傷害が、財物奪取の犯意を生ずる前の暴行による場合、強盗致傷罪ではなく、傷害罪と窃盗罪との併合罪になる
犯人が、強盗の意思を抱く前に人を死傷させても、強盗致死傷罪(刑法240条)は成立しません。
なので、被害者に暴行を加えて傷害を負わせた者が、その後、犯意をあらたにし、その被害者から財物を強取した場合は、強盗傷人罪ではなく、傷害罪と強盗罪の両罪が併合罪として成立します。
この点について判示した以下の判例があります。
仙台高裁秋田支部判決(昭和33年4月9日)
この判例は、財物奪取の犯意を生ずる前の暴行による傷害であると認定して、強盗致傷罪ではなく、傷害罪と窃盗罪の併合罪になるとしました。
裁判官は、
- 原判決における事実認定によると、被告人らは賭博に負けた損失金を取り戻すべく共謀の上、Tに対し暴行を加え、その反抗を抑圧してTより金品を強取し、その際、Tに対し傷害を負わしめたというにあるが、被告人らは前認定のように、Tがいかさま師の手引をなしたことを憤慨して暴行を加え、傷害を負わしめたものであり、被告人K、Sの両名は、更にその後犯意を新にしてTより金品を強取したものであって、強盗の犯意はTに対する暴行を当初より存したものでなく、また被告人Mが右強盗の犯行に加担したと認めることはできないのである
- してみれば、被告人らに係る前記認定の所為は、被告人ら3名共謀による傷害罪及び被告人K、Sの共謀による強盗罪と2個の訴因事実を認定するを相当とすべく、従って原判決はこの点において判決に影響を及ぼすことの明らかな事実誤認の違法を冒したものといわなければならない
と判示し、暴行は財物を奪取する前の被害者のいかさまの手引行為に憤慨して行ったものであるから、強盗致傷罪ではなく、傷害罪と強盗罪のニ罪が成立するとしました。
暴行を加え、次いで強盗の犯意を生じて暴行を継続し、人を死傷させた場合には、傷害罪と強盗罪の二罪ではなく、強盗致死傷罪の一罪が成立する
同一機会にまず暴行を加え、次いで強盗の犯意を生じて暴行を継続し、人を死傷させた場合には、傷害罪と強盗罪の二罪ではなく、強盗致死傷罪の一罪が成立します。
ただし、致死傷の結果が、犯意が強盗に転化する前後いずれの暴行により生じたかが判明しないときは、強盗致死傷の責任を負わすことができないので、傷害罪若しくは傷害致死罪と強盗罪の包括一罪が成立すると考えられています。
参考となる判例として、以下のものがあります。
強盗以外の目的で被害者に傷害を負わせた後、強盗の犯意を生じて、強盗致傷罪を犯した事案で、強盗致傷罪の一罪が成立するとした判例です。
裁判官は、
- 強盗の犯意を生ずる前の傷害は、単純な傷害であり、その犯意を生じた後の傷害は、強盗と傷害の結合犯たる強盗傷人罪の構成部分たる傷害である
- その意味において、強盗の犯意を生じた時期を境として、その前後二群の傷害は、切離された二個の行為であり、前の傷害と後の強盗傷人とは別罪である
- しかし、それは法律評価の問題であって、これを社会的現象として観るときは、その評価の対象たる二群の傷害は、一個の身体侵害の意思に基づき、時を接して引き続き行われるのであるから、 これを一連不可分的のものとみるべきで、しかも、後の傷害は強盗行為に伴うもので、これと結合一体の関係にあるのであるから、これらすべてを全体的に包括的に観察して、一連一個の行為と解するのが相当である
- すなわち、罪数的には、それは一種の接続犯的な傷害と強盗傷人との混合した包括一罪であって、重い強盗傷人罪の刑をもって処断すべき一罪と解する
と判示し、強盗傷人罪の一罪が成立する
また、この判決では、傍論として、
- 例えば、傷害が、強盗の犯意を生じた時期を境として、その前後二群の暴行のいずれによって生じたか不明の場合を考えれば、傷害が強盗の犯意を生じた後の暴行に基因することの証明がない限り、犯人を強盗傷人罪に問擬(もんぎ)することは許されないから、前後の暴行は強盗傷人にはならないけれども、前後の暴行は一体として観察されるから、結局、単純傷害の責を犯人が負わねばならないのであって、傷害と強盗との混合した包括一罪であることを意味するのである
- 前の傷害と後の強盗傷人とを併合罪とする原判決の見解をとれば、この場合、傷害の結果を前後いずれの暴行にも帰せしめられない以上、暴行と強盗との併合罪となり、犯人に傷害の責を負わしめることができなくなるのであって、一連の暴行によって生じた傷害の結果を、刑法上評価できないのは、明らかに不当である
- また、右併合罪の見解は、途中、強盗の犯意を生じなかった場合、傷害となるに比しても権衡を失する
と判示しました。