前回の記事の続きです。
特別公務員暴行陵虐罪における「暴行」とは?
特別公務員暴行陵虐罪(刑法195条)における「暴行」「暴行」とは、身体に対する不法な有形力の行使をいいます。
特別公務員暴行陵虐罪における暴行は、暴行罪(刑法208条)における暴行と変わりありません(暴行罪における暴行の説明は暴行罪(1)の記事参照)。
逮捕するに当たって、相手が抵抗する場合に、これを制圧するのに必要な限度で有形力を行使することは、違法性がないので、ここでいう暴行に当たりません。
しかし、取調べに当たっての有形力行使は、相手方が暴れるなどの特殊な事情がない限り、元来許されるものではないので、このような場合には、特別の事情がない限り、特別公務員暴行陵虐罪に当たります。
「暴行」ではなく、「逮捕・監禁」行為については、刑法194条の特別公務員職権濫用罪の規定が適用されるので、特別公務員暴行陵虐罪に該当するのは、単なる逮捕・監禁の域を越えた身体に対する攻撃と認められる場合となると考えられています。
暴行行為は、職務の執行に際してなされなければならない
暴行行為は、職務の執行に際してなされなければなりません。
したがって、職務の執行と関係なく、私怨を晴らすために行われたような暴行行為は、特別公務員暴行陵虐罪に該当しないこととなります。
もっとも、職務行為の形を採って行われた場合や職務の執行に付随して行われた場合は、特別公務員暴行陵虐罪に該当します。
捜査・警備時に暴行があったとして特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めた事例
捜査・警備時に暴行があったとして特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めた事例として、以下のものがあります。
東京高裁判決(昭和29年5月29日)
警察官が取調べ中に、被疑者に対し、拳又はその他の鈍器をもって頭部を数回殴る暴行を加え死亡させた事案で、特別公務員暴行陵虐致死罪の成立を認めました。
大阪高裁判決(平成6年8月31日)
警察官Aが、Bを警察署に任意同行し、同署内おいて、Bに正座するように命じたが、Bが膝にけがをしていることを理由にこれを拒んだところ、警察官Aが右平手でのBの左側頭部を殴打する暴行を加え、加療約14日間を要する鼓膜を破る傷害を負わせた事案で、特別公務員暴行陵虐致傷罪(刑法196条)の成立を認めました。
金沢地裁判決(平成11年3月24日)
被告人が警察官として交通事故の現場の交通整理等を行っていた際に、酒に酔った事故被害者Aが警察官の捜査方法等に難癖をつけ、身体を押し付けるなどして被告人に詰め寄ってきたことに対し、これを制止・制圧するため、頭部を下げた前傾姿勢のAの前方から、その身体を押さえ付けるようにしながら腹部を数回膝で蹴る暴行を加え、Aに腸間膜断裂等の傷害を負わせて死亡させた事案で、特別公務員暴行陵虐致死罪(刑法196条)の成立を認めました。
名古屋高裁金沢支部判決(昭和28年9月19日)
緊急逮捕時の暴行があったとして特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めた事例です。
裁判所は、
- 被告人は…巡査部長として…警察官の職務を行う者であったが、農業元小学校Aが、Bの田地に対し所有権を主張して無断同所に生立するB占有の麦を刈り取った事件について訴を受け、捜査の結果、右行為は窃盗の嫌疑十分であるとして巡査Cを帯同してA方に赴き証拠品として前記麦を押収しようとしたところ、たまたまAは自家の田んぼの除草に赴いていたので更に同所に赴いてAを付近農道に呼び寄せ、「盗んだ麦を出せ」と申し向けその任意提出方を求めたところ、Aは「盗んだ麦などはない、出せというなら令状を見せてもらいたい」と述べて、被告人の要求に抵抗したので、被告人はAを足蹴に倒し「生意気なことを言いさらす、令状がなくとも逮捕出来る。210条を知らぬか、この糞爺い、腐れ校長め」なぞと罵り、巡査Cと共同してAの体を4メートルくらい持ち運んで下に落した上、同所からC宅まで連行する間、四辺を構わぬ大声で「泥棒、垣内の麦を盗んだ泥棒、昔校長をしたと思って生意気をいう。