強盗致死傷罪における未遂の考え方
強盗致死傷罪(刑法240条)は、刑法243条で未遂を罰する規定が定めらえています。
刑法240条の強盗致死傷罪は、①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪、⑤強盗殺人罪の5つの罪名に分類できます(詳しくは前の記事参照)。
本罪の未遂の考え方として、①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪の4つについては、未遂は成立しません。
⑤強盗殺人罪についてのみ、強盗殺人未遂が成立します。
つまり、強盗致死傷罪(刑法240条)の未遂を考える場合、強盗殺人未遂のみが取扱いの対象になるということです。
その理由について説明します。
①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪の未遂が成立しない理由
①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪の未遂が成立しない理由は、強盗が未遂であったとしても、相手に傷害を負わせた時点で、①~④の強盗致傷罪等は既遂として成立するからです。
この点について、以下の判例で考え方が示されています。
この判例で、裁判官は、
- 強盗に着手した者が、その実行行為中、被害者に暴行を加へて傷害の結果を生ぜしめた以上、財物の奪取未遂の場合でも強盗傷人罪の既遂をもって論ずべきである
と判示しました。
つまり、強盗自体が既遂であろうが未遂であろうが関係なしに、被害者に傷害の結果を生じさせた時点で、①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪の既遂が成立するということです。
本罪の既遂・未遂は、強盗の点の既遂・未遂ではなく、殺傷の点の既遂・未遂によって決せられるという考え方になります。
なお、もし被害者に傷害の結果を生じさせていないのであれば、それは強盗罪か強盗未遂罪が成立するのみなので、①~④の強盗致傷罪等の未遂を論じる話にはならないわけです。
強盗殺人未遂は成立する理由
上記のとおり、①強盗致傷罪、②強盗致死罪、③強盗致死傷罪、④強盗傷人罪の未遂は成立しません。
しかし、⑤強盗殺人罪については、強盗殺人未遂として、未遂が成立します。
このような考え方になるのは、強盗致死傷罪が、財産犯的側面よりも、人の生命・身体に対する犯罪としての側面を強調している点に着目し、そうであるとすれば、強盗の点が未遂であるからといって、殺傷の結果が発生した場合にまで、本罪の未遂として、刑を減軽・免除し得るとするのは妥当でないとするためです。
殺意をもってした強盗殺人罪については、殺人が未遂に終わった場合には、強盗殺人未遂が認められるべきであるとした判例として、以下のものがあります。
大審院判決(大正11年12月22日)
この判例で、裁判官は、
- 強盗殺人の行為については、刑法第240条のみを適用すべきものにして、これに併せて同法第199条及び第54条を適用すべきものにあらず
- 強盗、人を殺そうとして遂げざるときは、刑法第243条の規定により、第240条の未遂罪として処罰すべきものとす
と判示し、強盗が人を殺そうとしたが未遂に終わった場合、強盗殺人未遂罪で処罰すべきとしました。
大審院判決(昭和4年5月16日)
この判例で、裁判官は、
と判示し、刑法240条後段の「強盗が人を死亡させたとき」の未遂は、強盗殺人において認められるものであることを明示しました。
この判例で、裁判官は、
- 強盗傷人罪は強盗に着手した者が、強盗の実行中又はその機会において、その手段である行為若しくはその他の行為により人に傷害の結果を発生せしめることによって成立し、その際、財物の奪取が未遂に終ったときにおいても強盗傷人罪は既遂をもって論ずべきものと解すべきである
- 刑法第243条の未遂罪の規定は、同法第240条に関しては、同条後段の罪のうち殺人の故意があってその目的を遂げなかったときに適用されるべき規定であると解すべきものである
と判示し、刑法第243条の未遂の規定は、刑法240条後段の強盗殺人の場合において適用されるものであるとしました。
最高裁判決(昭和32年8月1日)
この判例は、人の金員を強取し、かつ、その現場で同人を殺害しようと企て、実行に着手したが、強取の目的も殺害の目的も遂げなかったという場合には、刑法第243条、第240条後段の強盗殺人未遂罪の1罪として処断すべきであるとしました。
裁判官は、
と判示しました。
まとめ
これらの判例から、刑法240条の強盗致死傷罪の未遂とは、強盗が殺人の故意をもって加害行為を加えたが、殺害するにいたらなかった強盗殺人未遂の場合にのみに考えられるものであることが明らかにされています。
「強盗殺人罪の中止未遂」と「被害者に傷害を負わせたが強盗は中止した場合の強盗傷人罪・強盗致傷罪」との刑の均衡の考え方
未遂(刑法43条)は、中止未遂と障害未遂に分けられます(詳しくは前の記事参照)。
中止未遂は、必ず刑が減軽または免除されます。
これに対し、障害未遂は、裁判官の裁量により、刑が減軽または免除されます。
強盗殺人罪(刑法240条後段)は、法定刑が「死刑又は無期懲役」なので、『強盗殺人罪の中止未遂』の場合は、刑が必ず減軽されるので、刑法68条により、刑の重さは、「死刑→無期の懲役若しくは禁錮又は10年以上の懲役若しくは禁錮」となり、「無期懲役→7年以上の有期の懲役又は禁錮」となります。
『被害者に傷害を負わせたが強盗は中止した場合の強盗傷人罪・強盗致傷罪』の法定刑は、刑法240条前段により、「無期又は6年以上の懲役」となります。
今回の議題
強盗殺人の意思で、まず殺人に着手してこれを中止したとき、中止未遂として、必ず刑の減軽免除をうけ得るのに対し、強盗に着手し人に傷害を与えた後に強盗を中止しても、強盗傷人・強盗致傷の既遂となり、裁量で刑が減軽免除されるのみであることから、刑の権衡を失するのではないかという問題が生じます。
この問題について、判例は以下のように解を出しています。
大審院判決(昭和8年11月30日)
この判例で、裁判官は、
- 強盗殺人の中止の場合においては、刑法第43条但書の適用上、その刑を減軽又は免除することとなり、強盗傷害罪に対する刑法第240条前段の刑に比し、軽き結果を生ずべしといえども、前者は故意犯として中止未遂を認め得るに反し、後者は結果犯として未遂罪の成立を認むべからざるより生ずる当然の結果にして、かくと如きは、裁判上、量刑につき考慮を払い、適当にこれを処理するをもって足リ、その間、何ら不合理存するものにあらざるなり
と判示し、裁判官が、量刑の範囲内で、刑の不均衡が生じないような適切な刑の重さを決定すればよいのであるとしました。