刑法論文(3)~平成29年司法試験の刑法論文問題から学ぶ~
平成29年司法試験の刑法論文問題から学ぶ
平成29年司法試験の刑法論文問題の答案を作成してみました。
この論文からは以下のテーマが学べます。
3⃣ 有印私文書偽造(刑法159条1項)・同行使罪(刑法161条1項)の成立要件
4⃣ 窃盗罪(刑法235条)と器物損壊罪の区別、不法領得の意思、死者の占有
5⃣ 刑法総論
問題
以下の事例に基づき、甲及び乙の罪責について、具体的な事実を摘示しつつ論じなさい(建造物侵入罪及び証拠隠滅罪並びに特別法違反の点は除く。)。
1⃣ 会社員甲(28歳、男性、身長165センチメートル、体重70キログラム)は、毎月25日、勤務先から給料23万円を支給されていたが、預貯金はなかった。甲は、某年8月25日に支給された給料の大半を遊興に費消したため、9月10日には、手持ちの金がほとんどなくなってしまった。
2⃣ 甲は、9月12日午後1時、自宅近くのショッピングモール内にある時計店で、以前から欲しかった限定品の腕時計X(販売価格10万円)が、1個だけ販売されているのを見付けた。甲は、手持ちの金がなかったため、勤務先会社の同僚A(28歳、男性、身長170センチメートル、体重65キログラム)から金を借りて腕時計Xを購入しようと考えた。甲は、同日午後1時5分、同時計店内でAに電話をかけ、「腕時計Xを買いたいので10万円貸してほしい。」と頼んだところ、Aからは金がないと言われて断られた。しかし、甲は、どうしても腕時計Xが欲しかったため、引き続きAに対して、「クレジットカードを貸してくれないか。そのクレジットカードで腕時計Xを買いたい。使った分の金は9月25日の給料で支払うし、腕時計Xを買うほかには絶対使わない。」と頼んだ。Aは、甲の言うことを信じ、甲に対して、B信販会社が発行したA名義のクレジットカード(以下「本件クレジットカード」という。)を腕時計Xを購入するためだけに利用することを条件として貸すことにした。なお、本件クレジットカードは、B信販会社が所有するものであり、B信販会社の規約には、会員である名義人のみが利用でき、他人への譲渡、貸与等が禁じられていることや、加盟店は、利用者が会員本人であることを善良な管理者の注意義務をもって確認することが定められている。
3⃣ 同日午後2時、甲は、Aと会って本件クレジットカードを受け取り、同日午後3時、前記時計店に戻った。甲は、同時計店に戻った後に新たに見付けた腕時計Y(販売価格50万円)を、交際相手へプレゼントするために購入したいと考えた。甲は、本件クレジットカードを腕時計Xを購入するためだけに利用するというAとの約束に反すること、今後、Aに合計60万円を支払うことができる確実な見込みがないことをそれぞれ認識しつつ、同日午後3時15分、応対した同時計店店主Cに対し、腕時計Xと腕時計Yの購入を申し込んだ。その際、甲は、Cに対し、A本人であると装って本件クレジットカードを手渡した上、Cの求めに応じ、B信販会社の規約に従い利用代金を支払う旨の記載がある売上票用紙の「ご署名(自署)」欄にAの名前をボールペンで記入して手渡した。Cは、その署名を確認し、甲がA本人であって、本件クレジットカードの正当な利用権限を有すると信じ、甲に対して、腕時計Xと腕時計Yを合計60万円で売却した。甲は、購入した腕時計Xと腕時計Yを持って同時計店を出た後、同日午後5時、交際相手と会って、同人に腕時計Yをプレゼントした。
4⃣ 甲は、同日午後6時、Aと会って本件クレジットカードを返却した。その際、甲は、Aに対して、本件クレジットカードを利用し、腕時計X以外にも、交際相手へプレゼントするために腕時計Yを購入したこと、それらの購入金額の合計が60万円であったことを話した上で、「60万円は絶対支払う。」と言った。Aは、甲が約束を破り、本件クレジットカードを利用して腕時計Yを購入したことから甲に対する怒りを覚えたものの、「使ってしまったものは仕方がない。金の支払を受けられれば良い。」と思い、甲から60万円が支払われるのを待つことにした。
