刑事訴訟法(公判)

裁判⑪~「公訴棄却の裁判」を説明

 前回の記事の続きです。

公訴棄却の裁判

 終局裁判の種類は、

に分けられます。

 刑事訴訟法などの訴訟法上において「裁判」とは、

裁判所又は裁判長・裁判官の意思表示的な訴訟行為

をいいます。

 一般的には、刑事事件の公判手続などの訴訟手続の全体を指して「裁判」ということが多いですが、訴訟法上は、訴訟手続の中の、裁判所又は判長・裁判官の意思表示的訴訟行為だけを「裁判」といいます。

 この記事では、公訴棄却の裁判について説明します。

公訴棄却の裁判とは?

 公訴棄却とは、

被告事件が形式的訴訟条件を欠く場合に、審理に入らず、訴訟係属を打ち切る裁判

をいいます。

 公訴棄却の裁判は、

とがあります。

 公訴棄却が判決でなされる場合(刑訴法338条)は、

  1. 被告人に対して裁判権を有しないとき
  2. 刑訴法340条の規定に違反して公訴が提起されたとき
  3. 公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたとき
  4. 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるとき

であり、上記①~④の事項の公訴棄却が判決(裁判官、検察官、被告人、弁護人がいる公判廷で、裁判官が直接、口頭で被告人に告げる方法)で行うとされているのは、

  • 上記①~④の事項が比被的重大であること
  • その事由の存在が必ずしも明白でない場合もあること

が理由です。

 これに対して、公訴棄却が決定でなされる場合(刑訴法339条)は、

  1. 刑訴法271条2項の規定により公訴の提起がその効力を失ったとき
  2. 起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき
  3. 公訴が取り消されたとき
  4. 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなったとき
  5. 刑訴法10条又は11条の規定により審判してはならないとき

であり、上記①~⑤の事項の公訴棄却が決定(裁判官、検察官、被告人、弁護人がいる公判廷で、裁判官が直接、口頭で被告人に告げるのではなく、書面を送付して告知する方法)で行われます。

判決による公訴棄却の詳しい説明

 判決による公訴棄却の内容を詳しく説明します。

1⃣ 被告人に対して、裁判権を有しないときの公訴棄却の判決(刑訴法338条1号

 裁判権は、基本的に、日本国の領上内にいる全ての者(外国人を含む)に及びます。

 しかし、以下①~③の者には裁判権を有せず、裁判権は行使できません。

  1. 国際法上、治外法権を有する外国の元首使節・その随員
  2. 在日米国軍人・軍属で米国側に第一次裁判権がある者(地位協定17条により、日本の裁判権が制限されている)
  3. 天皇(憲法1条)、摂政(皇室典範21条)、国事行為代行者(国事行為の臨時代行に関する法律6条)

2⃣ 刑訴法340条の規定に違反して公訴が提起されたときの公訴棄却の判決(刑訴法338条2号

 公訴取消し後の再起訴に関する制限(刑訴法340条)に違反して、再起訴がなされたときに公訴が棄却されるものです。

3⃣ 公訴の提起があった事件について、更に同一裁判所に公訴が提起されたときの公訴棄却の判決刑訴法338条3号

 二重起訴がなされたときに公訴が棄却されるものです。

4⃣ 公訴提起の手続がその規定に違反したため無効であるときの公訴棄却の判決刑訴法338条4号

 公訴提起の手続が、その規定に違反したため無効であるときとは、例えば以下のもの該当します。

① 家庭裁判所の逆送決定(少年法20条)を経ない少年事件の起訴(最高裁判決 昭和42年6月20日

告訴告発を要する事件(親告罪)で、告訴・告発を欠く起訴(最高裁決定 昭和29年9月8日

③ 起訴状に予断事項が記載されていて、予断排除の原則に反する起訴(最高裁判決 昭和27年3月5日

訴因が不特定・不明確であって、検察官に釈明を求めてもこれを明確にし得ない起訴(最高裁判決 昭和33年1月23日

⑤ 既に家庭裁判所の保護処分がなされた事件についての起訴(少年法46条)

⑥ 道交法違反で犯則行為(道路交通法9章)に当たる罪について、通告手続を経ずになされた起訴

最高裁判決(昭和48年3月15日)

 裁判官は、

  • 反則者は、当該反則行為について、道路交通法127条1項または2項後段の規定による反則金の納付の通告を受け、かつ、同法128条1項に規定する期間が経過した後でなければ、当該反則行為について、公訴を提起されないと規定しているから、もしかかる手続を経ないで公訴が提起されたときは、裁判所は、公訴提起の手続がその規定に違反したものとして、刑訴法338条4号により、判決で公訴を棄却しなければならないものである

