強制捜査とは?
強制捜査とは、
をいいます。
強制手段の具体的な定義は、最高裁判決(昭和51年3月16日)で示されており、裁判官は、
- 捜査において強制手段を用いることは、法律の根拠規定がある場合に限り許容されるものである
- しかしながら、ここにいう強制手段とは、有形力の行使を伴う手段を意味するものではなく、個人の意思を制圧し、身体、住居、財産等に制約を加えて強制的に捜査目的を実現する行為など、特別の根拠規定がなければ許容することが相当でない手段を意味する
- この程度に至らない有形力の行使は、任意捜査においても許容される場合があるといわなければならない
- ただ、強制手段にあたらない有形力の行使であっても、何らかの法益を侵害し又は侵害するおそれがあるのであるから、状況のいかんを問わず常に許容されるものと解するのは相当でなく、必要性、緊急性などをも考慮したうえ、具体的状況のもとで相当と認められる限度において許容される
と判示し、強制捜査の定義を示しています。
なお、この判例の争点は、
- 警察署に任意同行した酒酔い運転の罪の疑いが濃厚な被告人が、「マッチを取ってくる。」と言いながら急に椅子から立ち上がって出入口の方へ小走りに行きかけた
- 警察官は、被告人が逃げ去るのではないかと思い、被告人の左斜め前に近寄り、両手で被告人の左手首をつかんだ
という態様が、任意捜査として許容される範囲を超えた不相当な行為だとして争われたことにあります。
結論として、裁判官は、
- 被告人が急に退室しようとしたため、さらに説得のためにとられた抑制の措置であって、その程度もさほど強いものではないというのであるから、これをもって捜査活動として許容される範囲を超えた不相当な行為ということはできない
と判示し、警察官の行為は、強制には至らず、任意捜査の範囲内の行為であるとして適法と判断しました。
強制捜査と任意捜査の違いについては、前の記事で解説しているので、参考にしてみてください。
強制捜査の種類
強制捜査は、法律の根拠規定がある場合に限り許容される捜査手段です。
なので、どのような強制捜査があるのかは、法律(刑事訴訟法)に定めがあります。
強制捜査は、以下の4種類に分けられます。
- 捜査機関が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査
- 捜査機関が令状なしで行う強制捜査
- 裁判官が行う強制捜査(強制処分)
- 捜査機関以外の者が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査
① 捜査機関が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査
捜査機関が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査には、
- 通常逮捕(刑訴法199条)
- 緊急逮捕(刑訴法210条)
- 捜索(刑訴法218条1項)
- 差押え(刑訴法218条1項)
- 検証(刑訴法218条1項)
- 身体検査(刑訴法218条1項)
- 通信傍受(刑訴法222条の2、犯罪捜査のための通信傍受に関する法律)
があります。
② 捜査機関が令状なし(無令状)で行う強制捜査
捜査機関が、裁判官から令状を得ることなく、自らの判断だけで実行できる強制捜査があります。
それは、以下の強制捜査です。
● 現行犯逮捕の令状不要について
現行犯逮捕は、現に犯罪が行われたところを目撃した上で犯人を逮捕するものであり、逮捕の緊急性と必要性から、令状(逮捕状)なしで犯人を逮捕することができます。
● 逮捕に伴う捜索・差押え・検証の令状不要について
逮捕現場は、犯罪が行われた証拠が存在する可能性が高く、速やかに証拠を収集する必要があります。
そのため、逮捕に伴う捜索・差押え・検証については、あらためて捜索・差押え・検証の令状をとる必要はなく、逮捕状の効力で行うことができます。
根拠法令は、刑訴法220条1項にあります。
刑訴法220条1項
検察官、検察事務官又は司法警察職員は、第199条の規定により被疑者を逮捕する場合又は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、左の処分をすることができる。第210条の規定により被疑者を逮捕する場合において必要があるときも、同様である。