5⃣ その後、甲は、Aに支払う60万円を用意するため、複数の知人に借金を申し込んだが、誰からも金を借りられず、60万円を用意できないまま9月25日の給料日を迎えた。甲は、同日、Aに対して、「来月まで支払を待ってほしい。」と頼んだ。Aは、甲の頼みを聞いて、10月25日の給料日まで甲の支払を待つことにした。その後も、甲は、Aに支払う60万円を用意するため、複数の知人に借金を申し込んだが、誰からも金を借りられず、60万円を用意できないまま10月25日の給料日を迎えた。Aは、同日以降、何度も、甲に対して60万円を支払うように求めたが、甲は、適当な理由をつけてAに金を支払わなかった。そのためAは、甲に対する怒りを募らせた。
11月10日、A名義の銀行口座から、腕時計Xと腕時計Yの代金60万円を含む本件クレジットカードの9月分の利用代金が引き落とされた。高額の支出のため生活費に困ったAは、甲に対する怒りを更に募らせ、甲に対して60万円を支払うように強く求めた。甲は、Aの甲に対する怒りがかなり強くなっていることを知り、同月15日、複数の金融業者から借りて現金60万円を用意し、これをAに支払った。しかし、Aの甲に対する怒りは収まらず、Aは、顔を合わせるたびに甲に対して、「さんざん迷惑掛けやがって。これで済んだと思うなよ。」などと嫌みを言っていた。
6⃣ 甲は、11月20日午後8時、知人乙(25歳、男性、身長175センチメートル、体重75キログラム)と飲食店で飲食していたところ、偶然、Aが同店にやって来た。Aは、甲を見付けると、甲に対して、「のんきに飯なんか食いやがって。金もないくせに。」などと嫌みを言い始めた。甲は、Aの言動に嫌気がさし、同店から徒歩で15分の所にある、甲が一人で暮らす甲宅で乙と飲食し直すことにし、同日午後8時5分、Aに気付かれないようにして、乙と同店を出た。
7⃣ Aは、同日午後8時10分、甲が同店から出たことに気付いて怒り、同店から出て甲を追い掛け、同日午後8時15分、人気のない暗い路上で、乙と歩いている甲に追い付いた。Aは、甲に対して、「こそこそ逃げやがって、この野郎。」と言いながら、甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳骨を甲の顔面に向けて突き出した。これに気付いた甲は、Aの右手の拳骨をかわしながら、このままではAから殴られると考え、これを防ぐため、乙に対して、「一緒にAを止めよう。」と言った。乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、「分かった。」と答えた。そこで、甲と乙が正面からAに体当たりしたところ、Aは路上に尻餅を付いた。しかし、Aは、すぐに立ち上がり、「この野郎。」と言いながら、再び右手の拳骨で甲の顔面に殴りかかろうとした。甲と乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、再び正面からAに体当たりしたところ、Aが路上に仰向けに倒れた。倒れたAは、「なにするんだ。この野郎。」と大声で言いながら、立ち上がろうとした。その様子を見た甲は、しばらくAを押さえ付けておけばAが落ち着き、Aから殴られることもなくなるだろうと考え、乙に対して、「一緒にAを押さえよう。」と言った。乙は、甲がAから殴られるのを防ごうと考え、甲に対して、「分かった。俺は上半身を押さえるから、下半身を押さえてくれ。」と答えた。
甲は、仰向けに倒れているAの両膝辺りにAの足先の方向を向いてまたがり、Aの両足首を、真上から両手で力を込めて押さえ付けた。乙は、仰向けに倒れているAの腰辺りにAの頭の方向を向いてまたがり、Aの両上腕部を、真上から両手で力を込めて押さえ付けた。しかし、Aは、身体をよじらせながら、「離せ。甲、お前をぶん殴ってやる。絶対に許さない。覚悟しろ。」と甲を大声で罵り、更に力を込めて体をよじらせた。乙は、Aのその様子を見て、甲がAから殴られるのを防ぐためには、Aを痛めつけて大人しくさせるしかないと考えた。そこで、乙は、Aの腰辺りにまたがってAの右上腕部を真上から左手で力を込めて押さえ付けたまま、Aの左上腕部に右膝を力を込めて押し当てた上、傍らに落ちていた石(直径10センチメートルの丸形、重さ800グラム)を右手で拾い、右手に持ったその石で、Aの顔面を力を込めて1発殴った。するとAは失神し、全く動かなくなった。なお、甲は、乙が石を拾ったことや乙が右手に持った石でAの顔面を殴り付けたことを全く認識していなかった。また、乙は、Aの顔面を右手に持った石で殴り付けた際、Aを殺そうともAが死ぬかもしれないとも考えていなかった。
