窃盗罪の罪数決定の基準
罪数とは、
犯罪が成立する個数
をいいます。
たとえば、スーパーでパンを盗み、その後、コンビニでおにぎりを盗んだ場合、2回の窃盗行為を行っているので、成立する窃盗罪の罪数は2つになります。
そして、窃盗罪の罪数は、窃取行為の数を基準として考えます。
窃取行為の数を基準として考えるということは、いいかえると、占有侵害の数、すなわち、犯人が侵害した占有の個数が、成立する犯罪の個数を決定する基準とります。
先ほどの例を用いて説明すると、
- スーパーでパンを盗んだ場合に、パンの管理者であるスーパーの店長の占有を侵害しているので、まず1つの窃盗罪が成立する
- その後、コンビニでおにぎりを盗んでいるので、おにぎりの管理者であるコンビニの店長の占有を侵害しているので、2つ目の窃盗罪が成立する
という考え方になります。
窃盗罪の構成要件の中核は、他人の占有を侵害することにあります。
なので、侵害した占有の個数が、成立する窃盗罪の個数を決定する基準になります。
このことを明言した以下の判例があります。
高松高裁判例(昭和31年4月17日)
この判例で,裁判官は、
- 窃盗罪の罪数は、通常、財物の所有権の個数によらず、財物の占有の個数を標準とすべきものである
と判示しました。
この判例は、同一の日時・場所において、所有者が違う複数の被害品を窃取した事案について、被害品の所有者の数だけ窃盗罪の成立を認めて併合罪として処理した原判決の判断は誤っていると指摘しました。
【ポイント①】「占有の個数」とは「財物の個数」ではない
窃盗の罪数は、「窃取した財物の占有の個数」を基準として決せられます。
ここで誤解してはならないのが、
財物の個数が、占有の個数になるわけではない
ということです。
複数の財物であっても、包括した1個の管理下に置かれている場合(たとえば、1軒の家の中にある複数の家財道具)には、それらの財物について、通じて1個の占有が存在するという考え方になります。
そのような財物を窃取した場合には、窃取した財物の個数に関係なく、侵害した占有の数は1個となるので、成立する窃盗罪の数を決定する基準となる窃取行為の数は1個となり、成立する窃盗罪の数も1個となります。
これを犯罪事実で表現すると、
被疑者は、Aの家において、Aが管理するテレビ、時計、財布など合計10点を窃取した
というように、窃取した財物が複数であっても、占有(管理)は1個なので、1個の窃盗罪が成立する犯罪事実となります。
【ポイント②】財物が共同占有されている場合の占有の個数
1つの財物を複数人が占有している場合(共同占有の場合)は、その財物の占有の数は、占有者全員を通じて1個と見なします。
よって、その財物を窃取すれば、成立する窃盗罪の数も1個となります。
その財物の占有者の人数分の窃盗罪が成立するわけではありません。
【ポイント③】窃取行為が1回であれば、複数人が占有する複数の財物を侵害した場合でも、1個の窃盗罪が成立する
1 回の窃取行為で、複数人が占有する複数の財物を侵害した場合は、財物の数や財物の所有者・占有者の数にかかわらず、1個の窃盗罪が成立します。
たとえば、体育館で10人がバスケットボールの練習をしているとします。
その10人は、体育館のすみに、各人の持ち物であるリュックを置いています。
そして、窃盗犯人が、その10個のリュックのうち、Aさん、Bさん、Cさんがそれぞれ所有する合計3個をリュックを、1度の機会で窃取した場合、1個の窃盗罪が成立します。
犯罪事実としては、
被疑者は、体育館において、Aさんほか2名所有のリュック合計3個を窃取した
となり、1個の窃盗罪が成立する犯罪事実になります。
参考判例として、以下の判例があります。
福岡高裁判例(昭和29年3月31日)
この判例で、裁判官は、
- 犯人が、同一犯意の下に、同一機会に、同一管理者の管理にかかる場屋内において、数人各別の所有にかかる財物を窃取したときは、所有者であり、かつ管理者である者の数個の財物を窃取した場合と同様、1個の管理にかかる財物を窃取したものと解す
と判示しました。
複数の窃盗罪が成立し、併合罪となる場合
これまで説明してきたように、同一機会に、1回の窃取行為を行えば、1個の窃盗罪が成立します。
これに対し、それぞれ別の機会に、2回の窃取行為を行えば、2個の窃盗罪が成立し、その2つの窃盗罪は、併合罪となります。
併合罪とは、一罪ではなく、複数個の犯罪が成立する犯罪形態と捉えればOKです。
たとえば、2つの窃盗罪を犯し、それが併合罪となる場合の犯罪事実を書くと、
被疑者は
第1 コンビニにおいて、おにぎりを窃取し
第2 スーパーにおいて、パンを窃取し
たものである
という書きぶりになります。
複数成立する窃盗罪の犯罪事実を、第1,第2、第3…という感じで分けて、複数の窃盗罪が成立していることが、一見して分かる犯罪事実の書き方になるわけです。
一罪ではなく、併合罪になる場合の窃盗罪の事例として、以下の判例があります。
福岡高裁判例(昭和24年10月14日)
約4か月の間に、同一場所で、同一保管者の占有にかかるメリケン粉などを5回にわたって窃取した事案について、裁判官は、
- 窃取の目的物件が2個以上の管理に属することなく、1個の管理に属するものであるとしても、被告人の窃盗の犯罪行為は、その都度独立して個別的に完成されたものであると認めるのが相当である
- 総体的に観察して、これを法律上の単純一罪もしくは包括一罪とすべき理由なく、併合罪の規定を適用した原判決は相当である
