刑法(横領罪)

横領罪(4) ~「委託信任関係は事実上のものであれば足り、法律上のものである必要はない」「委託信任関係に基づかないものを横領しても、横領罪は成立しない」「委託信任関係があると誤信しても横領罪は成立しない」を判例で解説~

 前回の記事の続きです。

委託信任関係は事実上のものであれば足り、法律上のものである必要はない

 横領罪における委託信任関係は、

事実上のものであれば足り、法律上のものである必要はない

とされます。

 なので、横領罪の成立を認めるに当たり、

  • 委託者が、法律上、目的物の保管を委託する権限があるか否か
  • 受託者が、法律上、受託の権限を有するか否か

を問わないとされています。

 具体的事例として、次のものがあります。

不正に入手した土地の保管委託を受けた者が、その土地を横領すれば、横領罪が成立する

 不正に入手した土地の保管委託を受けた者が、その土地を横領すれば、横領罪が成立します。

 この点について参考となる判例として、次のものがあります。

大阪高裁判決(昭和46年10月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 農地法所定の許可を受けずに農地を買い受けた者から、不動産業者が、その農地の保管を託された場合、農地の買受けによる所有権移転の効力は生じていないので、権利のない者から保管を託されたことになるが、不動産業者が当該農地をほしいままに売却処分をすれば、業務上横領となる

としました。

大阪高裁判決(昭和46年10月6日)

 この判例で、裁判官は、

  • 自ら農地法上の許可を得られない農地買受者の依頼により所有権移転登記名義人となった者の相続人が、その事情を知りながら、相続を原因とする自己名義の所有権移転登記を経由した場合には、買受者との間に委託信任関係が認められ、この相続人が農地に抵当権設定等の処分をした場合には、横領罪が成立する

としました。

法律上の委託ではなくとも、横領罪が成立する

 法律上の委託受託関係でなくても、横領罪は成立します。

 この点について参考となる判例として、次のものがあります。

大審院判決(昭和8年11月29日)

 この判例で、裁判官は、

  • 住宅組合の組合長の補助者として、組合長の権限に属する組合の事務一切について処理することを委託された者が、事実上、継続して組合の出納事務を担当中、その保管する組合の金銭を横領したときは、そのような事務一切の委託が法令上許容されていなかったとしても横領となる

と判示しました。

札幌高裁判決(昭和30年11月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 不動産の売買による所有権移転登記をした後、売買契約の無効、取消し、解除等の原因によって当該不動産の所有権が買主に帰属したままとなっている場合、買主が原状回復義務を履行するまでの間は、法律上の委託関係に基づき買主が売主所有の当該不動産を占有しているものと認められる

とし、売買契約の解除がされ、売主に所有権が回復することになる建物に対し、被告人が、所有権移転登記手続が未了であることを奇貨として、自己に未だ建物の占有がある建物の上に抵当権を設定した行為について、横領罪の成立を認めました。

委託信任関係に基づかないものを横領しても、横領罪は成立しない

 委託信任関係に基づかずに占有する他人の物は、横領罪の客体とはなりません。

 なので、委託信任関係に基づかずに占有する他人の物を横領しても、横領罪は成立しません。

 この点について参考となる判例として、次のものがあります。

大審院判決(明治43年4月15日)

 他人の不動産の売渡証書を、偽造するなどの不正手段により、自己名義の登記とした事案について、同売渡証書を委託信任関係に基づき占有していたとはいえず、これを領得しても横領罪とはならないとしました。

大審院判決(大正6年10月15日)

 誤って配達された郵便物を受け取り、その郵便物を領得した事案で、その郵便物の占有は委託信任関係に基づくものとはいえないとして、これを領得しても横領罪とはならないとしました。

委託信任関係があると誤信しても横領罪は成立しない

 委託信任関係は客観的に存在しなければならず、実際には委託信任関係が存在しないのに行為者が委託信任関係があると誤信しても横領罪は成立しません。

 この点について判示した以下の判例があります。

東京高裁判決(昭和25年6月19日)

 この判例で、裁判官は、

  • 刑法第252条第1項の横領罪の成立するがためには、物の占有の原因が委任、事務管理、後見等の委託関係に基くことを要し、かかる委託関係が存在しない場合、すなわち遺失物、漂流物、誤って占有した物件、他人の置き去った物件、逸去した家畜等の場合においては、刑法第254条の占有離脱物の横領罪が成立するは格別、刑法第252条第1項の横領罪は成立しないものである
  • このことは、たとえ犯人が、主観的には売却依頼その他の委託関係ありと誤信して、他人の物を売却処分した場合(主観的には刑法第252条の横領罪を認識した場合) でも、客観的には委託関係がない限り、同様な結論を生ずるものと解すべきである
  • 従って、被告人とAとの間に、一旦成立した委託関係が短刀の返還によって中断され、たとえ被告人が再び売却の依頼を受けたものと誤信して、その短刀の占有を取得したとしても、客観的には委託関係は存在しなかったような場合にあっては、刑法第254条の横領罪が成立することはあっても、刑法第252条第1項の横領罪は成立しないものと解するのを相当とする

と判示しました。

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横領罪(1)~(65)の記事まとめ一覧

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