前回記事の不作為による詐欺の判例紹介の続きです。
不作為による詐欺の判例(その3)
不動産の二重売買であることの不告知
不動産(土地、建物)の二重売買とは、たとえば、
- 土地の所有者Aが、B(第一買主)に土地を売る
- その後、Aは、C(第二買主)にも土地を売る
という状態をいいます。
不動産の二重売買については、第一の買主との関係で横領罪が成立します。
さらに、事情によっては、第二の買主との関係で不作為による詐欺罪が成立します。
この点について、以下の判例があります。
この判例で、裁判官は、
- 不動産の所有者が第一の買主との間に不動産の売買契約を締結し、権利証その他の登記申請に必要な書類を交付している場合において、右買主の登記未了を奇貨として、これを他に売却し、第ニの買主に所有権移転登記を経由させたときは、対抗力の取得を目的とする不動産取引の通例にかんがみ、第一の売買を告知しなかったことは第二の買主の買受行為との間に詐欺罪の予定する因果関係を欠くのを通常とするのである
- (しかし、)本件のように第二の買主において、売買代金を交付し、不動産につき所有権移転請求権保全の仮登記を取得したが、いまだ所有権移転の本登記を取得しないうちに売買契約を解除するに至ったときは、右売買の経緯に照らし、第一の売買の存在およびその内容等が第二の買主の所有権移転登記の取得を断念させるに足りるもので、第二の買主が、もし事前にその事実を知ったならば敢えて売買契約を結び、代金を交付することはなかったであろうと認めうる特段の事情がある限り、売主が第一の売買の存在を告知しなかったことは詐欺罪の内容たる欺罔行為として、第二の買主から交付させた代金につき詐欺罪の成立があるものと解するのが相当である
と判示し、不作為による詐欺罪の成立を認めました。
瑕疵ある工事、瑕疵のある物件であることの不告知
瑕疵のある工事、不動産であることを秘して、売買契約を行った場合、不作為による詐欺罪が成立し得ます。
この点について、以下の判例があります。
大阪地裁判決(昭和55年1月30日)
設計図どおりの工事でない事実を秘匿して、請負代金の支払を請求した事案で、裁判官は、
- マンションの建築を請負った建設会社の支社建設統括本部長として、右工事の施行、請負代金の請求、受領等の業務を統括していた被告人が、先に建方(※建築用語「柱など構造材を組み上げて、屋根をおおうところまでの工事」)を終了した同マンション第一節鉄骨柱の地下一階部分の寸法が、設計図所定の寸法より150ミリ不足しており、そのまま補修をせずに工事を続行すれば、到底注文者側の容認しないところであることを認識しながら、注文者が右の事実に気付かず工事が設計図面どおりに実施されていると誤信しているのを奇貨とし、前記のように鉄骨柱に150ミリの寸法不足が存し、かつこれを補修しないで工事を施行しているとの事実を告知せず、工事が設計図面どおりに実施されているもののように装って、注文者に請負代金の部分払を請求しその支払を受けたときは詐欺罪が成立する
と判示し、不作為の詐欺罪が成立するとしました。
ちなみに、 この裁判は、控訴審(大阪高裁判決 昭和56年3月6日)で判決が覆り、被告人に人を欺く意思はなかったことを理由として、無罪判決が出ています。
なお、控訴審で無罪判決となっているとはいえ、工事に瑕疵がある事実を告知せず、代金を請求すれば、詐欺罪が成立する点について、一審判決に誤りはなく、参考にすることができます。
控訴審において、大阪高裁の裁判官は、
- 本件契約の特約の趣旨からして、工程表所定の工事が終わっても、その工事に瑕疵があるときには、注文者は請負人がその修補又はこれに代わる義務の履行をするまで分割代金の支払を拒絶することができる同時履行の抗弁権の成立を認めるとともに、請負人は請負代金支払のための手形を注文者に請求してこれを受領するに際し、本件階高不足の事実(瑕疵)を告知する義務を契約上も信義則上も負っている
- 右の告知義務の不履行は、瑕疵修補請求権を行使する機会を注文者から奪うとともに、瑕疵修補義務等の履行に先立って、注文者に請負代金を支払わせるという効果を持ったにとどまり、支払義務のない請負代金を注文者に支払わせるという効果までを持ったものではないとして、1項詐欺が成立する余地はなく、2項詐欺の成否が問題となる
- (そして、証拠上認められる諸事情を斟酌した上で)被告人には、人を欺く意思はなかった
旨判示し、結局、2項詐欺罪も成立しないとして、詐欺罪は成立せず、無罪を言い渡しています。
東京地裁判決(平成19年8月10日)
この判例は、建設会社の代表取締役であった被告人が、施工した物件の構造計算書が改ざんされていることを知るに至りながら、従業員が施主に対し、請負残代金を請求するに任せ、何らの措置も講じなかったことが不作為による欺罔行為に当たるとして、詐欺罪の成立を認めました。
裁判官は、
- 被告人は、ホテルBに関する構造計算書は、Aによって改ざんされたものであり、正規の構造計算が行われておらず、建築物として安全性が確認されていないこと、また、そうである以上、被害会社としては、およそ契約の目的を達成することができず、その事実を知れば、当然に残代金の支払を拒むであろうことを認識していた
- そして、被告人には、従業員に被害会社に代金請求をさせない法的義務があり、また、その義務の履行は極めて容易であったにもかかわらず、あえて自己の一般的指示に基づき、従業員が被害会社に代金請求をするに任せたというのであるから、これは被告人の不作為による欺罔行為と評価すべきものである
- このように、被告人には、従業員に被害会社への代金請求をやめさせるべき作為義務があったのに、これに違反したことが認められるのであるから、告知義務については検討するまでもなく、不真正不作為犯として詐欺罪の成立が認められる
と判示しました。
この判例は、販売した建物(分譲マソション)の安全性に重大な瑕疵があることを知りながら、その残代金の支払を受けた行為につき、不作為による詐欺罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 被告人が、「本件建物の安全性に関する瑕疵」及び「本件物件の引渡しに関する事実」を共に認識しながら、このまま何もしなければ(残代金の支払請求を一時的にも撤回しなければ )、残代金が振り込まれ、それらの金員をだまし取ることになることを認識しながら、あえて、引渡しを指示したことが認められるのであるから、それを認容したというべきであって、被告人が詐欺の故意を有していたことは優に認められるというべきである
- (構造計算書に改ざんがあるという)確実性の高い情報を得た被告人が、顧客に対して、残代金の請求を一時的にも撤回すべき作為義務があったことは明らかである
- 分譲マンションに関し、構造計算書の計算結果が虚偽であり、建物の安全性が建築基準法に規定する構造計算によって確認されていないということは、そのマンション居室の購入者にとって、建物の安全性に関する重大な暇庇であり、顧客において、そのような問題があるとの情報を得れば、契約を見直したり、残代金の支払いを拒絶しようとすることも十分想定できるのであるから、民法及び売買契約上の信義誠実の原則からいっても、そのマンションを販売する会社において、残代金の支払前の居室の買主に対し、上記のような瑕疵がある旨を告げるなどして、予定されていた残代金の支払請求を一時的にでも撤回すべき義務があったことは明らかと思われる
と判示し、不作為による詐欺の成立を認めました。
次回記事に続く
不作為による詐欺の判例の紹介は、さらに次回記事に続きます。