刑法(詐欺罪)

詐欺罪⑨ ~「不作為による詐欺の判例(その2)…『抵当権設定、信用状態の不告知』『目的物係争中、売買契約無効、支払能力がないことの黙秘』」を解説~

 前回記事の不作為による詐欺の判例紹介の続きです。

不作為による詐欺の判例(その2)

不動産に抵当権が設定されていることの不告知

 抵当権の設定・登記のある不動産を売却するに当たって、抵当権が設定・登記されている事実を告知せずに不動産を売却すると不作為による詐欺罪が成立し得ます。

 この点について、以下の判例があります。

広島高裁判決(昭和29年4月8日)

 この判例で、裁判官は、

  • 抵当権の設定及びその登記のある家屋を売却する場合においては、抵当権の行使により、買主はその所有権を失うおそれがあるから、買主において抵当権の設定及び登記のあることを知ったならば、これを買受けないこともあるであろうし、また、たといこれを買い受けても代金支払に関し、自己の利益を保護するため、相当の措置をする必要があるわけであって、買主が右抵当権の設定及び登記の事実を知らずに買い受け、代金を交付せんとする場合には、信義誠実を旨とする取引の必要に鑑み、売主は右事実を買主に告知する法律上の義務があるものといわなければならない
  • 相手方において、抵当権の設定及びその登記のあることを知ったならば、これを買受け、代金の支払をしないであろうと認められる場合に相手方の不知に乗じことさらに、抵当権の設定及び登記の存在することを黙秘するのは、法律上の告知義務に違背するもので、これがため、相手方をして、抵当権の負担なき家屋なりと誤信せしめた結果、これを買受け代金を交付せしめたときは、詐欺罪が成立するものと認めなければならない

と判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

札幌高裁判決(昭和32年4月30日)

 この判例で、裁判官は、

  • 家屋の売買に当たっては、抵当権の設定及び競売手続開始決定のあった場合には、競売により、その所有権が第三者に移転する可能性があるから、たとえ登記があっても、買主がその事実に気付かない場合には、売主が買主にその事実を告知することが、信義誠実を旨とすべき取引上の義務であると解すべきである
  • 被告人が、その所有した建物については、抵当権が設定され、競売の申立てにより、競売手続開始決定がなされていたにかかわらず、この事実を全く知らない被害者に対し、ことさら右事実を秘し、右抵当権により担保せられた債務を弁済する意思及び能力がないのに、右建物には抵当権設定及び競売手続開始決定の事実がないものと誤信させて、売買代金内金名義の下に金員を交付させた詐欺罪の犯意を十分認定することができる

旨判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

目的物が係争中であることの黙秘

 目的物が係争中であることを黙秘して契約をすると、不作為による詐欺罪が成立し得ます。

 係争中で権利の帰属か不確定な物件であることを知っても買い取るというのは、通常の取引においては異例のことなので、こうした物件の取引に当たっては、係争の事実を告知する法律上の義務があるとされます。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(昭和11年5月4日)

 仮処分中の株券を、それが仮処分中のものであることを告げずに売却した事案で、裁判官は、

  • 被告人は、相手方において、株券が仮処分中の物件なることを知らば、取引をなさざるべきを察知しながら、故意に黙秘して、これを告知せず、右株券が適法に売買し得られるものなりと誤信せしめ、売買代金名義の下に、金員を受け取りたるときは、詐欺罪成立す

と判示じ、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

 係争の事実の告知義務の存否については、「その契約の履行によって相手方に損害が生じ、あるいは生ずるおそれのある事項」であるかどうかで判断されます。

 つまり、相手方に損害が生じない、あるいは損害が生じる恐れがない事項であれば、その事項を告知しないで契約をしても、不作為による詐欺罪は成立しません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(昭和8年5月4日)

 この判例の事案は、被告人が、抵当権の設定してあった旧家屋を土地区画整理のため取りこわし、隣地に同型の新家屋を新築したが、その後、旧家屋の抵当権者Aとの間で、その抵当権が新家屋に及んでいるかどうかにつき係争中、係争事実を告げずに、この新家屋の購入を希望したBに売却したというものです。