と判示し、5つの窃盗罪が成立するとしました。
東京高裁判例(昭和28年4月21日)
8日間に、同一倉庫から、同一種類の金属品を4回にわたって窃取した事案で、裁判官は、
- 時間的に各犯行が接着してなされ、しかも、同一場所から同一種類の物を窃取したものであるが、原判決挙示の証拠によれば、被告人は包括して1個の犯行の意図の下に、犯罪を実行したわけではなく、それぞれ別の時に、別の決意の下に4回の窃盗をくり返したこと明白である
- よって,原審がこれを4個の併合罪と認めたことは正当である
- 犯行の時間的接着、場所の同一や被害品の類似というような点のみで、これを包括ー罪と解する決定的資料とはならない
とならないと判示し、4つの窃盗罪が成立するとしました。
4日間に毎日1回ずつ、同一場所から同一人が管理する鉛管を窃取した事案で、裁判官は、
- 単一の犯意に基き、接着した日時と場所とにおいて、同一の法益に対し、数回にわたって、同種の行為をした場合には、客観的に見れば数個の行為であっても、包括ー罪と解し得られる
- しかし、前行為と後行為とが、行為の形態、被害法益、犯行の場所において同一であり、かつ、日時において接近していても、犯人が新たな決意に基き、別個の機会において行動した場合には、包括一罪ではなく、併合罪と観察するのを相当とする
と判示し、4つの窃盗罪が成立するとしました。
同じ旅館内において、宿泊客の所有物を窃取した後、女中を脅迫して、主人の所有物を強取した事案で、裁判官は、
- 旅館のように各室毎に宿泊客がその居室内の自己所有物件を所持していると認められる場合において、たとえ同一家屋内においてであっても、その侵害は窃盗を構成し、その後になされた旅館の女中の脅迫とその主人所有保管にかかる物の奪取を内容とする強盗とは別罪を構成し、その関係は併合罪となる
と判示し、1つの窃盗罪と、1つの強盗罪の合計2つの犯罪が成立するとしました。
東京高裁判例(平成5年3月29日)
パチンコ店で模造コインをコイン計算機に投入して景品引換券を窃取し、これに成功したことから、さらに同様の方法で景品引換券を窃取しようと考え、いったん店外に出て、自車から取り出した模造コインを店内に持ち込んだ上、第一の犯行の約8分後に、同様の方法で景品引換券を窃取した事案について、裁判官は、
- 各行為にあたり、それぞれ、店員の監視の隙をうかがい、他の客にも怪まれないよう注意して、犯行の発覚を防ぐ必要があったのであり、第一の行為が成功したから、第二の行為も成功するであろうと期待し得る状況ではなかった
- 現に、被告人は、第一と第二の行為前、いずれもしばらくパチスロ機の前に座って、遊客を装うなど、それぞれ発覚を防ぐ手立てを講じているのである
- なお、本件被害店舗において、遊客の不正行為に対する監視が他店に比べて特に緩やかであり、被告人がこの状況を利用して、本件各行為に及んだと認むべき証拠もない
- したがって、「同ーの機会を利用した」という要件を欠くことが明らかである
- 被告人は、第一の窃盗が成功したことから、引続き、第二の窃盗を思い立つたものと推認されるので、第一の行為から「犯意を継続して」第ニの行為に及んだといえないことはないが、そのことから直ちに各行為が「単ーの犯意の発現たる一連の動作」であったと認めることはできない
- 本件においては、犯人の主観の面でも、「同一の機会を利用する」意思を欠いていたのであるから、本件各行為を「単一の犯意の発現」と認めることには疑問がある
- 原判決が、両者は併合罪の関係にあると認めたのは正当である
と判示し、2つの窃盗罪が成立するとしました。
数個の窃盗罪が観念的競合となり、一罪になる場合
2個以上の窃取行為(占有侵害)があると認められる場合であっても、その2個以上の窃取行為が、法的評価を離れ、自然的に観察すると、社会的見解上、1個の行為であるとの評価を受けるときがあります。
この場合、成立する窃盗罪の個数そのものは窃取行為の数に応じた数ですが、刑法54条1項前段にいう「1 個の行為が2 個以上の罪名に触れ」るものとして、観念的競合となり、刑罰を科す上では、1つの窃盗罪(一罪)として処罰することになります。
そもそも観念的競合とは?
観念的競合とは、
1個の行為が2個以上の罪名に触れる場合
に成立する犯罪形態です。
観念的競合の分かりやすい例が、無免許運転と酒気帯び運転です。
無免許で酒気帯び運転をする状況をイメージしてください。
無免許・酒気帯びの状態で車のハンドルを握ってアクセルを踏む行為は1個の行為で実現されます。
よって、無免許・酒気帯びの状態で車を運転するという1個の行為が、無免許運転と酒気帯び運転の2個の罪名に触れ、無免許運転と酒気帯び運転の関係は、観念的競合となり、一罪となります(最高裁判例 昭和49年5月29日)。
窃盗罪で観念的競合が認定された判例
窃盗罪で観念的競合が認定された判例として、以下のものがあります。
大審院判例(大正4年1月27日)
所有者と監督者(占有者)が異なる接続した二つの桑畑から、包括的1個の行為で桑葉を窃取した行為について、裁判官は、
桑畑ごとに1個の窃盗罪が成立し、2個の窃盗罪は観念的競合になる
と認定しました。
二つの桑畑が接続しているため、その桑葉の窃取が一連の動作として行われ、社会通念上、その窃取行為が、一つの「刈り取り」行為と見られたため、観念的競合になるという評価を受けたものと考えられます。