刑法(詐欺罪)

詐欺罪(64) ~主観的要件②「詐欺罪における不法領得の意思」「不法領得の意思があるとして詐欺罪の成立を認めた判例」「不法領得の意思を欠くとして詐欺罪の成立を否定した判例」を解説~

 前回記事の続きです。

 前回記事では、詐欺罪の成立を認めるに当たり、

の2つの主観的要件があるという話をして、詐欺罪の故意についての説明をしました。

 今回の記事では不法領得の意思について説明をします。

詐欺罪における不法領得の意思

 不法領得の意思は、窃盗罪の成立には必ず必要とされる犯罪成立要件です。

 詐欺罪に対して、故意のほかに不法領得の意思を必要とするかどうかについては見解の対立があります。

 通説は、

詐欺罪についても、窃盗罪の場合と同じく領得の意思を必要とする

としながら、

領得の意思をもたないで、一時的使用の目的で、欺罔手段によって財物を交付させても、刑法246条2項の詐欺罪になることが多いと解するべきであるから、窃盗罪の場合と同様に不法領得の意思を必要とすると解する実益はない

とされています。

 一時利用、しかも使用後直ちに返還する意思で、人を欺く手段により物の占有を一時的に取得するような場合は、窃盗罪においては不法領得の意思ありとはいえませんが、詐欺罪においては使用後に廃棄する意思があれば不法領得意思は否定されないと考えられます。

不法領得の意思の定義を示した判例

 詐欺罪における不法領得の意思の内容については、従来、判例上明確な判断は示されていませんが、同じ領得罪である窃盗罪につき、判例が繰り返し判示しているように、

「(単に物を毀棄又は隠匿する意思ではなく)権利者を排除して他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用しまたは処分する意思」

と考えられます。

 不法領得の意思の定義について示した判例として、以下の判例があります。

大審院判決(大正4年5月21日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗罪は、不法に領得する意思を持って、他人の事実上の支配を侵し、他人の所有物を自己の支配内に移す行為なれば、本罪の成立に必要なる故意ありとするには、法定の犯罪構成要件たる事実につき認識あるをもって足れりとせず、不法に物を自己に領得する意思あることを要す
  • いわゆる領得の意思とは、権利者を排除して人の物を自己の所有物として、その経済的用法に従い、これを利用もしくは処分する意思にほかならざれば、単に物を毀棄または隠匿する意思をもって他人の支配内に存する物を奪取する行為は、領得の意思に出ていないので、窃盗罪を構成しない

と述べ、窃盗罪の成立には不法領得の意思が必要であり、不法領得の意思がないのであれば、毀棄隠匿罪が成立するのみであり、窃盗罪は成立しないことを判示しました。

最高裁判決(昭和26年7月13日)

 この判例で、裁判官は、

  • 窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思とは、権利者を排除し他人の物を自己の所有物と同様にその経済的用法に従いこれを利用し又は処分する意思をいうのであって、永久的にその物の経済的利益を保持する意思であることを必要としない
  • であるから、被告人等が対岸に船を乗り捨てる意思で船に対するAの所持を奪った以上、一時的に船の権利者を排除し、終局的に自ら船に対する完全な支配を取得して所有者と同様の実を挙げる意思、すなわち、いわゆる不正領得の意思がなかったという訳にはゆかない
  • これを要するに、被告人に本件窃盗罪の成立に必要な不正領得の意思のあったことが認め得る

と判示しました。

詐欺罪において不法領得の意思の存否が問題となった判例

 詐欺罪において、不法領得の意思の存否が問題となった判例として以下の判例があります。

最高裁決定(昭和30年11月18日)

 公務員が虚偽の内容の書類を作成して会計担当者に提出して金員を受領した場合で、受領した金員を自己の費用に充てる目的の場合には詐欺罪となることは明らかですが、私利を図る目的ではなく、事務上の便宜を図るためにこの方法を用いたと見られるような場合については、不法領得の意思の存否が争われます。

 この判例は、県財務事務所長が、虚偽の支払確定通知書と支払通知書を作成行使し、県金庫から公金を取り立て、緊急支払を必要とする公費のための特別会計を作って、それに公金を組み入れたという事案です。

 被告人の弁護人が、不法領得の意思がないから詐欺罪は成立しないと主張したのに対し、裁判官は、

  • 被告人らは、予算上の一切の拘束をはなれて、交際費や接待費をふくむどんな用途にでも、まったく被告人らの意のままに支配費消しうる違法な資金プールを作る意図で、同判決摘示のような手段により、常時大規模に予算の現金化を行ったものであって、単なる財政法規違反としての予算の流用ないし公金の移管の域にとどまるものとみることはできないから、本件につき詐欺罪の成立を否定することはできない