 判例の結論は、家屋を新築したことで、旧家屋の抵当権は消滅し、新家屋に抵当権は及んでおらず、新家屋の購入者Bに損害は生じないので、被告人が係争事実を告知しないで新家屋の売買契約をした行為について、詐欺罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 売買契約の締結に際し、売主がその契約の履践により、相手方に損害を生ぜしめ、又は生ぜしむるのおそれある原因の存在することを知る場合において、これを告知するの義務あることは取引の安全を保護すべき法律の精神に鑑み、法律上の一般条理に属するものと解する
  • 担保の目的物たることを黙秘して、これを普通価格にて売買するが如き場合につき、大審院の判例上、詐欺罪の成立を認むるの、まさにこれの見地に立脚するものと認むるを得べしといえども、本件事実にありては、これと全く趣を異にするものあり
  • すなわち、本件における売買の目的物たる家屋は、区画整理の際、新たに建築せられたるものにかかり、抵当権の目的物にして、右区画整理の際、取り壊したる家屋の材料の全部又は大部分を利用して移築せられたるものにあらざるゆえに、右抵当権は、既に消滅したるものにして、本件売買の目的物たる家屋に及ぶものにあらずとなすを正当なりとする
  • 従って、買主Bにおいては、本件契約により何らの瑕疵なき目的物を買受けたるものにして、契約の履践により何ら損害を被るべき地位にあらざりしものと解すべきのみならず、被告人は、本件売買の目的物と全然別個の家屋に対する抵当権についての争訟を相手方に告知する必要なきものと信じたるものなること、その供述によりて、これを認むるに足るをもって、被告人の単純不作為をもって法規上の一般条理に違反するものとなすべきにあらず
  • これをもって、本件被告人の行為は詐欺罪を構成せざるものと解すべし

と判示し、詐欺罪は成立しないとしました。

売買契約が無効であることの秘匿

大審院判決(大正6年11月29日)

 この判例では、売買契約成立後、その売買の目的である試掘権付きの鉱区の所在について錯誤があり、そのために要素の錯誤として売買契約が無効であることを知った売主が、この事実を隠して買主に対して代金の残額を請求して交付させた事案で、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

代金を支払えないのに契約を締結

東京高裁判決(昭和30年9月6日)

 買主が、「駐留軍の工事に用いるものであるから代金は確実に支払うことができる」旨を述べ、売主は、これを信用して、ガスパイプの売買契約を締結したが、その後、物件の引渡し前に、買主は、自己の経営する会社の金策のために、他に安く転売せざるをえないような事態に立ち至ったのに、その事実を隠して、売主からガスパイプの交付を受けたという事案で、裁判官は、

  • 遅滞なく売買代金の支払を受けえられるかどうかは、売主にとって最も重要な関心事であるから、売主はその支払を確保するために、必要な方策を考慮した上、契約を締結するものである
  • 本件事案においては、売主はその代金支払を確保するために、買主との間に特に売買物件の用途を定めたものであって、もし最初から買主がその買受けた物件を自己の経営する会社の金策のため、他へ安く転売するということであったならば、売主は到底右売買契約に応じなかったものと推測されるから、もし契約成立後、物件引渡以前において、右のような事態が発生したとすれば、買主はこれを売主に告知し、その承認を受くべき義務の存するものと認むべきことは、商取引における信義誠実の原則に照して当然である

と判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

取引における信用状態の不告知

 取引において、会社の経営が悪化している、代金の支払が危ういなど、信用状態の不告知は、不作為による詐欺罪を成立させる可能性があります。

 なお、取引において、当事者の信用状態は重要な事項でありますが、前提として、相手方の信用状態を注意することは、取引当事者の責任とされることです。

 なので、取引に当たっての信用状態の不告知が、直ちに人を欺くことに当たるとはいえないことに注意する必要があります。

 取引における信用状態の不告知について、詐欺罪の成立を認めた判例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正13年11月28日)

 欠損を生じ営業の継続が不能となった株式仲買人が、そのまま営業を継続して株式売買の委託を受けて証拠金を受け取った事案で、裁判官は、

  • 商取引をなすに当たり、商慣習その他特別の事情なき限り、何人も自己の信用力に影響を及ぼすべき事実を相手方に告知すべき義務を有するものにあらざるなり
  • 自己が現に認識する事情及び境遇の下において、その状態が相手方に暴露するとせば、到底その信用を得て、取引をなす事能はさることを了知するにかかわらず、沈黙してこれを告げざる場合は、これに異なり、その沈黙は詐欺罪の手段たる欺罔に該当すと言わざるべからず

と判示し、詐欺罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和35年3月9日)