8⃣ 甲と乙は、Aが全く動かなくなったためAから離れた。甲は、乙から、右手に持った石でAの顔面を殴ったことを聞いた。甲と乙は、鼻から血を流して全く動かないAの様子を見てAが死んでしまったと思った。甲は、乙に対して、「Aは結婚して妻も子供もいるのにどうしよう。」と言った。乙は、近くに人がいないことを確認した上、甲に対して、「Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言った。甲は、乙に対して、「そうしよう。」と答えたものの、「財布は捨ててもいいが、もったいないから中の現金はもらい、借金の返済に使おう。」と考えていた。しかし、甲は、乙にその考えを話さなかった。甲と乙は、財布を探した。甲は、Aのズボンのポケット内に財布1個があるのを見付けたので、乙に財布を見付けたことを話した上、同ポケットから同財布を取って中を確認したところ、同財布には1万円札4枚の合計4万円が入っていた。甲は、同財布に現金4万円が入っていたことを乙に話した上、現金入りの同財布を、甲の上着ポケットにしまった。乙は、甲が現金入りのまま同財布を捨ててくれると思っていた。
甲と乙は、そのまま甲宅へ向かい、同日午後8時30分、甲宅に到着した。乙は、同日午後9時、帰宅するために甲宅を出た。甲は、同日午後9時5分、甲宅において、上着ポケットにしまったままの現金入りの同財布を取り出して現金4万円を抜き取り自分のものとし、同財布は甲宅の押し入れ内に隠した。
9⃣ Aは、同日午後10時頃、失神したまま路上に倒れていたところを通行人に発見され、通報により到着した救急隊員により病院に搬送された。Aは、乙に石で顔面を殴られたことから、全治約1か月間を要する鼻骨骨折の傷害を負った。
回答
第1 甲の罪責
1 甲が勝手にA名義のクレジットカードを使って腕時計Yを購入した行為につき、横領罪(刑法252条)若しくは、背任罪(刑法247条)が成立しないか。
⑴ 横領罪と背任罪は、信任違反を本質とする点で共通しており、構成要件上は処罰範囲が重なり得る面があることから、両罪の区別が問題となる。
横領罪は、①客体が物・不動産といった有体物であること、②委託の任務に背いた権限逸脱行であること、③犯人が他人の物を占有する者であることに特徴がある。
これに対し、背任罪は、①客体が利益であること、②加害目的を含む背任行為であること、③犯人が他人のためその事務を処理する者である必要があることが、横領罪とは異なる。
法定刑にも違いがあり、横領罪が5年以下の拘禁刑であるのに対し、背任罪が5年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金であり、罰金の選択刑がない横領罪の方が刑罰が重く、背任罪の方が軽い。
そして、横領罪と背任罪が重なる場合には、刑罰が重い横領罪のみが成立すると解する。
⑵ 本件件についてみるに、①につき、上記行為の客体は、時計Yの購入代金50万円が引き落とされるAの預金口座内の金銭であり、有体物ではなく利益であることから、横領罪に該当性はなく、背任罪に該当性がある。
②につき、上記行為はAの預金口座に50万円の財産的損害を与えるものであるから、横領罪における委託の任務に背いた権限逸脱行でもあり、背任罪における加害目的を含む背任行為でもあることから、両罪に重なり合いが認められる。
③につき、横領罪における犯人が他人の物を占有する者であることの要件は、甲がA名義のクレジットカードを所持しているのみでは、Aの預金口座の内の金銭を占有しているといえないので、横領罪に該当性はない。
しかし、同クレジットカードを所持していることは、背任罪における犯人が他人のためその事務を処理する者の要件には該当するので、背任罪には該当性がある。
⑶ 以上より、上記行為は、横領罪の構成要件は満たさず、背任罪の構成要件のみを満たすことから、甲にAに対する背任罪が成立する。
2 A名義のクレジットカードで腕時計XYを購入した行為につき、Cに対する詐欺罪(刑法246条1項)が成立しないか。