と判示しました。

 この判例は、詐欺罪における不法領得の意思の要否・内容につき、特に判断を示していませんが、弁護人の主張(上告趣意)と対照すると、この事案では、被告人の意図が、予算上の一切の拘束を離れて、その意のままに支配しうる資金プールを作る点にあり、またそれを常時大規模に行っていたことなどに着目し、不法領得の意思が認められたものと理解できるとされています。

不法領得の意思があるとして、詐欺罪の成立を認めた判例

 不法領得の意思があるとして、詐欺罪の成立を認めた判例として、以下の判例があります。

大審院判決(昭和8年6月26日)

 この判例で、裁判官は、

  • 詐欺手段により、犯人自ら財物を取得せず、これを第三者に交付せしめたる場合においても、犯人が第三者をして該財物の交付を受け、不法にこれを領得せしむる目的に出でたるときは、刑法246条第1項所定の詐欺成立するものとす

と判示し、詐取した物を犯人自身が領得するのではなく、他人に交付する目的であったとしても、不法領得の意思がある場合は、詐欺罪が成立するとしました。

名古屋高裁判決(昭和29年10月28日)

 県職員である被告人が、碍子店から県営住宅用板碍子を購入する契約を締結しておらず、板碍子の納入もしていないのに、虚偽の板碍子代金請求書、誓約書、見積書などを作成し、これを県の出納部に提出し、出納部係員を誤信させ、165万6000円と13万6436円を被告人に交付させたという事案です。

 裁判官は、

  • 右の金は、建設省から配給された碍子代そのた建設資材に充当したという点があるが、建設省から配給された碍子は、県当局でも明確に認め、これが支払をなした記録も存在するが、果たして、被告人が前記のような方法で受領した金で、建設省の方に支払われたかどうか極めて疑わしいところである
  • 他の者が支出責任者を欺罔して、支出せしめたときは、自己の使用に供する目的があればもちろんのこと、第三者の利益を図る目的があっても、岐阜県に損害を与えるおそれのあることは前明のとおりであり、出納責任者でない被告人の支払が岐阜県のためになされたとするも、被告人の行為は不法領得行為と解すべきである
  • 被告人は、外形事実を認識して、これを正当視していなかったのであるから、この行為が詐欺罪を構成するか否かは知らなかったとするも、詐欺の犯意があったことになる

と判示し、被告人の行為は不法領得行為であるとして詐欺罪の成立を認めました。

高松高裁判決(昭和29年7月9日)

 被告人が、会社設立に必要な融資を受けるための運動資金の名目で金員を詐取した事案で、裁判官は、

  • 被告人において、具体的にかつ誠実にその運動をなしたと見られる形跡も認められないので、本件融資について、被告人は当初から誠実にその運動をなす意思もなく、またその見込みもなかったものであることが窺われ、従って被告人に詐欺の犯意は十分にこれを認定できる
  • ところが、原審は、被告人が被害者を欺罔したことは認定できるが、被告人がその受領した金員を融資運動に使わなかったという点が明らかでないとの理由のもとに、被告人にこれが不法領得の意思を認め難いとして無罪を言い渡しているが、元々、融資の斡旋方依頼せられたものが当初から誠実に斡旋をなす意思がなく、またその融資を受ける見込みもないにかかわらず、ことさら虚偽の事実を告げて可能なことを強調し、依頼者をして確実に融資を受け得る見込みがあるものと誤信させて、多額の旅費及び運動資金を交付させたときは、その詐欺手段と金銭授受の間に相当因果関係を認められる限り、授受された全額について詐欺罪の成立を後任すべきであって、たとえその後、斡旋の依頼を受けたものが事実上運動のための称して旅費等を支弁していたとしても、その犯罪の成立を妨げない
  • いわんやこれを運動費に使わなかったことが明らかでないから不法領得の意思を認め難いとの原判決の認定は、経験則に合致しないものであり、首肯し難い

として、原判決が不法領得の意思を認め難いとして無罪判決を出した判断は誤っており、詐欺罪が成立するとしました。

福岡高裁判決(昭和47年3月27日)

 被告人Kと被告人Tは共謀の上、被告人Kにおいて、N生命保険会社において、N生命保険会社の担当者に対し、Yを被保険者、被告人Kを契約者、B(Yの遺族)を保険受取人とする保険金合計400万円の生命保険契約に関し、Yを殺害した事情を秘し、Yが誤って溺死したように装って、B名義で保険金請求手続をして、保険金400万円をだまし取ろうとしたが、N生命保険会社が死因に不審を抱き、保険金の支払に応じなかった詐欺未遂の事案です。

