殺意認定の方法
殺人罪における故意(殺意)の定義
故意をもって犯罪を行う犯罪(故意犯)については、犯罪を犯す意思(故意)がなければ、犯罪は成立しません(詳しくは前の記事参照)。
殺人罪(刑法199条)は故意犯なので、殺人罪の成立を認めるためには、殺人罪を行う故意(殺意)が必要になります。
殺人罪が成立するために必要な故意は、
行為の客体が生命のある人であることを認識し、かつ、自己の行為によって、その人の死という結果を生じさせることを意図し、あるいは死の結果が生じることを予見・認容すること
とされます(詳しくは前の記事参照)。
殺意の認定方法
殺意は心理的事実であり、通常、被告人の自白以外に直接証拠はありません。
被告人の自白でしか殺意を認定できないとなってしまえば、被告人が殺意を否認した場合に、被告人を殺人罪の罪に問えなくなってしまいます。
そこで、被告人の自白以外で殺意を認定する方法として、情況証拠による殺意の認定が行われます。
被告人の自白調書の信用性を否定し、犯行態様や犯行直前の被告人の言動等の情況証拠から殺意を認定した裁判例もあります(浦和地裁判決 平成5年2月26日)。
情況証拠による殺意の認定方法
情況証拠により殺意を認定するに当たり、客観的な犯行態様とそれが内包する死の結果に対する危険性の程度が重要になります。
情況証拠により殺意を認定する際には、
- 凶器の種類・形状・用法
- 創傷の部位・程度
- 動機
- 犯行前後の被告人の言動
などが総合的に考慮されます。
これらの中で、特に中心的な位置を占めるのは、
- 凶器の種類・形状・用法
- 創傷の部位・程度
です。
「殺してやる」などの言葉が、内心の意図を表していない場合がある
犯行に際して発せられた「殺してやる」などの行為者の言葉は、殺意を認定するに当たり、重要な証拠となりますが、内心の意図をそのまま表したものと認められない場合もあります。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
大阪高裁判決(昭和29年6月10日)
「死んでしまえ」とか「殺してやろう」といいながら、被害者の頭部を有り合わせの衣装箱のふた板でばんばん殴っても、それは、日頃から厄介視し嫌悪していた被害者に対する罵倒と懲らしめの意図をもってなされたにすぎず、殺害の真意から出たものと認め難いとしました。
東京高裁判決(昭和33年10月11日)
「命をもらいに来た」などと怒鳴りながらナイフで右腋下を突き刺した行為について、酔余のことで単なる嫌がらせ若しくは脅かしの言動に過ぎないとして、殺意を認めませんでした。
犯行後の被害者に対する救護が殺意の存否に影響する
犯行後、被害者が苦しんでいるのに、行為者が平然としていた場合、その事実は殺意を肯定する方向に働くといえます。
逆に、行為者が被害者の救護に努めた事実は、殺意を否定する方向に働くといえます。
ただし、激情して犯行に及び、殺意が未必の殺意であった場合には、犯行後、我に返り、救護の措置を採ったりすることもあり得るので、全ての情況事実を総合的に考察する必要があります。
酩酊や薬物使用などにより、認識能力を低下しているときの殺意
著しい興奮・酩酊・薬物による影響などの、犯行時の被告人の心身の状態は、抑制力を減退させ攻撃的態度を増進させたりする面で、積極的証拠となる場合もあります。
しかし、被告人の認識能力を低下させるという面で、消極的に働くこともあります。
責任能力の存否・程度と故意の有無は別問題であって、証拠によって殺意が認められる以上、当時、被告人が心神耗弱の状況にあったとしても、そのことをもって故意が否定されるものではありません。
心神耗弱が殺意を認定する妨げになるものではないことを判示した以下の裁判例があります。
東京高裁判決(昭和35年5月4日)
裁判官は、被告人が心神耗弱であったことの故に、本件犯行について被告人の殺意が否定されるわけのものでないことは、もとよりいうをまたないのであって、本件犯行時の被告人の言動、使用された凶器による突刺の個所の点などに徴すれば、殺意のあったことは明白である旨判示しました。
行為者の性格や日頃の行いからの殺意の認定
被告人の性格や日頃の行状が殺意の認定に影響する場合もあります。
参考なる裁判例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和42年4月11日)
殺人の未必の殺意を認定した原審の判断を不当として、殺人の確定的故意を認定した事例です。
裁判官は、些細な紛争の解決にもあいくち、日本刀、ピストル等の凶器に頼る傾向があり、その紛争解決の態様も、徹底的に相手を慴伏させないではおかない執拗かつ仮借ないものであるという被告人の性格、飲酒時の傾向を認定し、そこには人の生命身体の尊厳に対する被告人の価値観ないし倫理観の低下が窺われるから、それが本件犯行の態様に連なるものとして被告人の心理を推量する重要な要素として無視できないとし、被告人の性格や性向から、確定たる殺意をもって攻撃を重ねるに至った推認するのが相当であるとしました。
ただし、こうした被告人の性格・傾向は、殺意を認定する補完的な要素にとどまるとされます。
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