前回の記事の続きです。
一罪一逮捕一勾留の原則とは?
逮捕・勾留には、1回性の原則があり、逮捕・勾留された被疑者をいったん釈放した後、同一の犯罪事実により再び逮捕し、勾留をすることは原則として許されません。
このことは、
- 一罪一逮捕一勾留の原則(いちざい いちたいほ いちこうりゅうのげんそく)
と表現されます。
一罪一逮捕一勾留の原則とは、
- 同じ犯罪事実で、再度、被疑者を逮捕・勾留できない原則
をいいます。
たとえば、窃盗罪で逮捕・勾留された被疑者が、犯行内容が軽微ということで釈放されたとします。
しかし、後日、同じ窃盗罪の事実で、再度、逮捕・勾留されたとしたら、それは「一罪一逮捕一勾留の原則」に反し、違法逮捕・違法勾留になります。
同一の犯罪事実について、再度の逮捕・勾留が許されない理由として、
- 不当な逮捕・勾留の蒸し返しが起きないようにすること
- 同一犯罪事実で逮捕・勾留と釈放を繰り返すと、逮捕権が濫用され、被疑者の人権が侵害されること
- 同一犯罪事実での逮捕・勾留が容易に認められたら、法が逮捕・勾留に時間制限を設けた意味が失われること
が挙げられます。
【参考説明】逮捕・勾留の時間制限とは?
法が設けている逮捕・勾留の時間制限は以下のとおりです。
- 警察官が被疑者を逮捕した場合に、逮捕から48時間以内に被疑者を検察官に送らなければならない(刑訴法203条1項)
- 検察官が被疑者を逮捕した場合に、逮捕してから48時間以内に裁判官に勾留請求しなければならない(刑訴法204条1項)
- 先ほどの刑訴法203条1項の規定により、警察官から被疑者の送致を受けた検察官は、送致を受けてから24時間以内(かつ、警察官が被疑者を逮捕してから72時間以内)に裁判官に勾留請求しなければならない(刑訴法205条1・2項)
- 逮捕された被疑者は、検察官が裁判官に対して行った勾留請求が認められ、勾留状が発付されると、10日間、警察署の留置施設で勾留される(刑訴法208条1項)
- 勾留期間は、必要があれば、10日間延長できる(刑訴法208条2項)
- 勾留期間は、国を脅かす罪(内乱・外患・外交・騒乱に関する罪)については、さらに5日間延長できる(刑訴法208条の2)
上記制限時間を超過した場合には、司法警察員又は検察官は被疑者を釈放しなければなりません。
ただし、上記制限時間を超過してしまった「やむを得ない事情」がある場合には、被疑者を釈放する必要はなく、検察官は勾留請求をすることができます(詳しくは、刑訴法206条の説明の記事参照)。
一罪一逮捕一勾留の原則の例外
同一犯罪事実で再度の逮捕・勾留が全くできないかと問われると、そうではありません。
同一犯罪事実で再度の逮捕・勾留を行うことが必要となる場面が出てくることもあり、
一罪一逮捕一勾留の原則の例外
が存在します。
同一犯罪事実で再度の逮捕・勾留を行うこと必要がある合理的な理由がある場合には、同一犯罪事実で再度の逮捕・勾留が許される場合があります。
同一犯罪事実で再度の逮捕・勾留が許される合理的な理由として、
- 逮捕・勾留中の被疑者が逃走したため、再度の逮捕・勾留が必要である場合
- 逮捕・勾留の必要性がなくなったとして被疑者を釈放したが、後日、重要証拠が出てきたため、再度の逮捕・勾留が必要となる場合
- 警察官又は検察官において被疑者を取り調べたものの、逃亡や罪証隠滅のおそれがないとして勾留請求せずに釈放したところ、新たに逃亡や罪証隠滅の具体的なおそれが生じた場合
- 逮捕手続に違法があり、その違法を是正するため、あらためて適法な逮捕を行うために、再度の逮捕が必要となる場合
- 逮捕後、被疑者が体調不良で入院が必要になるなどしたため釈放し、再度の逮捕が必要となる場合
があげられます。
これらの場面における再度の逮捕・勾留は、
不当な逮捕・勾留の蒸し返しにならない
ことから、一罪一逮捕一勾留の原則の例外として認められるとされます。
①~⑤について以下で詳しく説明します。
① 逮捕・勾留中の被疑者が逃走したため、再度の逮捕・勾留が必要である場合