⑴ 詐欺罪が成立するには、①欺罔行為、②被害者の錯誤、③被害者の錯誤に基づく財産的処分行為、 ④財物又は財産上の不法の利益の取得、⑤財産上の損害の発生という因果的連鎖が必要となる。
欺罔行為とは、行為者の希望する財産的処分行為に向けて相手方を錯誤に陥らせる行為をいう。
欺罔行為は、交付の判断の基礎となる重要な事項について欺かなければならない。
本件では、他人名義のクレジットカードを用いることは規約上禁止されており、加盟店は利用者が会員本人であることを確認する善管注意義務があることから、仮に不正利用者と取引した場合は同義務違反に問わるおそれがある。
そのため、クレジットカードが本人名義であることは、交付の判断の基礎となる重要な事項である。
甲は本件クレジットカードの名義を偽り、あたかも自己がA本人であるかのように装って使用したのであり、交付の判断の基礎となる重要な事項を偽ったものといえる。
その上で、クレジットカードは、あくまで本人利用以外予定されていないことから、甲がA名義のクレジットカードを所持し、Cに手渡すことは、A本人であることを挙動によって示すものであり、欺罔行為に当たる。
Cは、上記欺罔行為により、甲がA本人であると錯誤に陥り、腕時計XYを交付しており、錯誤に基づく財産的処分行為を行っている。
甲は、腕時計XYを取得しており、財物又は財産上の不法の利益の取得している。
Cは、不正利用者と取引したことにより、クレジットカードの名義人の確認を怠ったとして同義務違反に問われ、B信販会社から立替払を拒否されるおそれがあり、財産上の損害が発生している。
⑶ よって、上記①~⑤の因果的連鎖が認められ、甲にCに対する詐欺罪が成立する。
3 売上票用紙にAの署名をし、Cに交付した行為につき、有印私文書偽造(刑法159条1項)・同行使罪(刑法161条1項)が成立しないか。
⑴ 有印私文書偽造罪の成立要件は、行使の目的をもって、他人の印章若しくは署名を使用して、他人の権利、義務若しくは事実証明に関する文書若しくは図画を偽造することである。
⑵ 有印私文書の「有印」とは、印章若しくは署名をいう。
甲は、売上票用紙に署名していることから、本件売上票用紙は有印私文書である。
⑶ 「行使の目的」とは、偽造・変造文書を真正な文書と誤信させ、偽造・変造文書を内容が真実である文書と誤信させようとする目的をいう。
甲は、クレジットカードの利用者が本人であるかを確認するために用いられる売上票用紙にA名義で署名しており、Cに内容虚偽の売上票用紙を真正な文書と誤信させようとする目的が認められる。
⑷ 売上票用紙は、クレジットカードの利用者が本人であるかを確認するためにために用いられることから、事実証明に関する文書である。
⑸ 「偽造」とは、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性を偽ることをいう。
「文書の名義人」は、文書の意識内容の主体となる者をいう。
意識内容の主体となるかは、文書の記載内容から理解される。
「文書の作成者」は、文書の内容を表示した者をいう。
売上票用紙は、クレジットカードの利用者の自署が予定されている文書であり、本件クレジットカードはA名義であることから、売上票用紙の記載内容から理解され、文書の意識内容の主体となる「文書の名義人」はAである。
しかしながら、売上票用紙の作成者は甲である。
したがって、売上票用紙の名義人はAだが、文書の作成者は甲につき、文書の名義人と作成者との間の人格の同一性が偽られており、偽造に当たる。
⑹ ここで、文書の名義人の承諾を得て他人名義の文書を作成する場合において、有印私文書偽造罪が成立するか否かという問題がある。
私文書につき、名義人の有効な承諾を得て他人名義の文書を作成する場合、有印私文書偽造罪の構成要件該当性が阻却され、有印私文書偽造罪は成立しないというのが原則である。
これは、名義人の有効な承諾の下に作成した私文書は、名義人の名義を冒用したものではなく、真正文書にほかならないためである。
しかしながら、例外として、名義人の承諾があっても有印私文書偽造罪が成立する場合があると解する。
例えば、名義人の承諾があっても、それが違法行為に当たる場合は、文書に対する社会の信用という保護法益を害するので、違法性は阻却されず、有印私文書偽造罪が成立すると解する。
