刑法(窃盗罪)

窃盗罪⑯ ~「未遂犯とは」「窃盗罪における未遂の判断基準」を判例で解説~

未遂犯とは?

 未遂犯とは、

犯罪の実行に着手したが、犯罪に該当する結果が発生せず、犯罪の内容(構成要件)を完全に充足しなかった場合

をいいます。

 刑法においては、未遂は、「犯罪の実行に着手したがこれを遂げなかった」と規定されています(刑法43条)。

 未遂と既遂の考え方については、前の記事で詳しく解説しています。

窃盗罪における未遂

 窃盗(刑法235条)の実行に着手し、既遂に至らなかった場合は、窃盗罪ではく、窃盗未遂罪が成立します。

 窃盗罪は、未遂も処罰する刑法の規定になっています(刑法243条)。

窃盗罪が未遂にとどまると判断された判例

 どのような場合に、窃盗罪が既遂となり、または未遂となるかは、個別の具体的な事案ごとに判断されます。

 なので、窃盗罪の既遂と未遂を区別する判断基準は、判例の傾向を捉えて理解することになります。

 そこで、窃盗罪が未遂にとどまると判断された判例を紹介します。

名古屋高裁判例(昭和24年11月12日)

 他家の2階の窓から、綿1約12のものを屋根のひさしの上まで持ち出したところを誰何され、目的物を置いたまま逃走した事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • 犯人が目的物をある程度移転してはいるけれども、その場所は被害者の家の2階の窓のすぐ外の屋根のひさしに過ぎない
  • しかも、目的物は高さ3尺幅4尺位で約12貫の重量ある木綿1梱であるから、このような場所的関係と目的物の容易には動し難い重量とを考え合せるときは、未だ被害者の所持が完全に失われたとはいわれない

と判示した。

大阪高裁判例(昭和24年12月16日)

 駅ホームの小屋の中から、駅長が保管する鉄道貨物を持ち出し、これをホームからわずかしか離れていないホーム下の場所に置いた事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • その場所は未だ駅の構内であるから、その事実だけでは贓品(盗品)の保管者たる駅長の占有を未だ排除するに至らない

と判示した。

東京高裁判例(昭和25年7月22日)

 入口に見張員の詰所があって、外部の者の出入りを監視するようになっている上野駅地下の広い小荷物到着発送作業所で、託送小荷物1個を取り、これをかついで入口の方に行く途中で係員に発見された事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

名古屋高裁金沢支部判例(昭和28年2月28日)

 周囲を建物および板塀で取り囲まれた邸宅内部にある土蔵先に置いてあるケープル線5くらいを、前屈みとなって、住宅裏手にある家人の目を避けながら、2m地上をひきずった事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • 未だ邸宅管理者の支配を完全に離脱しない物件を、自己の支配内に移しつつある犯罪実行の過程にある行為と見るべきである
  • その行為の段階をもっては、未だ家人の所持を排除して、自己の支配を確立したものと認めるに足らない

と判示した。

東京高裁判例(昭和24年10月22日)

 車庫からタイヤ2本を盗み出し、構外まで搬出しなかった事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • 窃盗犯人が目的物件を屋内から取出し、未だ構外に搬出しないような場合には、構内は一般に人が自由に出入りし得る場所で、構内から物件を構外に搬出するのに何ら障害を排除する必要のないような場合ならぱ、犯人が目的物を屋外に取出すと同時に、目的物の占有者の支配を排除して、これを自己の支配内に移したといい得るから、窃盗の既遂をもって論ずることを得る
  • しかし、 目的物件を屋外に取出しても、構内は一般に人の自由に出入することができず、さらに、壁、門扉などがあって、その障害を排除しなければ、構外に搬出することができないような場合には、目的物件を障害を排除して構外に搬出しない以上は、未だ占有者の支配を排除して、自己の支配内に納めたということはできない
  • よって、たとえ窃盗犯人が目的物件を構内の管理者に気付かれないような場所に隠しておいたとしても、窃盗の既遂をもって論ずるのは無理である
  • この様な場合には、構内全体に完全に管理者の支配が及んでいるからである

