刑法(傷害罪)

傷害罪(7) ~「暴行と傷害の因果関係の考え方」を判例で解説~

暴行と傷害の因果関係の考え方

 傷害罪(刑法204条)が成立するためには、暴行と身体傷害との間に因果関係があることが必要です。

 もし暴行と身体傷害との間に因果関係が認められなければ、傷害罪は成立しません。

 どのような場合に因果関係が認められ、または認めらえないのかといった因果関係の考え方に関する判例を紹介します。

大審院判決(大正12年7月14日)

 暴行により耳たぶの断裂傷を負わせた結果、加療4週間を要する丹毒症を起こさせた事案です。

 この裁判で、被告人の弁護人は、

  • 適切な治療によれば2週間位で治癒するのに、被害者が宗教に熱心のあまり、傷口に「神水」と称する液体を塗ったのが悪化の原因である

と主張しました。

 この主張に対し、裁判官は、

  • 仮に被害者において治療の方法の誤りたる事実ありとするといえども、被告の所為によりて生じたる創口より病菌の侵入したるため、丹毒症を起こしたる以上は、その所為また同症の一因をなしたることは明白なれば、両者の間に因果関係の存在を認むべきは当然にして、これが中断を認むるは正当にあらず

と判示しました。

大審院判決(大正14年12月23日)

 頭部を突いて土間に墜落させ、さらに手で2、3回頭部を殴った事案です。

 裁判官は、

  • 被害者は、この不法なる暴行に憤激し、互いに争闘したるため、その精神の興奮と争闘時における筋肉の激動とが相まって、かねてより脳血管硬化症にかかる被害者の血圧を急激に上昇せしめ、その結果、脳出血を発作し、衰弱のため死亡したり
  • 被告人の暴行は、単に被害者を激して精神を興奮せしめたるにとどまりたるものにあらずして、その精神の興奮のは更に被害者の筋肉激動と共同して脳出血を発作せしめたるものなれば、被害者は被告人の暴行により傷害を受けたるものといい得べし

と判示しました。

最高裁判決(昭和25年11月9日)

 被告人が大声で悪口を浴せ、矢庭に拳大の瓦の破片を同人の方に投げつけ、なおも「殺すぞ」等と怒鳴りながら、そばにあったをふりあげて追いかける気勢を示したので、同人はこれに驚いて難を避けようとして夢中で逃げ出し走り続ける中に転倒し、傷害を負った事案で、裁判官は、被告人の暴行と被害者の傷害の間に因果関係を認めました。

広島高裁岡山支部判決(昭和24年12月27日)

 この判例で、裁判官は、

  • 行為と結果との間に、―般的見解に立って普通可能とせられる関係、すなわち相当の関係があると認められる場合においてのみ因果関係ありとするのである
  • 一般的見解とは、全経験的知識の見地、すなわち経験則に基くこともちろんである
  • 換言すれば、注意深い人間であるならば知り得た事情及び行為者が特に知っていた事情を基礎として、これらの事情から一般的見解に立って普通生じたであろうと考へられる範囲内に具体的結果が発生した場合に、行為者の行為をもって右の結果に対する原因であると解すべきである
  • この範囲を超えた結果は偶然であり、本質的でないから相当因果関係はないものといわなければならない

と判示し、背部から突き飛ばし2、3歩よろめかせた暴行で、治療日数2か月から3か月を要する外傷性両側橈骨神経障害の傷害を負わせたとする起訴事実に対して、暴行と傷害の相当因果関係を否定しました。

福岡高裁判決(昭和32年2月9日)

 この判例の事案は、

  • Aは、被告人を連れ帰ろうとして、被告人の背後から被告人の着衣ジャンパーを引っ張っていた
  • 被告人については、執拗にBの左手と丹前の右を握って離さないでいた
  • 結果、被告人とAとBは、3名はもろとも土間に転落し、Bが傷害を負った

