値があるラブレターでも財物性が認められ、窃盗罪の客体になります。
財物に関する詳しい説明は、前の記事でもしているので、参考にしてみてください。
不動産は財物になるか?
不動産(建物・土地・その定着物)は財物には含まれません。
なので、不動産は、刑法235条の窃盗罪の客体にはなりません。
その代わり、不動産が侵害された場合は、刑法235条2の不動産侵奪罪で処罰することになります。
不動産を動産化すれば窃盗罪の客体になる
不動産であっても、その全部または一部を動産化して奪取する場合は、窃盗罪が成立します。
最高裁判例(昭和25年4月13日)では、
- 家屋の建材そのものを領得するため、これを取り壊して動産化して持ち去る行為は窃盗罪を構成する
と判示しています。
なので、たとえば、土地の定着物の状態になっている稲や立木を伐採して盗んだ場合は、土地の定着物を動産化して盗んだとして、窃盗罪を構成します。
電気は財物か?
電気は、窃盗罪における財物になります(刑法245条)。
たとえば、コンビニのコンセントを使って勝手にスマホを充電すれば、窃盗罪を犯したことになります。
情報は財物か?
情報は、財物にはなりません。
ただし、情報を記録した紙やUSBメモリなどの媒体は財物になり、それらを盗めば窃盗罪を構成します。
情報が記録された物を複写目的で持ち出した行為が窃盗罪として処罰された事例として、東京地裁判例(平成9年12月5日)があります。
この判例では、金融機関の預金事務センターのホストコンピュータに記録保存されている預金残高明細等をアウトプットさせて支店備え付けの用紙に印字した書類が窃盗罪の客体たる財物に当たると認定されました。
この判例は、前回の記事でも説明しているところですが、事案の詳細を再度紹介します。
東京地裁判例(平成9年12月5日)
信用金庫の支店長が、預金事務センターのホストコンピュータに電磁的に保管されている預金残高明細などの顧客データを、不正の目的で用紙に印刷し、その用紙を窃取したとして、窃盗罪に問われました。
裁判の争点として、
- 犯人は支店長なのだから、その用紙の占有を有すると考えられる
- だとすると、支店長自身が占有する物を窃取して窃盗罪が成立するという考え方は成立しないのではないか?
という点があがりました。
結論として、裁判官は、
- 顧客データを印字した用紙の占有は支店長にはない
- 顧客データを印字した用紙の占有は、信用金庫の理事長にある
- つまり、支店長は、理事長が占有する顧客データを印字した用紙を奪ったわけである
- だから、支店長に対し、窃盗罪が成立する
と判断しました。
裁判官は、判決で、
- 支店長が、支店において、その業務の過程でアウトプットして作出した取引明細票等の帳票類の管理者であることは認められる
- しかし他方で、支店長は、事務センターのホストコンピュータに電磁的に記録・保存されている顧客情報を自己の判断で利用する権限を与えられているものの、それにとどまるというべきある
- もとより、業務上の必要がないにもかかわらず、不正の目的で顧客情報を入手することが許されないのは当然である
- 不正の目的で作出した帳票類についてまで、その管理を委ねられているとはいえない
- そのような帳票類については、その情報の管理者の管理に属すると解するのが相当である
- 本書類は、業務上必要がないにもかかわらず、第三者に漏出させる目的で作出したものであるから、以上述べたところにより、究極的に理事長が管理するものであり、その占有に属する
とする旨を述べ、支店長は、理事長が管理する顧客データが印字された用紙を窃取したとして、窃盗罪の成立を認めました。