210条を知らぬか、この糞爺、糞隠居め」なぞとロ汚く面罵してA宅に到り、前記麦を押収後、更にAを警察に連行するに際し、Aの妻や息子の嫁の哀訴愁嘆を顧みず何らの暴行にも出ていないAに対し「こんな者は手錠を掛けて連れて行くのだ」と言って巡査Cに命じて右手首に手錠を掛けさせ屋外に引き擦り出そうとしたところを敷居につまづいてうつ伏せになったAを後ろ手によじり上げて引き起こし、幾度か転倒して泥塗れになった野良着のままのAに着替えも許さず裸足のAをA宅よりその居住部落を過ぎて派出所に連行する途次の街道を巡査Cに手錠の縄尻を持たせ、見送る妻女が気転に冠せた笠をわざわざ阿彌陀に直し途上近隣に聞えよがしの大声で「よい見せしめだこのざまを見てもらえ」などと暴言を吐き散らして通ったという一連の事実であって、これらの事実は被告人が警察官の職務行為としてまず窃盗被疑者に対し盗物と認められる物の任意提出を求めたところ被疑者が辞を構えてその提出を拒んだので刑事訴訟法第210条の緊急逮捕の要件を具備するに至ったものと信じ緊急逮捕権の行使を発動したものであること及びその行使の仕方が被疑者の言動に私憤を触発せられ著しく適正を欠き甚しく正常な軌道を逸脱する暴行凌虐の所為にわったものであることを明かに示顕する
と判示し、特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めました。
特別公務員暴行陵虐罪の成立が否定された事例
1⃣ 上記事例とは反対に、特別公務員暴行陵虐罪の成立を否定した事例として、以下のものがあります。
福岡高裁判決(昭和57年9月1日)
警察官2名による特別公務員暴行事件について、暴行の事実に関する被害者の供述等が必ずしも信用できないとして、一審の特別公務員暴行陵虐罪の有罪判決を破棄し無罪としました。
東京高決決定(昭和40年5月20日)
一隊の警察官等を被疑者とする付審判請求につき、隊員中の何人かが違法に暴行・傷害を加えたことは認められるが、加害実行者を特定できないことなどを理由に、特別公務員暴行陵虐罪の付審判請求を棄却しました。
2⃣ 捜査・警備に当たっては、有形力の行使が予定されている場合があります。
正当な職権の行使として付審判請求が斥けられ、あるいは、無罪となった事例として、以下のものがあります。
警察官は職務質問に際し所持品の呈示を求め、相手方の任意の承諾を得てその検査を行うことができるのであって、これをもって職権濫用とはいえないとし、公務員職権濫用罪の付審判請求を棄却しました。
広島地裁決定(昭和46年2月26日)
シージャックの犯人の射殺事件に関する付審判請求につき、射殺警察官の行いは正当防衛であって法令に基づく行為と認め、特別公務員暴行陵虐致死罪の付審判請求を棄却した事例です。
裁判所は、
- 船長はじめ船員に対する生命の危険、警察官および報道関係者に対する生命の危険をそれぞれ防衛するために採った被疑者らの防衛手段はやむを得なかったということができる
- 被疑者らに殺意があったといわざるを得ないけれども、それがあることによって相当性が崩れるものではなく、むしろこの場合打撃が一段小となる体の部分を狙っていたら、船長や警察官が反撃をうけていたということができる
- そしてその外にも一般市民の生命に対する危険も現存していたのであるから、その相当性は一層強いといえる
- 要するに本件防衛行為はやむを得ないものであった
- 被疑者両名が共謀のうえ、未必の殺意をもって特殊銃を発砲し、Kの胸部に命中させて死に致したという外形上殺人に当る行為は刑法第36条の正当防衛に該当するといい得る
- そうすると、本件請求の範囲であり、右殺人に当る行為に内在する特別公務員たる被疑者両名が共謀のうえ、その職務を行うに当り特殊銃を発砲し犯人Kの胸部に命中させて死に致したという外形上特別公務員暴行陵虐致死に当る行為もまた正当防衛に該当するということができる
- 以上の次第で、被疑者両名の右外形上特別公務員暴行陵虐致死に当る所為は、犯人Kの逮捕のためであるし、船員、警察官、報道関係者、一般市民の防護のためであるし、しかも正当防衛に該当するのであるから、警察官職務執行法第7条により武器を使用して犯人に危害を与えることが許される場合であるといえる
- したがって、それは刑法第35条の法令によってなしたる行為に該当し違法性が阻却せられることになるというべく、結局、刑法第196条、第195条第1項の特別公務員暴行陵虐致死罪は成立しない
- そこで、本件請求にかかる被疑事実のうち特別公務員暴行陵虐致死の範囲については罪とならないものというべく、これと同旨により被疑者両名を不起訴とした検察官の処分は相当であり、右の点についての本件請求は理由 がないということができる
