刑法(詐欺罪)

詐欺罪(67) ~詐取額(利得額)の考え方②「他人を欺いて財物を不法に領得した場合、その人を欺く手段として対価が提供されたとしても、その詐取額は交付された財物の価値から対価を差し引いた差額ではなく、詐取した財物全部であるとした判例」を判例で解説~

 前回記事では、詐欺罪は交付を受けた財物の全部について成立するのか、それとも、犯人が持つ権利・犯人が被害者に支払った対価の分を差し引いた差額について認められるのかについては、詐取金品が可分な場合は詐取金品を可分して詐欺の犯罪事実を特定し、詐取金品が不可分な場合は詐取金品全部について詐欺罪が成立するという判例を紹介しました。

 とはいえ、詐取金品が可分か可分でないかは、必ずしも明瞭ではありません。

 学説では、可分か可分でないかを不明確な基準に基づいて詐欺罪の成立範囲を区々に認めることは不都合であり、常に、取得された財物・財産上の利益の全体について詐欺罪を考えるのが妥当であるとするのが多数説になっています。

 実際に、他人を欺いて財物を不法に領得した場合、その人を欺く手段として対価が提供されたとしても、その詐取額は交付された財物の価値から対価を差し引いた差額ではなく、詐取した財物全部であるとするのが判例が多数存在します。

 今回の記事では、その判例について紹介します。

他人を欺いて財物を不法に領得した場合、その人を欺く手段として対価が提供されたとしても、その詐取額は交付された財物の価値から対価を差し引いた差額ではなく、詐取した財物全部であるとした判例

 他人を欺いて財物を不法に領得した場合、その人を欺く手段として対価が提供されたとしても、その詐取額は交付された財物の価値から対価を差し引いた差額ではなく、詐取した財物全部であるとするのが判例がありますが、この考え方は正当とされています。

大審院判決(大正14年5月14日)

 この判例で、裁判官は、

  • 詐欺行為により一定の金額を受領したる者が、詐欺手段としてある物件を被害者に交付したる場合といえども、詐欺罪の目的物となる物は、交付したる物件の価格を控除したる残部にあらずして、受領したる金額の全部なり

と判示し、被害者から交付を受けた代金全額について詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(大正4年6月1日)

 この判例で、裁判官は、

  • ある者が詐欺の方法を用い、保険会社を欺罔し、保険金を騙取したるによりて生ずる保険会社の損害は、現実支払いたる保険金のの全額にして、保険料を受け取りたる場合といえども、これを控除して算定すべきものにあらず

と判示し、被害者から交付を受けた代金全額について詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(大正4年7月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 不動産を提供して金員を騙取したる場合においては、不動産の提供は、詐欺遂行の手段にほかならざれば、詐欺額は右金員の全額なりとす

と判示し、被害者から交付を受けた金員全額について詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(大正12年3月15日)

 この判例で、裁判官は、

  • 他人に対し、時価1株6円に過ぎざる甲会社の株券を指して、これと名称相類似し、1株53円の時価を有する乙会社の株券なるが如く詐言し、名を賃借の担保に借りてこれを差し入れ、その者を錯誤に陥れ、若干の金品を騙取したる場合には、受け取りたる金品全部が詐欺罪の目的となるものとす

と判示し、被害者から交付を受けた金品全額について詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和30年7月20日)