Aは、本件クレジットカードを甲に貸与し、売上票用紙にAの名義で署名することを承諾しているところ、そのようにして本件クレジットカードを使用することは詐欺罪という違法行為に当たることから、有印私文書偽造罪の違法性は阻却されない。
⑺ 偽造文書の「行使」とは、偽造に係る文書を真正な文書として使用することをいう。
ここでいう「使用」とは、文書を真正に成立したものとして他人に交付・提示等して、その閲覧に供し、その内容を認識させ又はこれを認識し得る状態に置くことをいう。
甲は、偽造した売上票用紙を、A本人であるかのように装い、真正に作成したものとしてCに交付し、その内容を認識さていることから、偽造有印私文書を行使したといえる。
⑻ 以上より、甲に有印私文書偽造・同行使罪が成立する。
4 Aが甲に対して殴りかかる行為に対し、甲と乙が共同して2度体当たりし、Aを押さえ付けた暴行行為と乙がAの顔面を石で殴って傷害を負わせた行為につき、乙との暴行罪(刑法208条)又は傷害罪(刑法204条)の共同正犯(刑法60条)が成立しないか。
⑴ 共同正犯において一部実行全部責任の原則が認められる根拠は、正犯意思の下、共犯者との相互利用補充関係に基づき結果に対し因果的寄与を果たし、もって自己の犯罪を実現したことにあることに鑑み、共同正犯が認められるためには、①共謀(犯行の共同実行の意思の連絡)、②共同実行の事実(犯行の実行行為の分担)が必要となる。
①共謀があった時点はいつか。
「共謀」とは、正犯意思をもって、相互的意思連絡を形成することをいう。
甲は、乙に対して、「一緒にAを止めよう。」と言い、乙はこれに対して了承していることから、この時点で、相互的意思連絡が形成されているといえ、Aに対する防衛行為について共謀が成立したと認められる。
甲は、Aから殴られることを防ぐために乙に共謀を持ち掛けていることから、正犯意思も認められる。
②の共同実行の事実が認められるか。
まず、甲と乙が共同して2度体当たりし、Aを押さえ付けた暴行行為につき、共謀の範囲内の行為であることは明らかである。
よって、上記暴行行為につき、共謀に基づく実行行為が認められる。
次に、乙がAの顔面を石で殴って傷害を負わせた傷害行為につき、共謀の範囲内の行為であるといえるかが問題になる。
上記傷害行為は、乙が甲がAから殴られることを防ぐという共謀の目的を達するための範囲内の行為といえるとも思える。
しかしながら、上記傷害行為時、甲は乙のいる方向と反対方向を向いてAの足を押さえ付けていたのであり、甲は乙の挙動を見ていない。
そのため、甲は、乙が上記傷害行為に出ることに気付いてもいないし、予期もしていなかったと認められる。
よって、甲は、上記傷害行為については、共同実行する正犯意思がなく、乙との相互利用補充関係に基づく結果に対する因果的寄与も認めらないことから、共同実行の事実は認められないと解する。
したがって、上記傷害行為については、共謀に基づく実行行為は認められない。
⑵ 以上より、ひとまず、乙との暴行罪の共同正犯の成立が認められる。
しかし、乙との傷害罪の共同正犯の成立は認められない。
⑶ もっとも、乙との暴行罪の共同正犯につき、甲と乙は、Aからの攻撃に対抗するために上記暴行行為をしていることから、正当防衛(刑法36条1項)が成立し、暴行罪の違法性か阻却されないか。
正当防衛とは、急迫不正の侵害に対して、自分または他人を守るために、やむを得ずにした反撃行為をいう。
正当防衛は、急迫不正の侵害という緊急状況の下で公的機関による法的保護を求めることが期待できないときに、侵害を排除するための私人による対抗行為を例外的に許容したものである。
正当防衛には、「防衛の意思」が必要である。
甲と乙は、Aからの攻撃に対抗するために上記暴行行為を行っていることから、防衛の意思が認められる。
「急迫不正の侵害」とは、違法な法益侵害が現に存在するか、目の前に差し迫っていることをいう。
Aは甲の顔面を殴ろうとして、右手の拳を甲の顔面に突き出しており、違法な法益侵害が現に存在するといえる。
よって、「急迫不正の侵害」の要件を満たす。
「やむを得ずにした反撃行為」といえるためには、具体的事情の下において、防衛行為が、必要かつ相当なものであったこと、すなわち「防衛行為の相当性」があったことを要する。
