暴行・脅迫後に、強盗の犯意が生じた場合の強盗罪の成否
暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物奪取の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を奪取した行為を強盗罪に問うことができるかについて、財物奪取の意思が生じた後に新たな暴行・脅迫を必要とするか、不要とするかの争いがあります。
また、財物奪取の意思が生じた後に暴行・脅迫が存在した場合でも、それ自体では被害者の犯行を抑圧する程度に達しない場合、それまでに加えられた暴行脅迫をも考慮して強盗罪の成立を認めてよいかについても争いがあります。
この点については、判例に則りながら、個別の事件ごとに判断をしていくことになります。
そのためには、判例の傾向を理解する必要がありますので、参考となる判例を紹介します。
新たな暴行・脅迫が必要であるとの立場をとった判例
暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物奪取の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を奪取した行為を強盗罪と認定するためには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫を行うことを必要とするとした判例として、以下のものがあります。
この判例で、裁判官は、
- 強盗罪は相手方の反抗を抑圧するに足りる暴行または脅迫を手段として財物を奪取することによって成立する犯罪であるから、その暴行または脅迫は財物奪取の目的をもってなされるものでなければならない
- それゆえ、当初は財物奪取の意思がなく、他の目的で暴行または脅迫を加えた後に至って、初めて奪取の意思を生じて財物を取得した場合においては、犯人がその意思を生じた後に、あらためて被害者の抗拒を不能ならしめる暴行ないし脅迫に値する行為が存在してはじめて強盗罪の成立があるものと解すべきである
- もっとも、 この場合は、被害者は、それ以前に被告人から加えられた暴行または脅迫の影響により、すでにある程度、抵抗困難な状態に陥っているのが通例であろうから、その後の暴行・脅迫は、通常の強盗罪の場合に比し、程度の弱いもので足りることが多いであろう
- また、前に被告人が暴行・脅迫を加えている関係上、被害者としては、さらに暴行・脅迫を加えられるかもしれないと考えやすい状況にあるわけであるから、被告人のささいな言動もまた被害者の反抗を抑圧するに足りる脅迫となりうることに注意する必要がある
- しかし、いずれにしても、さらに暴行または脅迫の行なわれることを要することに変りはない
と述べ、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫が必要であるとの立場をとりました。
その上で、原審が「被害者が抵抗できない状態にあるのに乗じて腕時計等を強取した」と罪となるべき事実に判示したのに対し、「被告人から暴行を受けた結果、その場にうずくまっている被害者が畏怖しているのに乗じ、『金はどこにあるのか』『無銭飲食だ』などと言いながら、その背広左内ポケットに手を差し入れて、懐中をさぐり、その態度からして、 もしその財物奪取を拒否すれば、さらに激しい暴行を加えられるものと被害者を畏怖させて脅迫し、その反抗を抑圧したうえ、腕時計等を強取した」と判示して、財物奪取の意思が生じた後の脅迫行為を「罪となるべき事実」に記載し、強盗罪の成立を認めました。
この判例の事案は、被告人が、わいせつな行為をする目的で、被害者の顔面にガムテープを貼り、両手首を紐で後ろ手に縛るなどして身動きを困難な状態にして、強制わいせつ行為を行った後、財物奪取の意思を生じ、被害者を緊縛した状態を利用して被害者から携帯電話や下着を奪取した事案です。
裁判官は、
- 強制わいせつの目的による暴行・脅迫が終了した後に、新たに財物取得の意思を生じ、前記暴行・脅迫により犯行が抑圧されている状態に乗じて財物を取得した場合において、強盗罪が成立するには、新たな暴行・脅迫と評価できる行為が必要と解される