と判示した。

大阪高裁判例(昭和29年5月4日)

 構内への侵入を防ぐため、高さ9の金網が張りめぐらされ、3か所の出入り口のうち1か所は常に閉鎖され、2か所には昼夜を通じ守衛が常駐し、構内への出入には守衛の許可を要する工場内の資材小屋から、犯人2名が33. 6kgのアクスメタルを取り出し、構内を170~180m運搬した時点で作業員に発見された事案で、窃盗罪は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • 窃盗罪が既遂の域に達するには、他人の支配内にあるものを、その支配を排して自己の支配内に移すことを要する
  • しかして、窃盗犯人がその目的物件を工場の資材小屋内から取出し、未だ工場の構外に搬出しないような場合において、構内が一般に人の自由に出入し得るが如き場所であり、構内から物件を構外に搬出するにつき、なんら障害排除の必要のないような場合には、犯人はその目的物件を小屋内から工場構内へ取出すと同時にその目的物に対する占有者の支配を排して、これを自己の支配に移したものといい得るから、窃盗既遂をもって論ずることができる
  • しかし、目的物件を小屋外へ取出しても、構内は一般に人の自由に出入することができず、更に門扉、障壁、守衛等の設備があつて、その障害を排除しなければ構外に搬出することができないような場合には、その目的物件をその障害を排除して構外に搬出するか、あるいは、少なくともそれに覆いをかぶせ隠匿する等、適宜の方法により、その所持を確保しない以上、未だその占有者の事実上の支配を排除して、自己の支配内に納めたものとはいえない
  • よって、たとえその目的物件を小屋から構内を相当距離運搬したとしても、窃盗既遂をもって論ずるわけにはいかない
  • けだしこの場合といえども、構内全体には完全な管理者の支配が及んでいるからである

と判示した。

仙台高裁判例(昭和29年11月2日)

 外部からの侵入を防ぐための施設が周囲にあり、各出入り口には、昼夜を通じ守衛が常駐し、工揚の者であっても構内への出入には、守衛の許可を要する工場内で、犯人2名が200 kgの鉛板を窃取しようとして、いったん工場内の別の揚所へ移動するつもりで、鉛板をリヤカーに積み、何の覆いもしないまま運んでいる途中発見された事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

名古屋高裁金沢支部判例(昭和28年7月2日)

 砂中から露出していた係船浮標の鉄鎖を切断して窃取しようとし、所携のヤスリを使用し、その末端より約3mの部分で鉄鎖を切断したが、その重量が約50に達し、運搬することが一見して容易でなかったのみならず、300mを隔てた対岸に犯人らの行動を監視しているような人影があり、かつ対岸から小船が進行してきたため、犯行の発覚を恐れ、切断した鎖にそのまま砂をかぶせて原状に復し、逃走した事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

大阪高裁判例(昭和60年4月12日)

 宝石店のショーウィンドから、指輪を万引きするつもりで、手をショーウィンドの中に差し入れ、指輪を手中にして手前に引き寄せたが、そばにいた者に気付かれたのではないかと思い、直ちにショーウィンド内に指輪を落とした事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は、

  • 指輪に対する被害者の支配を侵し、これを自己の現実的支配のもとに移したとは認めらず、未遂にとどまる

と判示した。

東京高裁判例(昭和61年2月26日)

 鉄線で囲まれた機関区構内の廃品置場に野積みされたピストンを、柵外の道路の方から容易に取り出せる場所(柵内の柵下)まで移動すべく、その中間地点まで移動したところで人が来たために、廃品置場付近まで引き返し隠れたが発見逮捕された事案で、窃盗は未遂にとどまるとされた。

 裁判官は

  • 未だ被告人らの事実上の支配下に移されたものとはいえず未遂にとどまる

と判示した。

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