前回の記事の続きです。
不確定的殺意(被害者の死を意図せず、かつ、死の結果の発生が不確実であると認識していた場合)は、
- 未必の殺意
- 概括的殺意
- 択一的殺意
- 条件付きの殺意
の4つに分けられます。
今回は、④条件付きの殺意を説明します。
条件付きの殺意
条件付き殺意とは、例えば、「相手の態度によっては殺害行為に出る」というような、
殺人の遂行を一定の条件(一定の事態の発生・消滅)にかからせている場合の殺意
をいいます。
条件付き殺意は、殺人罪の場合、殺人予備罪(刑法201条)と殺人罪の共犯の関係で問題になります。
通常の殺人罪は、故意(殺意)は、殺人の実行行為の際に存在し、そのような故意を問題にする必要はありません。
しかし、
- 実行の着手に至らない殺人予備罪の場合
と
- 自己が直接実行行為を行わず、他の共犯者に犯罪の実行が委ねられる共謀共同正犯の場合
には、犯罪の実行が将来のことであり、それが一定の事態の発生・消滅にかかるということがあり得るので、故意(殺意)の存在の認定が単純ではありません。
参考となる判例として、以下のものがあります。
殺人予備罪における殺人の目的に関する事例
判例は、相手の態度によっては殺害するという条件付きの殺意の場合も、殺人の目的があるといえるとしています。
大審院判決(明治42年6月14日)
裁判官は、
- 「最終の厳談をし、もし応じなければ殺害しよう」と決意していた場合、殺意は条件付きであるとしても、殺害の意思を確定して予備をした以上は殺人予備罪が成立する
としました。
大審院判決(大正14年12月1日)
裁判官は、
- 条件付き殺意を有する者が、殺人に関し、予備の行為をなしたるときは、殺人予備罪を構成す
と判示しました。
大審院判決(明治42年6月14日)
裁判官は、
- 殺害の意思を確定し、これが予備をなしたる以上は、その殺意の条件付きなると否とに論なく、刑法第201条を構成するものとす
と判示しました。
共謀共同正犯の事例
組織暴力団の幹部である被告人が、配下の者を使って、抗争中の相手方の暴力団幹部を殺害させたという共謀共同正犯の殺人罪の事案です。
被告人と配下の者2名との間で成立した謀議の内容は、「被害者らが被告人の組長宅に押し掛け又は喧嘩となるなどの事態になれば、被害者を殺害するもやむないとし、現実に殺害の実行に着手すべき事態については、現場に赴く者の状況判断に委ねる」というものでした。
裁判官は、
- 謀議された計画の内容においては被害者の殺害を一定の事態の発生にかからせていたとしても、そのような殺害計画を遂行しようとする被告人の意思そのものは確定的であったのであり、被告人は被害者の殺害の結果を認容していたのであるから、被告人の故意の成立に欠けるところはない
と判示し、配下に殺人を指示した組長に対し、殺人罪が成立するとしました。
実行行為者の実行行為時における意思と共謀者のその時点における意思との間に、そごがないため、故意(殺意)が認められるという考え方になります。
逆に言えば、「ある事態が発生したらその時に犯罪を行うかどうかを改めて決定しよう」と考えている場合は、犯意未確定であって、故意(殺意)を認めることはできないことになります。
暴力団幹部である被告人が、配下の者らとともに、貸金の返済をめぐるトラブルに決着をつけるため被害者を連行しようとし、配下の者らが被害者の抵抗状況によっては、被害者を殺害することも辞さない覚悟であるのを察知しながら、それもまたやむなしと意を決して意思を通じた上、配下の者らにおいて被害者を包丁で滅多突きにするなどして殺害したという事案です。
裁判官は、
- 謀議の内容において殺害を被害者の抵抗という事態の発生にかからせており、犯意自体が未必的なものであったとしても、共謀共同正犯としての殺人の故意の成立に欠けるところはない
と判示し、配下に殺人を指示した組長に対し、殺人罪が成立するとしました。
条件付きの殺意と未必の殺意の違い
条件付き殺意は、広い意味での不確定的故意であるという点で、未必の殺意と似た面があります(未必の殺意につき前の記事参照)。
未必の殺意は、
- 実行行為から死の結果が生じるかどうかの点についての認識が不確定的である
のに対し、
条件付きの故意は、
- 実行行為に及ぶかどうかの点が不確定である
という違いがあります。
両者は、別の側面に関するものなので、上記最高裁判決(昭和59年3月6日)のように条件付き殺意で、かつ未必の殺意ということもあり得ます。
①殺人罪、②殺人予備罪、③自殺教唆罪・自殺幇助罪・嘱託殺人罪・承諾殺人罪の記事まとめ一覧