刑法(業務上過失致死傷罪)

業務上過失致死傷罪(13) ~「業務上過失致死傷罪における緊急避難」を判例で解説~

緊急避難とは?

 緊急避難(刑法37条)とは、

自分または他人の生命、身体、自由もしくは財産に対する現在の危険を避けるために、やむを得ずにした避難行為であって、避難行為によって生じた害が、避けようとした害の程度を超えなかったもの

をいいます。

 緊急避難による行為は、違法性が阻却されて、犯罪を構成せず、処罰されません。

 たとえば、歩道を歩いていたら、正面から車が突っ込んできたので、隣にいた通行人を突き飛ばして、車にひかれるのを回避した場合が緊急避難です。

 突き飛ばした通行人にケガをさせたとしても、緊急避難が認められれば、傷害罪は成立しません。

 なお、緊急避難のより詳しい説明は前の記事参照。

業務上過失致死傷罪で緊急避難の成立が認められた裁判例

 業務上過失致死傷罪(刑法211条前段)においても緊急避難が成立する場合があります。

 緊急避難を認めた裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(昭和45年5月1日)

 被告人が普通貨物自動車を運転して、道路を中央線から約1.6メートル離れて時速約55キロメートルで進行中、30~40メートル前方に中央線を車体の半分以上超え、時速70~75キロメートルで対向して来た車両を認め、減速するとともに左側に約1メートル寄って進行し対向車とすれ違った後、被告車左後部が同方向に進行中の自動二輪車と接触し、運転者が傷害を負った事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は、3、40メートル前方に中央線を超えて高速度で対向して来る車を発見し、衝突の危険を感ずる状態になったのであるから、正に自己の生命身体に対する現在の危険な状態にあったものというほかなく、この衝突の危険を避けんとして把手(ハンドル)を左に切り、約1メートル左に寄った被告人の行動は、現在の危難を避けるためやむことを得ない行為といわざるを得ない

と判示し、緊急避難が成立するため、業務上過失傷害罪(現行法:過失運転致傷罪)は成立しないとして、無罪を言い渡しました。

岡谷簡易裁判所判決(昭和35年5月13日)

 被告人がバス(約20人の乗客が立って乗車)を時速25キロメートルで運転中、右側に小型自動車が反対方向に停車し、その後方に軽自動車1台が停車し、さらにその後方を自転車が3 台対向しているのを認め進行したところ、バスが小型自動車の横に差し掛かる直前、1台の自転車が、小型自動車とバスの間を通り抜けようとして進行して来て、よろめいてバスの方に倒れかかったため、被告人が急停車の措置をとり、自転車との衝突を避けたが、急停車の衝動のため立っていた乗客2人が車内に倒れて傷害を負った事案です。

 裁判官は、

  • 被告人が急停止の措置をとったのは、右自転車運転者が、被告人の乗合自動車(バス)の側方において、よろめいて被告人の乗合自動車の方に倒れかかったため、被告人においてそのまま進行するときは、右自転車と被告人の乗合自動車とが接触し、右自転車運転者の生命、身体に危害が生ずる状態にあり、かつこれを避けるためには右乗合自動車を急停止するより他に方法がなかったものであるといわねばならない
  • (被告人が急停止の措置をとったことにより、乗客2名に傷害を負わせたことは、)自転車運転者の生命、身体に対する現在の危難を避けるためやむことを得ざるに出た行為による傷害といわねばならない

と判示し、緊急避難が成立するため、業務上過失傷害罪(現行法:過失運転致傷罪)は成立しないとして、無罪を言い渡しました。

業務上過失致死傷罪で緊急避難の成立が否定された裁判例

 緊急避難の成立が否定された裁判例として、以下のものがあります。

大阪高裁判決(平成7年12月22日)

 被告人が普通乗用自動車を運転して交差点を進行する際、信号が黄色から赤色に変わるところであったのに右折したため、青色になるのを待って直進発進したワゴン車と接触しそうにたったところ、ワゴン車は後方から前照灯を上下にしたり速度を上げて接近したりした上、交差点の手前で被告車を左側走行車線から追い越し、進路前方に割り込む状態で車体を右斜めにして停車し、被告車も停車すると、 ワゴン車から2人の男が降り、1人が助手席のドア付近を蹴ったりガラスを叩くなどし、被告人は自分や女性を含む同乗者の身の危険を感じ、交差点を右折して逃げようとして、対向直進車の有無、その安全を確認しないまま右折発進したため青色信号に従って対向直進して来た被害者運転の自動二輪車を衝突直前に初めて発見し、同車前部に自車左前部を衝突し、被害者を死亡させた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人及び同乗者に対する現在の危難は認められるが、ワゴン車から降りてきた男らは素手であり、ドアもロックされていたことなどから、被告人が右折して逃走する際に対向車線の安全を確認するだけの余裕はあったなどとして、被告人の本件運転行為には、緊急避難としての補充性及び相当性の要件が欠けている

とし、緊急避難の成立を否定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和45年11月26日)

 雨が降る中、被告人が大型ダンプカーを運転し、時速40~45キロメートルで走行中、前方の横断歩道を小走りで横断していた被害者を約30メートル手前で発見したにもかかわらず、警音器を鳴らしただけで、直前に至るまで制動措置をとらず、被害者に衝突して傷害を負わせた事案です。

 被告人は、裁判で、急ブレーキをかければ被告人車が滑走して横転し、歩道に乗り上げ、あるいは対向車線に乗り入れることは明らかで、歩道の歩行者の生命身体の危険や対向車との衝突といった現在の危難を避けるために急ブレーキをかけなかったもので緊急避難に当たるとの主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 現在の危険があったとしても、それは被告人が横断歩道に接近するに当たり、歩道上の歩行者の安全を保護するため、横断歩道手前で一時停止するだけの適当な速度の調整を行わなかったために発生したもので、自ら招いたものである

と判示し、緊急避難の要件を欠くとして、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。

緊急避難の成立は否定したが、過剰避難が成立するとした裁判例

 緊急避難の成立は否定したが、過剰避難が成立するとした事例として、以下のものがあります。

東京地裁判決(平成21年1月13日)

 被告人が自動車を運転し、片側3車線の国道の第2車線を進行中、第1車線に停止していた前方の乗用車が突然、第2車線の中央付近まで進出してきたため、その乗用車との衝突による自己の身体の危険を避けるために、右にハンドルを切って第3車線のほぼ中央を後方から進行してきた普通自動二輪車に急制動の措置を余儀なくさせて、転倒させ、傷害を負わせた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人の行為が現在の危難を避けるために出た行為であることを認めつつ、第3車線への進出を最小限にとどめていれば、被害者の進路前方を塞ぐ程度に至らないことが可能であり、衝突の回避に必要な程度を超えており、過剰避難に当たる

とし、刑の免除(刑法37条1項ただし書)を言い渡しました。

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