刑法(横領罪)

横領罪(58) ~「横領罪における不可罰的事後行為」「検察官は、事前行為を立件せず、事後行為のみを立件して処罰することができる」「不可罰的事後行為とならないケース」を判例で解説~

横領罪における不可罰的事後行為

 不可罰的事後行為とは、簡単に説明すると、「犯罪を行った後に行った更なる犯罪を処罰しない」というルールです(詳しくは前の記事参照)。

 横領罪(刑法252条)においても、不可罰的事後行為の考え方が適用される場面が多々あります。

 いったん委託物に対して横領が行われたならば、その横領罪完了後に、同一の物に対して、更に売却などの処分行為が行われたとしても、その売却などの処分行為は、不可罰的事後行為となり、横領罪として処罰されません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治43年10月25日)

 土地の仮装登記を受けた者が、これに抵当権を設定したことと、その後にその土地を売却したことが、いずれも横領に当たるとして起訴された事案で、裁判官は、

  • 横領罪が成立した後の処分は別罪を構成するものではない

と判示し、最初の横領行為の後に行った横領行為(売却行為)について横領罪は成立しないとしました。

大審院判決(大正7年4月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 委託物をいったん質入れして横領した場合には、委託者のためにその占有が回復した場合を除き、その委託物を請け出して更に質入れしても、新たに横領罪を構成しない

としました。

最高裁判決(昭和31年6月26日)

 不動産を売却した者が、所有権移転登記が未了の間に、その不動産に、二番抵当権設定登記をし、その後、その抵当権設定登記を抹消した翌日に、同じ相手に代物弁済として、その不動産の所有権移転登記をした事案で、裁判官は、

  • 二番抵当権設定の段階で横領罪が成立し、所有権移転登記の時には横領罪は成立しない

と判示しました。

東京地裁判決(昭和42年8月24日)

 保管する会社の同一不動産に、2回にわたり根抵当権を設定して登記をしたとして起訴された事案で、裁判官は、

  • 最初の担保物件としての提供時に横領罪を構成し、更に担保に供しても、新たに横領罪を構成することはない

としました。

東京高裁判決(昭和63年3月31日)

 いったん売却した土地に根抵当権を設定して登記をし、更にその土地に譲渡担保を設定して所有権移転登記をし(その融資金による債務返済で根抵当権設定登記は抹消)、その後、その土地を売却したところ(その売却代金による債務返済で、譲渡担保による所有権移転登記は抹消)、最後の売却行為が横領として起訴された事案において、裁判官は、

  • 根抵当権設定が横領にあたり、これによる侵害状態が継続しているので、その後の譲渡担保設定や売却行為は事後処分として横領行為に当たらない

としました。

横領後の処分行為は、横領罪のほか、詐欺罪等の別罪も構成しない

 横領後の処分行為が、不可罰的事後行為として、横領罪を構成しないことはもちろんですが、事案の内容によっては、横領罪のほか、詐欺罪などの別罪も構成しません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(明治44年6月15日)

 この判例は、

  • 委託された物件を担保に差し入れて横領した後、同一物件を重ねて担保に供し、他人をだまして金員を借り入れた行為は、最初の横領罪に包含され、詐欺罪に問うことはできない

としました。

東京高裁判決(昭和31年2月25日)

 この判例で、裁判官は、

  • 手形の割引の依頼を受けた者が、割引によって受領した金員を委任者に渡さず、自己が代表する会社名義で預金することは横領となり、その後に預金を引き出した行為は横領行為の事後処分にすぎず、詐欺には当たらない

としました。

検察官は、事前行為を立件せず、事後行為のみを立件して処罰することができる

 最初に行われた横領罪と、事後に行われた横領罪の2つの横領事実があった場合、検察官は、最初に行われた横領行為を立件して起訴せず、事後に行われた横領行為の方を立件して起訴することもできます。

 検察官にとって、最初に行われた横領罪の立証が困難な場合に、立証が容易な事後に行われた横領罪の方を起訴して、裁判官から有罪判決を得るという選択をとることはあり得ます。

 この点について、以下の判例が参考になります。

最高裁判決(平成15年4月23日)

