刑法(詐欺罪)

詐欺罪(68) ~詐取額(利得額)の考え方③「小切手など文書偽造変造行使により人を欺いた場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)」を判例で解説~

 前回記事の続きです。

小切手など文書偽造変造行使により人を欺いた場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)

 小切手・請求書などを偽造変造し、金額を水増しして相手から金員を詐取した場合、犯人が偽造変造した小切手や請求書の金額うち、正当な支払いを受ける権利を有する部分があったとしても、額面全額について詐欺罪が成立します。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(大正8年11月19日)

 額面金額の記載を変造した小切手を呈示して支払を受けた場合、詐取金額はその全額であって、変造前の額面金額を控除したものとすべきでないとしました。

 裁判官は、

  • 額面全額の記載を変更して、偽造したる小切手は全然無効に帰するをもって、被告はこれを用いて支払を受ける権利を有せず
  • 従って、被告が変造小切手を行使して、金員を騙取したるときは、騙取金額は不可分的に詐欺罪の目的物となるものにして、額面全額を控除して騙取金額を定むべきものにあらず

と判示しました。

東京高裁判決(昭和35年12月26日)

 額面金額の記載を変造した小切手を呈示して支払を受けた事案で、裁判官は、

  • (被告人の弁護人は、)原審は被告人らが変造小切手により、その額面額又はその割引額を騙取したと認定しているが、変造前の小切手額については、所持者は正当に支払をうける権利があるのであって騙取額は変造後の小切手額面額より変造前の小切手額面額を差し引いた金額と解すべきであるから、原判決は事実を誤認したものであるというにある
  • しかしながら、本件変造により判示第一記載の小切手は、全然無効に帰し、何人もこれを用いて支払を受ける権利を有しないことは明らかであるところ、被告人は該変造小切手を用い、相手方をして真正に成立した小切手の如く誤信せしめて、各小切手の変造額面額、あるいはこれに基く割引額相当の金員の交付を受けたものであるから、右金員はそれぞれ不可分的に詐欺罪の目的物となり、所論(弁護人の主張)のように、変造前の額面額を控除すべきものでないから所論は採用の限りでない

と判示し、詐取金額は変造した小切手の額面全額である(変造前の小切手の金額を控除した金額ではない)とした上で、詐欺罪の成立を認めました。

大審院判決(明治43年2月22日)

 3日分の費用弁償請求の委託を受けたのを奇貨とし、請求書を偽造して、16日分の費用弁償額の交付を受けた場合、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 詐欺罪を断ずるに当たり、被告が郡会議員より3日分の費用弁償額請求の委託を受けたるを奇貨とし、受託者名義の請求書を偽造して16日分の費用弁償額の交付を受けたることを判示しながら、該金額中より3日分を控除し、その余の金員を騙取したるものとするは不当なれども、犯罪の構成に何らの影響を及ぼさざるをもって破棄の理由となすに足らず

と判示しました。

大審院判決(大正3年10月1日)

 組合のため500円以上700円以下の範囲内で金員を借用する権限を得た組合長理事が、同組合から金額の記載していない証書を預かったのを幸いに、3060円の連帯借用証書を偽造行使して1200円を詐取した場合、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 信用産業組合の組合長理事が、同組合員の協議により、組合のため金500円以上700円以下の範囲内において金員を借用するの権限を与えられたるのみなるに、同組合より金額の記載なき証書を預かりたるを好機とし、金3060円の連帯借用証書を偽造し、これを行使して1200円を騙取したる行為は、その全部につき詐欺罪を構成するものとす

と判示しました。

大審院判決(大正15年3月31日)

 銀行員が、知人から同人振出額面1000円の為替手形の割引の依頼を受けたのを幸いに、同人振出名義の額面2600円の為替手形を偽造し、支店長を欺いて2600円の交付を受けた場合、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和6年4月9日)

 偽造変造の借用証書・承諾書を提出して金員を詐取した場合、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

 裁判官は、

  • 欺罔の手段による金銭授受が単一なる場合といえども、事情の如何によりては、その一部についてのみ詐欺罪成立するものとす
  • 金銭借用の周旋を依頼せられたる者が、依頼者の交付せる借用証書の金額をほしいままに、多額のに変更し、これを行使して金額の交付を受けたる場合において、もし被害者が証書の変造なることを知りたらんには、毫も金銭を交付せざりし事情存するときは、授受の金額全部につき詐欺罪成立す

と判示しました。

大審院判決(昭和7年10月27日)

 上記と同じく、偽造変造の借用証書・承諾書を提出して金員を詐取した事案で、

  • 甲が自己の金融のため、乙より乙所有の特定の不動産一筆につき、抵当権を設定して、他より金300円を借り受けることの承諾を得、ほしいままに右承諾並びに委任の範囲を超え、右一筆に乙所有の他の不動産五筆を加えて抵当権を設定し、金650円を借り受けるにつき、乙においてその抵当権設定を承諾したる旨の証書を作成したるときは、文書偽造罪成立す
  • 右偽造文書を行使して、抵当権設定登記を受け、相手方に対し、乙において該六筆の不動産につき、右金650円のために抵当権設定を承諾したるものの如く申し欺き、相手方をして真実なりと誤信せしめて、金650円を交付せしめたるとき、該金員全部につき詐欺罪成立するものとす

と判示し、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和6年4月13日)

 偽造の徴税令書で納税義務者より不法に金員を領得した場合、その中に真正の税金額を包含するとしても、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和52年11月21日)

 郵便貯金通帳の預入欄、残高欄を改ざんして多額の残高があるように変造し、残高金額の払戻しを受けた場合、交付を受けた金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

 まず、被告人の弁護人は、

  • 原判決は、)被告人が、変造した郵便貯金通帳を用いて払い戻しを受け、または受けようとした各金員全額について詐欺罪、または同未遂罪が成立すると認定したが、原判決が認定した金額中には、被告人が正規に預金した金員も含まれるので、被告人らには右預金額については正当な払い戻し請求権がある
  • したがって、本件においては、被告人が払い戻しを受け、または受けようとした金額から被告人が正規に預金した金額を差し引いた金額についてのみ詐欺罪、または同未遂罪が成立すると解すべきである

と主張しました。

 この弁護人の主張に対し、裁判官は、

  • 被告人の(詐欺を行うための)準備行為、正規に預金した金員に比し、変造した預金額が極めて高額であること等に照らすと、被告人の本件郵便貯金払い戻し請求は、正規に預金した金員の払い戻しを受けるためではなく、もっぱらその変造した分から預金払い戻し名下に金員を騙取しようとして行われたものであることが明らかであるから、本件においては、被告人が払い戻し金名下に交付を受けた金員の全額について詐欺罪が成立すると認めるのが相当である

と判示しました。

次回記事に続く

 次回記事では、『水増請求の場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)』について解説します。

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