という事案です。

 裁判官は、被告人がBの手などを離すことが容易にできたことなどから、

  • 被告人の右暴行の所為と傷害との間には、事実上の因果関係はもとより、法律上の因果関係があるものと解するのが相当である

と判示し、被告人に対する傷害罪の成立を認めました。

旭川地裁判決(昭和34年3月5日)

 被害者が被告人にをとられて共に歩行中、つまずいて転倒して傷害を負った事案で、傷害と被告人が袖をつかんで歩行することとの間に相当因果関係はないとし、傷害罪の成立を否定しました。

名古屋地裁判決(平成6年1月18日)

 この判例は、嫌がらせによって、不安と抑うつ状態を発症させたことについて因果関係を認めた事例です。

 裁判官は、

  • 因果関係の有無については、条件関係の存在を前提として、我々の社会生活上の経験に照らし、通常その行為からその結果が発生することが相当と見られる揚合に法的意味での因果関係の存在が認められると解されるところ、右相当性の有無を判断する基礎としては、行為の際に通常人であれば知り得たであろう一般事情のみならず、行為者が特に知っていた事情をも考慮すぺきである

と判示し、因果関係を認めるに当たっての条件を述べました。

最高裁判決(昭和34年6月9日)

 被害者を突き倒し、右拇指長趾伸筋腱断裂の傷害を負わせた事案で、裁判官は、

  • 被告人の暴行と被害者の受けた傷害との間に因果関係の存在が認められ、かつ、その因果関係が被告人の所為につき傷害罪の刑事責任を負わしめるに十分なものであることは、当裁判所の判例の趣旨に徴し是認できる
  • なお、暴行による傷害罪の成立には暴行と傷害との間に因果関係の存在を必要とするにとどまり、傷害の結果についての予見は必要としないものである

と判示しました。

名古屋高裁金沢支部判決(昭和27年4月9日)

 この判例は、盲目の被害者の襟首をつかみ、前後に振り動かして転倒させて傷害を負わせた事案で、暴行と傷害との因果関係を認め、傷害罪が成立するとしました。

水戸地裁判決(昭和38年3月25日)

 他人を脅かすために、その身体の真近である左脇を狙って発砲したところ、実弾が他人の身体に命中して傷害を与えた以上、その発砲と傷害発生との間には相当因果関係があるとしました。

東京高裁判決(昭和39年5月4日)

 施錠してある寝室の木製の扉を乱打したり蹴りつけて、同扉を損壊して同室内に躍りこみそうな気勢を示した所為と、難を避けるため2階の窓から地上に飛降りて受けた傷害との間には因果関係があるとし、傷害罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和41年6月20日)

 被告人らが、被害者を2階事務所に拉致し、不法監禁にも等しい状態において継続して暴行脅迫を加えた状況の下で、被害者が階下路上に飛び降りて傷害を負った事案で、その暴行脅追と傷害との間に相当因果関係があると認定し、傷害罪が成立するとしました。

東京高裁判決(昭和43年11月25日)

 被害者を脅すために、日本刀の抜き身を被害者の首または胸のあたりにほとんど接着せんばかりに突き付けたところ、被害者が驚いてそれをさけるため、右手でその日本刀を払おうとしたため、拇指を切られる傷害を負った事案で、裁判官は、日本刀を突き付ける暴行と傷害に因果関係があるとしました。

松江地裁判決(昭和50年8月19日)

 国鉄労働組合の組合員が、列車にビラ多数を貼付中、鉄道管理局員に制止された際、同局員に嫌がらせをしようとのついたはけを振って顔面、胸部等に糊を振りかけた上、眼に糊を付着させて傷害の結果を発生させた事案で、裁判官は、眼などの部分に糊が入る事を予見する事が全く不可能であったとはいえないとして傷害罪を認めました。

東京高裁判決(昭和56年2月18日)

 フォークリフトを被害者に向かって走行させ、衝突させるかのような気勢を示しながらその身体に近接させた行為は暴行に該当し、真近に迫ってきたフォークリフトを避けようとしてフォークリフト前部に積載したバケットに当たり受傷した被害者の傷害の結果は、被告人の前記暴行によって生じたものというべきであると判示し、傷害罪の成立を認めました。