と述べ、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫が必要であるとの立場を示しました。
その上で、本件の固有の事情として、
- 本件のように、被害者が緊縛された状態にあり、実質的には暴行・脅迫が継続していると認められる場合には、新たな暴行・脅迫がなくとも、これに乗じて財物を取得すれば、強盗罪が成立すると解すべきである
- すなわち、緊縛状態の継続は、それ自体は、厳密には暴行・脅迫に当たらないとしても、逮捕監禁行為には当たりうるものであって、被告人において、 この緊縛状態を解消しない限り、違法な自由侵害状態に乗じた財物の取得は、強盗罪に当たるというべき
であると判示し、逮捕監禁行為が継続している場合には、新たな暴行・脅迫がなくても、強盗罪が成立められるとしました。
新たな暴行・脅迫は不要であるとの立場をとった判例
暴行・脅迫が財物奪取の意図と無関係に行われた後で、財物奪取の意思を生じて、相手の畏怖の状態を利用して財物を奪取した行為を強盗罪と認定するに当たり、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫があることは必要ではないとした判例として、以下のものがあります。
大審院判決(昭和19年11月24日)
強姦目的の暴行により、相手が畏怖しているのに乗じて金品を奪取した行為について、裁判官は、
- 仮に相手方が提供したる金員を、強姦の目的を遂げる能わざりし報復と逃走の駄賃とする趣旨にて受け取りたるとするも、強姦犯人にして、その現場を去らざる限り、その既遂なると未遂なるとを問わず、婦女の畏怖状態は継続するを通例とする
- 故に、強姦犯人がかかる情況下、その現場において、相手方が畏怖に基づき、提供したる金品を受領する行為は、自己の作為したる相手方の畏怖状態を利用して、他人の物につき、その所持を取得するものなれば、畢竟、暴行又は脅迫を用いて財物を強取するに均しい
と判示し、強盗罪の成立を認めました。
この判例の事件の事実関係は、強姦犯人が被害者に暴行・脅迫を加えて情交を迫ったところ、被害者がこれを拒否し「金をやるから帰ってくれ」と懇願するや、被害者の口をひもで緊縛した上、「その金はどこにあるのか」などと申し向けて、被害者の指示により、被害者の買物かごから現金を取り出して領得し、さらに、被害者方台所から包丁を持ち出して「騒ぐと包丁を持っているぞ」と被害者に申し向けるとともに、被害者の口をひもで緊縛するなどの暴行を加えたというものです。
強姦犯人が、財物奪取の意思を生じた後に、新たに相手方の犯行を抑圧する程度の暴行・脅迫を加えた事案となります。
この判例に対しては、学説の意見として、強姦目的で被害者の犯行を抑圧した強姦犯人が、その犯行の途中で財物奪取の意思を生じ、被害者の畏怖状態を利用して財物を奪取した場合には、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫がなくても、強盗罪が成立するとの趣旨に理解することは可能ではあるとされています。
この判例で、裁判官は、
- 強姦の目的でなされた暴行脅迫により、反抗不能の状態に陥った婦女は、その犯人が現場を去らない限り、その畏怖状態が継続し、その犯人が速やかに退去することを願って金員を提供する場合においても、その提供は、右畏怖状態に基く不任意な提供であることは明らかである
- これを受け取る行為は、すなわち、相手方が畏怖状態に陥っているのに乗じ、相手方から金品を奪取するにほかならない
- 従って、その金品奪取の時において、先になされた暴行脅迫は、財物を奪取するための暴行脅迫と法律上同一視され、右犯人は刑法第236条にいわゆる『暴行又は脅迫をもって他人の財物を強取したる者』に該当するものと解すべきである
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。
この判例で、裁判官は、
- 刑法236条1項にいう強盗罪は、通常、犯人が財物を奪取する意思で他人に暴行、脅迫を加えてその反抗を抑圧したうえ、その財物を奪取することによって成立するのであるが、犯人が他の目的で他人に暴行脅迫を加えてその反抗を抑圧した後、あらたに右反抗抑圧の状態を利用して財物を奪取する意思を生じ、その財物を奪取した場合にも同様に強盗罪が成立すると解するのが相当である