「防衛行為の相当性」を判断するには、法益の権衡(侵害行為と反撃行為が同程度のパワーバランスにある)、防衛行為の態様の2つの要素から考える必要がある。
甲と乙の防衛態様は、Aに体当たりし、2人がかりで押さえ付けたというものであり、凶器を使用するものではなく、傷害を負わせるものでもないことから、Aが甲の顔面を殴ろうとして右手の拳を甲の顔面に突き出した行為に比し、相当性を欠くパワーバランスではなく、法益の権衡は保たれているといえる。
よって、正当防衛が成立し、暴行罪の違法性か阻却される。
⑷ 以上より、正当防衛の成立が認められるので、乙との暴行罪の共同正犯も成立しない。
5 乙と共同してAの財布を見付け出し、これを甲がポケットにしまった行為につき、乙との窃盗罪(刑法235条)の共同正犯が成立しないか。
⑴ 「窃取」とは、目的物の占有者の意思に反して、その占有を侵害し、その物を自己または第三者の占有に移すことをいう。
「占有」とは、人が財物を事実上支配し、管理する状態をいう。
Aは気絶していたものの、財布をズボンのポケットに入れていたことから、財布に対する占有が認められ、これを奪って甲の上着のポケットに入れる行為は、Aの占有を侵害して自己の占有に移したと評価でき「窃取」したといえる。
⑵ 不法領得の意思が認められるか。
不法領得の意思とは、権利者を排除し、他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従い、これを利用し又は処分する意思をいう。
権利者排除意思は、窃盗既遂後の事情を考慮し、窃盗罪と違法性の乏しい一時使用窃盗を区別し、一時使用窃盗を不可罰にするために必要となる。
「その経済的用法に従い」とは、領得した財物自体から生み出される利用価値・交換価値を窃盗犯人が享受する使い方をいう。
利用処分意思は、「捨てる」という意味でなく「盗んだ物を売却する」「他人に譲り渡す」「自己使用する」などの処分行為を意味し、財物領得罪と器物損壊罪を区別するために必要となる。
甲は、窃取した財布の中身を確認し、中に入っている現金4万円を自分のものにする意思をもって財布を自己のズボンのポケットに入れている。
甲に、権利者排除意思があることは明らかである。
甲は財布に入っている現金4万円を借金返済に使う目的だったのであり、現金入りの財布自体から生み出される利用価値を直接享受する意思が認められる。
現金入りの財布の利用法は自己使用目的であり、利用処分意思が認められる。
もっとも、甲は「財布は捨ててもいい」と考えていたが、現金入りの財布を一体のものとして領得し、財布は甲宅の押入れ内に隠していることから、財布単体についても利用処分意思が認めらえる。
よって、不法領得の意思が認められる。
⑶ 甲はAが死亡したと誤信していたため、窃盗の故意が認められないのではないか。
故意とは、犯罪事実の認識・容認をいう。
そこで、甲の内心を基準として、甲の行為が窃盗の犯罪事実といえるか。
占有は、現実的な観念なので、占有の主体は、物の事実上の支配をなし、自らの意思を持って行動できる自然人に限られ、自然人は、死亡と同時に占有の主体ではなくなる。
死者は、自分の意思を持つことも、行動することもできず、財物を事実上支配することは不可能であることから、基本的には占有の主体にはなりえない。
したがって、自然人は、死亡と同時に基本的には占有の主体ではなくなることから、死者が生前占有していた物は、占有離脱物となる。
しかしながら、例外なくこのように解してしまうと、窃盗犯人が死者が生前占有していた物を窃取した場合、犯人を窃盗罪(法定刑10年以下の拘禁刑又は50万円以下の罰金)で処罰することができず、窃盗罪より法定刑の軽い占有離脱物横領罪(刑法254条、法定刑1年以下の拘禁刑又は10万円以下の罰金若しくは科料)でしか処罰できないことになり、不合理な結果となる。
たとえば、人を死亡させた後に、財物を領得する意思が生じ、致死行為によって生じた占有侵害の結果を利用する意思で財物を取得した場合について、被害者が生前有していた財物の所持は、その死亡直後においても、なお継続して保護するのが法の目的にかなうのだから、占有離脱物横領罪とするのではなく、より刑罰が重い窃盗罪で処罰できるとした方が、社会正義に合致する。
