前回の記事の続きです。
今回の記事では、因果関係が争われた裁判例のうち、
- 二重、三重衝突について因果関係が肯定された事例
- 二重、三重轢過について因果関係が肯定された事例
- 事故を避けようとした被害者が狼狽して転倒したなどの場合に因果関係を肯定した事例
を紹介します。
二重、三重衝突について因果関係が肯定された事例
大阪高裁判決(昭和47年9月28日)
被告人運転の自動車が、前方に停車中の車に追突したところ、衝撃で被告車の停車装置が故障し、約620メートル暴走を続け、その間、3台の車に追突し、2回目の追突により相手車を逸走させて歩行者を跳ねるとともに食堂内に突入させて人身事故を起こさせ、3回目の追突により相手車を対向車線上に進出させて対面進行車と衝突させ、1名死亡10名傷害の結果を生じさせた事案で、被告人の過失行為と死傷との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪)が成立するとしました。
東京地裁八王子支部(平元年12月21日)
自動車を運転する被告人が、割り込みをされたことに立腹し、いやがらせのため幅寄せをしたところ、相手車両と接触したため狼狽し、右急転把したところ、自車の後続の自動二輪車と衝突し、その自動二輪車の運転者を対向車線にはね飛ばし、対向車両と衝突させて死亡させた巻き添え死亡事故の事案で、被告人の過失行為と巻き添え死亡事故との間に因果因果関係があるとして、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
二重、三重轢過について因果関係が肯定された事例
被告車が歩行者に衝突し、対向車線上にはね飛ばし、転倒横臥していた被害者を、その後まもなく対向車線上を進行してきた自動車が轢過して死亡させた事案で、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
大阪高裁判決(昭和46年2月9日)
被告車が横断者に衝突し、横断者を転倒させ、その後、後方から進行して来た車が被害者を轢過して死亡させた事案で、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
仙台高裁判決(昭和44年2月6日)
被告車が横断者に衝突し、横断者を転倒させ、その後、反対方向から来た車の運転者が転倒している被害者に気付かず轢過して死亡させた事案で、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
東京高裁判決(昭和36年6月23日)
被告車が横断者と衝突して転倒させ、その後、自家用放送宣伝車が被害者を轢過し、次いで小型四輪乗用車が被害者を引きずって死亡させた事故について、裁判官は、
- 被告人の過失に基く行為が、被害者をして死亡するに至らしめた唯一の、又は直接の原因ではなく、各後続車による轢過等による他の原因と相まって、死亡の結果を招来した場合でも、被告人は右死亡の結果につき、これが刑事責任を免れ得ないものと解する
と判示し、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
大阪地裁判決(平成3年5月21日)
被告人が自動車を運転中、前方注視を怠り、路上にうずくまっていた被害者に自車を衝突させ、車体部下に被害者を巻き込んで引きずり、頭部外傷等の傷害を負わせた後、いったん停車し、下車して車体下部に人がいるのを認めて恐ろしくなり、逃走しようとして発進した際、再度、被害者を轢過して死亡させた事案で、最初の衝突の行為と死亡との間に因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
裁判官は、
- 当裁判所は、被告人に前方不注視の過失により自車を被害者に衝突等させた行為による業務上過失致死の罪責を問いうると判断したので、その理由について付言する