 営業不振のため多額の負債を生じ、売買契約に基づく中国産大豆の引渡しを受けても、到底その代金の支払をなすことが不能な状態になったのに、この事情を売主に告知しないでその大豆の引渡しを求め、売主をして指図書を交付させた事案で、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 詐欺罪における欺罔行為は、必ずしも積極的に虚偽の事実を告知する場合に限らず、信義誠実の原則に従い、真実の事実を告知すべき義務があるにかかわらず、ことさらに沈黙して真実の事実を告知しない場合をも包含するものと解する
  • 被告人は、被告人の会社が営業不審のため、多額の負債を生じ、売買契約に基づく大豆の引き渡しを受けても、到底その代金の支払いをなすことが不能な状態となり、被告人自身も約定のとおり代金の支払をなす意思がなかったにかかわらず、ことさらに沈黙し、右事情を売主に告知しないで大豆の引き渡しを求めたため、売主は従来どおり代金の支払を受けられるものと誤信して、本件指図書を交付したことが認められる
  • 思うに、売買契約は、当事者の一方がある財産権を相手方に移転することを約し、相手方がこれにその代金を支払うことを約するにより成立するのであって、買主において代金支払の意思及び能力がないのにかかわらず、買主の沈黙により告知されないときは、売買の基本である代金の支払に関し、錯誤を生じ、売主をして不測の損害をこうむらしめ、取引の安全を期し難いから、かかる場合は、買主は信義誠実を旨とする取引の通念上、自己の営業状態及び代金支払の能力等に関する真実の事実を売主に告知する義務があるものと解すべきである
  • 然るに、被告人は、右義務に違反し、前記の如く被告人の会社の営業状態及び代金支払の能力等に関する真実の事実をことさらに沈黙し、あたかも代金支払の意思及び能力があるように装い、本件指図書の交付を受けたのであるから、被告人に欺罔行為があったものというべきである

と判示し、不作為による詐欺罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和31年1月16日)

 財政的に行き詰まり、一般の信用をなくしていたAは、Bとの重油の継続的取引関係において、財政上の一般信用を得ていたC振出名義の約束手形を使用していたところ、今回の取引前に、Cからその手形の使用禁止を通告されたが、BはC振出名義の手形を信頼して取引していたので、この事実を告げれば重油の買入れができなくなることをおそれて、使用の禁止されたC振出名義の手形が手元にあるのに乗じて、これを使用して重油の買入れを続けた事案で、詐欺罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 詐欺の罪の成立をあるがためには、必ずしも、相手方に対し、積極的に虚偽の事実を告知することを必要とせず、信義誠実を旨とする商取引をするような場合には、事の真相をことさらに秘匿隠蔽した事実あるによっても、その成立あるを免れない
  • 依然、重油の買入取引を継続する限り、当然、前記約束手形使用の禁止となった事情を誠実に告知すべきであった
  • 然るにもかかわらず、被告人は、敢えてこれが事情を隠蔽して、使用禁止となったC払出名義の約束手形が自己の手元にあるのを奇貨として、原判示の如く、これが使用を継続し、もって相手方たるBをして手形金額が遅滞なく支払われるものと誤信せしめて、売買名義の下に本件各取引により、重油の交付を受けたというのであるから、その所為において、被告人は、到底詐欺の罪の責のあるを免れない

と判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和63年11月15日)

 この判例は、三角取引であることを秘し、通常の取引であるように装って商品を買い入れるよう申し入れたることは、詐欺罪における人を欺く行為に当たるとしました。

 裁判官は、

  • 三角取引の場合においては、それ自体として、金融の利益を得る者の困窮程度の強いことが如実に示されている上、取引対象の商品について、最終の処分方法が決まっておらず、代金調達の見通しが決まって得られていないことなどからすると、介入取引(※仕入先と販売先との間で、必要な商品・金額・決済条件等があらかじめ決定されており、債権回収リスクの回避や資金事情等の理由により、信用及び資金力のある会社を介入させる形で成立する取引)の場合よりも代金不払いの危険性が更に一層高い
  • 従って、金融の便を与える側では、取引開始前の調査を詳細に行い、その結果を慎重に検討し、安全を見込んだ取引条件の設定を考慮するなど、厳しい対応をすることにならざるをえない
  • 三角取引は、被害会社に対し、資金的に極めて大きな危険を負担させるものでありながら、被告人としては、三角取引に当たり、被害会社の取引決済権を有する者に対し、商取引における信義誠実の原則に照らして、三角取引の内容を告知すべき義務がったと解され、被告人がこれに反して取引内容を秘し、通常の取引のように装いつつ、商品を買い入れるよう申し入れたことは、違法な不作為を含む、詐欺罪の欺罔行為に該当するものということができる