そこで、人を死亡させた後に領得の意思が生じ、財物を取得する場合でも、①致死行為が、結果として、被害者が持つ財物の占有侵害をなしている場合、②その占有侵害の結果を利用する意思に基づいて財物取得行為を行っている場合、③致死行為による占有侵害行為と財物取得行為を一体のものと見なし、社会観念上1個の行為と捉える余地がある場合は、窃盗罪が成立すると解する。
本件についてみるに、甲は、乙の攻撃によりAが死亡したと誤信するような気絶をさせた後、その状況を利用し、財布の領得行為に及んでいる。
この行為は、Aに対する攻撃自体がAが持つ財布の占有侵害であり(①の要件)、その占有侵害の結果を利用する意思に基づいて財物奪取行為を行っており(②の要件)、上記攻撃による占有侵害行為と財物取得行為は、時間的・場所的に接近しており、一体のものとして社会観念上1個の行為と捉える余地がある(③の要件)。
よって、窃取といえる。
窃取といえる状況がある以上、甲は窃盗の犯罪事実の認識・容認があるといえ、窃盗罪の故意が認められる。
⑷ よって、甲に窃盗罪が成立する。
また、後述のとおり、乙との間で共同正犯となる。
6 以上より、甲には、①Aに対する背任罪、②Cに対する詐欺罪、③有印私文書偽造罪、④偽造有印私文書行使罪、⑤Aに対する窃盗罪の乙との共同正犯が成立する。
③と④は手段と結果の関係にあるので牽連犯(刑法54条1項後段)となる。
②と③④は手段と結果の関係にあるので牽連犯(刑法54条1項後段)となる。
①と②③④は社会通念上1個の行為から生じているから観念的競合(刑法54条1項前段)となる。
第2 乙の罪責
1 Aが甲に対して殴りかかる行為に対し、甲と乙が共同して2度体当たりし、Aを押さえ付けた暴行行為と乙がAの顔面を石で殴って傷害を負わせた傷害行為につき、傷害罪(刑法204条)が成立しないか。
⑴ 上記第1・4のとおり、甲には暴行罪も傷害罪も成立しないので、乙との共同正犯は成立しない。
⑵ 甲は、Aからの攻撃に対抗するために上記傷害行為をしていることから、正当防衛(刑法36条1項)が成立し、傷害罪の違法性か阻却されないか。
正当防衛が成立するためには、「防衛の意思」「急迫不正の侵害」「やむを得ずにした反撃行為」であることが必要である。
上記1・4のとおり、正当防衛の成立要件である「防衛の意思」「急迫不正の侵害」の存在は認められる。
しかしながら「やむを得ずにした反撃行為」とはいえなのではないか。
「やむを得ずにした反撃行為」といえるためには、具体的事情の下において、防衛行為が、必要かつ相当なものであったこと、すなわち「防衛行為の相当性」があったことを要する。
「防衛行為の相当性」を判断するには、法益の権衡(侵害行為と反撃行為が同程度のパワーバランスにある)、防衛行為の態様の2つの要素から考える必要がある。
甲と乙は、自分たちよりも体格が劣るAを2人がかりで押さえ付けている。
それにも関わらず、Aの身体の枢要部である顔面を石という凶器を使って殴る乙の防衛行為の態様は、Aが甲の顔面を殴ろうとして右手の拳を甲の顔面に突き出した行為に比し、過剰な行為であり、法益の権衡を欠く。
よって、「やむを得ずにした反撃行為」の要件は満たさない。
ゆえに、正当防衛は成立しない。
したがって、上記傷害行為の違法性は阻却されず、傷害罪が成立する。
⑶ もっとも、過剰防衛(刑法36条2項)が成立しないか。
過剰防衛とは、正当防衛の程度を超えた防衛行為をいう。
Aの顔面を石で殴る行為は、正当防衛の程度を超えた防衛行為といえるので過剰防衛が成立する。
⑷ もっとも、Aが甲に対して殴りかかる行為に対し、甲と乙が共同して2度体当たりし、Aを押さえ付けた暴行行為の刑責はどうなるか。
過剰防衛は、行為の過剰部分だけでなく、行為全体が違法になる。
すなわち、反撃として暴行を加えた場合において、当初の暴行は正当防衛が認められるとしても、その後に続く暴行が防衛の程度を超えている場合、全体として1個の過剰防衛になる。
よって、上記暴行行為も上記傷害行為と併せて全部が傷害罪の過剰防衛として評価される。
⑷ 以上より、傷害罪の単独犯が成立する。
ただし、過剰防衛となる。