被疑者が逮捕中に逃亡した事情は、同一事実で再逮捕する合理的理由となります。
通常逮捕された被疑者が、引致の途中に逃亡した場合には、逮捕行為は完了していないので、その通常逮捕状により更に逮捕することができます。
しかし、引致後、留置期間中に被疑者が逃亡した場合には、その通常逮捕状は目的を達し、その通常逮捕状の効力で再度被疑者を拘束することは許されないので、新たな通常逮捕状を得て再逮捕することになります。
現行犯逮捕又は緊急逮捕した被疑者が逮捕後引致途中に逃亡し、追跡を免れて完全に逮捕者の支配を脱した場合も、改めて通常逮捕状の発付を求めて再逮捕することになります。
② 逮捕・勾留の必要性がなくなったとして被疑者を釈放したが、後日、重要証拠が出てきたため、再度の逮捕・勾留が必要となる場合
③警察官又は検察官において被疑者を取り調べたものの、逃亡や罪証隠滅のおそれがないとして勾留請求せずに釈放したところ、新たに逃亡や罪証隠滅の具体的なおそれが生じた場合
逮捕された被疑者を取り調べたものの、犯罪の嫌疑が十分でないため釈放した後、有力な新証拠を発見して再逮捕の必要が生じた場合は、同一事実で再逮捕する合理的理由となります。
また、逮捕後、警察官又は検察官において被疑者を取り調べたものの、逃亡や罪証隠滅のおそれがないとして、勾留請求せずに釈放したところ、新たに逃亡や罪証隠滅の具体的なおそれが生じた場合も同一事実で再逮捕する合理的理由となります。
まず、否定的な見解として、
- このような場合においては、一罪一逮捕一勾留の原則を厳格に適用して再度の逮捕・勾留は一切許されないという見解
- 新証拠を発見した場合に再逮捕可能とするのは、捜査機関の怠慢を被疑者の犠牲で補うことになるので不当であるとする見解
- 逃亡・罪証隠滅行為等の被疑者に帰責事由のある場合を除いては再逮捕は許されないとする見解
があります。
しかしながら、否定的な見解があるものの、これを肯定するのが大勢であり、
- 当該事件の重大性
- 先行の逮捕・勾留による身柄拘束期間の長短
- 先行の逮捕・勾留の期間中に証拠が発見できなかったことが捜査機関の怠慢に起因していないこと
- 新証拠がどの程度有力な証拠であるか
- 逃亡・罪証隠滅のおそれが増大した程度
- 再度逮捕・勾留されることの被疑者の帰責事由
- 捜査機関の意図に正当性があること
- 被疑者の受ける不利益と対比しても再度再捕・勾留することがやむを得ないこと
- 逮捕・勾留の不当な蒸し返しといえないこと
などを勘案し、合理的理由があると認められる場合は再度の逮捕・勾留が許容されると解されています。
この判断に当たり、先行の身柄拘束が、逮捕だけか、勾留までか、勾留期間の延長がされているかなど、当初の逮捕・勾留期間の長短により判断の厳格性が異なるとされます。
当初の身柄拘束が長い場合は判断基準はより厳格になり、再逮捕・勾留が許容される合理的理由は高度なものが要求されるとされます。
④ 逮捕手続に違法があり、その違法を是正するため、あらためて適法な逮捕を行うために、再度の逮捕が必要となる場合
逮捕手続に違法があり、その違法を是正するため、あらためて適法な逮捕を行うために、再度の逮捕を行うことについては、これは捜査機関の手落ちに起因することなので、同一事実での再逮捕は許されないとする見解もあります。
被疑者に何らの非がないのに、捜査機関の手落ちにより再逮捕され、通常よりも長い拘束を受けるという不利益を被ることは合理性を欠き、これが許容されるとすると、身柄の拘束時間を含め、逮捕の手続について厳格な時間制限を設けている法の趣旨が没却されることになります。
しかし、逮捕手続の違法といっても、違法の程度は大小様々であり、捜査機関がいったん逮捕段階で手続上の違法を犯したならば、その違法の程度を問わず、その後、再逮捕及びこれに引き続く勾留の一切が許されなくなるとするのは、被疑者に適正な刑罰を科すことができなくなり、被疑者に不当な利益を与えることになります。
そのため、事案によっては再逮捕が許されると解されています。
具体的には、
