刑法(詐欺罪)

詐欺罪㉟ ~「生活保護費の不正受給に関する詐欺」を判例で解説~

 詐欺罪(刑法246条)について、生活保護費の不正受給に関する詐欺の判例を紹介します。

生活保護費の不正受給に関する詐欺

 以下の2つの判例で、虚偽の収入申告をして生活保護費の支給を受けた場合は、詐欺罪が成立するとしました。

高松高裁判決(昭和46年9月9日)

 裁判官は、

  • 現行生活保護法85条は、「不正の申請その他不正の手段により保護を受け、又は他人をして受けさせた者は、3年以下の懲役又は5万円以下の罰金に処する。但し、刑法に正条があるときは、刑法よる」と規定されている
  • 本件の如く不正の申請が詐欺罪(同未遂罪を含め)を構成すると認定できる場合には、刑法詐欺罪の規定が適用されることは止むを得ないものと解する
  • 現行憲法下、生活保護の受給権が、現行の生活保護法により、生活に困窮するすべての国民に対し、無差別平等な生存権の保障として広く国民的規模において認められている現法制下において、権利に伴う社会的義務として、不正の手段による保護の不正受給に対する刑事罰を、事案に即して、反社会的行為である自然犯として、刑法による処罰にまで高めることは、必ずしも不当ではなく、詐欺罪が財産犯であり、欺罔行為による金員の騙取という定型性が認められる限りにおいて、右金員が、個人の所有であると、国の所有であると問わず、他人の財産であるという点に相違はなく、本件の場合、刑法上の詐欺罪をもって問擬(もんぎ)するにつき何ら違法はないものと解する

と判示し、虚偽の収入申告をしての生活保護の不正受給について、詐欺罪の成立を認めました。

東京高裁判決(昭和49年12月3日)

 この判例は、生活保護基準が、一般の生活水準を考慮し、一応の合理的な算出方式によって設定されている限り、これを明らかに憲法・生活保護法の趣旨・目的に反するということはできず、虚偽の収入申告をして生活保護費の支給を受けた場合は詐欺罪が成立するとしました。

 被告人の弁護人は、

  • 原判決は、本件当時の生活保護基準が違憲・違法とは断じ難いと判断しているが、同基準が健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りない劣悪・違法なものであることは明らかである
  • したがって、原判決には憲法25条、生活保護法1条、2条、3条、8条、12条、13条の解釈適用、採証法則を誤った違法、重大な事実誤認、理由不備、審理不尽などの違法がある

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 思うに憲法25条は、すべての国民が健康で文化的な最低限度の生活を営み得るように国政を運営すべきことを国の責務として定めたもので、国が直接個々の国民に対して具体的・法律的な権利を付与し、これに照応する義務を負担したものではない
  • ただ国民は、憲法の趣旨を生かすために制定された法律、すなわち生活保護法によって、厚生大臣の定めた保護基準による最低限度の生活を保障され、同法による保護請求権を有するものと解される(同法2条、8条1項参照)
  • もとより右の保護基準は、健康で文化的な最低限度の生活を維持するに足りるものであることを要するが(同法8条1項)、ここにいう「健康で文化的な最低限度の生活」とは、固定した絶体的概念でなく、そのときどきの文化的・政治的・経済的状勢によって流動する相対的概念であり、その具体的内容は、ある程度の個人差・地域差を免れない事柄の性質上、多数の不確定的要素を綜合考量してはじめて決定され得るものである
  • したがって、その認定判断は、厚生大臣の合目的的裁量(これは審議会の答申にもとづいて行われるが、最後には種々の条件を考慮した政治的判断による)に委ねられ、この結果については、当不当の問題として政府の政治的姿勢・責任が問われることはあっても、直ちに違憲・違法の問題を生ずるわけではない
  • 単にその裁量が現実の生活条件を全く無視した著しく低い基準を設定する等、明らかに憲法・生活保護法の趣旨に反すると認められる場合にたけ、権限の濫用として違法の問題を生ずることがあると解するのが相当である(以上昭和42年5月24日A訴訟事件最高裁大法廷判決参照)
  • 記録を精査し、かつ当審における事実取調べの結果をも参酌すると、本件犯行当時の保護基準は、社会福祉審議会生活保護分科会の中間報告にもとづき、それまで「エンゲル係数方式」によっていたものを合理的に改善した「格差縮小方式」によって算定したものであること、この方式は昭和四〇年度から実施されており、従来「エンゲル係数方式」によって算定された保護基準を前提としながら、一般の生活水準が相当伸びてきている状況にかんがみ、その伸び率以上に生活保護基準を伸ばし、両者の格差を縮小することをねらったものであること、昭和40年度から44年度にいたる扶助基準改定率は政府の経済見とおしによる個人消費支出の伸び率よりも0.1ないし3.3パーセン トほどうわまわるところで決定されていること、その結果、昭和43年度および44年度の一般勤労世帯と被保護労働者世帯の消費支出の格差は、東京都の場合で約53パーセントにまで縮小され、そのうち一人当りの飲食物費支出は、昭和四三年度で一般勤労者世帯が月6,398円、被保護労働者世帯が5,024円、44年度で前者が月7,134円、後者が5,711円となっていて、その格差はそれぞれ78.5パーセント、80.1パーセントにまで縮小されていること等の事情が認められる
  • これらの事情に徴すれば、当時の生活保護基準は、いちおうの合理的な算定方式によって設定されており、明らかに憲法・生活保護法の趣旨・目的に反するといえるほど低額・劣悪であつたとは考えられない
  • 論旨は結局理由がない