 一審判決では、被告人には自ら金員領得の意思があったとするのは疑問であり、Yの遺族に不当の利益を得させるということもありえないとして、詐欺未遂罪は成立しないとして、無罪を言い渡しました。

 この一審判決に対し、検察官は、被告人らは、第三者たる山田の遺族をして財物の交付を受けさせ、不法にこれを領得させる意思があったと認められるから、一審判決の認定は事実誤認であるとして、判決の是正を求めて控訴しました。

 この検察官の主張に対し、高等裁判所の裁判官は、

  • 被告人Kは、保険金請求手続をした際、同被告人(ひいては被告人T)に、保険金の一部はYの遺族にやるつもりであったとしても、自ら保険金の交付を受け、これを領得する意思がなかったとはいえない
  • のみならず、保険契約者が被保険者を殺害した場合には、保険者は保険金支払いの責めを負わないから、Yの遺族に保険金金額を受け取らせるつもりであったとしても、保険契約者たる被告人Kが、Yを殺害した事情を秘し、事故死したものとしてなした保険金請求は違法であるから、Yの遺族に保険金を受領させることは、不法に領得させることであり、被告人Kに不法領得の意思がなかったとはいえない
  • そうすると、N生命に対する生命保険金詐欺未遂の点につき、被告人らに不法領得の意思が認めらないとして無罪を言い渡した原判決には、判決に影響を及ぼすことの明白は事実の誤認があり、原判決はこの点において破棄を免れない

と判示し、第三者に財物を交付させる場合でも不法領得の意思があると認められるので、詐欺罪が成立するとしました。

不法領得の意思を欠くとして、詐欺罪の成立を否定した判例

 不法領得の意思を欠くとして詐欺罪の成立が否定された判例として、以下の判例があります。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和27年5月27日)

 公務所であるM出張所の所長である被告人が、許容された権限の範囲内で行政上必要な使途に流用する目的で、虚偽の支払通知書を県支金庫係員に提出して、県の口座から金員を引き出した行為について、不法領得の意思を欠くとして、詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 被告人らが、K銀行県支金庫より金員を引き出したこと及び金員が全てM出張所勤務の同出張所臨時職員、自動車運転手らに対する通勤用列車定期パス代金又は同出張所が新聞、雑誌等に掲載した広告料金、同出張所の通信料金に充当支払われたものであることは争いのないところである
  • 人夫賃、新聞広告費は、いずれも予算上「」(※予算編成上の区分の名目)に該当し、相互に流用を許容されるものでること、人夫の雇用、その賃金の決定が出張所長たる被告人にその権限のあることが認められ、本件パス代金は臨時事務員らに支給する給与の一部をなすものであることが認められる
  • すなわち、本件金員の中定期パス代金に資された部分は、所長の権限内における職員に対する正当な給与に流用されたものであるから、これに対し、被告人らあるいは第三者のための不正領得の観念を挟む余地がない
  • また、本件新聞広告は、被告人ら個人に関するものではなく、公務所であるM出張所として通例許容せられている広告であり、通信料もまた同出張所の管掌事務遂行上必要なものであって、…不法領得の意思をもって臨むことはできない
  • K銀行県支金庫係員が、本件支払通知書中、架空の人夫賃を包含し、又は虚偽の人夫賃に関する支払通知書であることを知らずして本件各通知書に基づく金員を払い出したものであることは明らかであるけれども、本件の金員は県の予算金であり、これを許容された権限の範囲内における行政上必要な使途に流用の目的にて引き出し、その目的の通りしようとしたものであるから、本件につき業務上横領又は詐欺罪をもって律することは失当である
  • 結局、本件においては、公訴事実の訴因たる業務上横領又は詐欺罪を構成する事実を認め得られない

と判示し、業務上横領罪も詐欺罪も成立しないとしました。

名古屋高裁判決(昭和28年2月19日)