- 事件の重大性
- 被疑者の逃亡・罪証隠滅のおそれの程度
- 被疑者の受ける不利益
- 当初の逮捕手続の違法の性質・程度(違法が比較的軽いか)
- 捜査機関に意図(不当な意図はないか)
- 不当な逮捕の蒸し返しでないか
などを勘案し、なお再逮捕すべき必要性が高い場合においては再逮捕を認めてもよいと解されています。
⑤ 逮捕後、被疑者が体調不良で入院が必要になるなどしたため釈放し、再度の逮捕が必要となる場合
逮捕された被疑者が急病となったため釈放された後、回復を待ち新たに留置の必要が発生したという事情は同一事実で再逮捕する合理的理由となり、再逮捕が許容されると解されています。
例外的に同じ犯罪事実で再度の逮捕・勾留が認められる根拠法令
同じ犯罪事実で再度の逮捕・勾留が認められることを直接的に規定する法律の条文はありませんが、間接的に規定する条文があります。
その条文とは、刑訴法199条3項と刑訴法規則142条1項8号です。
刑訴法199条3項では、
- 検察官又は司法警察員は、第1項の逮捕状を請求する場合において、同一の犯罪事実についてその被疑者に対し、前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨を裁判所に通知しなければならない
と規定しています。
- 同一の犯罪事実又は現に捜査中である他の犯罪事実について、その被疑者に対し前に逮捕状の請求又はその発付があったときは、その旨及びその犯罪事実を記載しなければならない
旨を規定しています。
これらの条文が意味することは、
同じ犯罪事実で再度の逮捕・勾留が行われる場面があることを法が想定している
ということです。
これらの条文が根拠法令となり、例外的に、同じ犯罪事実で再度の逮捕・勾留が認められるとされます。
なお、勾留については、重ねて同一の犯罪事実につき勾留できることを前提とした規定はなく、これを禁止した規定もありません。
しかし、被疑者の勾留は、逮捕前置主義のもとで逮捕を前提とした手続であり、逮捕と勾留は、捜査方法としては密接不可分の関係にあるので、再逮捕ができる場には、これに引き続き勾留することができるものと解されています。
この点に関し、参考となる以下の裁判があります。
東京地裁決定(昭和33年2月22日)
裁判所は、
- 同一の犯罪事実について再度の勾留を認めるときは逮捕勾留が反復され、勾留期間を制限した法の精神に反するのではないかという疑いが存するも、強制捜査を行っても必ずしも公訴の提起をなしうるに十分な証拠を収集しうるものではなく、場合によっては相当の嫌疑があるにかかわらず捜査を一時中止する等のことも容易に推測しうるところであって、この場合、後日新たに資料を発見して犯罪容疑が一層濃厚となった際、任意捜査によるほかその取調はできないとすることは、犯罪が国家の治安に及ぼす影響等を考えると、必ずしも公共の福祉を達するゆえんではない
- 刑事訴訟法199条3項はこの公共の福祉と同法208条が企図している人権の保障との統一調和を図り、同一の犯罪事実について前に逮捕状の請求又はその発付があっても逮捕状の請求を認めるとともにこの場合はその旨を裁判所に通知せしめ、裁判官をして、その逮捕状の請求並びに逮捕に引き続く勾留請求が逮捕、勾留の不当な反復であるかどうかを検討の上慎重に請求を許否させることとしているものと解するのが相当である
と判示しました。
一罪一逮捕一勾留の原則に関する裁判
一罪一逮捕一勾留の原則に関する裁判として以下のものがあります
札幌地裁決定(昭和36年10月2日)
現行犯逮捕手続が違法であるとして勾留請求が却下された被疑事実と同一の事実につき司法警察員が逮捕状の発付を得ておき、検察官の取調室で、被疑者に対し、釈放する旨を口頭で告げた直後に、司法警察員が同逮捕状を示して再逮捕手続をとったことを適法としました。
京都地裁決定(昭和44年11月5日)
