刑法(遺失物横領・占有離脱物横領罪)

遺失物・占有離脱物横領罪④ ~「死者の占有」「死者から財物を奪取した場合の窃盗罪、強盗殺人罪、占有離脱物横領罪の成否の判断基準」を判例で解説~

 死者から財物を奪取した場合に、占有離脱物横領罪(刑法254条)が成立するのか、それとも窃盗罪(刑法235条)又は強盗殺人罪(刑法240条)が成立するのかについて、判例を示して説明します。

 判例は、

  1. 殺人とは無関係の第三者が、死者から財物を奪取した判例
  2. 殺人に関与した者が、死者から財物を奪取した判例

に分けて説明します。

 なお、死者の占有の考え方については、前の記事で説明しているので、参照していただければと思います。

① 殺人とは無関係の第三者が、死者から財物を奪取した判例

 人は死亡すれば、物を占有(管理)できなくなり、

  • 占有の要件である占有意思を欠くこと
  • 客観的に物を支配しているとはいえなくなること

から、その者が生前占有していた財物は、相続人の占有が及ばない限り、占有離脱物横領罪(刑法254条)の「占有を離れた他人の物」に該当することになります。

 したがって、死者の財物を領得する行為は、基本的には、占有離脱物横領罪を構成することになります。

 学説の中には、「死者の占有」の概念を認めることによって、死者から財物を領得する行為につき、窃盗罪の成立を認める見解もあります。

 しかし、判例は、死者には、占有の意思も占有の事実も認められず、占有の主体とはなり得ないとして、人の死亡とは関係のない第三者が、死者からその財物を領得する場合には、占有離脱物横領罪しか成立しないと判断しています。

 この点について、以下の判例があります。

(なお、 人の死亡と関係のある者(死者を殺害した者)が財物を窃取した場合は、窃盗罪が成立する可能性があり、この点についておって説明します)

大審院判例(大正13年3月28日)

 大火災の焼け跡に無数に散在する焼死者の間から、34か所において、現金合計約2円50銭を領得した行為について、窃盗罪ではなく、占有離脱物横領罪が成立するとしました。

② 殺人に関与した者が、死者から財物を奪取した判例

 人の死亡に関係した者による財物の領得行為については、占有離脱物横領罪(刑法254条)の成立を認めるだけでは、刑の重さが1年以下の懲役と軽すぎるため、殺された被害者の保護に欠け、法感情にもそぐわないという問題が生じます。

 そこで、判例は、

  • ⑴ 当初から財物を領得する意思で他人を殺害して財物を奪取した場合は、強盗殺人罪(刑法240条)が成立する
  • ⑵ 他人を殺害した後に財物を領得する意思を生じ、その者から財物を奪取した場合は、窃盗罪(刑法235条)が成立する

という判断をしています。

当初から財物を領得する意思で他人を殺害して財物を奪取した場合に、強盗殺人罪が成立するとした判例

大審院判例(大正2年10月21日)

 被告人が所持金などを強奪することを企図して、被害者を殺害し、殺害後に金品を奪ったという事案で、

  • 財物強取の手段である暴行によって他人を死亡させ、その占有する財物を領得する行為は、強盗殺人罪の観念中に当然に属するものである
  • なので、財物を領得した行為が、被害者の死後に行われたとしても、当該財物は所有者の意思によらず誤ってその占有を離れた物ではないことはもちろんであり、遺失物横領罪を構成するものではなく、強盗殺人一罪の中に包含処罰されるべきものである

などと判示して、占有離脱物横領罪や窃盗罪ではなく、強盗殺人罪が成立するとしました。

⑵ 他人を殺害した後に財物を領得する意思を生じ、その者から財物を奪取した場合に、窃盗罪が成立するとした判例

大審院判例(昭和16年11月11日)

 暴行を加えて用水路に被害者を転落させて死亡させた後、被害者の財布を見つけて領得したという事案で、

  • 被害物件の刑法上の占有関係は、加害者以外の第三者との関係では占有離脱物であるが、加害者との関係では、被害者が生前に有した財物の所持を、死亡直後においてもなお保護すべき実質的理由があり、依然として被害者に占有があるとみるべきである

などとして、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

最高裁判例(昭和41年4月8日)

 野外で人を殺害した者が、その直後に領得の意思を生じ、現場で被害者の腕時計を奪った事案で、

  • 被害者が生前有していた財物の所持は、その死亡直後においても、なお継続して保護するのが法の目的にかなうものというべきである
  • そうすると、被害者からその財物の占有を離脱させた自己の行為を利用して財物を奪取した一連の被告人の行為は、これを全体的に考察して、他人の財物に対する所持を侵害したものというべきである
  • よって、奪取行為は、占有離脱物横領ではなく、窃盗罪を構成するものと解するのが相当である

などと判示し、窃盗罪が成立するとしました。

死後の窃盗罪・強盗殺人罪を認め得る範囲と限界

 上記のとおり、殺人に関与した者が、死者から財物を奪取した場合は、窃盗罪または強盗殺人罪の成立を認めるのが判例の立場です。

 ここで疑問になるのが、死亡後どこまでの範囲であれば、一連の行為として被害者の占有を肯定し、窃盗罪や強盗殺人罪の成立を認め得るかという点です。

 この点ついては、判例の傾向を追って理解することになります。

1⃣ 占有を肯定し、窃盗罪・強盗致死罪の成立を認めた判例

東京高裁判例(昭和39年6月8日)

