刑法(詐欺罪)

詐欺罪(69) ~詐取額(利得額)の考え方④「水増請求の場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)」を判例で解説~

 前回記事の続きです。

水増請求の場合の詐取額(額面全額について詐欺罪が成立する)

 水増請求の場合の詐取額は、額面全額について詐欺罪が成立するというのが判例の立場です。

 以下で判例を紹介します。

大審院判決(昭和9年7月2日)

 工事監督者が、町収入役に工事のため使用した代金を請求するに当たって、釘商人の署名を冒用して、実際に買い入れた釘代金が50円であるのに、98円の請求書及び領収書を偽造し、これを町収入役に提出行使して同人を欺いて、釘代金名下に98円の支払を受けた事案で、裁判官は、

  • 金員中50円については、釘代金として受領すべき正当の権利あるものとするも、収入役にして代金請求書及び領収書の偽造なることを知りたらんには、98円はもちろん、50円をも交付せざるべかりしものなるに、被告人は右請求書及び領収書を偽造し、これを行使することによりて、収入役を欺罔し、一括して98円を交付せしめたるものである

と判示し、98円全額について詐欺罪が成立するとしました。

大審院判決(昭和11年7月8日)

 工事補助金請求に名をかり、実際に支出した以上の工事金を支出したように装って、県知事を欺き、金員を交付させた事案で、取得金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和38年9月6日)

 債権取立ての委任を受けた者が、債権の取立てをなすに当たり、水増請求をした事案で、裁判官は、

  • 弁護人は「本件各詐欺の事実につき、原判決は、被告人が被害者から受領した金員又は小切手の全額につき詐欺罪の成立を認めているが、被告人が権利者から委託を受けて請求した部分については、権利の実行として正当視さるべきであるからこの部分については詐欺罪の成立はなく、ただ水増請求した部分についてのみ、いわゆる差額詐欺として詐欺罪の成立を認むべきにかかわらず、全額について犯罪の成立を認めたのは事実誤認乃至法令の適用を誤つた違法を犯したものである」と主張する
  • (本件詐欺の犯罪事実は、)水増請求するの情を秘して、業者からあらかじめ未完成の見積書用紙や代金請求書用紙或は領収書用紙を入手しておき、右用紙に適宜水増して金額を記入し虚偽の請求書等を作成し、これを振興会の経理課係員に提出して、同係員及び理事者等を欺罔し、係員から殆んどが真実の代金を著しく超過(超過額は少ないものでも真実の代金の二割に該当し数千円の水増額となつている)する現金又は小切手を交付せしめてこれを騙取したという事実である
  • 上記の如き事実関係の下においては、同振興会の経理課係員等は、もし被告人が水増請求する事実を了知したならば、通常請求金額の支払を拒否するものであるから、然らざる特別の事情を認め難い本件においては、被告人が正当に取立委任を受けた金額については、権利を行使する意思であったとしても、被告人が振興会から水増請求の欺罔手段を使用して現金又は小切手を受領した行為は、売主又は請負人の委任に基づく権利行使の手段として社会通念上許容される範囲を逸脱し、権利の濫用であって、欺罔手段及び現金又は小切手の受領、即ち所持の侵害を含む行為全体として違法性を帯びるものと認むべきである
  • 従って、被告人が取得した現金又は小切手の全額につき詐欺罪の成立を肯定するを正当とする
  • 右現金又は小切手の騙取に伴う民法上の効果、即ち権利者に対する弁済として有効であるか否かの如き問題は、あたかも右見解を左右することではなく、又騙取物件の可分、不可分の性質は詐欺罪成立の範囲に何ら影響を及ぼす事柄ではない

と判示し、取得金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和54年6月13日)

 被告人が、甲から労働者災害補償保険金請求方の依頼を受けるや、これに便乗して、現実に甲が療養のため労働できなかった日数を25日も上回る45日とし、かつ、その間賃金を受けなかった旨の虚偽の証明をして、甲名義で休業補償金を詐取した事案で、裁判官は、

  • 被告人は、社会通念上許容される範囲を逸脱する人を欺く手段を用いて保険金を受領したもので、全体として違法性を帯び、取得した現金全額について詐欺罪か成立する

と判示し、取得金額全部につき詐欺罪が成立するとしました。

次回記事に続く

 次回記事では、

  • 詐取額から利息などが天引きされた場合、後に詐取金品を返還した場合、詐取金の一部を従前の貸付金の弁済に充てた場合でも、詐取額全額について詐欺罪が成立する

について解説します。

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