 県職員である被告人が、業者が河川調査をした事実がないのに、内容虚偽の人夫賃請求書を作成し、県金庫係員を誤信させて、現金合計1万7850円を支払わせた事案です。

 裁判官は、

  • 被告人は、職務上交渉のある建設省又は運輸省などの監督指導官庁の職員を饗応する接待費を予算外に捻出するため、金員を被告人らの支配に移した上、中央官庁職員の饗応費に充消費消した事実が認められる
  • 県の事業である河川調査に使役せられ、県に対し原判示金額の人夫賃債権を有し、同債権に対する弁済として判示金額が判示債権者に支払われたものである以上、たとい県の担当係員において、その支払の手段として予算支出の形式的考慮から、右人夫賃の請求書並にこれに対する認証書に判示河川調査に使役した人夫賃なる如く虚偽の事実を記載し、これに基き判示係員をして判示の支払手続を取らしめたからといって、これにより判示債権者をして判示金員を不法に利得せしめたものということは出来ない
  • すなわち、右債権者が県の正常な業務に使役せられた合法的な人夫賃債権を有し、県がこれに対し、当然弁済の責務を負担しているものである限り、その弁済の手続のため執られる県係員の作成文書において、当該債権の発生原因たる労務の給付場所について、予算上の考慮から事実と異る河川が記載せられ、これに基く県予算の支出により右債権額の弁済を受けたとしても、債権者において、右県係員の行為による何らの不法な利得を得る筋はない
  • 債権者の受ける利益は単に同人の県に対し正当に有する債権額に相当する金額であり、かつ同人の意思は正に同金額を右債権の弁済として受けることにあるからである
  • 従って、右弁済の方法として判示虚偽内容の公文書を作成行使した被告人は、同所為につき公文書偽造行便の罪は免れ難いけれども、(賃金の支払について、)不法に利得せしめる領得の犯意を有すべき筋合がないものと云わなければならない

と述べ、被告人の行為は、行政上の職務執行につき必要な予算流用の適法行為であり、不法領得の意思なく詐欺罪は成立しないとしました。

高松高裁判決(昭和32年7月19日)

 県土出張所の正当な業務運営に必要な経費に充てるため、虚偽の書類を作成行使して、県金庫から現金を引き出した行為について、不法領得の意思を欠くとして、詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 県の出先機関である土木出張所の予算が不十分であるため、その業務運営に必要な金員を確保する目的で、同出張所管下で施行される県直営の土木工事につき、真実材料・運送費等を業者に支払うかの如く偽り、又はこれらの業者に支払うべき金額を偽った書類を作成し、これに基づいて金券の発行を受け、この金券を県金庫において現金化するような場合は、現金化されたもので、土木出張所の所長・出納員又はその管下の地区主任等又は形式上の請請求者である業者の私有物とするため現金化されたものではないから、依然その現金の所有権は県にあり、同現金は公金であると言わなければならない(昭和5年7月7日大審院判決参照)
  • この場合は、県所有の公金がその所在を変えたに過ぎないものと認むべきである
  • 県の出先機関である土木出張所の正当な業務運営に必要な経費に当てるため、その職員が同出張所管下の直営土木工事の材料代・運搬費等につき、あたかもそれらを業者に支払うものの如く偽り、又は支払うべき金額を多額に偽って、それらに関する書類を作成し、これらを利用して、県金庫から現金を引き出して、これを同土木出張所の正当な業務の運営に使うため保管しておく場合には、全く県の出先機関としての正当な業務完全に遂行するだけであって、その金員を不正に使用しようとする場合ではないから、不法領得の意思を欠き、文書に関する罪その他の罪が成立することはありうるが、詐欺罪は成立しないのである

と判示し、不法領得の意思を欠くため、詐欺罪は成立しないとしました。

福岡高裁判決(昭和35年10月27日)

 県の土木部建設課長であった被告人が、課で使用している自動車がひどく損傷していていたため、自動車を買い替える費用を得るため、部下に指示し、同課が株式会社Tから自動車を借り上げた事実がないのに、あたかも自動車を借り上げ、自動車損料を支払うものの如く装い、同出張所員に、株式会社T所長名義の金額117万400円の架空の自動車損料請求書を県会計課に提出させ、県に117万400円の小切手を交付させた事案で、不法領得の意思を欠くとして、詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 冒頭説示の如き欺罔方法により、莫大な国家予算を不正流用して乗用自動車を購入せんとする如きは、財政法規違反の責はもちろん、著しく当を失するの誹りを免れない
  • しかし、さればといって、直ちに被告人が自己の利益を意図に出たものとは認め難く、かえって、乗用自動車が業務遂行上必要な物件であり、しかも被告人はこれを業務に専用する意図であった事実に鑑みれば、被告人の予算払出は、専ら本人である国のため業務を適正に遂行せんとする目的に出たものであり、金員を自己または第三者のため不正に使用せんとする意図は微塵もうかがわれないから、被告人の予算の引出については、不法領得の意思を欠くものというべく、従って、被告人の所為はこの点において詐欺罪を構成しないと断ずるのが相当である

と判示し、不法領得の意思を欠くので詐欺罪は成立しないとました。

奈良地裁判決(昭和38年6月27日)