1 人の住居又は人の看守する邸宅、建造物若しくは船舶内に入り被疑者の捜索をすること。
2 逮捕の現場で差押、捜索又は検証をすること。
『必要があるとき』について、必要性の判断は捜査機関の裁量によるとされますが、判断基準として、
客観的に必要性が認められる
ことが必要になります。
この点については、札幌高裁函館支部判例(昭和37年9月11日)があり、裁判官は、
- 捜査機関は現行犯人を逮捕する場合において必要があるときは、令状なくして人の住居に入り被疑者の捜索をすることができるのであるが、刑訴法220条において「必要があるとき」とは、たんに捜査機関がその主観において必要があると判断するのみでは足らず、客観的にもその必要性が認められる場合であることを要する
と判示しています。
逮捕に伴う捜索・差押え・検証が無令状でできる理由
逮捕に伴う捜索・差押え・検証が無令状でできる理由は、東京高裁判例(昭和44年6月20日)で示されており、裁判官は、
- 刑訴法220条1項第2号が、被疑者を逮捕する場合、その現場でなら、令状によらないで、捜索差押をすることができるとしているのは、逮捕の場所には、被疑事実と関連する証拠物が存在する蓋然性が極めて強く、その捜索差押が適法な逮捕に随伴するものである限り、捜索押収令状が発付される要件をほんど充足しているばかりでなく、逮捕者らの身体の安全を図り、証拠の散逸や破壊を防ぐ急速の必要があるからである
と判示しています。
逮捕に伴う無令状での捜索・差押え・検証の逮捕前の実行
逮捕に伴う無令状による捜索・差押え・検証の実行は、逮捕後のほか、逮捕前でもできるとされます。
この点については、最高裁判例(昭和36年6月7日)があり、裁判官は、
- 刑訴法220条1項の「逮捕する場合において」と「逮捕の現場で」の意義であるが、「逮捕する場合において」とは、単なる時点よりも幅のある逮捕する際をいうのである
- 「逮捕の現場で」とは、場所的同一性を意味するにとどまるものと解するを相当とする
- なお、「逮捕する場合において」の場合は、逮捕との時間的接着を必要とするけれども、逮捕着手時の前後関係は、これを問わないものと解すべきである
- 例えば、緊急逮捕のため被疑者方に赴いたところ、被疑者がたまたま他出不在であっても、帰宅次第緊急逮捕する態勢の下に捜索、差押がなされ、かつ、これと時間的に接着して逮捕がなされる限り、その捜索、差押は、なお、緊急逮捕する場合その現場でなされたとするのを妨げるものではない
と判示しています。
逮捕に伴う無令状による捜索・差押え・検証の逮捕現場の範囲
逮捕に伴う無令状による捜索・差押え・検証は、『逮捕現場』に限って行うことができます。
『逮捕現場』とは、被疑者を逮捕した場所のほか、被疑者を追跡した場所や逮捕現場に直接接続する範囲を含むとされます。
被疑者を最寄りの警察署に連れて行ってから捜索押収できるか?
逮捕した被疑者を最寄りの警察に連れて行ってから、逮捕に伴う捜索・差押えとして、無令状で被疑者の身体を捜索し、所持品の押収ができるかについては、判例で答えが示されています。
この判例において、裁判官は、
- 逮捕現場が群集に取り囲まれていて同所で逮捕者について着衣や所持品等を捜索押収することが、混乱を防止し、被疑者の名誉を保護するうえで適当ではないと認められる場合、当該現場から自動車で数分、距離約数百メートル程度離れた警察署等適当な場所で押収手続をとることは刑訴法220条1項2号にいう逮捕の現場で差押する場合に当ると解すべきである
と判示し、逮捕した被疑者を最寄りの警察署に連れて行ってから、被疑者の所持品などの捜索押収をすることを適法と判断しています。
とはいえ、この判例では、
逮捕現場における捜索押収が適当ではない場合
という条件つきで、最寄りの警察に被疑者を連れて行ってからの捜索押収を適法と判断しています。
なので、逮捕現場における捜索押収が適当ではない、または困難であるという条件がない限りは、逮捕現場で捜索押収をしなければ違法になると考えられます。
別事件の証拠物の差押えはできるか?