 被告人が同棲していた女性を自宅居室内で殺害した後、その死体を海岸に投棄し、殺害の約3時間後に居室に戻って被害者の指輪を持ち出し、さらに殺害から86時間が経過した後にも同居室から被害者の腕時計等を持ち出した事案で、裁判官は、

  • 人の財物に対する所持の保護は、もとよりその人の死亡により原則的には、これを終結すべきものであるけれども、その生存から死亡への推移する過程を単純に外形的にのみ観察し、あらゆる特殊的な事情に眼を覆って、これを一律に決定するようなことは、法律評価上これを慎まなければならない
  • 本件において、被告人は、甲を殺害し、みずから甲の死を客観的に惹起したのみならず、さらに、その事実を主観的に認識していたのであるから、刑法第254条の占有離脱物横領罪とは、その法律上の評価を異にする
  • かつ、被告人の奪取した本件財物は、被害者が生前起居していた前記家屋の部屋に、同女の占有をあらわす状態のままにおかれていて、被告人以外の者が外部的にみて、一般的に同女の占有にあるものとみられる状況の下にあったのであるから、社会通念にてらし、被害者たる被害者が生前所持した財物は、その死亡後と奪取との間に4日の時間的経過があるにしてもなお、継続して所持しているものと解し、これを保護することが、法の目的にかなうものといわなければならない
  • けだし、被害者から、その財物の占有を離脱させた自己の行為の結果を利用し、財物を奪取した一連の被告人の行為は、他人たる被害者の死亡という外部的事実によって区別されることなく、客観的にも主観的にも利用意図の媒介により前後不可分の一体をなしているとみるのが相当である
  • なので、かかる行為全体の刑法上の効果を総合綜合的に評価し、もって、被害者の所持を、その死亡後と奪取との間に4日の時間的経過があるにしても、なお、継続的に保護することが、本件犯罪の特殊な具体的実情に適合し、ひいては、社会通念に合致するものというべきである
  • したがって、被告人の所為は、いずれも被害者の所持する財物を奪取したものとして、窃盗罪を構成するものというべきである

などと判示し、いずれの持ち出し行為についても、占有離脱物横領罪ではなく、窃盗罪が成立するとしました。

福岡高裁判例(昭和43年6月14日)

 同性愛関係にあった男の部屋で、その男を殺害した後、テレビなどを持ち出し、さらに他者と共謀の上、殺害から16時間後にステレオを、49時間後に扇風機などをそれぞれ持ち出したという事案で、窃盗罪の成立を認めました。

京都地裁判例(昭和44年12月25日)

 同じアパートの独り住まいの女性の家に盗みの目的で忍び込み、物色後に立ち去ろうとしたところ、その女性が狸寝入りをしているなどと疑い、発覚を恐れて女性を殺害(強盗殺人罪)した被告人が、遺体を放置したまま女性の家に施錠をして立ち去った後、殺害から約14時間30分経過した後に、女性の家にテレビがあったことを思い出し、領得の意思を生じて再び女性の家に赴き、テレビを持ち出したという事案で、窃盗罪の成立を認めました。

東京高裁判例(昭和50年1年29日)

 自動車内で被害者を殺害した後、約1時間20分後に、殺害現場から約32km離れた山中で、被害者の死体を埋めるに際し、初めて財物領得の意思を生じ、被害者が身につけていた腕時計を抜き取り、さらに、その場から自動車を運転して約2.2km離れた地点に至った際、車内に遺留されていた被害者のバッグの中から指輪等を抜き取った事案で、窃盗罪の成立を認めました。

福岡高裁判例(昭和50年2月26日)

 被告人が、金融業者を野外で殺害した後、父親の所有する畑に遺体を搬送し、畑の中に埋めて遺棄するとともに、一緒に埋め忘れた被害者の着衣などを遺体の近くに隠匿し、いったん自宅に帰宅したが、殺害から約8時間30分、死体遺棄から約3時間を経過した時点で、再び畑に赴き、隠匿してあった被害者の上衣を取り出し、その内ポケットの中にあった小銭入れを領得したという事案で、窃盗罪の成立を認めました。

東京地裁判例(平成10年6月5日)

 強盗殺人の犯行の4日後に、共犯者と共謀の上、強盗殺人罪とは別個の新たな財産犯の犯意に基づき、殺害現場から直線距離で数km離れた場所にある施錠がされた被害者の別の居室に入り込んで金庫を持ち出した事案で、窃盗罪の成立を認めました。

岡山地裁判例(平成23年7月28日)

 家屋の明渡しを迫ってきた交渉相手を殺害した後、その遺体を隠匿する一方、犯行の発覚を防ぐべく、被害者が乗車してきた車を殺害現場から乗り出し、殺害から約5時間経過した後に、その車を殺害現場から約2.5km離れた山中に隠匿したが、その際に車内にあった被害者のバッグ内の財布から現金を抜き取ったという事案で、窃盗罪の成立を認めました。