と判示し、弁護人の主張をしりぞけました。

 また、弁護人は、

  • 本件保護基準が違憲・違法でないとしても、これが適正な基準を大幅に下回っていることは明らかであり、国がこのような基準しか設定せず憲法上の義務を怠っている場合には、原則として刑罰を科することは許されない、適正基準を確定し、生活保護費、現実の収入などを合算して、これが右の適正基準をこえる場合にはじめで処罰てきるのである。そうであるのに原判決が適正基準を具体的に確定することも、被告人の全収入がこれを越えたかどうかを判断することもしないて、直ちに違法性を認めたのは、審理不尽、理由不備、法令適用の誤りである

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 健康で文化的な最低限度の生活とは、先に説いたとおり流動的な相対的概念であって、その具体的内容は、事柄の性質上多数の不確定要素を勘案して決定せざるをえないものてあるから、特定の時期をかぎっても、それを算術的正確さで明確に決定するのは困難である(所論が引用する厚生省の予算要求説明書は、予算要求のための資料であって、ここに記載された数字を動かしがたいものとみることはできない)
  • このような事情にかんがみ、その最終決定は、厚生大臣が専門・技術的な審議会の答申にもとつき合目的・政治的観点から下すべきものとされているのである
  • したがって、裁判所がその適正な具体的基準を認定しこれを基礎に問題を判断すべきであるという所論は、裁判所に託された司法審査の限界をこえた要求というほかなく、原審が適正基準を確定しなかつたことが不当・違法であるとはいえない

と判示し、弁護人の主張をしりぞけました。

 さらに、弁護人は、

  • 原判決は、「保護基準が違憲・違法なものであっても」、被告人が毎月35,250円から70,878円の収入を得ていながら本件犯行に及んだのであるから、これを正当な権利行使と認められないと説示するが、保護基準が違法ならば、適正な基準額にみつるまでの保護請求権を有するはずであり、その限りにおいて被告人の行為は右の請求権の行使であり、国には財産的被害がないから無罪である
  • かりに被告人の収入が一部適正基準をこえた場合にも被告人にはどの部分が超過したのか区別がつかず騙取故意がないからやはり無罪である
  • 原判決には審理不尽、理由不備、事実誤認などかある

と主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • 所論指摘の原判決にいう「保護基準が違憲・違法なものであっても」という趣旨は、原判決全体をよむと、「自己の生存権を確保するためなら国に対しどんな手段に訴えてもよいという筋合いのものではない、そこにはおのずから限度があり、欺罔という違法な手段で過分な保護費を入手することまで正当な権利行使とみることはできない、かりに所論のような保護請求権があるとしても、その行使は、適正な手段・手続によるべきである。」というにすぎないと解される
  • また、これまでに明らかにした事情にかんがみれば、法律上被告人に欺罔の意思がないとすることは困難である

と判示し、弁護人の主張をしりぞけました。

 さらに、弁護人は、

  • 本件には、生活保護法85条本文を適用すべきであり、これに刑法246条1項を適用した原判決は、右各法条の解釈適用を誤っている

と主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • 原判決のかかげる証拠によれば、原判示事実を優に認めることができ、これが刑法246条1項に該当することは疑いない
  • たしかに本件は、同時に生活保護法85条本文にも触れるものと認められる
  • しかし同条但書は、刑法に正条があるときは刑法によって処罰する旨明確に規定しているから、本件につき詐欺罪を適用した点に違法はない

と判示し、弁護人の主張をしりぞけました。

 さらに、弁護人は、

  • 本件行為は、可罰的違法性がなく、また被告人に対して真実の収入額を屈出させることの期待可能性もないから無罪である
  • 原審はこれらの点で刑法246条1項の解釈適用を誤り、重大な事実誤認、審理不尽の違法を犯したものである

と主張しました。

 これに対し、裁判官は、

  • たしかに生活保護基準が相当低く、被告人のように育ちざかりの学童2人と病弱な妻を抱え、自らも持病を有するものにとって、保護費だけて生計を立て、子供達を養育し教育することが容易でなかったことは証拠上も察するにかたくない
  • しかも、被告人の場合、生活保護を受ける前からの借金が累積し、これを保護費の中から返済していたというのであるから、なおさらであったと思われる
  • 被告人が持病をおして警備会社に就職した心情は十分理解できる
  • これらの点については同情を禁じえないとともに、政治的・行政的施策が一層適切に行われるよう期待する
  • しかし、生活保護を受けているもの一般の苦しい生活の実態、これに近い生活を送っている低所得の人達が数百万に及んでいる事情に、被告人が得た収入が毎月35,250円から70,878円で、その大部分は生活保護基準額をうわまわっていたこと、それにもかかわらず1年以上も全然収入の届出をせず、結局合計405,530円もの金員を扶助費名下に入手したものであることなとをあわせ考え、あれこれ勘案すれば、本件について違法性がないといえるほど事案が軽微であるとか、被告人に期待可能性がないとかいうことは困難である

と判示し、虚偽の収入申告をしての生活保護の不正受給について、生活詐欺罪の成立を認めました。

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