刑法(公務員職権濫用罪)

公務員職権濫用罪(10)~「付審判請求」を説明

 前回の記事の続きです。

付審判請求

 付審判請求刑訴法262条)とは、

公務員の職権濫用などの罪で告訴や告発をした者が、検察官の不起訴処分に不服がある場合に、地方裁判所に事件を裁判所の審判に付するよう請求する制度

です。

 この制度は、検察官の起訴独占主義に対する例外として設けられており、「準起訴手続」ともいいます。

 そして、

は、不審判請求の対象事件になっています(刑訴法262条1項)。

 上記の事件が不審判請求の対象事件になっている背景として、第二次世界大戦終了までの刑事手続における人権侵害が甚だしかったことから、検察官が上記の罪について不起訴処分とした場合に、人権保護の観点から、被害者に、裁判所に対して、事件を審判に付することを請求することを認めたという経緯があります。

付審判請求の事件の審判の範囲

 付審判請求がされた事件が、付審判請求の対象事件(刑訴法262条1項掲記の罪)以外の罪を含んでいた場合に、付審判手続の審理の範囲が問題となります。

 例えば、付審判請求のあった事件が、特別公務員暴行陵虐致死罪と殺人罪であった場合に、 付審判請求の対象事件ではない殺人罪を審判できるかという問題です。

 この点に関する裁判例として、以下のものがあります。

広島地方裁判所決定(昭和46年2月26日)

 シージャックの犯人を射殺した事件について、特別公務員暴行陵虐致死罪と殺人罪の罪で付審判請求が行われた事例です。

 裁判所は、

  • 請求人らは被疑者らの所為は特別公務員暴行陵虐致死並びに殺人罪に当るとして後者についても審判に付することを求めている
  • さて、刑事訴訟法第262条の手続は検察官による起訴独占(同法第247条)の例外規定であるから例外規定は厳格に解釈すべきであるという点からも、あるいは法条は被疑者の不利益に拡大解釈することは相当でないという点からも、いわゆる付審判請求手続によって審判の対象とされ得るものは刑事訴訟法第262条第1項が明示するものに限られるものといわざるを得ず、殺人罪はこの手続によって審判の対象とはされ得ないものということができる
  • もっとも、請求人が被疑事実として警察官が職務を行うに当たり、犯人に対し殺意をもって暴行陵虐を加え殺害したと主張しているとき、それは殺人罪であるからこの手続による審判の対象とはなり得ないものであり、はじめから事件全体がこの手続すなわち、付審判請求手続の範囲外であるとは言えない
  • 主張された被疑事実の中に刑事訴訟法第262条第1項所定の犯罪の構成要件が内在しているときは、右内在部分は審判の対象となり得るものというべく、したがってまたその範囲では付審判請求手続の対象でもあり得る本件の場合でいうならば、特別公務員暴行陵虐致死の範囲内で請求は適法であるとして捉え、審理の結果実体的にも殺意がなければ特別公務員暴行陵虐致死として審判に付せられることになる
  • 次に、実体的には殺意があったときもそれは殺人罪であるから審判に付せられないというのではなく、その中から特別公務員暴行陵虐致死を抽出してこれを審判の対象とすべきである
  • この場合、特別公務員暴行陵虐致死と殺人の観念的競合であると考え得るなら、その前者が審判の対象となるものであるし、かりに特別公務員暴行陵虐と殺人の観念的競合と考えるべきものなら後者の中から致死の結果を抽出してやはり特別公務員陵暴行陵虐致死が審判の対象となると解すべきであるし、更に特別公務員暴行陵虐致死は殺人に吸収され単純に後者一罪が成立するに過ぎないと考うべきものとしても、吸収された前者を抽出して審判の対象とすべきである
  • けだし、特別公務員に殺意があることにより、却ってこの手続の対象から全的に除外されるということはこの手続が設けられた趣旨に反するからである
  • 審判請求手続の範囲内にあるのは特別公務員暴行陵虐致死に過ぎないのであるから、付審判請求手続で審理される対象もまたその範囲に止まるべきもので、殺意の有無などはじめから問題とすべきでないという意見があるかもしれない
  • しかし、付審判請求手続は当該事件についての検察官の不起訴処分の当否を審査するものであるから、審理の対象は刑事訴訟法第248条に掲げる諸事情も含め当該事件の全体に及ぶものというべきである
  • (審判の対象となし得るものは特別公務員暴行陵虐致死の範囲であるとしても、殺意があることにより起訴相当であったといえる場合がある。また、被疑者の正当防衛の成否を論ずるについても殺意があればあったことを前提として論ずべきであり、はじめから殺意は無視しあるいは無いものとして論ずべきであるとはいえない)
  • これを要するに、本件の場合、殺意があったとしても殺人としては審判に付し得ず、特別公務員暴行陵虐致死の範囲において審判に付することを得るに過ぎないけれども、本手続の審理の対象は事件全体に及ぶということができる

としました。

東京高裁決定(昭和51年11月8日)

 付審判請求事件につき、罪名にかかわらず、主張された被疑事実の中に刑訴法262条の犯罪的要件が内在しているときは、審判の対象になるとした事例です。

 裁判所は、

  • 職権をもって案ずるに、原決定は、本件請求がYほか8名を被疑者とする殺人罪に関する検察官の不起訴処分が不服であるとしてなされたものであるとし、同罪をもってしては刑訴法262条1項に基づく付審判の請求はできず、本件請求は不適法であるとして、本件請求を棄却している
  • しかしながら、本件記録によれば、原決定も指摘するごとく、本件請求は、Yほか8名(うち、S、Kの両名は非公務員)は共謀の上、請求人の実姉Aを殺害せんと企て、Aにおいて健康を害し、入院加療の必要な状態にあったにもかかわらず、各自職権を濫用し、Aを強制して健康保険証明書を取り上げ社会保険による治療を断念させ、生活保護者に切り替えて診療を受けることを困難にさせ、一方、Aの意思に反し社会保険年金を受ける権利を放棄させ、さらに、誤診などにより入院措置を講ぜず、Aの意思に反し特別養護老人ホームに強いて入園させて病状を悪化させたとの職権濫用罪の構成要件に該当する事実をも含め、右の結果、Aを死亡させて殺害した行為があるとして右9名を被請求人としてなされたものであり、右請求の前提となる不起訴処分となった告訴の内容も職権濫用罪の構成要件に該当する事実を含んでいたものであることが認められる
  • 付審判請求手続によって審判の対象とされ得るものは刑訴法262条1項が明示するものに限られるが、請求人が被疑事実として公務員が職務を行うにあたり、職権を濫用し、被害者に対し殺意をもって義務なきことを行わせ、又は行うべき権利を妨害して殺害したと主張している場合であっても、それは殺人罪であるからとして、その罪名に拘束されてこの手続による審判の対象となり得ないものではなく、主張された被疑事実の中に刑訴法262条1項所定の犯罪の構成要件が内在しているとき(職権濫用に当たる罪が他の罪と観念的競合など科刑上一罪の関係に立っ場合、吸収関係に立っ場合においても)は、右内在部分は審判の対象となり得るものというべく、従って、その範囲では付審判請求手続の対象でもあり得るものと解するのが相当である
  • してみると、原決定が、本件請求が殺人罪の成立を主張しているからということだけで形式的に刑訴法262条1項に該当しないとして、本件請求を棄却した措置は違法といわざるを得ない

としました。

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