と判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。

信用状態の告知義務はなかったとして、詐欺罪は成立しないとした判例

 上記各判例に対し、信用状態の告知義務はなかったとして、詐欺罪の成立を認めなかった判例も存在するので、参考に紹介します。

福岡高裁判決(昭和27年3月20日)

 事業不振の結果、負債の返済に窮し、工員などの使用人9名全員を解雇し、また支払手形も数回不渡りとなった事情にある者が、たまたまセメント売渡しの申込みを受け、その信用状態を告げないまま、セメントを買い入れたという事案です。

 ―審では、このような信用状態にあるときは、掛買いに際して、商取引の相手方に信用状態につき告知義務があるとして詐欺罪の成立を認めたのに対し、控訴審では、判決内容が不十分として、一審判決を破棄し、詐欺罪は成立しないとしました。

 控訴審において、裁判官は、

  • 欺罔行為は必ずしも積極的に虚偽の事実を告知することを要しない
  • 相手方の錯誤を利用する不作為によっても成立する
  • しかし、この場合は、法律上作為義務があることを必要とする
  • 原判示の事実によると、被告人は建築材料販売業を営んでいたが、事業不審の結果、負債返済に窮し、社員及び工員等9名の使用人全員を解雇して、事業を縮小し、右事業場発行した被告人振出の約束手形等も数回にわたり不渡りとなった等特別の事情があった
  • 右特別の事情は、少なくとも売掛等の場合、これを商業取引の相手方に告知しなければならないのにかかわらず、たまたま判示の商店からセメントの購入方の交渉を受くるや、右事情を沈黙してこれを右商店に告げることなく取引をして、セメントを騙取したとしている
  • すなわち、原判決は、被告人に判示したような事実を告知する法律上の義務があるにかかわらず、これを相手に告知しなかった不作為をもって、欺罔行為があったとしている
  • しかし、記録による本件取引の経過その他諸般の事情に徴して、被告人に判示のような法律上の作為義務ありとは認め難い
  • なお、被告人に欺罔行為があったとして、詐欺の刑責を負わしめるためには、被告人が右特別事情を告知しなかったというだけでは未だ足らない
  • 被告人に欺罔意思、すなわち相手方の右特別事情を知らないその錯誤を利用し、代金支払の意思あるいは能力がないのにもかかわらず、右特別事情の不告知という不作為のあったことを要し、その旨判示しなければ詐欺の罪となるべき事実の示し方としては不十分である

と判示し、詐欺罪は成立しないとしました。

東京高裁判決(平成元年3月14日)

 この判例は、土地の売主が買主に対し、土地に対する法的規制の有無、内容を告知しなかったことが詐欺罪における人を欺く行為に当たらないとし、詐欺罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 売買の目的である土地が、いかなる法的規制を受けるかは、その利用方法に直接影響を与え、価格にも当然影響するから、信義則上、売り主において、買手にこれを告知すべき法律上の義務があり、その秘匿、不告知がときに詐欺罪における欺罔行為にあたる場合がありうる
  • しかしながら、現在では、いなかる土地でも大なり小なり各種の法的規制を受けていることは周知の事実であり、特に本件のような国立公園内の土地について、とりわけ厳しい規制がなされていることは広く知られているところであるし、しかも、その土地に対する規制の有無及びその内容は、所管官庁について調査すれば、容易かつ正確にこれを知ることができることも事実であるから、売り主において、いなかる程度にこれを告げれば告知義務を尽くしたといえるかは、事情と照らし合わせながら決する必要がある
  • 本件のような国立公園内の土地建物をその持ち主が不動産業者のように振る舞う者に対し売り渡す場合には、不動産業者が一般人に対し住宅などを売買する場合などとは異なり、規制の内容を逐一告げなくとも、規制のあること及びその概要を告げ、相手方においてこれを調査する機会を与えれば足りると解するのが相当であり、その意味で、本件において被告人らは告知義務を尽くしていないと認定することはできないものである

と判示し、欺罔行為といえるほどの不告知は認められないとして、不作為による詐欺罪の成立を認めず、無罪を言い渡しました。

次回記事に続く

 不作為による詐欺の判例の紹介は、さらに次回記事に続きます。

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