現行犯逮捕手続に違法があるとして勾留請求が却下されたことから、検察官において一旦被疑者の釈放手続をとり、その直後に検察事務官が、現行犯逮捕に係る被疑事実と同一の事実につき緊急逮捕して検察官に引致し、検察官において緊急逮捕状の発付を得て再度の勾留請求に及んだ事案につき、最初の身柄拘束から72時間以内に行われた再度の勾留請求を適法であるとしました。
浦和地裁決定(昭和48年4月21日)
緊急逮捕後、「直ちに」逮捕状の請求がなされなかったことを理由に勾留請求が却下された後、同一被疑事実により通常逮捕状の発付を得て被疑者を通常逮捕し、勾留請求した事案です。
裁判官は、
- 検察官または司法警察員は同一の犯罪事実につき二度以上にわたって逮捕状の請求をすることができ(刑事訴訟法199条3項)、したがって裁判官も二度以上にわたって逮捕状を発付することができる
- しかし、同一事実に基づく再逮捕は無制限に許されるものではない
- けだし、これを無制限に許すならば捜査段階における被疑者の身柄の拘束につき厳格な時間的制約を設けた法の趣旨は全く没却されてしまうからである
- それゆえ同一事実に基づく再逮捕は合理的な理由の存する場合でなければ許されない、というべきである
- そこで緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された場合に通常逮捕が許されるか否か、また許されるとすれば、いかなる要件が必要かについて考えてみるに、逮捕状請求却下の裁判に対して、捜査機関に何ら不服申立の手段が認められていない現行法上、緊急逮捕に基づく逮捕状請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後の通常逮捕が一切許されないとすることは、犯罪が社会の治安に及ぼす影響に鑑み、 公共の福祉をも一の目的とする刑事訴訟法の趣旨に照し、到底採り得ないところといわざるを得ない
- また、他方、緊急逮捕に基づき直ちに逮捕状の請求がなされず、時間的に遅れた逮捕状の請求が却下された場合にも、その後一律に通常逮捕状の請求が許されるとすることは、緊急逮捕の要件が緩やかに解され、運用上大きな弊害の生ずることも考えられ、ひいては憲法の保障とする令状主義の趣旨が没却されることにもなるので妥当ではないといわなければならない
- しかし緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くとして却下された後、特別の事情変更が存しなければ通常逮捕が許されないと解することも妥当ではない
- けだし、右における逮捕状の請求は却下されたがなお逮捕の理由と必要性の存する場合、一旦釈放した被疑者が逃亡するなどの事情変更が生じなければ通常逮捕状の請求が許されないとすれば、犯罪捜査上重大な支障を来たし、結局は前記のような刑事訴訟法の趣旨に反するものと考えられるからである
- よって、勘案するに、緊急逮捕に基づく逮捕状の請求が「直ちに」の要件を欠くものとして却下されたもののなお逮捕の理由と必要性の存する場合には「直ちに」といえると考えられる合理的な時間を超過した時間が比較的僅少であり、しかも右の時間超過に相当の合理的理由が存し、しかも事案が重大であって治安上社会に及ぼす影響が大きいと考えられる限り、右逮捕状請求が、却下された後、特別の事情変更が存しなくとも、なお前記した再逮捕を許すべき合理的な理由が、存するというべく、通常逮捕状に基づく再逮捕が許されるものといわなければならない
と判示しました
東京地裁判決(昭和39年4月15日)
検察官が現行犯逮捕手続に違法があると判断して被疑者を一旦釈放した後、改めて被疑者を同一の事実について通常逮捕した事案において、最初の身柄拘束から72時間を超えて行われた勾留請求が適法とされた事例です。
裁判官は、
- 原裁判は検察官の本件勾留請求を却下し、その理由を「被疑者は当初現行犯として逮捕され、次いでこれが違法であるとして釈放され、ひき続き通常逮捕されたこと、現行犯逮捕されてから本件勾留請求までの時間が72時間を超えることもまた明らかである。かかる場合、通常逮捕の時から新たに右時間を起算すべきであるとの見解も考えられるが、同一の事件につき同一の被疑者の逮捕という身体の拘束は右時間内に止めるというのが法の 趣旨と解するのが相当と思われる。この様に解しないと、まず現行犯逮捕し、これを違法として緊急逮捕ないしは通常逮捕を行なうという脱法行為が行われ得るからである。」と説明している
