殺人の実行行為と死の結果との因果関係の考え方
殺人既遂罪が成立するためには、「殺人の実行行為」と「死の結果」との間に
相当な因果関係
があることが必要です。
因果関係が存在するというためには、まず、
「その行為がなかったならば、その結果は生じなかったであろう」
という条件関係が前提にある必要があります。
なので、殺人罪の因果関係を認めるためには、
①「その行為がなかったならば、その結果は生じなかったであろう」という条件関係がある
かつ
②「殺人の実行行為」と「死の結果」との間に相当な因果関係がある
ことが必要になります。
条件関係が認められるだけでは、刑法上の因果関係として十分ではなく、相当な因果関係がなければならない(当因果関係説)というのが通説であり、判例も当因果関係説を採用しています。
条件関係と相当な因果関係があれば、殺人罪が認められるという考え方になります。
例えば、Aが瀕死の重病人をナイフで刺して殺害し、その死期を早めた場合は、殺害行為がなくてもいずれ死亡したであろうから条件関係がないということにはならず、Aに対し、殺人罪が成立します。
参考となる裁判例として、以下のものがあります。
この判決は、
- Aが被害者の頭部を殴ったため、脳の血管が切断して脳内出血し、そのまま放置しても出血が脳底に貯留し、呼吸中枢の圧迫による呼吸麻痺により、遂には死の結果を来したものであったとしても、B・Cが殺意をもって被害者を2階から投下したため、出血が助長促進され、死の結果を早めたものである以上、B・Cの行為と死の結果との間には因果関係がある
とし、A・B・Cの全員に殺人罪が成立するとしました。
因果関係が争点となった殺人罪の事例
上記のとおり、因果関係の認定について、最高裁は相当因果関係説を採用しています。
参考となる判例を紹介します。
行為当時すでに被害者の身体に特殊な事情があった事例
大審院判決(大正14年7月3日)
被害者を殺害する目的で、小刀で被害者の後頭部を2回突き刺し、骨膜下に達する傷害を負わせた事案で、普通健康体の者に対しては容易に死の結果を生じることがないものであったが、被害者が老衰病弱の身であったため、ショック死したと認定し、殺人の実行行為と死の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
大審院判決(昭和15年6月27日)
殺意をもってチフス菌を塗った菓子を被害者宅に送りつけたところ、腸チフスの死亡率は20%くらいであるが、被害者が虚弱体質で菌に対する抵抗力が弱かったこともあり、敗血症により死亡したという事案で、殺人の実行行為と死の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
因果関係の進行過程で特殊な事情が介入した事例
大審院判決(大正12年3月23日)
被害者を崖の上から川に突き落として殺害しようとしたが、その生死を確かめるため崖を下りたところ、崖の中腹に人事不省に陥っている被害者を発見し、後日の弁解のため、あたかも誤って墜落した被害者を救助するもののように装い、被害者の身体に手を掛けて支えたところ、自分も一緒に転落しそうになったので、手を離し、そのため被害者は川に転落して溺死したという事案です。
崖の中腹にとどまっていた被害者は、結局、身体が弛緩して水中に転落し死亡するのを免れない状態にあったから、本件死の結果はその状態の自然の転帰にほかならないとして、殺人の実行行為と死の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
大審院判決(大正12年4月30日)
被告人は殺意をもって被害者の頸部を縄で絞めたところ、身動きしなくなったので、既に死亡したものと思い、犯行の発覚を防ぐため、数百メートル離れた海岸砂上に被害者を運んで放置した結果、砂を吸引して死亡した事案で、殺人の実行行為と死の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
大審院判決(昭和5年10月16日)
殺害の目的で絞首し、死亡したと誤信して被害者を水たまりに投じた結果、溺死した事案で、殺人の実行行為と死の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
大阪地裁判決(平成29年3月1日)
未必の殺意をもって被害者を自動車の車底部で引きずった後、2度にわたり被害者の身体を車の後輪でれき過した結果、れき過行為を直接の原因として被害者が死亡したが、れき過行為の際は、被害者が死亡していたと思っていたとの弁解が排斥できないため殺意が認められなかったという事案です。
れき過行為がなかったとしても、引きずり行為の後、その場に放置されれば出血により数時間以内に死亡していた可能性が高く、れき過行為は、死亡時期を数時間早めたにすぎず、引きずり行為から死亡の結果に至る経過の単なる一コマであって、死亡の結果は、引きずり行為によって生じた生命の危険性が現実化したものと評価できるから、引きずり行為と死亡との間の因果関係を認めることができるとし、殺人罪が成立するとしました。
第三者の行為が介入した事例
東京高裁判決(昭和30年4月19日)
Aを殺害する目的で農薬を日本酒に混入した上、Aに供与したが、Aはこれを飲まずに放置しておいたところ、約半年後、Aの妻が毒酒と知らずに知人のBにこれを贈与し、Bが飲用して死亡した事案で、被告人の行為とB死亡の結果の因果関係を認め、殺人罪が成立するとしました。
この事案は、方法の錯誤(Aを殺すつもりがBを殺してしまったという錯誤)の事例です。
農薬入りの日本酒をA以外の者が飲む可能性を否定しきれない以上、因果関係は否定されないという評価になり、殺人罪の成立が認められることになります。
自然的事情の介入の事例
東京高裁判決(昭和8年2月28日)浜口首相暗殺事件
この事例は、殺人の実行行為と被害者の死の結果との間に、相当因果関係がないとして、殺人罪は成立しないが、殺人の実行行為は行われているので、殺人未遂罪が成立するとした事例です。
【事案】
浜口首相は、昭和5年11月14日、東京駅ホームにおいて拳銃で狙撃され、弾丸は下腹部に命中したが一命を取り止め、一時は議会に出席できるほどに回復した。
しかし首相は、この傷により、腸から漏出した放射状菌による横隔膜下膿傷、隣接諸臓器の疾患という極めて稀有の感染例により、昭和6年8月26日死亡した。
【判決内容】
裁判官は、「該行為より該結果の発生することが日常経験上一般的なることを要するものにして、該結果の発生が全く偶然なる事情の介入による稀有の事例に属し、常態にあらざるときは刑法上困果関係なきもの」と判示し、殺人未遂を認定するにとどめました。
医療措置の介入が問題になった事例
大阪地裁判決(昭和55年12月23日)
未必の殺意をもって包丁で被害者に左側腹部刺創の傷害を負わせ、その治療に伴う輸血後、肝炎に起因する硬脳膜下出血により受傷の75日後に死亡させた事案です。
被害者の受傷程度からみて、輸血は治療上不可欠であったこと、現在の医療水準では輸血をした場合、輸血後、肝炎が避けられないことがあること、死亡にいたる過程において被害者の不注意や第三者の医療過誤等があったと認められないことなどから、困果関係を肯定し、殺人罪が成立するとしました。
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