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。
東京高裁判決(昭和47年8月24日)
この判例で、裁判官は、
- 被告人は、被害女性に対し、これを強姦する意図をもって暴行を加え、その態度は、同女の反抗を抑圧する態度に至ったと認められるのである
- 証拠によると、被告人の暴行により畏怖した同女が、難を免れるため差出した財布等を、同女がすでに畏怖していることを知り、同女の上半身におおいかぶさつたまま、同女の畏怖しているのに乗じて奪取したこともまた明らかである
- よって、たといその畏怖状態が、被告人の強姦を意図した暴行により惹起されたものであっても、これは刑法第236条第1項の強盗をもって論ずべきものである
- 原判決は、これを窃盗と認定した理由として、犯人が別個の目的により相手方に暴行、脅迫を加えて、これを反抗不能の状態に陥れた後に、初めて財物奪取の犯意を生じてこれを実行に移した場合、たとえその程度は軽くとも、暴行または脅迫と評価し得る行為が、前記犯意を生じた後になければ強盗の成立はないものと解しているもののようである
- しかし、本件の如く、被害者の畏怖状態を被告人自身の暴行により惹起していて、かつ前記のような情況下にある場合、強盗罪の成立を否定する理由は見当たらないのである
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。
大阪高裁判決(昭和61年10月7日)
この判例は、強制わいせつ目的でされた暴行・脅迫によって反抗を抑圧された被害者から、その畏怖状態を利用して金員を領得する行為が強盗罪を構成するとした事例です。
裁判官は、
- 被告人が、被害女性方に赴いた当初から強盗の犯意を有していたことまでは認め難いものの、その後、同女に対して、強制わいせつ行為に及ぶうち、それら一連の被告人の言動に畏怖した同女から現金5万円を提供された段階において犯意を生じ、同女の畏怖状態を利用して、右金員を強取するに至った事実は、優に肯認することができる
- 当時、被告人が被害者の前示金員提供の趣旨と、それまでの自己の言動により被害者が痛く畏怖していることをよく認識していたことを推認するに難くないところであるから、少なくとも右金員提供の段階において、被告人がこれを奇貨として金員取得の犯意を生じ、自己の先行行為による被害者の畏怖状態を利用するとの意思のもとに、右金員を強取するに至ったことは否定できないものというべきである
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。
東京高裁判決(昭和57年8月6日)
この判例で、裁判官は、
- 犯罪構成要件の重要な部分である暴行・脅迫の点で重なり合いがあるから、強姦の犯意で暴行・脅迫に及んで抗拒不能とした後、強盗の犯意に変わり、それまでの暴行・脅迫の結果を利用して金品奪取の目的を遂げた場合には、暴行・脅迫をそのまま強盗の手段である暴行・脅迫と解してさしつかえがなく、たとい強盗の犯意に基づく新たな暴行・脅迫を加えていないときでも、強盗罪の成立を肯定するのが相当である
- 暴行、脅迫を行つた際の具体的な犯意が異なるからといって、強盗の故意がなかったとして強盗罪の成立を否定するのは相当でない
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。
被告人が、伝言ダイヤルで知り合った被害女性に対し、催涙スプレーを噴きつけるなどの暴行を加え、被害女性の反抗を抑圧した上で、その犯行を抑圧された状態にあるのを利用して、 被害女性の財布から現金を奪い、ホテル代を支払ったという事案で、裁判官は、
- そのような場合には、その反抗抑圧状態が強盗の犯意を生じる前の暴行脅迫によって生じていて、強盗の犯意を生じた後に、新たな暴行脅迫が加えられていなかったとしても、被告人の存在自体が反抗を抑圧するに足りる脅迫であるとみることができ、強盗罪をもって論ずべきである
と判示し、強盗罪の成立を認めるには、財物奪取の意思が生じた後に、新たな暴行・脅迫は不要であるという立場をとりました。