逮捕に伴う無令状による捜索・差押えにおいて、逮捕した犯罪に関係のない別事件の証拠品を押収できるかが問題になります。
結論として、別事件の証拠品は押収できません。
この点については、東京高裁判例(昭和46年3月8日)があり、裁判官は、
- 被告人は、道路交通法違反の現行犯として逮捕されたものであり、刑事訴訟法第220第1項第2号で逮捕に付随して令状なしに捜索し、差し押えることのできるものは右犯罪の証拠物等に限られる
- 付随的な強制処分として全く別個の犯罪である銃砲刀剣類所持等取締法違反の証拠物の捜索、差押をすることは許されない
と判示し、逮捕した犯罪に関係のない別事件の証拠品を差し押さえることはできないと判断しています。
もし、別事件の証拠品が発見され、これを押収しようとした場合は、
- 逮捕した被疑者から、その別事件の証拠物を任意で提出してもらう
- 別事件の証拠物の発見をもって、その別事件の犯罪事実で、その場において、被疑者を現行犯逮捕し(たとえば、別事件の証拠物が覚醒剤であった場合、覚醒剤取締法違反で現行犯逮捕する)、逮捕に伴う無令状での差押えを行う(刑訴法220条1項)
という方法によって、別事件の証拠物を差し押さえることが考えられます。
逮捕・勾留した被疑者の指紋・足形の採取、写真撮影の令状不要について
身体の拘束を受けている被疑者の指紋・足型を採取し、身長・体重を測定し、または写真を撮影を行う場合、被疑者を裸にしない限り、令状は不要です(刑訴法218条3項)。
もし、正当な理由がなく身体の検査を拒んだ場合、裁判所は、被疑者を10万円以下の過料・罰金または拘留に処すことができます(刑訴法137条、138条、222条1項)。
さらに、裁判所は、身体の検査を拒む被疑者を過料に処し、または罰金・拘留の刑を科しても、その効果がないと認めるときは、そのまま、身体の検査を行うことができます(刑訴法139条、222条1項)。
『そのまま身体検査を行うことができる』の意味は、過料・罰金または拘留の罰を与える間接強制では効果がないと認めるときは、
必要最小限度の有形力の行使をもって身体検査を強制できる
ことを意味します。
逮捕した被疑者の凶器所持検査の令状不要について
警察官は、逮捕した被疑者については、その身体について凶器を所持しているかどうかを調べることができます(警職法2条4項)。
この凶器所持検査は、逮捕という強制捜査に付随するものとして、令状なしで行うことができるとされます。
③ 裁判官が行う強制捜査(強制処分)
強制捜査を行うのは、捜査機関だけではありません。
裁判官が行う強制捜査(強制処分)もあります。
※ 裁判官が行う場合は「強制処分」という表現を使います。
それは、以下の強制処分です。
これらの強制処分は、捜査機関の請求により、裁判官が自ら行うものです。
令状を発付する立場にある裁判官が、自分自身(裁判官自身)に令状を発付して強制処分を行うのはおかしな話です。
なので、裁判官が自ら行う強制処分の場合は、令状の発付は不要とされています。
④ 捜査機関以外の者が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査
捜査機関以外の者が裁判官の発する令状の効力で行う強制捜査として、
- 鑑定のための処分(刑訴法225条)
があります。
たとえば、強制捜査として行う鑑定として、
精神鑑定
があります。
被疑者が、捜査の必要があるのに、精神鑑定を受けることを拒否した場合、強制的に病院に連れて行き、精神鑑定を受けさせなければなりません。
鑑定は、その道の専門家が行うものです。
専門家の専門分野において、専門知識のない捜査機関が鑑定を行うことはできません。
なので、捜査機関は、専門家に鑑定を嘱託(依頼)することができます(刑訴法223条1項)。
まず、捜査機関が、裁判官に対し、鑑定のための令状の発付の請求を行います。
そして、捜査機関からの嘱託を受けた専門家が、裁判官の発する令状に基づいて、鑑定を実施します。