- 検察官提出の一件資料によると、被疑者は昭和39年3月29日午前11時40分頃、すりの現行犯として逮捕され、同月31日午前9時検察官に送致されたが、送致を受けた検察官は右現行犯逮捕に過誤があったと判断して被疑者を一旦釈放した後、改めて司法警察員の請求により裁判官の発した逮捕状により、同日午後6時20分司法警察員がこれを逮捕し、翌4月1日午後1時検察官に送致され、検察官において同日午後6時10分勾留請求したことが認められる
- 従って被疑者が現行犯逮捕されてから本件勾留請求までの時間は72時間の制限を超えていることは明らかであるが、同時に逮捕状による逮捕時から起算すれば、右勾留請求は所定の時間内になされた適法なものであったことも明らかである
- 原裁判は、現行犯逮捕が違法であるとして被疑者が一旦釈放され、ひき続いて通常逮捕された場合においても勾留請求までの時間は当初の現行犯逮捕時から72時間を超え得ないとするが、右釈放により現行犯逮捕に基く身体の拘束は終了したのであるから、同一事実であっても新たな逮 捕状による被疑者の身体拘束の制限時間は右逮捕状によって逮捕された時から改めて所定の時間が起算さるべきで、この逮捕状による逮捕に基く勾留請求も当初の現行犯逮捕時から72時間内になさるべきであるとする法律上の根拠はない
- なるほど、もし同一事実に基く再度の逮捕であっても勾留請求までの時間は逮捕ごとに改めて起算されるとすれば、これが脱法行為的に利用され、逮捕の不当なくり返しが行われるおそれがあるという原裁判の懸念は十分考えられるが、法は同一事実についての二度以上の逮捕状の請求、発布を予定しており、ただその発布に当っては慎重な配慮をなすべきことを要求している(刑訴法199条3項、刑訴規則142条1項8号)
- もちろん同一事実に基く同一被疑者の再逮捕は、特別の事情のない限り許さるべきではないが、一旦被疑者を逮捕したが、それが違法であったとして釈放した後は、爾後任意捜査によるほかその取調ができないとすることは、犯罪捜査上重大な支障をきたし、犯罪が国家の治安に及ぼす影響等を考えると、必ずしも公共の福祉を達する所以ではない
- 法が被疑者の身体の拘束について厳重な制限を設け、また再度の逮捕状の請求、発布について特に規定を設けたのも、違法、不当な逮捕、勾留を行わしめないため司法的抑制を加えたものに外ならないから、令状発布裁判官において当該請求が逮捕、勾留の不当な反覆か否かを十分検討してその許否を決すべきであることはもちろんであるけれども、単に同一事実に基く再逮捕であるとの一事をもってその逮捕が直ちに違法、不当なものであると断定することはできない
- 本件においては、(一旦釈放後、司法警察員の通常逮捕による逮捕状に基き逮捕され、勾留請求がなされているが、)当初の現行犯逮捕により送致を受けた検察官が、事件の性質上身柄拘束の上取調をする必要があると認めるならば、法が厳格な制限時間を設けた趣旨に鑑み、検察官において一旦被疑者を釈放した上、直ちに自ら緊急逮捕して勾留請求手続をするのが相当であると考えられる
- しかし本件の場合、司法警察員による再逮捕後勾留請求がなされるまでの時間は、前記の如く24時間足らずであるのみならず、その間捜査官において逮捕の不当なくり返しを意図したと見るべき事跡は全く認められない
- 従って右通常逮捕は適法なものというべきで、本件勾留請求は違法な逮捕手続を前提とするとの理由でこれを却下した原裁判は失当である
と判示しました。
広島高裁判決(昭和40年1月13日)
共犯事件で逮捕・勾留して捜査をしたが、共謀を立証する証拠が得られなかったことから起訴せずに釈放した被疑者につき、その後、新たな証拠が得られたため同一の被疑事実で再度逮捕し勾留した事案で、脱法的な逮捕勾留の蒸し返しとは認められないとして再度の逮捕・勾留は適法であるとした事例です。