 町長が公営住宅事業国庫補助金を騙取し、公営住宅を建設した事案で、不法領得の意思の存在を否定し、詐欺罪は成立せず、無罪であると言い渡しました。

 裁判官は、

  • 被告人(町長)は、公営住宅事業国庫補助金を不法に自己に領得する意思があったものとは認め難く、実際に私腹を肥やした事跡もない
  • そして、住宅困窮者や羅災者に住宅を供給することは、公営住宅法の立法目的であって、国民生活の安定と社会福祉の増進に寄与する行政目的からいって、入居者に実質的に利益を得せしめたからといって、第三者に「不法に」領得せしめたとはいえない
  • 被告人の検察官に対する供述調書中、「私は町のため住民のため奉仕して町営住宅を作るという気持ちから本当に苦労して走りめぐり、ようやく家を作ったのであります。自分の私腹を肥やそう等という気持ちは毛頭ありませんでした。」との供述は措信するに足り、被告人が国庫補助金を自己に不法に領得する意思があったものとは認め難く、住宅難の入居者がしばらくの間、入居できた利得があったとしても、これが公営住宅の行政目的であることは先に示した見解のとおりであって、その利得せしめることが不法とはいえない
  • 従って、第三者に不法に領得せしめる意思があったものといえないことはもちろんである

と判示し、不法領得の意思がないため、詐欺罪は成立せず、無罪であるとしました。

東京地裁判決(昭和41年6月30日)

 レンタカーを勤務先と保証人を偽って借り受けた行為について、詐欺罪の成立を認めなかった事案です。

 裁判官は、

  • 刑法246条1項の詐欺罪の成立にも不法領得の意思が必要ではあるが、被告人は自動車借受の際、返還の意思を有し、しかも証拠上、3時間程度使用するつもりであったと考えるから、この程度の一時使用の意思では、未だ不法領得の意思ありということはできず、従って保証人などを偽った行為につき考察するまでもなく、同項の構成要件該当性がないといわざるをえない
  • 次に、自動車の使用履歴を騙取したものとして二項詐欺の成立が問題になるが、レンタカー会社の自動車に対する利益とは、自動車を他人に貸すことによって、その使用を収益することにほかならず、被告人は自動車借受の際、2000円の使用料を前払いしているから、被告人の本件行為は、2項詐欺の構成要件も欠くと言わざるをえない

と判示し、詐欺罪は成立を認めず、無罪を言い渡しました。

最高裁決定(平成16年11月30日)

 虚偽の支払督促を申し立てて強制執行を行って金員を得ようとし、債務者に異議申立ての機会を与えないため、裁判所から発送された支払督促正本を被告人が受け取った上、廃棄した事案で、他人宛ての送達書類を廃棄するだけの意図で他人を装って受領する行為について詐欺罪における不法領得の意思が認められないとして、詐欺罪の成立を否定しました。

 裁判官は、

  • 被告人は、当初から叔父当ての支払督促正本等を何らかの用途に利用するつもりはなく、速やかに廃棄する意図であり、現に共犯者から当日中に受け取った支払督促正本はすぐに廃棄している
  • 以上の事実関係の下では、郵便送達報告書の受領者の押印又は署名欄に他人である受領送達者本人の氏名を冒書する行為は、同人名義の受領書を偽造したものとして、有印私文書偽造罪を構成すると解するのが相当であるから、被告人に対して有印私文書偽造、同行使罪の成立を認めた原判決は、正当して是認できる
  • 他方、本件において、被告人は、郵便配達員から正規の受送達者を装って、債務者宛ての支払督促正本等を受領することにより、送達が適式にされたものとして支払督促の効力をを生じさせ、債務者から督促異議申立ての機会を奪ったまま支払い督促の効力を確定させて、債務名義を取得して、債務者の財産を差し押さえようとしたものであって、受領した支払督促正本等はそのまま廃棄する意図であった
  • このように、郵便配達員を欺いて交付を受けた支払督促正本等について、廃棄するだけで何らかの用途に利用、処分する意思がなかった場合には、支払督促正本等に対する不法領得の意思を認めることはできないというべきであり、このことは、郵便配達員から受領行為を財産的利用を得るための手段の一つとして行ったときであっても異ならないと解するのが相当である
  • そうすると、被告人に不法領得の意思が認められるとして詐欺罪の成立を認めた原判決は、法令の適用解釈を誤ったものといわざるを得ない

と判示し、郵便物を直ちに廃棄した事情の下では、不法領得の意思が認められず、詐欺罪は成立しないとしました。

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