東京高裁判例(平成25年6月6日)

 自動車内で被害者を殺害した後、その遺体を車中に隠して約20km離れた駐車場まで走行して駐車した後、付近の河原で野宿するなどしつつ、時々車に戻って遺体の様子を確認するなどしていたところ、殺害の3日後頃になって、車内にあった被害者の手提げバッグの中に現金を見つけ、その現金を抜き取ったという事案で、窃盗罪の成立を認めました。

東京高裁判例(昭和60年4月24日)

 強盗を共謀した被告人らが、単身居住していた被害者の家において、被害者を殺害し、死体を搬出して遺棄した後、 被害者の家の物色を繰り返し、殺害後3日~8日後の間に、預金通帳などを発見して持ち出したという事案で、

  • 持ち出した財物は当初の共謀の範囲内の物であって、被告人らが既に被害者宅の鍵を手に入れて同家を事実上支配するとともに、被害者が同家に置いていた財物を発見しさえすればこれを現実に支配できる状況にあった
  • 財物の取得が強取の共謀に基づき、かつ、強盗の際の被害者の死亡によって生じた強盗犯人が事実上支配しうる状況の現実化としてなされたものであり、その時点も必ずしも甚だしく隔ってはいないときは、被害者の死亡と時間的に接着しているとはいえず、かつ、その死体が既に遠隔の地に遺棄されている場合であっても、全体的に観察し、財物の取得は強盗致死罪の一部をなす

として、殺害後の財物の奪取行為は、別個に窃盗罪や占有離脱物横領罪を成立させず、強盗致死罪(強盗殺人罪)に含まれるとしました。

2⃣ 占有を否定し、占有離脱物横領罪が成立するにすぎないとした判例

東京地裁判例(昭和37年12月3日)

 被告人が、別居中であった内縁の妻を、午後11時頃に、内縁の妻のアパートで殺害した後、その直後に内縁の妻の現金7000円を居室から持ち去り、飲酒するなどして費消し、さらに、内縁の妻が郵便貯金を有していたのを思い出し、殺害から約9時問が経過した翌午前8時頃、再び被害者方居室に立ち戻って内縁の妻の預金通帳を持ち去ったという事案で、殺害直後に持ち去った現金については窃盗罪の成立を認めたが、9時間後の預金通帳の持ち去り行為については、死亡後「直ちに」とはいい難く、死亡と別個の機会に持ち去っているから被害者の占有を認めることはできないとして、占有離脱物横領罪の成立を認めました。

盛岡地裁判例(昭和44年4月16日)

 被告人が、自動車を運転中に、自己の過失により人身事故を惹起した後、発覚を免れるべく、被害者を自車に載せて走行するなどしているうちに、被害者を死亡させてしまったことから、共謀者とともにその死体を崖下に投棄してい遺棄したが、その後、車内に遺留されていた被害者の免許証入れの中に現金が入っているのを発見し、被害者の死亡から約4~8時間が経過した頃、遺棄現場から約35km離れたガソリンスタンドで給油をした際、その現金をガソリン代にあてて費消したという事案で、費消の時点では、もはや死亡した被害者に占有を認めることはできないとして、窃盗罪の成立を否定し、占有離脱物横領罪の成立を認めました。

新潟地裁判例(昭和60年7月2日)

 被告人が、愛人関係にあった女性を午後3時前頃に、女性の家で殺害し、翌日午後2時頃に、女性の死体が存在する状況下で、女性の家から現金や通帳などを持ち出し、さらに、女性の死体をバラバラに解体して女性の家から搬出して隠匿した後、殺害の5日後になって再び女性の家から現金を持ち出し、殺害の10日後にもタンスなどの物品を女性の家から持ち出したという事案で、殺害翌日の持ち出し行為については、それまでの間に被害者の死体の解体、搬出などといった情況の変化があったことを考慮すれば、もはや被害者の占有は失われたとみるのが相当であるとして、占有離脱物横領罪が成立するとしました。

1⃣と2⃣の判例の判断基準

 殺人に関与した者が、死者から財物を奪取した場合において、1⃣の判例のように、死者の占有を肯定し、窃盗罪・強盗殺人罪の成立が認められるか、2⃣の判例のように、窃盗罪・強盗殺人罪の成立は認められず、占有離脱物横領罪が成立するにすぎないとされるかの判断基準の限界は微妙なところです。

 判断基準となるポイントは、

  • 殺害行為と領得行為との時間的・場所的接着性
  • 対象物の存在場所が閉鎖性のある場所かどうか
  • 領得意思を最初に生じた時点はいつか
  • 領得行為が複数回行われた場合には1個の犯意に基づくものかどうか
  • 殺害行為を利用した被害者の生前の財産の侵害行為(殺害行為と一連の行為)と評価できるかどうか

になります。

 殺人に関与した者が、死者から財物を奪取した場合に、窃盗罪・強盗殺人罪が成立するのか、それとも占有離脱物横領罪が成立するのかについては、これらのポイントを基準にして考えることになります。

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