裁判官は、
- そこで検討するに、弁護人の所論のうち、原審相被告人のAが、同一の犯罪事実につき再度の逮捕勾留を受けたこと及び原判決引用の同人の検察官調書が右再度目の勾留中の供述録取書であることは本件記録並びに証拠に徴し、否定し得ないところのようである
- しかしながら、原審並びに当審の証拠によると、被告人Y1と原審相被告人Bは、暴力団C組所属の兄弟分であり、またAはC組と縁故の深いD組の子分であって、起訴状記載の日時頃、C組の組員Eより、喧嘩の応援を頼まれ、3名共謀の上C組の自家用車に同乗し、右喧嘩闘争の応援のために、岩国市に急行中、事前にこれを探知し待機中であった警察官の職務質問を受け、拳銃一丁を携行していたことを発見され、凶器準備集合罪の共犯者の嫌疑の下に、3名共に現行犯逮捕の後初度目の勾留を受けるに至ったものであって、被告人等の前記のような身分関係、同行の目的及びその他の外形的事実等からして右逮捕勾留はもとより相当な措置といわざるを得ないのである
- ところが前記Bは当初、右拳銃は自分の所有物であり、これを当夜携行したのは自分の一存で、Y1やAはその情を知らないと供述し、また被告人Y1やAも、拳銃携行の事実は知らなかったと供述し、一応三者の供述が符合し他に共謀の証拠が得られなかったので、捜査官もついにA、Y1の起訴を断念し両名を釈放したのであるが、その後Fらの取調によって、拳銃の入手先の説明に窮したBが、ついに従来の供述を覆し右拳銃は本来被告人Y1が所持していたものであり、犯行の当夜同人が自宅より持ち出して自動車に乗り携行中、車中においてBが殺傷の役割を買って出る考えで、被告人Y1から受け取って所持していたもので、Aも車中でそのことを現認し承知していたのである
- しかし自分は、真実のことを供述するとY1やAに顔が立たないと考え、自分一人で罪を着る気で嘘の供述をして来たのであると告白するに至ったので、捜査官もついにY1、A両名を再逮捕し再度目の勾留状も得て取調をした後、起訴したものであることが認められるのであって、右は弁護人所論のように、脱法的な逮捕勾留の蒸し返しとは認められないのである
- もとより起訴前の勾留は決してこれを濫用してはならないが、右のような事情による場合は再度の勾留もまたやむを得ない特別事情による例外としてこれを許容すべきであり、同勾留中の供述調書なるの故をもって、一概にその任意性や信用性を否定すべきものでもない
と判示しました。
東京地裁決定(昭和47年4月4日)
5件の爆発物取締罰則違反事件により逮捕・勾留して捜査し、勾留期間満了により釈放された被疑者につき、その後うち一件について新証拠により犯罪の嫌疑が濃厚となったことから、その事実で再度逮捕し、勾留請求した事案について、事案の重大さ、捜査経緯、再勾留の必要性などを前提に、再び勾留することが身柄拘束の不当な蒸し返しにならない例外的な場合に当たり適法であるとした事例です。
被疑者はすでに22日間勾留を受けている場合において、同一事実にらき再勾留することの適否について、被疑者がすでに22日間勾留を受けている場合であっても、諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められるときは、例外的に同一事実につき再勾留をすることが許されると解すべきであるとした判決です。
裁判官は、
- 思うに同一被疑事件について先に逮捕勾留され、その勾留期間満了より釈放された被疑者を単なる事情変更を理由として再び逮捕勾留することは、刑訴法が203条以下において、逮捕・勾留の期間について厳重な制約を設けた趣旨を無視することになり、被疑者の人権保障の見地から許されないものといわざるをえない
- しかしながら、同法199条3項は再度の逮捕が許される場合のあることを前提にしていることが明らかであり、現行法上再度の勾留を禁止した規定はなく、また、逮捕・勾留は相互に密接不可分の関係にあることに鑑みると、法は例外的に同一被疑事実につき再度の勾留をすることも許しているものと解するのが相当である