と判示しました。

決定による公訴棄却の詳しい説明

 決定による公訴棄却の内容を詳しく説明します。

1⃣ 刑訴法271条2項の規定により公訴の提起がその効力を失ったときの公訴棄却の決定(刑訴法339条1号

 刑訴法271条2項の規定とは、起訴状謄本の不送達により、公訴提起の効力を失ったときをいいます。

 検察官が事件を起訴(公判請求又は略式起訴)をすると、裁判所から起訴状謄本が被告人に送付されます。

 この被告人への起訴状謄本の送達は、公判請求の場合は2か月以内(刑訴法271条2項)、略式起訴の場合は4か月以内(刑訴法463条の2)に行われなければ、公訴棄却の決定がなされます。

 公訴棄却の決定がなされた後、検察官は、あらためて訴訟条件を備えれば、公訴棄却の決定がなされた事件を再度起訴することができます。

 この再度の起訴は、公訴棄却の決定が確定する前に行うことができます。

 この点を判示した以下の判例があります。

最高裁判決(昭和36年10月31日)

 公訴棄却の決定がなされた後、その公訴棄却の決定の確定前に、同一事実について更に公訴の提起があった場合、その後、その公訴棄却の決定が確定したときは二重起訴に当たらないとした事例です。

 裁判官は、

  • 本件と同一事件について公訴の提起があり、これが不適法であったため公訴棄却の決定がなされ、その確定しない中にあらためて本訴公訴の提記があり、これに基いて第一審判決の宣告があったものであるけれども、その判決宣告前、既に右公訴棄却の決定が確定し、先の公訴が提起当時に遡及してその効力を失って居るのであるから、同一の犯罪について二重の起訴のあった場合に当らない

と判示しました。

2⃣ 起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないときの公訴棄却の決定(刑訴法339条2号

 「起訴状に記載された事実が真実であっても、何らの罪となるべき事実を包含していないとき」とは、起訴状の記載から判断して、罪となるべき事実を包含していないことが一見して明白な場合をいいます。

 なお、罪となるべき事実を包含していないことが一見して明白ではない場合は、審理を行わないでする公訴棄却の決定ではなく、審理を行った上で「被告事件が罪とならないとき」(刑訴法条336前段)として、無罪判決がなされることになります。

3⃣ 公訴が取り消されたときの公訴棄却の決定(刑訴法339条3号

 検察官は、第一審の判決があるまで公訴を取り消すことができます(刑訴法257条)。

 検察官が公訴を取り消したとき、公訴棄却の決定がなされます。

4⃣ 被告人が死亡し、又は被告人たる法人が存続しなくなったときの公訴棄却の決定(刑訴法339条4号

 被告人が死亡したとき、又は被告人たる法人が存続しなくなったときは、刑罰を言い渡す相手がいなくなり、審理を続けることができなくなるので、公訴棄却の決定がなされます。

5⃣ 刑訴法10条又は11条の規定により審判してはならないときの公訴棄却の決定(刑訴法339条5号

 刑訴法10条11条に該当する状態は、同一事件が誤って数個の裁判所に起訴された場合をいいます(これを「訴訟の競合」といいます)。

 これを放置すると、訴訟経済に反する上、二重に判決がなされることになるので、法は、数個の裁判所が事物管轄を異にするときは上級の裁判所が審判し(刑訴法10条)、それが事物管轄を同じくするときには、先に起訴を受けた裁判所が審判する(刑訴法11条)こととしています。

 そのため、 審判をしなくなった裁判所は、公訴棄却の決定を行い、事件の審理を打ち切ります。

 なお、同一事件が同一の裁判所(本庁と支部の場合も同じ)に別々に起訴された場合は、刑訴法339条5号の公訴棄却の決定ではなく、「二重起訴」として、刑訴法338条3号により、後に起訴された事件につき、公訴棄却の判決がなされます。

検察官、被告人、弁護人に公訴棄却の申立権はない

 訴訟関係人(検察官、被告人、弁護人)が、裁判官に対し、公訴棄却の申立てをする権利はありません。

 なので、訴訟関係人からの公訴棄却を求める申立ては、裁判所の職権発動を促す意味を持つにすぎず、裁判所は、申立てに対して申立棄却の裁判をなす義務もありません(最高裁判決 昭和45年7月2日)。

公訴棄却の裁判に対し、被告人、弁護人は上訴することができない

 公訴棄却の裁判に対し、被告人、弁護人は、その違法・不当を主張して上訴することはできません(最高裁決定 昭和53年10月31日)。

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