 宗教法人の責任役員が、代表役員らと共謀し、その宗教法人の土地を売却した事案です。

 被告人の弁護人は、

  • 宗教法人の土地には、売却以前に抵当権が設定されており、これが横領行為に当たるので、土地の売却は不可罰的事後行為に当たるため、横領罪は成立しない

などと主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 委託を受けて他人の不動産を占有する者が、これにほしいままに抵当権を設定してその旨の登記を了した後においても、その不動産は他人の物であり、受託者がこれを占有していることに変わりはなく、受託者が、その後、その不動産につき、ほしいままに売却等による所有権移転行為を行いその旨の登記を了したときは、委託の任務に背いて、その物につき権限がないのに所有者でなければできないような処分をしたものにほかならない
  • したがって、売却等による所有権移転行為について、横領罪の成立自体はこれを肯定することができるというべきであり、先行の抵当権設定行為が存在することは、後行の所有権移転行為について犯罪の成立自体を妨げる事情にはならないと解するのが相当である

とした上で、

  • このように、所有権移転行為について横領罪が成立する以上、先行する抵当権設定行為について横領罪が成立する場合における同罪と後行の所有権移転による横領罪との罪数評価のいかんにかかわらず、検察官は、事案の軽重、立証の難易等諸般の事情を考慮し、先行の抵当権設定行為ではなく、後行の所有権移転行為をとらえて公訴を提起することができるものと解される
  • また、そのような公訴の提起を受けた裁判所は、所有権移転の点だけを審判の対象とすべきであり、犯罪の成否を決するに当たり、売却に先立って横領罪を構成する抵当権設定行為があったかどうかというような訴因外の事情に立ち入って審理判断すべきものではない
  • このような場合に、被告人に対し、訴因外の犯罪事実を主張立証することによって、訴因とされている事実について犯罪の成否を争うことを許容することは、訴因外の犯罪事実をめぐって、被告人が犯罪成立の証明を、検察官が犯罪不成立の証明を志向するなど、当事者双方に不自然な訴訟活動を行わせることにもなりかねず、訴因制度を採る訴訟手続の本旨に沿わないものというべきである

と判示しました。

 この判例は、先行する横領罪があることが、後行の横領罪の成立を妨げるものではないことを明示した点が注目すべき点となっています。

不可罰的事後行為とならないケース

委託信任関係が回復した後の横領行為

 不可罰的事後行為という考え方によらず、横領行為により生じた状態がいったん解消され、委託信任関係が回復したと評価できる状態になれば、その後に行った領得行為を別途横領罪として処罰し得る余地があります。

 この点について、以下の判例があります。

東京地裁判決(昭和42年5月31日)

 この判例は、

  • 保護預かり株券受寄者が数次にわたり同一株券の担保差入れ、受戻しを繰り返している場合、受寄者において、再び占有を取得したときには、寄託者のために、これを保管すべきであり、寄託者の株券所有権に対する侵害の状態が回復され、刑法上受寄者の業務上占有の地位が復活すると解するのが相当である
  • よって、受戻し後に重ねて他に担保を差し入れる行為は、先行の横領罪によって評価される範囲を超えた新たな寄託者の所有権侵害行為であって、別個の業務上横領罪を構成する

としました。

横浜地裁相模原支部判決(平成10年7月10日)

 会社の総務部長が、会社のため、副社長名義の定期預金口座を開設し、会社の資金を預け入れた後、自己の株取引の資金等を捻出するため同預金に質権を設定し、その後、借入金を返済して質権の設定を解除したが、さらに、同様の資金捻出のため、同預金を解約してその解約払戻金を着服した事案で、裁判官は、

  • いったん所有権侵害行為(横領行為)があったとしても、 これを元の状態に回復させた上、従前の所有権侵害行為とは全く無関係に新たな横領行為が行われた場合には、後の行為は、不可罰的事後行為には該当しない

と判示し、後の預金の解約払戻金の着服行為を新たな法益侵害行為であるとし、横領罪の成立を認めました。

別個の領得犯意に基づく横領行為

 窃盗後の被害品の横領行為は、不可罰的事後行為として、両者を共に処罰することができないのが原則です。

 しかし、窃盗後の被害品の横領行為が、別個の領得犯意に基づく場合は、不可罰的事後行為とならず、窃盗罪のほかに、横領罪も成立させる場合があります。

 この点について、以下の判例があります。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和28年8月1日)

 この判例で、裁判官は、

  • 盗んだ物を売却した後、売却相手からこれを借り受けて入質した場合、売却により盗品の処分行為は終了し、その後の入質行為は、各別の領得犯意に基づき各別の領得行為を実現したものであり、別個の領得犯意に基づく横領罪が成立し、窃盗罪との併合罪となる

としました。

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