前回記事の続きです。
今回の記事では、
- 不動産
- 有価証券
- 荷物切符
- 保険詐欺
についての詐欺罪の既遂時期について説明します。
不動産に対する詐欺罪の既遂時期
不動産に対する詐欺罪の既遂時期は、不動産の所有権移転の意思表示があってもそれだけでは足りず、さらに、
が必要であるとされます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(大正11年12月15日)
この判例で、裁判官は、
- 刑法第246条第1項にいわゆる財物の騙取とは、不法領得の目的をもって人を欺罔し、有体物の所持、すなわちその占有を給付せしむるの意にして、従って同条項の詐欺罪は、欺罔手段を施して人を錯誤に陥らしめたる結果、不法に有体物の占有を自己又は第三者に移付せしむるによりて成立するものとす
- すなわち、同罪の完成には、欺罔の結果、有体物の占有を移付せしむるを要し、単に所有権その他の権利の設定及び移転をなさしむるも、未だもって詐欺罪の既遂ありということを得ず
- されば、動産については、引き渡しありたるときにおいて、詐欺罪は完成し、不動産については所有権移転の意思表示ありたる場合の如きもまたその意思表示ありたるのみをもって足れりとせず
- なお、現実にこれが占有を移転し、もしくは所有権取得の登記をなしたるときにおいて、詐欺罪は完了するものといわざるべからす
- 不動産にありては、たとえ現実にこれが引き渡しをなさざるといえども、その所有者として登記せられたる以上は、ただちに所有権を有すると否とにかかわらず、形式上他人を排斥して自由にこれを処分し得べき状態に置かれたる者なれば、刑法上、その不動産を占有したるものとなすに妨げなきをもってなり
と判示しました。
ちなみに、売主から登記に必要な書類一切の交付を受けた場合は、事実上、不動産を自由に処分し得る地位にあるので、その不動産に自己の支配を設定したと見るべきであって、詐欺取得罪の既遂を認めてよいと考えられます。
有価証券に対する詐欺罪の既遂時期
手形、小切手のような有価証券は、行為者が現金の取得を目的としている場合にも、
有価証券そのものの交付を受けた時点
において詐欺の既遂が認められるべきとされます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和11年1月28日)
この判例で、裁判官は、
- 先日付小切手は、財物なることもちろんなるが故に、人を欺罔してこれを騙取したるときは、その後、たまたま右小切手の支払なかりしため、その後これを被害者に還付したるときといえども詐欺罪の既遂をもって論ずべきものとす
と判示しました。
大審院判決(昭和16年8月20日)
この判例で、裁判官は、
と判示しました。
荷物切符に対する詐欺罪の既遂時期
荷物切符(着駅において、荷物切符に記載された荷物を引き渡す機能を持つ切符)に対する詐欺の既遂時期は、
荷物切符の交付を受けた時
とされます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和9年12月18日)
鉄道省を欺いて運送契約を締結し、その輸送中に荷物を壊し、損害金名下に要償額を詐取しようとして、不当な要償額を表示した小荷物切符の交付を受けたが、その後、要償額を取得することに失敗した事案につき、裁判官は、
- 要償額を表示したる小荷物切符は、鉄道による運送契約の成立及びその内容を明らかにすべき証拠証券にして、もとより財産権の目的たることを得るものなるが故に、詐欺罪の対象となり得べきことを言うをまたず
と判示し、小荷物切符の交付を受けた段階で詐欺の既遂を認めました。
札幌高裁判決(昭和29年9月2日)
甲組合の代理人のように装い、乙に対して衣類の買受方を申し込み、その旨誤信させ、甲組合あて駅留にて現品発送の手続をさせた上、荷物切符の交付を受けた場合につき、裁判官は、
- 荷物切符は荷物引換証ではないが、着駅においてその切符の持参人にこれと引換えに当該の荷物を引き渡すことになっている事実が認められるから、荷物切符を交付されることによって、当該物件に対する事実上の支配を獲得したということができる
と判示し、詐欺犯人が荷物切符の交付を受けたこの段階で、その物件に対する詐欺取財罪の既遂を認めています。
保険詐欺についての詐欺罪の既遂時期
保険詐欺の既遂時期は、保険証券は財産権の目的になる(詐欺罪の目的物になる)という理由から
保険証券の交付を受けたとき
に詐欺罪の既遂が認められるとされます。
この点について、以下の判例があります。
大審院判決(昭和13年10月8日)
この判例で、裁判官は、
- 保険証券が財産権の目的たるを得るの故に、刑法第246条第1項にいわゆる詐欺罪の目的たる財物なりというを得ることは、本院判例のしばしば説明したるところにより明白なるをもって、右保険証券の詐取は、保険契約締結後、保険証券の交付を受けることによりて、直ちに既遂となるものなれば、その後に至り判示保険契約が保険者により解除せられたるればとて、これにより右詐欺既遂罪の成立に何ら消長を来すべきものにあらず
と判示しました。
簡易生命保険証書を詐取した事案につき、以下の判例があります。
福岡高裁判決(平成8年11月21日)
郵政事務官として、簡易生命保険契約の募集等の業務に従事していた被告人が、保険申込者らと共謀し、同契約締結上の障害となる事実(申込者らが入院中であることの告知義務違反や法定の保険金最高限度額超過の事実)を知りながら、申込者らを被保険者とする保険契約申込書を作成し、その事実を秘した上、担当職員らをだまして、適正な保険契約の申込みであると誤信させ、簡易生命保険契約を締結させ、申込者らに簡易生命保険証書を受領させた行為について、簡易生命保険証書の詐欺罪が成立するとしました。
裁判官は、
- 簡易生命保険は、国が行う営利を目的としない事業であり、簡易に利用できる生命保険を、確実な経営により、なるべく安い保険料で提供することによって、国民の経済生活の安定を図り、その福祉を増進することを目的とするものであって、被告人の、欺罔的手段を用いて簡易生命保険を締結したうえ、その保険証書を騙取するという行為が、右のような行政目的を内容とする国家法益の侵害に向けられた側面があることを否定できないとしても、そのことから直ちに刑法の詐欺罪の成立が否定されるものではなく、それが同時に、詐欺罪の保護法益である財産権を侵害し、その行為が詐欺罪の構成要件に充足するものである場合には、詐欺罪の成立を認めることができるものと解される
- 保険契約書は、保険契約上の重要な文書であり、それ自体経済的価値効用を有するものであって、刑法上、保護に値する財物にあたり、欺罔によってこれを騙取した場合には、詐欺罪の成立を認めるのが相当である
- また、保険証書の騙取が、保険金騙取の前段階に位置し、その手段的な行為であるとしても、保険証書は、保険金とは別個の、刑法上の保護に値する財物であるから、その騙取について、独立して詐欺罪の成立を認めて差し支えない
と判示しました。
裁判官は、
- 簡易生命保険契約の事務に従事する係員に対し、被保険者が傷病により入院中であること、又は被保険者につき、既に法定の保険金最高限度額を満たす簡易生命保険契約が締結されていることを秘して契約を申し込み、同係員を欺罔して簡易生命保険契約を締結させ、その保険証書を騙取した行為について、刑法(平成7年法律第91号による改正前のもの)246条1項の詐欺罪の成立する
と判示しました。
次回記事に続く
次回の記事では、
- 口座利用による金銭の詐取についての詐欺罪の既遂時期
- 訴訟詐欺についての詐欺罪の既遂時期
- 強制執行を利用した詐欺罪の既遂時期
- 無銭宿泊・無銭飲食による詐欺罪の既遂時期
- 所有権留保売買による詐欺罪の既遂時期
について説明します。