刑法(強盗致死傷罪)

強盗致死傷罪(3) ~「2項強盗による強盗殺人罪」を判例で解説~

2項強盗による強盗殺人罪

2項強盗とは?

 2項強盗は、財物の移転を伴わない一切の財産上の利益を対象とする刑法236条2項の強盗罪です(詳細は前の記事参照)。

 2項強盗は、強盗被害者の意思表示や処分行為を得て、財産上の利益を取得する方法で行われることが多いですが、必ずしもこの方法を必須の要件とはしません。

 強盗被害者の意思表示や、被害者の財産的処分行為なくして、財産上不法の利益の取得があった認められる場合もあります。

(2項強盗を認めるに当たり、被害者による財産的処分行為は不要であることについては、前の記事参照)

 この場合の財産上不法の利益は、

などの事実上の利益になります。

 そして、その内容は、債務の免除とみられるものから一時的に支払を免れる支払の猶予にすぎないものまで含まれます。

 その判断の際に重視しなければならない事情としては、

  1. 債権者から現に債務の履行の督促を受け、将来も厳重な督促を受ける状態にあったこと
  2. 債務が弁済期にあったこと
  3. 単に一時的に債権者の追及を逃れ得ただけでなく、債権債務関係が不明に帰し、事実上債権者から当該債務の追及を著しく困難とするような状態を作出したこと

があげられます。

2項強盗による強盗殺人罪の判例

 2項強盗による強盗殺人罪の判例を紹介します。

最高裁判決(昭和32年9月13日)

 この判例は、貸金の債務の履行を迫られていた債務者が、証書などがないことから、債権者を殺害して事実上債務の履行を免れるため、債権者である被害者を殺害した事案です。

 判決では、被害者Aから借りた11万円を返せず、借金を踏み倒すため、Aを殺害しようとしたが、殺人が未遂になった行為について、2項強盗による強盗殺人罪の未遂の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 被告人は、Aが死亡すれば、被告人以外にその詳細を知る者のないことに思をいたし、むしろAを殺害して債務の履行を免かれ、もって財産上不法の利得を得ようと企図した
  • 被告人は、人家がなく人通りのまれな道路上に差しかかるや、Aの頭部等を殴打し、よって頭部、顔面等に多数の裂創挫創等を負わせ人事不省に陥らしめたが、Aが即死したものと軽信し、そのままその場を立ち去ったので、Aの右創傷が被告人の意に反し、致命傷に至らなかったため、殺害の目的を遂げなかった
  • 被告人の右所為は、刑法240条後段243条236条2項に該当し、強盗殺人未遂の罪責を負うべきこともちろんであるといわなければならない

と判示しました。

大阪高裁判決(昭和59年11月28日)

 この判例は、債務者である犯人が、サラ金地獄から逃れるため、履行期の到来し、又は切迫している債務の債権者である取立ての厳しいサラ金業者を殺害し、債務の支払請求を一時延期した行為について、2項強盗による強盗殺人罪の成立を認めました。

 裁判官は、

  • 債務者が、債務の支払を免れる目的で債権者を殺害した場合において、右殺害の結果、債権の相続人等において、これを行使することが不可能もしくは著しく困難になったときは、債務者が、債権者による債務免除の処分行為を得たのと実質上同視しうる現実の利益を得たという意味において、財産上不法の利益を得たと認めるのは当然である
  • しかし、債権者を殺害することにより、債務者が財産上不法の利益を得たと認めるのを、右の場合のみに限定するのは、やや狭きに失し、妥当でない。
  • なぜなら、たとえば、債務者が、履行期の到来し又は切迫している債務の債権者を殺害したときは、債権者自身による追求を絶対的に免れるだけでなく、債権の相続人等による速やかな債権の行使をも、当分の間、不可能ならしめて、債権者による相当期間の支払猶予の処分行為を得たのと実質上同視しうる現実の利益を得ることになるのであって、かかる利益を、刑法236条2項にいう『財産上不法の利益』から除外すべき理由は見当らないからである
  • かくして、当裁判所は、債務者が債務の支払いを免れる目的で債権者を殺害した場合においては、相続人の不存在又は証拠書類の不備等のため、債権者側による債権の行使を不可能もしくは著しく困難ならしめたときのほか、履行期の到来又は切迫等のため、債権者側による速やかな債権の行使を相当期間不可能ならしめたときにも、財産上不法の利益を得たものと解する

と判示し、履行期の到来又は切迫等のため、債権者側による速やかな債権の行使を相当期間不可能ならしめ、債権者による相当期間の支払猶予の処分行為を得たのと実質上同視し得る現実の利益を得た場合には、その利益は「財産上の利益」に当たるとし、2項強盗による強盗殺人罪の成立を認めました。

不法原因給付に基づく債務の免脱でも2項強盗による強盗殺人罪は成立する

 不法原因給付に基づく債務の免脱でも2項強盗による強盗殺人罪が成立します。

 参考となる判例として、以下のものがあります。

最高裁判決(昭和35年8月30日)

 債権者から麻薬購入資金として預かり保管中の金員領得する目的で、債権者を殺害して事実上返還を免れた事案で、裁判官は、

  • たとえ金員が麻薬購入資金として、被害者C及びD両名から、被告人Aに保管を託され、右金員の授受は不法原因に基づく給付であるがため、右Cらがその返還を請求することができないとしても、被告人らが金員を領得するため右Cらを殺害し、同人らから、事実上その返還請求を受けることのない結果を生ぜしめて返還を免れた以上は、刑法240条後段236条2項の不法利得罪を構成するものと解すべきである

と判示し、2項強盗による強盗殺人罪の成立を認めました。

大阪高裁判決(昭和36年3月28日)

 盗品の換価代金である情を知って、現金の消費寄託を受けた者が、その返還を免れる目的で寄託者を殺害した事案で、裁判官は、

  • 盗品の対価であることを明らかにして、これを目的として寄託契約を結ぶことは、公序良俗に反し、右契約は民法第90条により当然無効であるとすべきである
  • よって、寄託者は、民法第708条にいわゆる不法原因のため給付した者に該当し、右寄託金に相当する利益の返還を請求することができないことは明らかである
  • 従って、預け金債権は、法律上保護を与えられないものである
  • しかし、不法原因のため給付した者は、給付したものの返還を請求することができないとしたのは、受領者が給付物の返還を拒んだ場合、給付者は法律上の手段によって返還請求をすることができないとしたに止まり、受領者が右利得を保持することを正当とするのでもなく、また当事者間の事実上の返還を禁ずる趣旨ではない
  • 受領者が、給付者に対する事実上の返還を免れる目的で給付者を殺害したときは、刑法第236条第2項第240条段の罪が成立すると解するを相当とする(昭和35年8月30日最高裁判所第三小法廷判決参照)から、原判決が被告人らの本件行為を強盗殺人罪としたのは正当である

と判示し、2項強盗による強盗殺人罪の成立を認めました。

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