刑法(傷害罪)

傷害罪(16) ~傷害罪における違法性阻却⑦「けんかと正当防衛」を判例で解説~

 前回の記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「正当防衛の成立要件」などについて説明しました。

 今回の記事では、傷害罪において違法性阻却事由となりうる「けんかと正当防衛」について説明します。

けんかと正当防衛

 暴行・傷害罪においては、正当防衛が問題となる事例がとても多いところですが、特に「けんか事案」について、正当防衛が認められるかどうかが古くから問題になってきました。

 けんか事案について、正当防衛が認められるかどうかについては、現在の判例の考え方は、けんかであっても具体的な状況によって正当防衛の成否を検討しなければならないというスタンスをとっています。

 現在の判例は、けんかである以上、正当防衛が成立の余地はないとする考え方には立っていません。

 たしかに、けんかにおいて、一方の行為が不正な侵害であり、他方の行為を防衛行為と評価することは、実体にそぐわないことが多いです。

 しかし、けんかであることの一事をもって、正当防衛が理論的に成立し得ないとすることができないことは当然といえます。

 たとえば、けんかになり、素手で殴ってきた相手に対し、ナイフで反撃したら、それは正当防衛と評価されないだろうことが想像できます。

 この点について、以下の判例があります。

仙台高裁判決(昭和27年12月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 喧嘩闘争の場合でも、闘争の全般からみて、その行為が法律秩序に反するものでないと認められる限り、刑法36条の正当防衛の観念を容れる余地がないものとはいえないというべきである

と判示しました。

最高裁判決(昭和32年1月22日)

 暴力団員の喧嘩殺人事案について、最高裁裁判官は、正当防衛の観念を容れる余地がないとした原判決に対し、破棄差戻しの判決を言い渡し、原審となる高等裁判所に裁判のやり直しを命じました。

 そして、差戻し後の控訴審二審)において、高裁裁判官は、正当防衛の成立は認定しませんでしたが、過剰防衛の成立を認定しました。

けんか事案において、正当防衛の成否を認め得る要件

 けんか事案において、正当防衛(又は過剰防衛)の成立を認め得るか否かは、

  • 双方が暴力行為に及ぶまでの経緯(どちらがけんかを売ったか、相手方がこれに応ずるまでにけんかを回避する手段を講じたか、回避は可能であったかなど)
  • けんかの経緯(途中でこれを回避することができなかったか)
  • 相手の攻撃が収ってから、なお積極的な攻撃を加えたか否か
  • 双方の人数、凶器の有無

などを考慮し、総合的に検討することなります。

 この点について、最高裁判決(昭和32年1月22日)は、

  • けんか闘争は、これを全般的に観察することを要し、闘争行為中の瞬間的な部分の攻防の態様によって事を判断してはならない

と述べています。

けんか事案で、具体的な状況を考慮して正当防衛の成否が検討された判例

 けんか事案において、具体的な状況を考慮し、正当防衛の成否が検討された判例として、以下の判例があります。

広島高裁判決(昭和49年6月10日)

 この判例で、裁判官は、

  • 被害者2名が酩酊の上、執拗にからんできたのが発端であり、数の上で2対1とはいえ、被害者側に凶器を使用する意思のないことが明らかであったのに、被告人が両名を包丁で刺したのは正当防衛ないし過剰防衛にあたらない

と判示し、正当防衛の成立を否定しました。

名古屋高裁判決(昭和49年9月12日)

 この判例は、飲酒の上、暴れ回り、一旦は制止されたものの、果物ナイフをもって向かってきた被害者を殴打した行為について、正当防衛を認めました。

函館簡裁判決(昭和34年4月11日)

 集団のけんかから一旦逃れたが、友人を捜す途中、相手方数名に包囲連行され、5対2の状態になり(相手が5)、相手が一方的にからんできたため、近くにあった包丁で切りつけた傷害事案について、正当防衛を認めました。

函館地裁判決(昭和34年9月19日)

 部落同士のけんかの後、帰宅途中に、相手方数名に襲われたため、手に持ったナイフで1名を死亡させ、2名に傷害を負わせた事案について、傷害致死につき過剰防衛、傷害につき正当防衛を認めました。

宇都宮簡裁判決(昭和33年11月6日)

 泥酔した被害者に何度もからまれ、暴行を受けたため、顔面などを殴打して傷害を負わせた事案で、正当防衛を認めました。

大阪高裁判決(昭和53年11月14日)

 酒に酔った客からまれて暴行を受けたため、暴行から免れるため、その客を攻撃し、10日間の傷害を負わせた事案で、裁判官は、

  • 本件のごとく酔客からいわれのない乱暴を受け、これを幾度も制止し、振り払う等したにかかわらず、なおも攻撃を継続する者に対しては、これを制止し、攻撃から免れるため、1回程度足蹴りなどして制圧力を加えるといった類いの侵害排除の行為にでることは、事の行き掛かりからみても、ごく自然な対応措置と考えられる
  • また、自己の乱暴な所為が原因で相手方に著しい迷惑をかけた侵害者の方でも、反撃行為によりそれ相応の不利益を被ることがあっても、それを甘受すべき立場にあるとみるのが、健全な社会通念にも合致するものである

と判示し、正当防衛を認めました。

福岡高裁那覇支部判決(昭和55年5月26日)

 この判例は、被害者の一方的な暴行があり、被告人の暴行は、先行する被害者の攻撃に対抗するに止まるものであるとして、正当防衛を認めました。

福島地裁判決(昭和55年7月17日)

 酒に酔って暴行を加えてきた者を、柔道の有段者が柔道技である払い腰で地面に転倒させ重傷を負わせた事案で、柔道有段者の行為は防衛行為としての相当性を欠くとし、正当防衛の成立を否定しました。

大阪地裁判決(平成3年4月24日)

 飲食店でいきなり胸ぐらを捕まれて締め上げられたのに対し、たまたま手に触れた包丁を棒状のものと誤信して相手の方を殴打した事案で、正当防衛を認めました。

大阪高裁判決(平成7年3月31日)

 集団でのけんかの際に、仲間を助けるため現場に行く途中、行く手を妨害しようとした相手方を割れたビール瓶で反撃した行為について、過剰防衛としました。

東京地裁判決(平成14年10月24日)

 口論の相手に襟首を捕まれたため、所携(しょけい)の包丁で相手の腕を切りつけた行為について、過剰防衛に当たるとしました。

大阪高裁判決(平成16年10月5日)

 両手で握っていた自転車のハンドルを被告人に向けて持ち上げる動作を繰り返した被害者の胸部付近を両手で押し、手指を同人の左眼に当てた結果、左眼球破裂の傷害を負わせた事案について、結果の重大性は防衛行為の相当性の判断に影響を及ぼすものではないとして正当防衛を認めました。

次回記事に続く

 次回記事では、警察官の違法な職務執行に対する傷害罪の成否について書きます。