脅迫罪と脅迫の内容となる犯罪の成立関係
脅迫罪(刑法222条)と脅迫の内容となる犯罪の成立関係(罪数)について説明します。
脅迫と加害の実行とが、同じ場所で時間的に連続し、一連の継続的行為として行われたときは、脅迫罪は実行した犯罪に吸収される
脅迫と加害の実行とが、同じ場所で時間的に連続し、一連の継続的行為として行われたときは、脅迫罪は実行した犯罪に吸収されます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(大正15年6月15日)
被害者に対し、自己の懐中に手を差し入れ、あたかも刃物でも所持しているかの如く装い「貴様は何を言っても知らぬ知らぬと申す故、斬ってやるぞ」と言いながら、被害者の胸倉を捉え、拳でその頬を殴打した事案で、裁判官は、
- 暴行を加えることを告知し、これと同一の日時場所において、その告知の如く、被害者を殴打したるに過ぎず、その告知は、暴行なる行為中に包括され、独立の存在を有するものにあらざること行為の性質に照らして明なり
と判示し、脅迫文言を言いながら暴行を加えたケースについて、脅迫罪は暴行罪に吸収され、暴行罪のみが成立するとしました。
東京高裁判決(昭和42年9月19日)
一連の継続的行為として行われた脅迫と暴行については、裁判官は、
- 被告人があらかじめ被害者の身体に対し、いかなる危害をも加えかねないような脅迫的言辞を弄したのに引き続いて現実に暴行に出た場合、脅迫が暴行罪に吸収されるものと解し、暴行の単純一罪として評価するのが相当である
- 原判決がこれをニ罪と判定し、暴行、脅迫の各該当法条に問擬(もんぎ)し、両者を刑法54条1項前段の観念的競合として処断したのは誤りである
と判示し、暴行罪のみが成立するとしました。
告知した害悪と現実に加えた害悪が全く異なる場合は、脅迫罪とその実行した犯罪に吸収されない
告知した害悪と現実に加えた害悪が全く異なる場合は、脅迫罪とその実行した犯罪に吸収されず、脅迫罪とその実行した犯罪のニ罪が成立し、両罪は併合罪になります。
この点について、以下の判例があります。
石灰や唐辛子粉を投げつけたり、消火器の液を浴びせかけるなどの暴行の際、火箸を振り上げて「これで刺すぞ」「窓から一人一人投げ降ろす」などと脅迫した事案で、裁判官は、
- Mらに暴行を加え、その際、Mに対し、たとえ本心からではないにしても、その生命に危害の至るべきことを告知し、Mを脅迫した場合には、告知の内容たる害悪と現実に加えた害悪とは、その法益を異にするから、暴行罪とは別に脅迫罪の成立を認めるのが相当である
- 暴行を為すに当たって、その旨を告げるが如き場合(この場合は脅迫行為は暴行罪に吸収され別に脅迫罪は成立しないと解する)と同一に論ずることはできない
と判示し、暴行の際に脅迫をしたケースについて、告知した害悪と現実に加えた害悪とが異なるため、暴行罪と脅迫罪のニ罪が成立し、両罪は併合罪になるとしました。
大審院判決(昭和6年12月10日)
両手で被害者の喉を締めた上、「喉笛に食いっいた以上は死んでも放さない、人を殺せばおのれも当然死ぬべきものだから、ともに成仏しよう」などと言いつつ、胸襟をつかんだ手で、被害者の身体を揺する暴行を加えたという事案で、裁判官は、
- 殺人行為をなすに当たりて、殺害の旨を言明し、暴行をなすに当たりて、その旨を告げるが如く、その侵害しようとする法益に害を加えるべきことの告知は、たとえ、それ自体を分離して観察すれば、脅迫罪の実質をそなえる場合といえども、当該犯罪行為をなさんとする際に行われ、かつ、進んでこれを実行したものなるときは、脅迫行為は、該実行による犯罪中に吸収され、別に脅迫罪の成立を認むべきにあらず
- 然れども、告知したる害悪と現実に加えたる害悪と全く相違なる場合においては、該告知にして脅迫罪の実質を具備する以上は、これを脅迫罪に問擬(もんぎ)すべく、実行による犯罪中に包括せられたるものとなすことを得ざるものとす
と判示し、脅迫文言を言いながら暴行を加えたケースについて、告知した害悪(殺す)と現実に加えた害悪(体を揺さぶる)が全く異なる場合は、脅迫罪は暴行罪に吸収されず、脅迫罪と暴行罪のニ罪が併合罪として成立するとしました。
髪を引っ張り顔面を殴打するなどの暴行の際に「お前みたいな者はこの辺におくわけにはいかないから川に投げ込む」と告知した事案で、裁判官は、
- 生命にも危害を加えるおそれのある言辞であり、告知した害悪と現実に加えた害悪とが全く異なる場合に当たる
と判示し、脅迫罪は暴行罪に吸収されず、脅迫罪と暴行罪のニ罪が併合罪として成立するとしました。
東京高裁判決(昭和38年6月12日)
「ポリ公、待て、俺は空手三段だ、一発で殺してやる」と怒号しつつ空手の構えを示した脅迫の後、相手の顔面に突きかかり前襟をつかむという暴行を加えた事案です。
裁判官は、脅迫は暴行に至る過程において一手段として行われ、両者が別個の法益を侵害したことはなく、脅迫は暴行に包摂され暴行罪によって評価されているとの被告人側の控訴理由を排斥し、
- 被告人は、生命に危害を加える趣旨を含む害悪の告知をなした後に、現実には殺意によらない単純な暴行を加えたものであって、右の告知した害悪と現実に加えた害悪とは全く異なるのであるから、このような場合は前者の行為が後者の行為に吸収されることはない
と判示し、脅迫罪と暴行罪の二罪が成立し、両者は併合罪の関係に立つとしました。
脅迫の告知内容である加害を実行しようとしたものではなく、脅迫の実行に際し、たまたま傷害の結果が発生した場合は、脅迫罪と傷害罪は別個に成立する
脅迫の告知内容である加害を実行しようとしたものではなく、脅迫の実行に際し、たまたま傷害の結果が発生したというような場合は、脅迫罪と傷害罪は別個に成立し、両罪は併合罪の関係に立ちます。
この点を判示した以下の判例があります。
大審院判決(昭和6年12月14日)
被告人が手を懐中に入れ、凶器を所持して被害者に危害を加えるような態度を示して脅迫した際、危険を察知した被害者が、右手で懐中で短刀を握っていた被告人の右手をつかむや、被告人が被害者の手を押し上げ、親指根元に咬みついて傷害を負わせた事案で、
と判示し、脅迫行為の後、たまたま傷害行為を行った場合は、脅迫罪と傷害罪のニ罪が成立し、両罪は併合罪になるとしました。