2 甲と共同してAの財布を見付け出し、これを甲がポケットにしまった行為につき、器物損壊罪(刑法261条)の共同正犯が成立しないか。
⑴ 共同正犯において一部実行全部責任の原則が認められる根拠は、正犯意思の下、共犯者との相互利用補充関係に基づき結果に対し因果的寄与を果たし、もって自己の犯罪を実現したことにあることに鑑み、共同正犯が認められるためには、①共謀(犯行の共同実行の意思の連絡)、②共同実行の事実(犯行の実行行為の分担)が必要となる。
まず、乙に共謀が成立するか。
「共謀」とは、正犯意思をもって、相互的意思連絡を形成することをいう。
乙は、甲に対して「Aが強盗に襲われて死んだようにみせ掛けよう。Aの財布を探して捨ててしまおう。」と言い、自ら甲に犯行を持ち掛けており、積極性が認められ、正犯意思が認められる。
甲は乙の提案に対して「そうしよう。」と言って了承しており、乙と甲の間に相互的意思連絡も形成されている。
よって、乙に共謀が認められる。
⑵ では、乙に共謀成立の前提としていかなる故意が認められるか。
乙の内心は、Aが強盗に襲われて死んだようにみせ掛けるためにAの財布を探して捨てるというものであるから、器物損壊罪の故意が問題となる。
器物損壊罪における「損壊」とは、物質的に器物の形体を変更又は滅尽させることのほか、事実上又は感情上その物を再び本来の目的の用に供することができない状態にさせる場合を含め、広く物の本来の効用を喪失するに至らしめることをいう。
すなわち、財物の効用を害する一切の行為をいい、財物の隠匿もこれに含まれる。
乙の認識は、財布を捨てて発見を困難にするという財布の効用を害する隠匿に当たり、器物損壊罪における「損壊」に該当する。
よって、甲には器物損壊を行う認識があるといえる。
以上より、器物損壊の故意が認められる。
⑶ では、共同実行したといえるか。
共同実行したといえるためには、①結果に対する重大な寄与及び②共謀に基づいた共犯者による実行行為が必要となる。
乙は、Aが強盗に襲われて死んだように見せ掛けるために、甲に犯罪を持ち掛け犯行を決意させ、甲に財布を窃取させていることから、結果に対する重大な寄与が認められる。
しかしながら、甲は窃盗罪を行っていることから、共謀に基づく行為といえるかが問題となる。
これは因果性が及んでいるか否かの問題であり、具体的には、犯行態様等の事情を総合考慮して判断する。
甲の行為は窃盗罪であるが、Aから財布を見付け出して取り上げるという共謀に基づく行為を行っている。
よって、甲の行為は甲乙の共謀に基づいた実行行為といえる。
よって、共同実行したといえる。
⑷ 以上より、乙は器物損壊罪の故意で窃盗罪を実現させたことになる。
⑸ では、乙に器物損壊罪と窃盗罪のどちらの共同正犯が成立するか。
故意責任の本質は、反対動機形成可能性にあり、構成要件の範囲内の認識にずれがあっても反対動機形成は可能である。
したがって、器物損壊罪と窃盗罪の両構成要件に重なり合いが認められれば、軽い罪限度で故意責任を問うことも可能である。
構成要件の重要部分は行為と結果であるから、行為態様及び保護法益の共通性により重なり合いを判断する。
検討すると、相手方が所持する物を取り上げるという点で行為態様は共通する。
また、財物の所有権を保護する点で保護法益も共通している。
よって、器物損壊罪と窃盗罪との間に重なり合いが認められる。
そして、器物損壊罪の法定刑は「3年以下の拘禁刑又は30万円以下の罰金若しくは科料」であり、窃盗罪の法定刑は「10年以下の拘禁刑又は罰金50万円」であることから、罪の軽重は、器物損壊罪の方が軽い。
よって、器物損壊罪と窃盗罪とでは、刑罰の軽い器物損壊罪の限度で重なり合いが認められる。
したがって、乙には器物損壊罪の共同正犯が成立する。
なお、この場合、実際に行っていない器物損壊罪を成立させることになるが、刑法38条2項がその成立を認めているので罪刑法定主義に反しない。
また、共同正犯は行為の共同に本質があるから、共犯者間で異なる共同正犯も成立する。
3 以上より、乙には、①Aに対する傷害罪の単独犯、②Aに対する器物損壊罪の甲との共同正犯が成立し、両罪は併合罪となる。
傷害罪は、過剰防衛につき、任意的に刑が減軽又は免除される場合がある。