と判示しました。
長崎地裁決定(昭和47年9月29日)
学生らによる米国軍基地侵入等の行為を予防ないし制止するため阻止線を設定して交通を遮断し、また暴力行為を鎮圧するため、警察官が催涙ガス、催涙液、警棒等を使用した行為について、裁判所は、
- 警察官職務執行法第7条のすべての要件を具備した適法なものであったといわなければならない
として、特別公務員暴行陵虐致傷罪の付審判請求を棄却しました。
広島地裁判決(昭和62年6月12日)
警察官であった被告人が、Aを銃砲刀剣類所持等取締法違反等の現行犯として逮捕すべく、逃走するAを追跡して本件現場に至り、抵抗するAの左大腿部に向けて所携の拳銃を発砲したところ、その狙いに反してAの左胸部に命中し、Aを死に至らしめたという特別公務員暴行陵虐致死罪の事案です。
裁判所は、
- 拳銃の威嚇発射による死亡、警察官職務執行法7条にいう「自己防護」の必要性が認められ、加害者の身体の枢要部以外の部位を狙って発射された弾丸が、偶然その枢要部にあたって死の結果を招いてもなお法益の権衡は失われない
として正当防衛が認め、被告人を無罪としました。
東京高裁判決(平成23年12月27日)
警察官が公務執行妨害の現行犯人を逮捕する職務を行うにあたってけん銃を発射して同人を死亡させた特別公務員暴行陵虐致死被告事件において、発砲行為は正当防衛に該当し、警察官職務執行法7条所定の要件を満たす正当行為であるとして、被告人を無罪とした原判決を是認した事例です。
裁判所は、
- 被告人は職務質問によりBが不法滞在の中国人である疑いが濃厚となったのに、Bは職務質問中に逃走し、追いかけるうち、被告人はBにけん銃を奪われそうになったり、引き倒されたりしたので、公務執行妨害の現行犯人としてBを逮捕しようとするも、Bは強く抵抗し、篠竹を振り回し、石灯籠の宝珠を持ちながら、被告人に殴りかかるような気勢を示して、じりじりと近づき、被告人も約2mの間合いを取りながら後退を続け、ホルダーからけん銃を取り出し、篠竹や宝珠を捨てないと撃つぞという警告を繰り返したが、Bはけん銃を見てもひるまず、篠竹を捨てて、両手に持った石灯籠の宝珠を頭の上方に振り上げて、被告人の方に迫り、両手で持っていた石灯籠の宝珠を右手に持ち替え、一気に間合いを詰めてきて、石灯籠の宝珠を被告人の頭めがけて振り下ろそうとしたのであり、このBの被告人に対する暴行や攻撃は、急迫不正の侵害に当たるというべきである
- したがって、被告人の本件発砲行為は、自己の生命、身体の安全を防衛するためやむを得ずにした行為であり、正当防衛(刑法36条)に該当する場合であるから、けん銃を使用して人を死亡させる結果とはなったが、警職法7条所定の要件を満たし、正当行為(刑法35条)として違法性が阻却されるのであり、その旨の法令適用をした原判決に誤りはない
と判示しました。
拘禁された者の戒護時における特別公務員暴行陵虐罪の事例
拘禁された者を戒護する目的があったとしても、戒護に必要な限度を超えた身体の自由の制圧は、戒護行為として違法性が解除される限度を超え、特別公務員暴行陵虐罪に該当することとなります。
この点に関する以下の判例・裁判例があります。
鉄砲手錠を施すこと自体が、正当な行為であったとしても、そのために特別公務員暴行凌虐罪の成立を阻却するものでないとした判決です。
裁判所は、
- 既に疲労困憊の極みに独力で歩行することすら不自由で他の受刑者等に背負われて来た本件被害者をもって、ことさら逃走のおそれがあるものとして、故なく同人に対して鉄砲手錠を施した上、素手でその顔面を数回殴打して 同人をして蹌踉顛倒するにいたらしめた暴行の所為が、本件特別公務員暴行凌虐の犯罪を構成するのであるから、仮りに右鉄砲手錠を施すこと自体が正当な行為であったとしても、そのために本件犯罪の成立を阻却するものではない
と判示しました。
札幌高裁判決(昭和32年11月7日)
捕縄による緊縛等による窒息死が看守の公務員暴行陵虐致死罪に当たるとされた事例です。
裁判所は、
