詐欺罪の実行の着手

 詐欺罪(刑法246条)における「実行の着手」について説明します。

 まず最初に、犯罪は成立するまでに、

決意→実行の着手→実行の終了→結果の発生

の4段階の過程をたどります。

 「実行の着手」または「実行の終了」に至ったが、何らかの事情によって結果が発生しなかった場合を『未遂』といいます。

 つまり、「実行の着手」があれば、犯罪の結果が発生していなくても、未遂罪が成立し、犯人を未遂罪で処罰することができます。

 なので、詐欺罪の「実行の着手」があったかどうかを見極めることが、犯人を詐欺未遂罪で検挙して、刑事罰を与えることができるかどうかを判断するのに重要となります。

詐欺罪の実行の着手時期

 詐欺罪の実行の着手時期は、

行為者が財物を詐取する意思で人を欺く行為を開始した時点

に認めるべきであるとされます。

 人を欺く行為が開始されれば足り、それによって相手が錯誤に陥ったかどうかは問いません。

 この点について、以下の判例があります。

大審院判決(大正3年11月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 詐欺未遂の構成には、財物を騙取するため、単に人を錯誤に陥らしむべき詐欺手段を用いたる事実あるをもって足り、人を錯誤に陥れ、又は錯誤に陥らしむべきおそれある程度以上に達せし事実あることを要するものにあらず

と判示しました。

大審院判決(昭和3年9月17日)

 この判例で、裁判官は、

  • 他人を欺罔して財物を騙取せんことを企てたる者、いやしくも人をして錯誤に陥らしむるに足るべき手段を施したる以上、たまたまその他人において特殊の事情により、あらかじめ事の真相を知りおりて錯誤に陥らざりしため、騙取の目的を遂げざりしとするも詐欺未遂罪は成立す

と判示しました。

詐欺罪の実行の着手に関する判例

 詐欺罪の実行の着手に関する判例を紹介します。

大審院判決(昭和2年3月16日)

 為替手形を偽造行使して、割引名下金員を詐取しようとした場合において、まだ偽造手形を行使していなくても、詐言を用いて相手方に偽造手形の割引を承諾させたときは、詐欺行為に着手したものであるとしました。

 裁判官は、

  • 為替手形を偽造行使し、これが割引名義の下に金員を騙取せんとする場合において、未だ偽造に係る手形を行使せざるも、既に相手方に対し、「為替手形は真正の振出にかかり、銀行支店長において引き受け、支払う」旨詐言し、その割引方を承諾せしめたる以上は、詐欺行為に着手したりとなすを妨げず

と判示し、詐欺未遂罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和34年7月2日)

 電信電話公社員と詐称し、「電信電話債券を不正に売買している事実があるから調査に歩いている」と言って同債券の呈示を求めた上、 さらに、「同債券の盗難防止のために証券の裏面に一連番号を入れて来るから、しばらく貸してくれ」と言ってこれを交付させて、同債券を詐取することを企てた被告人が、同債券を強制的に引き受けさせられている電話加入者を訪ね、偽の名刺を示し「自分は電電公社社員であるが、電話債券を不正に売買している事実があるので調査に歩いている、電話債券を見せてもらいたい」と申し向けた段階で、すでに被告人の詐欺の意思は明確に表明され、かつ、その行為は、相手方を欺いて財物を詐取するという法益侵害に密接した行為にほかならないと認められるから、詐欺罪の実行行為の着手があったものといえるとしました。

 裁判官は、

  • 被告人の前記行為は、単に詐欺の実行開始に必要な準備行為に止まるものとは認められず、被告人の右行為により、被告人の詐欺の意思は明確に表明され、かつ、相手方を欺罔して財物を騙取するという法益侵害に密接した行為にほかならないと認められるのであるから、詐欺の実行行為の着手があったものと認めるのが相当である

と判示し、詐欺罪未遂罪が成立するとしました。

最高裁判決(平成30年3月22日)

 現金を被害者宅に移動させた上で、警察官を装った被告人に現金を交付させる計画の一環として述べられた嘘について、その嘘の内容が、現金を交付するか否かを被害者が判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであり、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれ、被害者にその嘘を真実と誤信させることが、被害者において被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるといえるなどの本件事実関係(判文参照)の下においては、当該嘘を一連のものとして被害者に述べた段階で、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められるとした判決です。

 裁判官は、

  • 本件における、上記(1)イ記載の各文言は、警察官を装って被害者に対して直接述べられたものであって、預金を下ろして現金化する必要があるとの嘘(1回目の電話)、前日の詐欺の被害金を取り戻すためには被害者が警察に協力する必要があるとの嘘(1回目の電話)、これから間もなく警察官が被害者宅を訪問するとの嘘(2回目の電話)を含むものである。上記認定事実によれば、これらの嘘(以下「本件嘘」という。)を述べた行為は、被害者をして、本件嘘が真実であると誤信させることによって、あらかじめ現金を被害者宅に移動させた上で、後に被害者宅を訪問して警察官を装って現金の交付を求める予定であった被告人に対して現金を交付させるための計画の一環として行われたものであり、本件嘘の内容は、その犯行計画上、被害者が現金を交付するか否かを判断する前提となるよう予定された事項に係る重要なものであったと認められる。そして、このように段階を踏んで嘘を重ねながら現金を交付させるための犯行計画の下において述べられた本件嘘には、預金口座から現金を下ろして被害者宅に移動させることを求める趣旨の文言や、間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する文言といった、被害者に現金の交付を求める行為に直接つながる嘘が含まれており、既に100万円の詐欺被害に遭っていた被害者に対し、本件嘘を真実であると誤信させることは、被害者において、間もなく被害者宅を訪問しようとしていた被告人の求めに応じて即座に現金を交付してしまう危険性を著しく高めるものといえる。このような事実関係の下においては、本件嘘を一連のものとして被害者に対して述べた段階において、被害者に現金の交付を求める文言を述べていないとしても、詐欺罪の実行の着手があったと認められる
  • したがって、第1審判決が犯罪事実のとおりの事実を認定して詐欺未遂罪の成立を認めたことは正当である