 衣料品行商の被告人が、合成繊維製生地の製造販売を業とする会社の宣伝部員で会社からナイロン生地の宣伝に来たもののように装い、携行の生地にはナイロンが含まれていないのにもかかわらず、ナイロン生地であるように申し偽るなどして、その生地を買い受けさせて代金を受領した行為について、詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 商人その他の営業者が、その業務に関し誇大の形容、表現を用いてその商品又は業務を吹聴するは、日常これを観るところであって、かくの如きは、必ずしも違法な行為であるとするには足りないが、かかる取引上においても、商品又は業務に関する具体的事実を虚構し、人をして物品の価値判断を誤まらしめ買受の決意を為さしめるが如きは、もとより違法な欺罔手段であるというべきであって、これを違法性のない商略的言辞と同一視することはできない
  • 被告人は、…携行の生地は、化学繊維製品でナイロンは含まれておらないのにかかわらず、ナイロン生地であるように装い、また、注文を受けても、後日、洋服を仕立てて送付する意思がないのにもかかわらず、これあるもののように装い、右生地はナイロン4割、毛3割、綿3割を含む会社の新製品で、未だ市販されていないものであるが、特に安価に販売する旨並びに、洋服仕立を注文すれば、後日、右生地で仕立てて送付する旨虚構の事実を申し向け、よって被害者をしてその旨誤信させて、右生地を買い受けさせ、又は右生地による洋服等の仕立方を注文させ、…金員を交付させて受領した事実が認められる
  • その行為は、…違法な欺罔行為により金員を騙取したものであって、詐欺罪を構成することはいうまでもなく、これをもって違法性なき商取引上のかけ引き、又は商人としての業務上正当の行為であるとすることはできない
  • また、民事上いわゆる過失相殺の観念はこれを刑事上の責任につき適用すべき限りではないから、仮りに、…被害者側に本件商品の価値判断を誤り、又は被告人の真意を誤信するにつき過失の認むべきものがあったとしても、右の錯誤が叙上の如く、被告人らの欺罔行為によって誘発されたものである以上、被告人らの詐欺の罪責には、何らの消長をも来さない

と判示し、犯人が被害者に対価(品質を偽った商品)を交付していても、被害者から交付を受けた代金全額について詐欺罪が成立するとしました。

最高裁判決(昭和28年4月2日)

 売買契約に当たり、品質・数量について約定以下の商品を提供した事案で、裁判官は、品質の悪い木炭を約定の品質の木炭として引き渡し、その代金を詐取した場合は、交付した品質の悪い木炭を手段として、約定の品質の木炭の代金に相当する金員を不可分的に騙取した場合であるから、その金額全額につき詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(大正12年6月15日)

 少量の契約適合品を粗悪品に混合して引き渡し、全部が契約適合品と誤信させて代金を詐取した事案で、裁判官は、

  • その少量の契約適合品は、粗悪品を引渡す際、相手方を瞞著するために、これを混合したるものにして欺罔の手段に供したるにほかならざれば、取得した金額全部につき詐欺罪が成立する

と判示しました。

最高裁決定(昭和32年11月29日)

 スクラップの売買に当たり、その数量を多量に偽り、2000トンあるものとして相手方と売買契約をし、その代金支払のための手形及び小切手合計3通の交付を受けたときは、実在数量を超えた部分に対応する金額についてのみではなく、その手形及び小切手の全部につき詐欺罪が成立するとしました。

被害者から交付を受けた財物の一部について詐欺罪が成立するとした判例も存在する

 上記のように、財物の全部について詐欺罪が成立すると判示する判例が存在する一方で、財物の一部について詐欺罪が成立すると判示する判例も存在しますので、考え方のバランス感覚を養うためにもその判例を紹介します。

 裁判でどちらの結論に至るかは、事案によりますので、どちらの答え(判決)が正しいだとか正しくないだとかいう考え方にはなりません。

大審院判決(大正11年9月19日)

 四等米を三等米と偽って引き渡し、三等米の代金を交付させようとして失敗した詐欺未遂の事案で、裁判官は、四等米と三等米との代金の差額を不正に利得しようとしたものと認定しました。

最高裁判決(昭和28年3月10日)

 学童服に不正な価格査定証紙を貼付し、所定の統制額を超過した代金で販売した事案で、裁判官は、販売代金と統制額との差額を詐取したと認定しました。

 裁判官は、

  • 被告人は、判示の各学童服に判示の不正な価格査定証紙を貼付し、その標示するところの価格が不正なものであることを熟知しながら、これを正当な査定価格であるかのように装って、相手方を欺罔し、所定の統制額を超過した代金で販売し、その差額を騙取したというものである
  • したがって、右販売行為は、刑法上、詐欺の行為に該当しても民法上無効なものではなく、爾後、相手方においてこれを取り消すまでは有効な販売行為として成立するものであるから、その販売代金にして所定の統制額を超過するものである以上、詐欺罪を構成する

と判示ました。

次回記事に続く

 次回記事では、『小切手など文書偽造変造行使により人を欺いた場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)』について説明します。

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