- 被告人が前方不注視の過失により自車を被害者に衝突等させた行為と、いったん停止し自車車体下部に被害者がいるのを認めてから再発進させて被害者を轢過した行為とは、「自然的観察」のもとでは別個の行為とみるべきである(本来後者の行為は前者の行為と併合罪関係に立つ別罪を構成する。)から、当初の前方不注視の過失により自車を被害者に衝突等させた行為に、再発進後の轢過によって生じた可能性の高い脳挫滅の傷害による死亡の結果についての責任を問うためには、それにもかかわらず両者の間に因果関係のあることが肯定されなければならない
- 当初の衝突等がなければ、再発進後の轢過もなく、死亡の結果も発生しなかったのであるから、当初の衝突等の行為と死亡の結果との間に条件関係のあることは明らかである
- しかし、当初の衝突等の行為の後に再発進して轢過する行為が、経験則上、通常予測しうるようなものでないとすれば、当初の衝突等の行為と再発進後の轢過によって生じた可能性の高い死亡の結果との間の法律上の因果関係は否定されるべきである
- 当初の衝突等の行為の後、殺人や傷害の故意を生じ再発進して轢過したとすれば、それは当初の衝突等の行為からは、経験則上、通常予測しうるようなものではないというべきであり、当初の衝突等の行為と轢過によって生じた結果との因果関係は否定すべきであろう
- これに対し、その場から逃走しようと再発進した際に、不注意により再び轢過することは決して何人も予測しえないような偶発希有な事例ではなく、事故直後の運転者の心理状態に照らしても、経験則上、通常予測しうるところであるから、当初の衝突等の行為と轢過によって生じた結果との因果関係は肯定することができるというべきである
- してみると、直接死因となった脳挫滅の傷害が、当初の衝突等によってでなく、再発進の轢過によって生じた可能性が高いとしても、被告人は当初の衝突等の行為による業務上過失致死の罪責を免れない
と判示しました。
事故を避けようとした被害者が狼狽して転倒した場合などで因果関係を肯定した事例
東京高裁判決(昭和59年7月31日)
大型自動二輪車を運転中の被告人が、直前で被害者を発見し、その背後すれすれを通過したため、被害者があわてて衝突を回避しようとして被告車をかわした直後、足を滑らせて転倒して死亡した事案で、裁判官は、
- 被害者が足を滑らせて転倒したのは、明らかに被告人車との衝突を避けようとしてあわてて急な行動を採ったためと認められるのである
- しかも、そのような急な行動を採るに至ったのは、被告人において大型の自動ニ輪車を運転して進行中、進路の安全確認を怠り被害者の発見が遅れた結果、同人に衝突の危険を感じさせる至近距離に自車を進出させたためと認められるのであって、その転倒は被告人の過失行為に起因するものというほかはない
- したがって、業務上過失致死罪の成立を肯認するのが相当である
と判示し、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死罪(現行法:過失運転致死罪)が成立するとしました。
仙台高裁秋田支部判決(昭和44年7月15日)
被告車の後退と通行人の転倒負傷との間に因果関係を認めた事例です。
裁判官は、
- 自動車運転者はその運転する自動車を後退させるに当たっては、後退の合図をなすべきことはもちろん、自動車の左右後方を注視し、安全を確認しつつ徐行して事故発生を防止すべき一般的注意義務のあることは当然である
- これを本件について見るに、被告人は後退に当たり、自車後方をリヤカーを押して通過しようとしている被害者Aの姿を後方数m先に発見していたのであるから、同人が被告人の自動車の後退することに気付かないままに、あるいは同人が自車後方を通過し終らないうちに漫然後退を開始するにおいては、同人と接触、衝突し、あるいは道路の凍結していた際とて同人が自車を避けようとして転倒する等の危険のあるべきことは当然予見し得べきところである
- 従って、自車が後退することを知らしめるため、身体の動作あるいは警笛による等相当の合図をして警告を与え、又後方を注視して、同人が自車後方を通過し終るか、後退するも衝突等の危険のないことを確認しつつ後退すべき注意義務のあることは明らかである