と判示しました。

 なお、山口裁判官の補足意見があり、山口裁判官は、

  • 私は、法廷意見に賛同するものであるが、本件において詐欺未遂罪が成立することについて、理論的観点から意見を補足しておきたい
  • 詐欺の実行行為である「人を欺く行為」が認められるためには、財物等を交付させる目的で、交付の判断の基礎となる重要な事項について欺くことが必要である
  • 詐欺未遂罪はこのような「人を欺く行為」に着手すれば成立し得るが、そうでなければ成立し得ないわけではない
  • 従来の当審判例によれば、犯罪の実行行為自体ではなくとも、実行行為に密接であって、被害を生じさせる客観的な危険性が認められる行為に着手することによっても未遂罪は成立し得るのである(最高裁平成15年(あ)第1625号同16年3月22日第一小法廷決定・刑集58巻3号187頁参照
  • したがって、財物の交付を求める行為が行われていないということは、詐欺の実行行為である「人を欺く行為」自体への着手がいまだ認められないとはいえても、詐欺未遂罪が成立しないということを必ずしも意味するものではない
  • 未遂罪の成否において問題となるのは、実行行為に「密接」で「客観的な危険性」が認められる行為への着手が認められるかであり、この判断に当たっては「密接」性と「客観的な危険性」とを、相互に関連させながらも、それらが重畳的に求められている趣旨を踏まえて検討することが必要である
  • 特に重要なのは、無限定な未遂罪処罰を避け、処罰範囲を適切かつ明確に画定するという観点から、上記「密接」性を判断することである
  • 本件では、預金口座から現金を下ろすように求める1回目の電話があり、現金が被害者宅に移動した後に、間もなく警察官が被害者宅を訪問することを予告する2回目の電話が行われている
  • このように、本件では、警察官になりすました被告人が被害者宅において現金の交付を求めることが計画され、その段階で詐欺の実行行為としての「人を欺く行為」がなされることが予定されているが、警察官の訪問を予告する上記2回目の電話により、その行為に「密接」な行為が行われていると解することができる
  • また、前日詐欺被害にあった被害者が本件の一連の嘘により欺かれて現金を交付する危険性は、上記2回目の電話により著しく高まったものと認められる
  • こうして、預金口座から下ろした現金の被害者宅への移動を挟んで2回の電話が一連のものとして行われた本件事案においては、1回目の電話の時点で未遂罪が成立し得るかどうかはともかく、2回目の電話によって、詐欺の実行行為に密接な行為がなされたと明らかにいえ、詐欺未遂罪の成立を肯定することができると解されるのである

と述べました。

詐欺の実行の着手を認めず、詐欺未遂罪の成立を否定した判例

 上記の判例とは逆に、実行の着手はなかったとした判例として、以下のものがあります。

大審院判決(明治43年5月27日)

 財物詐取の目的で、偽造証書に基づき訴訟上の救助を申請した行為は、詐欺罪の予備行為であって、次いで訴訟を提起した時に実行に着手したことになるとしました。

 裁判官は、

  • 詐欺取得の目的をもって偽造証書に基づき、訴訟上の救助を申請するは詐欺罪の予備行為に過ぎず、而して、犯人が、爾後、訴訟をを提起したるときは、すなわちその実行行為に着手したるものとす

と判示しました。

大審院判決(大正3年6月20日)

 電信為替の偽造により銀行からの金員の詐取を企て、虚偽の電文をしたためた頼信紙を郵便局に提出したが、発電前に発覚した事案で、欺かれた者であるべき銀行に対し、なんら詐欺行為の実行に着手したものではないから、予備に過ぎないとし、詐欺未遂罪は成立しないとしました。

 裁判官は、

  • 被告が甲銀行名義の電信為替を偽造し、乙銀行より金員を騙取せんと企て、電報頼信紙に発信人甲銀行名義を冒して、虚偽の電信を認め、これを郵便局に提出したるも、その発電せられざる以前、事発覚したるときは、その所為たる詐欺取得罪の予備行為に過ぎずして、未だこれが実行に着手したるものにあらず

と判示しました。

 なお、上記2つの判例の詐欺の実行行為はなかったとする結論に対しては、専門家から詐欺罪の実行の着手を認めるべきとする意見が呈示されています。

大審院判決(大正14年7月6日)

 貨車を所沢駅に回送させた上で、積荷である玄米を詐取しようとして、貨車の車票を抜き取り、所沢行と記載した偽造の車票と差し替えたが、回送前に発覚した事案について、裁判官は、

  • 被告は、ただ騙取行為を便利ならしむるため、貨車を所沢駅に回送せしむる手段を講じたるに止まり、未だ被欺罔者(欺かれた者)たる他人に対し、玄米騙取の手段たるべき欺罔行為を開始したるものにあらざること明白なるが故に、詐欺罪の予備行為ありといい得るは格別、未だその実行に着手したるものというを得ざるものとす

と判示し、詐欺未遂罪の成立を否定しました。

次回記事に続く

 次回記事では、詐欺罪の態様ごとに、実行の着手について言及した判例を紹介します。

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