刑法(横領罪)

横領罪(16) ~「寄託された金銭について、寄託の趣旨と異なる用途に費消した場合は、横領罪が成立する」「使途が特定された金銭を費消したとしても、確実に補填できるような場合には、横領罪は成立しない」を判例で解説~

寄託された金銭について、寄託の趣旨と異なる用途に費消した場合は、横領罪が成立する

 金銭に関し、民法理論上は、封金されるなどして特定物として預けられた場合などを除いて、原則として、占有している者に所有権が帰属すると解されています(民事判例 最高裁判決昭和39年1月24日)。

 横領罪における金銭の所有関係については、消費寄託として費消を許す趣旨で寄託されたような場合には、金銭の所有権が受寄者に移転することに問題はありません。

 そのため、消費寄託として費消を許す趣旨で寄託された金銭を領得しても、受寄者に金銭の所有があるのだから、横領罪は成立しないという考え方になります。

 しかし、使途が定められて金銭が委託された場合は、横領罪の問題に関しては、寄託者に所有権があると解され、そのような金銭を領得すれば、横領罪が成立します。

 金銭の寄託・委託について、寄託・委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪が成立するとした判例として、次のものがあります。

大審院判決(大正5年7月7日)

 余剰金を適法に支出できない村のための用途に充てることとして、村による不動産の買受代金を水増しして村会で議決し、これに基づき村長が銀行に預け入れて保管していた村有基本金から、実際の買収代金等のために引き出した残額について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

大審院判決(大正15年12月13日)、大審院判決(昭和12年2月6日)

 問屋営業として、他人のために株式の売買を業とする者が、株式現物を買い付けるための手付金や申込証拠金として受領した金員について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

最高裁決定(昭和33年6月5日)

 証券会社の代表が、株式の買付方の注文を受けて、その代金として預かった金員について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、業務上横領罪となるとしました。

大審院判決(昭和7年2月24日)

 弁護士が、訴訟の依頼者から託された保証金予納金及び依頼者のため相手方から受け取った金銭等について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

大審院判決(昭和9年4月23日)

 共同事業として、不動産を購入するために保管していた金銭について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

最高裁判決(昭和26年5月25日)

 製茶買受資金として寄託された金銭について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

 裁判官は、

  • 原判決は、金銭は製茶員受資金として被告人に寄託されたものであることを認定している
  • すなわち、右金銭については、その使途が限定されていた訳である
  • そして、かように使途を限定されて寄託された金銭は、売買代金の如く単純な商取引の履行として授受されたものとは、自ずからその性質を異にするのであって、特別の事情がない限り、受託者は、その金銭について刑法252条にいわゆる「他人の物」を占有する者と解すべきである
  • 従って、受託者が、その金銭について、ほしいままに委託の本旨に違った処分をしたときは、横領罪を構成するものと言わなければならない

と判示しました。

最高裁決定(昭和33年1月14日)

 県の土木出張所の正当な業務運営に使用するため、違法な方法により県直営土木工事予算を現金化して機密費等として、庶務課長によって県出納員の資格において保管されていた現金について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、業務上横領罪となるとしました。

 裁判官は、

  • その現金は、元来、県土木出張所の正当な業務運営のために使用すべく捻出されたものであって、同所の所長、出納員、その他の職員又は関係者の私有物とし、被告人らの意のままに、自由に支配費消しうる意図をもって捻出されたものではないことは明らかであるから、右現金の所有権は、依然として県に属し、県所有の公金が単に所在を変えたに過ぎないものと認むべきである
  • 被告人の保管にかかる原判示現金が、判示のような違法な方法により県直営土木工事予算を現金化したものであっても、その一事により、直ちに被告人の受託にかかる右金員が、不法の原因により給付を受けたものということを得ないのみならず、仮りに不法の原因による給付であるため、寄託者が寄託物の返還請求権を有しない場合においても、受託者がこれを不法領得の意思をもってほしいままに処分すれば、横領罪の成立することは当裁判所判例の認めるところである
  • 仮に、被告人において、判示横領金員を、後日に補填する意思と資力があったとしても、横領罪の成立を妨げないと解すべきである

と判示しました。

名古屋高裁判決(昭和36年4月10日)

 動産仮差押申請の供託保証金に用いるため寄託された小切手を、自己の預金口座に預け入れた後に引き出して保管していた現金について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、横領罪となるとしました。

大阪高裁判決(昭和41年2月19日)

 特定郵便局長が、管内の郵便切手類及び印紙の売さばき人に支払うべき売さばき手数料に充てるために支給を受けて保管している渡切経費について、委託の趣旨と異なる用途に費消するなどした場合は、業務上横領罪となるとしました。

 裁判官は、

  • 本件の切手類売さばき手数料として、特定郵便局長に交付される渡切経費は、公金の性格を有し、従って正規の売さばき人に対する手数料の支払でなく、ただ形式上売りさばき人に対する手数料の支払の形式をとり、実質は郵政省の容認しない特定局長ら個人の収入として自己のため勝手にその保管する渡切経費を着服すれば、業務上横領罪が成立するものといわねばならない

と判示しました。

使途が特定された金銭を費消したとしても、確実に補填できるような場合には、横領罪は成立しない

 学説上では、使途が特定された金銭を費消したとしても、確実に補填できるような場合には横領罪が成立しないと解するのが一般の考え方となっています。

 その理由として、

  • 対象が特定の紙幣等ではなく、一定の金額といった不特定物の金額所有権を認めるものであるということから、委託された金銭と同額以上の現金等を所持している場合には、委託金額を費消したとはいえない(横領行為がない)
  • 不法領得の意思が否定される
  • 領得行為とはいえない
  • 受託者に対する委託者の推定的承諾がある
  • 可罰的違法性を欠く
  • 財産的損害や不法領得の意思を欠く

などの理由が挙げられます。

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