- そして、いかなる場合に再勾留が許されるかについては、前記の原則との関係上、先行の勾留期間の長短、その期間中の捜査経過、身柄釈放後の事情変更の内容、事案の軽重、検察官の意図その他の諸般の事情を考慮し、社会通念上捜査機関に強制捜査を断念させることが首肯し難く、また身柄拘束の不当なむしかえしでないと認められる場合に限るとすべきであると思われる
- このことは、先に勾留につき、期間延長のうえ20日間の勾留がなされている本件のような場合についても、その例外的場合をより一層限定的に解すべきではあるが、同様にあてはまるものと解され、また、かように慎重に判断した結果再度の勾留を許すべき事案だということになれば、その勾留期間は当初の勾留の場合と同様に解すべきであり、先に身柄拘東期間は後の勾留期間の延長、勾留の取消などの判断において重視されるにとどまるものとするのが相当だと思われる
- そこで、本件についてみると、関係記録により本件事案の重大さ、その捜査経緯、再勾留の必要性等は別紙(一)記載の申立理由中に記載されているとおりであると認められ、その他、前回の勾留が期間延長のうえその満了までなされている点についても、前回の勾留は本件被疑事実のみについてなされたのではなく、本件を含む相互に併合罪関係にある5件の同種事実(別紙(二))についてなされたものであることなどの点も考慮すると、本件の如き重大事犯につき捜査機関に充分な捜査を尽させずにこれを放置することは社会通念上到底首肯できず、本件について被疑者を再び勾留することが身柄拘東の不当なむしかえしにはならないというほかなく前記の極めて例外的な場合に該当すると認めるのが相当である
と判示しました。
東京高裁判決(昭和48年10月16日)
覚せい剤所持事案で大阪府警に逮捕・勾留され処分保留で釈放された被疑者につき、警視庁警察官が刑事訴訟規則142条1項8号所定の事項を記載しない逮捕状請求書によって発付を受け、先の被疑事実と同一の事実により逮捕し勾留して起訴した事案です。
捜査主体の変更、新たな搜査主体と被告人の居住地との地理的関係、第一次逮捕後の日時の経過、捜査の進展に伴う被疑事実の部分的変更、逮捕の必要性等の諸点から、 第二次逮捕の手続に違法(刑訴規則142条1項8号違反)があったといえるが、再逮捕したことそのものは違法ではないとしました。
裁判官は、
- 所論は、原判決には判決に影響を及ぼすことの明らかな法令違反があるとして次のように主張する
- 原判決は被告人の捜査官に対する自白調書を事実認定の証拠としているが、右自白調書は不法拘禁中に作成されたものであって、証拠能力がないと解すべきである。すなわち、被告人は、本件控訴事実と同一の被疑事実につき大阪地方裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和47年10月13日逮捕され、引続き10日間勾留されたが、処分保留のまま釈放されていたところ、同じ被疑事実につき東京簡易裁判所裁判官の発した逮捕状により、昭和48年2月17日再逮捕され、同月19日いわゆる逮捕中求令状の形式で本件の公訴提起をうけ、同日発せられた勾留状により勾留されるに至った。右の二度目の逮捕状を請求するにあたり司法警察員は、被告人が同じ被疑事実により既に逮捕、勾留され処分保留のまま釈放中であることを知りながら、そのことを逮捕状請求書に記載せず、前記のとおり逮捕状の発布をうけ再逮捕に及んだ。従って、右の再逮捕は明らかに違法というべきである。原判決が証拠としている被告人の各自白調書は、昭和48年2月18日および19日に作成されたものであり、違法な逮捕により拘禁中に作成されたものとして証拠能力がないといわなければならない。これを証拠とした原判決は法令に違反したものであり、破棄されるべきである。と以上のように主張するのである
- そこで、記録を精査検討し、所論の当否について判断するに、被告人が覚せい剤取締法違反の被疑事実につき、所論のように二度にわたって逮捕状により逮捕されたことは、記録上明らかである