- 然るに、被告人は、被害者が自車後方を通過し終ったものと軽信して、何ら後退の警告を与えず、自車左後方にのみ気をとられ、右後方の注視を怠ったまま漫然自車を後退させたため、被告人の自動車右後方にあって未だ通過し終わらなかった被害者をして、急遽衝突を避けようとして転倒するに至らしめたものであって、両者の進行経路、状況、転倒の位置等に照らし、被害者の転倒が被告人の後退に基因したものであることは、否定すべくもないのである
- 所論(※弁護人の主張)は、被告人が自車のエンジンを吹かして後退の姿勢を示したというのであるが、エンジンを吹かしたのみでは、前進を原則とする自動車にあっては後退の警告として相当の措置であるといえないこともちろんであり、前記注意義務を尽したものとなし得ないし、また所論のとおり被害者の転倒が衝突の衝撃によるものでなく、自らすべって転倒したものであって被害者自身にも過失があるにしても、前記事実関係からすれば、被告人に前記の如き注意義務違反の所為あることは明らかであり、これと被害者の転倒負傷との間には、いわゆる相当因果関係を認め得べきこともまた明白であるというべきであるから、被告人の過失責任は到底免れ得ないところである
- 従って、結局、原判決が被告人に業務上過失傷害の責任を認めたのは相当である
と判示し、被告車の後退と通行人の転倒負傷との間に因果関係を認め、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。
東京高裁判決(昭和38年1月22日)
大型貨物自動車を運転中の被告人が、市電停留所の安全地帯に気付かず、これに真正面に向け時速40キロメートルで進行したため、安全地帯に立っていた被害者が驚いて電車線路上に飛び降り傷害を負った事案です。
裁判官は、
- 被害者が自分の立っている安全地帯に真正面を向け至近距離に迫って来た大型貨物自動車に気付き、同自動車から衝突される急迫した危険を感じて驚愕し、その衝突を免かれるようとしてあわてて電車の軌道敷上に飛び降りたのは、本能的な必然的行為とも言うべく、その結果、軌条と敷石との間に足を取られ転倒して本件傷害をこうむったというのである
- このような事情による傷害は、直接被告人の自動車による接触あるいは衝突のために生じた傷害と何ら選ぶところがない
と判示し、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致傷罪(現行法:過失運転致傷罪)が成立するとしました。
被害者Aが運転する車両の運転態度に立腹し、被害者車両の前に割り込むなどして、夜明け前の暗い高速道路のかなり交通量のある追越車線上に被害者車両を停車させ、後続車両を被害者車両に衝突させ、後続車の運転者と同乗者死傷させた事案で、因果関係を認めた事例です。
裁判官は、
- 被告人は、Aに文句を言い謝罪させるため、夜明け前の暗い高速道路の第3通行帯上に自車及びA車を停止させたという
- 被告人の本件過失行為は、それ自体において後続車の追突等による人身事故につながる重大な危険性を有していたというべきである
- そして、本件事故は,被告人の上記過失行為の後、Aが、自らエンジンキーをズボンのポケットに入れたことを失念し周囲を捜すなどして、被告人車が本件現場を走り去ってから7、8分後まで、危険な本件現場に自車を停止させ続けたことなど、少なからぬ他人の行動等が介在して発生したものであるが、それらは被告人の上記過失行為及びこれと密接に関連してされた一連の暴行等に誘発されたものであったといえる
- そうすると、被告人の過失行為と被害者らの死傷との間には因果関係があるというべきである
と判示し、被告人の過失行為と死亡との結果との因果関係を肯定し、業務上過失致死傷罪(現行法:過失運転致死傷罪)が成立するとしました。
次回の記事に続く
次回の記事では、因果関係が争われた裁判例のうち、
- 交通事故による受傷と死亡との間に、医師の治療行為の際の過誤があった場合、死亡の原因が被害者側の既往症の再燃・進展による場合、 あるいは被害者の特異体質・稀有な症状の発生による場合などであっても、当初の被告人の過失と被害者死亡との間に因果関係があるとされた事例
- 交通事犯以外の危険を伴う行為について、被害者等の行動や自然現象が結果発生に寄与したとしても因果関係が肯定されるとした事例
を紹介します。
業務上過失致死傷罪、重過失致死傷罪、過失運転致死傷罪の記事まとめ一覧