- 被告人はAから…暴行をうけたため興奮し、私憤のあまり、Aの頭部を靴で数回けりつけ、既に手錠、足錠、防声具等を施されて抵抗力の著しく弱まったAに対し、拘置支所長Bが反対の意思を表明していたにもかかわらず捕縄による緊縛を決意し、C、D両看守等に手伝わせて、Aの両肩から両脇に回して胸部で捕縄が十文字になるようにたすきがけにし背部で結んで緊縛し、更に他の捕縄をAの両足首に巻きつけ、その両足首を背部に折り曲げてAの後手錠に近づけ、その繩尻を被告人が縛った背部の捕縄に巻きつけて、Aの身体が背後に弓なりになる通称一道えび」と称する緊縛方法をもって緊縛し、既に失神に近い状態にあることを知りつつ、Aを防声具を装着したまま一舎五房に運び入れ、うつ伏せにして畳の上に放置し窒息のためAを死亡させた事実を認めることができるのであって、右の行為が正当な職務執行の限度を越えていることは一見明瞭である
と判示し、特別公務員暴行陵虐致死罪に当たるとしました。
東京高裁判決(昭和33年12月26日)
刑務官吏が、受刑者にし、被害者の顔面又は頭部を軽く打ち、靴で向脛を蹴り、やっとこでずぼんの上から臀部を挟んだ行為に対し、刑法195条にいわゆる暴行とは人の身体に対する直接又は間接の有形力の行使を意味するものであるとして、上記行為を暴行と認め、特別公務員暴行陵虐致罪に当たるとしました。
大津地裁決定(昭和34年9月2日)
受刑者Cに対する長期にわたる戒具(革手錠)の使用は陵虐行為に該当するが、刑務所長A、同管理部長Bにその認識がなかったとして付審判請求を棄却した事例です。
裁判所は、
- 戒具を使用することは、それが被使用者に多大の肉体的精神的な苦痛を強制するものである性質上、右法定事由の有無の判断は恣意的であってはならないと共に、使用目的に応じた相当の戒具によって、しかもその目的を達するための必要最小の限度においてのみ許されるべきものであり、いやしくも法定の事由以外の目的に戒具を使用したり、必要以上の期間その使用を続けたり、その他客観的に不必要と認められる苦痛を被使用者に与えることは、厳に禁じられているものと解しなくてはならない
- 従って受刑者の看守を職務の一内容とする刑務所長あるいは刑務所の管理部長等において仮りに故意に右の戒具使用の要件を逸脱して戒具を使用し受刑者に対し、その目的にてらして必要以上の苦痛を与えた事実があるとすれば単に行政上の責任が問題となるにとどまらず、それが刑法第195条第2項に該当する犯罪となることは、ほとんど言うをまたないことである
- 被疑者A、B両名は、受刑者であるCに対し陵虐の行為をなしたとの点を各否認して「Cに対する革手錠の使用は、その全使用期間を通じ、Cに自殺のおそれがあったためこれを防止する目的でなしたものである」「Cの食事や用便の時には、保安課長以下の現場の担当者において具体的に判断したうえ臨機に施錠を一時はずすなりゆるめるなりの措置をとって用を弁ぜしめているものと信じていた」旨極力弁疎する・・・(省略)
- A、B両名において、同刑務所の実態について正しい認識を欠き、その結果、Cに対し陵虐の行為が行われるにいたったについて、両名に重大な過失ありとし、その行政的あるいは道義的責任を云々するのは別として、過失による暴行陵虐の行為を罰する規定がなく、かつまた、右の如き弁疎を覆し両名において陵虐行為の認識ありとしてその犯意を認定すべき証拠のない以上、A、B両名は、右事件について、少なくとも刑事責任を問われるべき理由は無いものと言わなくてはならない
- Cに対する戒具(革手錠)の使用は、被疑者A、B両名の職権乱用による陵虐の行為であることは証拠上これを認めがたいので、本件に関し検察官のなした不起訴処分は正当と言うべく、結局本件請求はその理由なきに帰するものである
とし、付審判請求を棄却しました。
広島高裁判決(平成22年5月13日)
少年院における法務教官による少年に対する暴行等について特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めた事例です。
裁判所は、
- 被害少年2名に対し、①被害少年Aの胸ぐらをつかんでロッカーに押し付け、頭部を洗面台に近づけるなどした上、「これを飲んで死ね。」などと言いながら、ロに洗剤の容器を押し付けるなどし、②被害少年Bの襟首辺りをつかみながら、空の浴槽内に投げ入れて転倒させた上、腹部にまたがり、顔面を平手で数回はたき、頸部を腕で押し、「つらが悪い。」などと言って頭部に水を掛け、更に「お湯をかけてやろうか。」などと言い、後頭部を平手で数回はたくなどしたという被告人の各犯行は、いずれも粗暴にして陰湿であり、およそ指導ないし教育の名に値しないものであって、いかなる理由をもってしても正当化する余地はなく、結果的に被害少年が傷害を負っていないことの事情によって、その評価が何ら左右されるものではない
と判示し、特別公務員暴行陵虐罪の成立を認めました。