- そのうち最初の逮捕、すなわち昭和47年10月13日の逮捕(以下これを第一次逮捕という)の際の被疑事実は、その際の逮捕状が記録中に存在しないので明確ではないが、その逮捕に引続き発せられた勾留状には、被疑事実の要旨として、「被疑者は法定の除外事由がないのに、営利の目的で昭和47年7月1日ごろの午後3時ごろ、大阪市〇〇先A方応接間においてAに対し代金後払いの約束で覚せい剤フェニルメチルアミノプロパン塩類を含有する粉末約300グラムを代金240万円で譲り渡したものである。」との記載がなされており、逮捕状記載の被疑事実も右と同旨であったものと推認される
- 次に、昭和48年2月17日の逮捕(以下これを第二次逮捕という)の際の被疑事実は、「被疑者は法定の除外事由がないのに昭和47年6月末ごろの午前11時ごろ大阪市〇〇号Aに対し覚せい剤である塩酸フェニルメチルアミノプロパンを含有した白色粉末500グラムを譲り渡したものである。」というのである
- 右の両者を対比すると、覚せい剤をAに譲り渡した点は共通であるが、その日時ならびに数量において若干の差異がみられる
- この両者について同一性があるかどうかはともかくとして、同一の被疑事実によって被疑者を再度にわたり逮捕することも、相当の理由がある場合には許されるものと解すべきところ、関係記録によれば、前記第一次逮捕は大阪府警察本部の捜査官によってなされたものであり、被告人は、右逮捕に引続き10日間の勾留をうけ、その間取調をうけ被疑事実を認めていたのであったが、覚せい剤の流れた先についての捜査が未了であったことから、起訴、不起訴の処分が保留されたまま釈放になったこと、そして第二次逮捕は東京の警視庁碑文谷警察署の捜査官によってなされたものであり、同署は大阪府警とは別個に被告人をめぐる覚せい剤授受の件につき捜査を開始し、大阪府警の捜査とは重複しないように配慮しながら捜査を進め、覚せい剤授受の日時や数量などにつき第一次逮捕の際の被疑事実とは異なる事実の認められる疑いがあり、覚せい剤の流れた先が暴力団関係者であって、被告人がこれらの者と親交があって逃走、罪証隠滅などをはかる疑いもあったので、逮捕を必要と考え、裁判官から逮捕状の発布を得て第ニ次逮捕をするに至ったこと、以上の諸事実が認められる
- 右の事実関係によって検討すれば、被告人に対する二度の逮捕が同一の被疑事実によるものであるとしても、捜査主体の変更、新たな捜査主体と被告人の居住地との地理関係、第一次逮捕後の日時の経過、捜査の進展に伴う被疑事実の部分的変更、逮捕の必要性等の諸点からして、再逮捕をするにつき相当の理由がある場合に該当すると認められ、本件再逮捕は違法ではないと解される
- ただ、前記碑文谷署の司法警察員は、先に大阪において第一次逮捕がなされたことを了知していながら、裁判官に対して逮捕状を請求するにあたり、刑訴法199条3項、刑訴規則142条1項8号各所定の事項を逮捕状請求書に記載しなかったことが、記録上明らかである
- 右の各条項によれば、第二次逮捕の被疑事実が第一次逮捕のそれと同一であると否とにかかわらず、第一次逮捕の際の逮捕状発布の事実を第二次逮捕の逮捕状請求書に記載すべきであるから、その記載を怠ったことは右の法や規則の定めに違反したものであり、第二次逮捕はその手続に違法があったといわなければならない
- しかしながら、右刑訴法や規則の定めは、理由のない逮捕のくり返しを紡ぐためのものであると解されるところ、既に検討したとおり、被告人に対する再度の逮捕が理由のない不当なものであったとは認められないのであるから、右手続の違法の点のみを理由として第二次逮捕を違法とし、その逮捕中に作成された供述調書の証拠能力を否定することはできない(最高裁判所昭和42年12月20日決定、刑事裁判集165号487頁参照)
- 原判決に所論の違法はなく、論旨は理由がない
と判示しました。
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